1 魔法少女
新しいお話を投稿いたします。週に2~3話程度のんびりと投稿していきますので、長い目で見てください。
誤字脱字等ご指摘いただくと嬉しいです。
逢魔が刻、それは日暮れ時の薄暗い時間。人々は足早に家路に着き、若しくはひと時の安らぎを求めて酒場に集い飲食店が賑わいを見せる。ある人は恋人との逢瀬を楽しみ、またある人は恋しい人との別れを告げられているかもしれない。
だがその賑わいとは裏腹に、人知れずこの世の影に暗躍する妖魔と戦う者の姿がよくよく目を凝らせば何処かで発見できる時間でもある。たとえその戦いが人目に付かない結界の内部に包み隠されようとも、街中の其処彼処にその痕跡は残るものである。
そして現在、この街で猛威を振るう妖魔との絶望的な戦いを強いられる者たちの姿があった。それは人の目には映らないこの世界と重なるもう1つの世界、元の色が消え去ってセピアになっている結界の奥底では・・・・・・
「みんな! 何とか力を合わせるのよ! 今此処で立て直さないと全体が総崩れになるわ!」
「愛美さん、すでに味方の半数以上が倒れています! この少人数では持ち堪えられません!」
愛美が厳しい表情で目を向ける先には10人近い魔法少女たちがすでに事切れて倒れている。彼女たちはこの日妖魔との戦いで命を落としたまだ10代のうら若い少女たちであった。だが倒れている彼女たちの死に顔には、恨み、憎しみ、悲しみが全くない。むしろようやく何かから解放される安堵だけが其処にはあるのだった。
「愛美さん、私が行きます! ここにいても何の役にも立てないから、私がこの命に代えて妖魔を倒します!」
「麻美、あなたは一番年下でしょう。まだ13歳のあなたに行けとは言えないわ。ここは年上の私が命を懸ける番よ!」
「愛美さんは残りの魔法少女を率いる義務があります! 攻撃手段がなくて何も出来ない私が一番適任なんです! 愛美さん、本当にお世話になりました」
ペコリと頭を下げた麻美は身を翻して愛美に背を向けると一気に妖魔に向かって駆け出していった。愛美は妹のように可愛がっていた麻美の背中を見送るしか出来ない。何故なら彼女の肩にはまだ生き残っている魔法少女の命運がずっしりと圧し掛かっていたからだ。
「皆さん、さようなら。短い期間だったけどお世話になりました。私は魔法少女になったことを後悔していません」
麻美の口から小さな呟きが零れる。それは彼女がこの世界に最後に残す言葉だった。妖魔を一瞥すると麻美は体に宿る魔力を暴走させていく。彼女の目論見は暴走した魔力が最後に爆発する威力で妖魔を倒そうというものだった。それはまさに自爆に他ならない。
愛美には麻美が駆けていった方向から目が眩む程の閃光と轟音が届く。ただそれだけで全てが理解できた。まだ13歳の麻美がその命を対価にして妖魔を葬ったのだと。そして愛美の瞳には一筋の涙が伝わる。それは自分が何もしてやれなかったという無力感と後悔の念か、若しくは幼くして逝ってしまった妹のような存在に別れを告げる涙だったのかは彼女しか知る由がない。
「今日の戦いは終わったわ。みんな引き上げましょう!」
「愛美さん、この街に居る魔法少女はついにこの場にいる5人になってしまったな」
「明日からこの5人だけで戦わないといけないんですね」
「麻美ちゃん、他の子たちも・・・・・・ 一緒に戦ってくれてありがとう。いつかは私もあなたたちの所に・・・・・・」
「この戦いの犠牲があまりにも多かった」
残った5人はそれぞれに祈りの言葉を残して結界を立ち去っていった。其処には崩壊していく結界と、その中に飲み込まれていく命を落とした魔法少女の亡骸だけが残されているのだった。
翌日の同じ街のとある高校では・・・・・・
「はー、本当に暇だわ。こっちに戻ってきて退屈過ぎてアクビしか出ないわね。しょうがないから料理研究会に顔を出しておやつでも食べようかな」
帰りのホームルームを終えて廊下を歩いているのは桑原 恵子、この高校の2年生でついこの間異世界から戻ってきたばかりだ。
彼女は2年に進級する前の春休みの1週間、異世界に召喚されていた。実はあちらの世界では約2年間過ごしていたのだが、時間の流れの違いで戻ってみたらたった1週間しか経過していなかったというのが実際のところだ。
したがって彼女が異世界に召喚されたというのは家族を含めて誰も気が付いていない。そもそもが放浪癖があり、時折『修行の旅に出る』と言って1人で出掛けてしまう彼女を家族すらも気にも留めていなかった。ちなみに彼女の実家は祖父が道場を営んでおり、物心付く頃から恵子は武術の修行を重ねてきた。
異世界の2年間は彼女にとってはまさに理想的な日々だった。戦いを渇望していた恵子の前には数々の魔物や盗賊、無頼漢が手を変え品を変えて現れたために、毎日が戦いという彼女にとっては全く退屈しない心から楽しい日々を送っていた。そう、元の素質が異世界で開花して立派な脳筋かつ、戦闘狂が出来上がってしまったのだった。ああ、脳筋は日本に居た頃からだったかもしれない。
魂に火がついてしまった脳筋かつ戦闘狂は留まる所を知らない。ブレーキが壊れてしまったダンプカーの如くに各地を股に掛けて戦いを繰り返し、ついには異世界の魔王を倒して余勢を駆って裏ボスの邪神までその手に掛けてから、あちらの世界の神の手によって日本に強制送還されたのだった。
神曰く。『あの娘は危険過ぎる。そのうちワシまで滅ぼされるだろう』というのがその理由だ。
そして平和な日本に戻ってきた恵子はアクビが出そうな毎日に飽き飽きしているのだった。せめて退屈を紛らわそうと向かった先の料理研究会と看板が掛かっている部屋は校舎の4階の生徒会室の隣にある。
「おーい! タレちゃんは居る?」
ノックもしないでガラガラと引き戸を開ける恵子の眼前には驚くべき光景が繰り広げられている。メイド服を着込んだ155センチの小柄な少女が、1人で部屋にあるスチール製のキャビネットを軽々と持ち上げている最中だった。元々この部屋は生徒会の書庫だったのを無理やり借りているという経緯があって、歴代の書類の多くが保管されているのだ。そしてメイド服の少女は資料がぎっしりと詰まった200キロを軽々越えているであろうキャビネットをすまし顔で持ち上げている。
「あら、恵子ちゃんいらっしゃいませ! 今ちょっと模様替えをしている最中で取り込んでいますけど、空いている席に座って待っていてくださいね」
馬鹿でかいスチールキャビネットの向こう側から涼しげな声が飛ぶ。その声の主こそが料理研究会を主催している江原 三咲という恵子と同じクラスの生徒だ。『タレちゃん』というニックネームは彼女の苗字と若干タレ気味の優しげな目に掛けて命名されている。
「タレちゃん、1人で何をやっているのよ? そんな大きな物を持ち上げるなんてさすがの私でも引くわ」
「この程度は力仕事には入りませんよ。どれ、この辺りでいいでしょうか」
三咲はキャビネットを約5メートル移動してデンと据え付けてケロリとした表情をしている。これは将来引越し業者からスカウトが来てもいいレベルだろう。更に言えば彼女にとって力仕事とは一体どの程度の内容を指すのか大いに興味が湧く部分でもある。
元々キャビネットが置いてあった場所の床の汚れをモップできれいにすると、三咲は手を洗ってから恵子に向き直る。その丁寧な物腰はまるで本物のメイドが現世に現れたかのようだ。恵子の異世界での2年間でも、これ程レベルが高いメイドに出会うことはなかった。
「恵子ちゃん、今日は昼休みにマドレーヌを焼いたんですよ。美味しい紅茶と一緒に良かったら召し上がりますか?」
「もちろん食べるわよ!」
恵子は当然それが目的で来ているのだから三咲の誘いに被せ気味に即答すると、自分が作ったお菓子を食べに来てくれる友達の存在に三咲は心から微笑んでいる。彼女にとってはこうしてお茶とお菓子を振舞うのが最高の趣味なのだ。ちなみにメイド服も自前で誂えたらしい。
三咲が電磁調理器でお湯を沸かしてポットから湯気が立ち始めると、ちょうどその時にドアをノックする音が響く。料理研究会本日2人目の来客だ。
「はい、どうぞ」
「タレちゃん、お邪魔します。今日も美味しいおやつを楽しみに午後の授業を受けていました」
部屋に入ってきたのは、水無月 榛名という女子生徒だった。
お付き合いいただいてありがとうございました。この続きは水曜日に投稿します。
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