14 魔王の住まい
お茶会に引き込まれた魔王様ですが・・・・・・
料理研究会の部屋で三咲のお手製のプリンを堪能したクルトワとエバンスの両名は、初めて見知らぬ世界で腹を割って話が出来る仲間を得て嬉しそうな表情をしている。
「そういえば魔族って寿命が長いんじゃなかったっけ? クルトワたちは何歳になるの?」
恵子が春休みに渡った世界ではエルフと魔族は長命で知られていた。見た目は若くともすでに200歳などという例を何度も目にしていたのだ。
「そなたは確か恵子であったな。よい質問である故に答えて進ぜようか。我らの世界で魔族は人族よりも2倍程度成長に時間がかかる。成人となるのがおよそ40歳以降であるな。それから先は殆ど外見の年齢を重ねずに、およそ800歳辺りから老いていくのが普通である。そして我が年齢は22歳であり、エバンスは30歳である」
「プッ! 22歳でそのお子様体型!」
「恵子とやら、そなたは真に失礼であるな」
「恵子ちゃん、人よりも2倍成長に時間が掛かるんですから、実年齢を半分にしないと私たちと釣り合いが取れませんよ」
三咲のフォローで恵子はようやくその事実を認識したようだ。もしこれがなかったら、エバンスに向かって『オバサン』という暴言を叩きつける準備を整えていたであろう。
「ふむふむ、そうならそうと最初から言ってよ! ということはクルトワは人間の年に直すと9歳なのか!」
「恵子ちゃん、計算を間違えていますから! それからクルトワさんはちゃんと最初から説明していますよ」
「相変わらず恵子ちゃんはバカですね! なんでこんな小学生でも出来る計算を間違っているんですか! 正解は12歳ですよ!」
「榛名ちゃんも間違えていますからね」
「そうだそうだ! ハルハルには私を『バカ』という資格なんてないんだぞ!」
「恵子ちゃん、そんなにドヤ顔して自慢できることではないですから」
バカを相手にして三咲の懸命のツッコミが続いているが、2人のあまりのバカっぷりに彼女は防戦一方に追い込まれている。さすがは数学の小テスト0点と3点のコンビだ。少しは反省して小学校からやり直して来い!
「まあ我の方が年上であるからそなたらは我に従うのである」
年齢的には優位に立つクルトワが踏ん反り返った尊大な態度を取り戻している。彼女はクラスの別の生徒から、この学年の生徒全員が16,7歳である事実を掴んでいたのだ。
「何を言っているんだか、このお子様体型は!」
「そうですよ! ここは身長と胸の大きさで勝負しましょう!」
「なんだと! そなたらは我をバカにしているのか! 我もあと5年もすれば背の丈も伸びるであろうし、この胸もそこにおる三咲のように大きくなるわ!」
恵子のツッコミに春名が乗っかってたわいもない話で姦しいことこの上ない。ただし話題が三咲の胸に移ると恵子と榛名は沈黙を余儀なくされている。Aカップの恵子とBカップの榛名では、クラス一の巨乳である三咲には到底及ばないという歴然たる事実があった。
「胸なんて大きくてもいいことはないですから。肩は凝るし、運動には邪魔になるし」
「これだから持っている人は嫌味よね」
「う、羨ましくなんかないんだからね!」
「ほほほ、そなたらとは違って我には将来性という武器があるのでな。我が母上も大きな胸をされておったぞ!」
三咲は本音で事実を語っているつもりだったが、恵子に言わせるとそれは贅沢な悩みであり、榛名から見れば羨望の対象であった。そして将来性という漠然とした希望に縋って勝ち誇っているような表情のクルトワ。この様子を美香とエバンスは黙って眺めながら、互いにアイコンタクトを交わしている。
(リーダーとして収拾をつけないのか?)
(この件に関しては多方面に地雷が埋まっているから迂闊に踏み込めない)
(このまま様子見が賢明か?)
(とばっちりの火の粉を被らないようにするのが精一杯)
(納得した)
(お互いに苦労しているよう)
ほんの短い時間の視線の遣り取りでこれだけの意見を交換した美香とエバンス、相当に色々と振り回されてきた過去を持っているに違いない。ようやく場が静まったところで美香が初めて口を開く。
「今日はこの後どうする?」
「そうねぇ・・・・・・ 特に用事もないし・・・・・・」
「プリンのお代わりをし損ねたので、食べ歩きなどはいかがでしょうか?」
「榛名の意見はリーダー権限で却下する! 他には誰か?」
美香が一同を見回すとクルトワと目が合う。待ってましたと言わんばかりに、クルトワは口を開く。どうやら発言の機会を伺っていたが、そこは魔王として貫禄を見せようと待っていたらしい。今更貫禄などどうでもよかろうに。
「それでは本日は我の住まいに招待しよう。なに、大したことなきあばら屋であるから気遣いなど無用であるぞ」
「なるほど、魔王の住まいならちょっと興味があるわね」
「恵子ちゃん、もしかしたらとんでもないお屋敷だったりして」
「それでは片づけをしますから、少々お待ちくださいね」
こうして話はまとまり、全員がカバンを持って校舎を出るのであった。
クルトワとエバンスが先導して彼女たちが住んでいる場所に向かう一行、恵子と榛名が並んで会話を交わしている。この2人が一緒になるとひっきりなしにしゃべっているので結構うるさいのだ。しかも恵子の地声はかなりのボリュームをしている。ヒソヒソ話などは絶対に不可能であろう。
「恵子ちゃん、魔王の住まいなんて見たことありますか?」
「あっちの世界では何度も乗り込んだからよく知っているけど、結構立派な城だったわね」
「私も魔王城は行きましたけど豪華な造りでしたよね。中には物凄く手の込んだ装飾とか年代物の美術品とかが置いてありましたよ」
「魔王城の財宝は全部掻っ攫ってアイテムボックスに入っているけど、あれってこっちの世界だと処分に困るのよね。それはそうとしてハルハル、どうやら川の方に向かって歩いているみたいね」
「橋の向こう側には隣街の高級住宅街が広がっていますから、その辺りでしょうかね?」
「でも橋は渡らないで、河原に沿って歩いているわね」
「恵子ちゃん、こちらの方はあまり家はないみたいですけど、どうなっているんでしょうか?」
川沿いの道には殆ど人家がなくて農地がのどかに広がっている。とある地方の街なので、市街地を一歩出ると郊外の風景は大概こんな感じだ。そしてクルトワは慣れた足取りで葦の茂みが広がる河原に降りて行く。
「皆の者よ、此処が我の住まいである!」
「本当にあばら屋なのかい!」
恵子の渾身のツッコミ通りにクルトワが指差したのは葦の茂みを切り開いて建てられた、ダンボールとビニールシートに覆われた夜露を辛うじて凌げるホームレスの皆さん御用達の簡素な家のような物であった。
「ふむ、この世界にやって来て僅かに身に着けていた宝飾品を売り払って、パスポートと留学ビザなる物を偽造する費用に充当した故に、現在は無一文である。だが案ずるよりも生むが易しというものだな。親切な周辺住民が家の造り方を教えてくれたぞ」
「ホームレスに聞いたんかい!」
「うむ、その者たちは手伝いもしてくれた。まこと感心なる魔王の臣民であるな」
「ただの仲間意識に決まっているでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁ! なにが臣民だぁぁぁぁぁぁ!」
恵子の全力のツッコミが炸裂する。その勢いにさすがのクルトワももしかしたら何か不味い点があるのではないかという表情に変わる。
「エバンス、此処に何日寝泊りしていた?」
「2泊したな。食料は空き缶を集めて売り払った金で捻出したぞ。この世界は豊かであるから、食事のタネが路上に落ちているのであるな」
エバンスの発言に冷静な美香もさすがに唖然としているのであった。いくらなんでも魔王と魔公爵がこの世界にやって来て空き缶拾いでは外聞が悪過ぎる。それにしてもこうして日本に適応して生きているこの両名は相当に逞しいのではないだろうか。
「恵子の家は広いから、しばらく2人を泊めるのは可能?」
「別に2人くらいどうってことはないわね。それからパスポートとビザが偽造というのは色々と問題があるでしょうから、私のジイちゃんに相談して何とかしてもらうわ。あとは学校の寮に入れてもらえれば、当面は何とかなるでしょう」
武術の道場を営んでいる恵子の祖父はどのような理由かはわからないが多方面に顔が利く。おかげで恵子は過去の暴力事件で罪に問われた経験がなかった。恐らくクルトワとエバンス2人の帰化申請や戸籍の作成くらいは問題ないのであろう。書類が揃えばアルバイトなども可能だし、今から奨学金の申請なども行えるのだ。ともかくこんな場所で若い女の子が2人で住んでいるのは問題があり過ぎた。
「それじゃあ2人とも、私の家に泊めるから荷物をまとめてきなさい!」
「荷物といえる物はこれだけであるな」
通学用のカバンが今の所この2人にとっては唯一の財産らしい。こうして恵子に引き連れられてクルトワとエバンスは彼女の家に向かうのだった。
ようやく日本でまともな生活を営めそうな魔王様たち、次回は魔法少女たちも交えて何か事件の予感が・・・・・・ 投稿は土曜日を予定しています。
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