能力を使って働いたらブラック企業になっちゃいました。(最終話)
そこは、とても深い深い闇の中だった。
あたしは、その中心のまどろみの中にいた。
(ここは、何処だろう……)
辺りを見渡すと、暗闇の奥に薄っすらと細長い光が見えていた。あたしは、その細長い光を目指そうとする。
すると、その細い光は徐々に大きくなっていき、同時にあたしの意識が徐々に覚醒していくのが分かった。
「あっ……!」
目の前には、真っ白な天井が映っている。
(ああ、これが噂の【見知らぬ天井】かな……。まさか、あたし自身が見ることになるなんて……)
あたしは、少し体を動かそうとゆっくりと力を入れる。今まで感じたことの無いような怠さを感じつつも、体はあたしの意思の通りに動いてくれた。
「痛っ……」
チクリとした痛みが右手に走る。恐る恐る右手に目を向けると、痛かった場所には点滴の針が刺さっていた。それを確認したあたしは無理に体を動かさず、そのままベッドに身を任せる。
「……あたし、なんで病院で寝ているんだっけ……」
とりあえず状況から、ここがどこかの病院だということが分かった。でも、どうしてここにいるのかが、まだ少しぼんやりとしてはっきりしなかった。
「……」
「…………」
「…………ああ!!」
あたしは、直前までレジ打ち業務をしていた事を思い出すと、勢い良く上半身を起こす。
「うぎゃぁ!!!」
急に飛び起きてしまったためだろうか。肩と腰の骨が軋むような鈍い音が聞こえると、全身に痛みが走っていく。
「うーん……。痛たたた……」
それでも、なんとか上半身を起こしたあたしは、少し肌寒さを感じながらもベッドの周りの様子を確認する。 ここは6畳程度の少し狭い病院の個室のようだった。窓からは、傾きかけた太陽の光が、キラキラと零れ落ちているような輝きを見せている。
「……うぉ……まぶしぃ……」
「……」
「……はぁ……」
なんとなく経緯を思い出し把握したあたしは、深い溜息をつく。まさか、アルバイト中に倒れて病院に運ばれてしまうなんて、なんという大失態。いままで頑張って積み重ねてきた自信は、あっさりと崩れ落ちていく。
「……やっぱり、クビかなぁ……」
忙しかったけど、仕事自体はそれなりに気に入っていたし、充実感もあり楽しかった。自身の責任とはいえ、クビになってしまうのだと思うと、無性に悲しくなってしまった。
そんな感傷に浸っていると、奥のドアが開く音がして、誰かがこの病室に入ってくる。振り向くと、そこにはコンビニ袋を持った店長が立っていた。
「ああ、やっと起きたか。良かった、良かった」
「て、店長……」
店長は、あたしの顔をみると(マスクで判り難いが)嬉しそうな表情を見せながら、ベッドの横の椅子に座る。
「体の調子はどう?」
「……はい……大丈夫です……」
「あ、飲み物買ってきたが、飲む? プリンもあるけど?」
「……飲み物を頂きます」
「オレンジジュースでいい?」
「……はい」
あたしは、店長からペットボトルのオレンジジュースを受け取ると、少し力を入れてキャップを空ける。そしてぐいっと、喉にジュースを流し込む。
「ごほっ! ごほっ!」
「おいおい、大丈夫か? ジュースは逃げないからゆっくり飲みなさい」
「……はい」
部屋の中は静かだった――。あたしが喉を鳴らす音だけが、微かに室内に響いていく。
「……あの、コンビニは……」
意を決したあたしは、恐る恐るコンビニの様子を聞いてみることにした。
「……ああ、まぁ、なんだ、今はちょっとお休みすることにしたよ。だから一時閉店中」
「へ、閉店!?」
まさか、そこまで深刻な問題になっているとは思わなかった。あたしは、店長に深々と頭を下げる。
「も、申し訳ありません! あたしが、あたしが倒れちゃったばっかりに……」
あたしの涙目の謝罪を見た店長は、とても驚いた様子だった。
「お、おいおい! いやいや、謝るのはこっちだよ」
「……へ?」
店長の言葉に、あたしは顔を上げる。
「店長なのに、アルバイトに倒れるまで無理をさせちまったからな。俺は店長失格だな……」
店長は、少し自虐風に、から笑いをする。
「いえ、それはあたしが無茶をしたばっかりに……」
「はは、それに、なんかいろいろ、労働基準法を破っていたっぽいからな、遅刻者に罰金なんかも取ってしまっていたり、必要以上の長時間労働をアルバイトにさせてしまったり、本当に申し訳ない……」
「ええ!? あ、いえ……。それはあたしが……!」
そこであたしは気がつく。どうやら、あたしが倒れてしまったことで、コンビニに定着していた【法律無効化能力】の効力が無くなってしまったようだった。
「ほら、やっぱさ、法律っていうのは、俺達が考えている以上に結構よく出来ていてさ、守らないと今回みたいに従業員に無理をさせちまって、とばっちりを食らっちまうという訳さ……」
「……はい」
「だからさ、ちょっとお休みして、今度は無茶をしないように、元気になったらまた一緒に働いて欲しいんだけど、どうかな?」
「……え!?」
クビだと思っていたあたしは、驚きの声を上げる。
「ク、クビじゃないんですか……」
あたしは弱々とした口調で、店長に尋ねる。
「いやいや、クビとかはないよ。もともと俺が招いたことだし。忍くんは、お店の事を思ってよく働いてくれたから、今度は本当に無理はさせないようにするから、お願いできるかな?」
「……あ、ありがとうございます!」
クビを覚悟していたあたしは、瞳を潤ませてその場で泣いてしまう。
「お、おい……泣くことはないだろう……」
あたしが泣くとは思っていなかったらしく、店長は椅子を立ちオロオロしてしまっている。
少しの間ベッドの上で泣いたあたしは、ちょっとだけ大人に成長した……そんな気がした。
*****
「――いやぁ、再開してくれて助かったよ、頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
接客を行っていたあたしは、顔なじみになったお客様に笑顔で挨拶をする。
あの後、コンビニ【ナイン・ナイン】は、人手不足等を理由に5日程臨時休業となってしまっていた。周辺には他にコンビニがなく、年末ということもあって、かなり多くのお客様に迷惑をかけてしまったようだった。
夕方からシフトに入ったあたしだったが、接客する毎に、沢山のお客様から激励の言葉を頂いていた。こうしてまた、お客様のお役に立てていることが、とても嬉しかった。
「忍くん、今日はこれで上がって良いよ」
「あ、はい、店長。お疲れ様でした」
夜のシフトのアルバイトさんと交代すると、お客様のご迷惑にならないようにバックヤードに移動する。今日は、3時間程の短い時間のアルバイトだった。
あたしのシフトは以前に比べて激減していて、今では週に20時間程にしてもらっている。(それでも高校生としては多い方だけど)
店長が頑張って募集をかけてくれたおかげで、少しずつではあったがアルバイトが増え、人員不足は解消に向かっている。
……そして、バックヤードの机に設置されていた【罰金箱】は、今はもう存在しない――。
*****
「はぁ、もう外は暗いなぁ……」
帰宅準備を済ませ、コンビニを出たあたしは、大通りの歩道をゆっくり歩いていた。歩道に植えられている桜の木は、枝のみの寒々しい姿だった。
「……あっ……」
そんなあたしの横を、見知った後ろ姿の原付きバイクが走り去っていく。原付バイクは、三車線道路を直接右に曲がろうと道路の右に寄ると、そのまま右折しようとする。
そんな時だった。
原付きの後ろから、スピードを出した大型トラックが強引に右折しようとする。
「あ、危ない!」
その光景を見て、あたしは驚きの声を上げる。
大型トラックは、スピードを緩めないまま、そのまま右折して走り去ってしまう。あたしは、原付きバイクがどうなったか、目を見開き確認する。暗めで見にくかったが、原付きバイクはヨロヨロと減速して道横に停車した。
あたしは慌てて、原付きが停車した場所に走っていく。近くにいくと、原付きから人が降りている様子が見えた。どうやら、大きな事故にはならなかった様子で、あたしは安堵する。
「ま、舞さん大丈夫!?」
あたしの声に気がついた舞さんが、こちらに振り向く。
「あ、忍……、いやぁ、危ないところを見られちゃったわね……」
疲れた様子の舞さんが、私に応える。
「うん、事故ったと思って、あたし、びっくりしちゃった……」
「……えっと、ギリギリ大丈夫だったよ。ほんと、あのトラック、強引に突っ込んでくるんだもの。今も心臓ドキドキだわ。……はぁ、でも私の可愛い原付きが傷つかなくて良かったよ」
舞さんは、真新しい小さな原付きをナデナデしている。
「でも、ここは二段階右折しないと、駄目だよ舞さん」
あたしは、舞さんに注意をする。
「ああ、そうだった。この前、何故か見逃してもらったから、つい油断しちゃった。やっぱ交通ルールは守らないと駄目だよね」
「うん、そうだね」
「あっ! 私、急いでいるんだった! 今日は、ごめんね忍、心配かけて。またバイト先で!」
「うん、あ、でも急いでるからって、スピードだしちゃ駄目だよ」
「はいはい、法定速度厳守ですね、分かってますって! じゃあね!」
そういうと、舞さんは原付きに乗ると、法定速度を守りつつ走り去っていった。
あたしは、そんな舞さんの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと手を振った。
「……さてと、あたしも早く帰ろうっと」
あたしは、再び歩き始める。
あたしのちから【法律無効化能力】は、もう使うことも無いだろう――。
なぜなら、法律には、あたしが思っている以上に、守るべき意味があるのだから――。
【おしまい】
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