能力を使って働いたらブラック企業になっちゃいました。(5)
季節は、夏を越え秋になり始めた。
紅葉した木々が均一に植えられている道路の歩道を、あたしは気分良くゆっくりと歩いている。頬にあたる冷たい風が夏の終わりを告げ、秋の始まり、そして冬の到来を予兆しているかのようだった。
あたしが、近未来都市ニューさいたまの駅近くにあるコンビニ「ナイン・ナイン」でアルバイトをするようになってから、もうそろそろ半年が経過しようとしていた。
バイトリーダーとなったあたしは、仕入れを含むお店の一通りの業務をこなせることはもちろん、時間があれば社員ミーティングにも参加させてもらい、意見を話せるようにもなっていた。
そして喜ばしいことに、お店の売上は予想よりも右肩上がりということだった。
しかし、それとは別に、以前に比べアルバイトの募集を出しても応募する人が少なくなってきたということだった。すぐに止めてしまうアルバイトも多く、職場の人手不足は深刻化してしまっていた。
そのため、あたしは、学校以外の時間はできるだけシフトに入るようにして、お店に貢献するように生活をアルバイト中心に回るように変更したのだった。
「ふふっ、ふふん♪」
こんなに社会に貢献できていると感じたあたしは、喜びを実感していた。
*****
レジが一段落して、あたしは少しだけ一息つく。外を見ると、夕焼けで赤く染まった風景は徐々に薄暗い闇に覆われていっていた。秋になって、夜の入も早くなっているようだ。それにともない、夕食時が近くなった為だろうか、お店に来店するお客様は徐々に増えていっていた。
「……そういえば、今日はお弁当の納入遅いですね」
「おお、そうだな……でも、そろそろ来るだろう」
あたしは、お弁当の棚を見る。人気のお弁当は殆ど売れてしまっており、棚の隙間が寂しさを感じさせていた。通常では、夕飯向けに大量のお弁当が納入される時間なのだが、今日に限っては、まだ納入されていない。道路事情によって、結構遅くなるケースもあるので、もしかすると途中、渋滞か何かで遅れているのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと考えると、レジ前に小柄なお客様が現れる。
「これ、お会計をお願いします。お姉さま」
「はい、いらっしゃいませ。……ん? お姉さま?」
あたしは顔を上げ、目の前のお客様の顔を確認する。そこには、昔なじみの見知った顔があった。
「み、美花!? どうしたの、こんなところで!?」
目の前の少女は、【四日村 美花】
あたしと同じ、田舎オブ田舎出身の女の子。たしか今年、中学生二年生になった幼馴染だった。年下とは思えないほど、しっかりとした中学生だ。
でも、どうして美花がここ、ニューさいたまにいるのだろう? いろいろ聞きたかったけど、レジ待ちのお客様がいたので、まずはレジに集中することにする。美花も空気を読んでくれたのか、あたしにしつこく話してくることもなく、購入した商品を入れた袋を受け取ると、店内をフラフラと見回り始めた。
しばらくしてレジが落ち着くと、隣のレジの店長が小声で話してくる。
「ねぇ、さっきの忍くんの知り合い? だったら、少し休憩して来てもいいよ。この後、お弁当の搬入もあって忙しくなるからね」
「……え!? いいんですか?ありがとうございます。それでは、ちょっとだけお願いします」
あたしは、店長に深々とお辞儀をする。流石、店長! 相変わらずのツンツン頭とマスクのミステリアスな雰囲気に合わず、気を利かしてくれるのは非常にありがたかったりする。
あたしは、店内を彷徨いている美花の手を取ると、軽くひっぱりながらお店を出る。美花は、顔を赤らめつつも何もいわずあたしについてきてくれた。
お店を出ると、店裏の裏のお客様の目につきにくい店裏に移動する。
「ここなら少しは話せそうね……」
「あ……」
あたしが美花の手を離すと、美花は少し残念そうな表情をする。しかし直ぐに、くねくねと全身を震わせる。
「お、お姉さま……いきなり、こんな人気のない場所に……私はまだ心の準備が……。いえ……準備は万端なのですけど……」
……なんの準備か知らないけど、あまり時間もないので、気になることを単刀直入に聞くことにした。
「……なんで、美花がここにいるの?」
美花は空気を察した様子で、いつもの優等生の表情に変わる。
「いえ、実は、私たちの学校がただいま修学旅行中でして、たまたま聞いていたお姉さまが働いている社会貢献場所が近かったですので、ご挨拶に参りました」
「あ、そうなんだ」
「はぁ……お姉さまの働いている姿はとても凛々しかったです。余裕があれば何度もレジに足を運びたいくらいですわ」
いや、何度もレジを往復されても困るんだけど……。あたしは、苦笑する。
「ふふ、なるほど、修学旅行ね。でも、時間は大丈夫なの?」
「はい、今は自由時間ですので夕食前に戻れば問題ございません。あと30分程度は余裕ありますわ。あまり話せないのは残念ですが、お姉さまの活躍をしっかり目に焼き付かせて頂きます」
美花は、胸の辺りで両手をぐっと握る。
「あ、うん……」
美花は、中学生と思えないほどしっかり者で空気の読める娘なのだが、どうもあたしに懐っこい傾向がある。別に嫌じゃないんだけど、中学生になったのに、姉立ちできないのはちょっと心配かも。
そろそろ、レジが気になり始めたあたしは、戻ることにした。
「じゃあ、あたしはレジに戻るけど、時間になったらちゃんとに戻るんだよ」
「はい、分かりました」
美花は、笑顔で返事をする。あたしは、美花の頭をポンポンと二回ほど軽く叩くと、店内に早足で戻ることにした。
*****
「ぴっ!?」
店内に戻ると、そこには恐ろしい修羅場が広がっていた。いったいどこから現れたのだろう、お客様の長蛇の列が出来ており、店長が一人で必死にレジ業務をこなしている。お客様からも、苦情とも思われる愚痴が漏れ始めていた。
あたしは、急いでレジに戻ると、レジ業務の臨戦態勢に入る。
「た、大変おまたせ致しました。お並びのお客様こちらへどうぞ」
営業スマイルでお客様の不満を癒やしつつ、レジ業務を開始する。
*****
「……卵と大根と、牛すじで宜しいでしょうか?」
あたしは、大きめのカップにお客様の指定するおでんをトングで掴んで、丁寧に入れる。このレジ待ちの行列の中、おでんやフライ物を購入するお客様が多く、会計が完了するまで時間がかかってしまっていた。結果、レジは回らず行列が更に伸びてしまっている。流石の店長も、焦り気味の様子だった。
「こんばんは――。お弁当の搬入です――」
そして、最悪のタイミングでお弁当の搬入がやってきた。お弁当棚の脇に、お弁当が詰まったコンテナが何重にも積み重なって状態になってしまう。何人かのお客様は、お弁当が並べられるのを待っているようで、店内は更にカオスになる。
「お、お疲れ様です……」
あたしは引きつった笑顔で、搬入してくれた方に挨拶をする。
状況は最悪だ。まだまだ会計の長蛇の列が捌ききれていない状況で、主力販売のお弁当の品出しが出来ない状況になってしまっている。何とかこの状況を打破しないと、お弁当売り時を逃してしまう。あたしはレジ業務をこなしつつ、なんとか打開策を考える。
「お姉さま、あのお弁当の品出し致しましょうか?」
目の前に、うまかった棒と十円をレジ机に置いた美花がニコニコと立っていた。あたしは、小声で確認する。
「……こそこそ(美花、あなたは品出しとか出来るの?)」
「……こそこそ(おまかせ下さいお姉さま。コンビニのアルバイトという業種につきましては、美花は徹底的にリサーチしております。問題ございません)」
「……こそこそ(分かった、ちょっと待って、確認する)」
あたしは、店長の方を向くと、謎のジェスチャーをする。すると、そのジェスチャーに気がついた店長が、こちらにやってくる。これぞ、必殺の手話による意思疎通法だ。
お客様が不快に思わないよう、会話不要のコミュニケーションの最終手段だ。といっても、あまり複雑な内容は伝えることはできないけど。
「……こそこそ(どうした? SOS信号なんて、何かあったのか?)」
「……こそこそ(いえ、お弁当の品出し、あたしの知り合いが手伝えますので、やらせたいのですが)」
「……こそこそ(ええっ!? 大丈夫なの?)」
「……こそこそ(中学生ですが、その辺のアルバイトよりは全然役にたちますよ!)」
「……こそこそ(いやいや、さすがに、中学生に仕事させちゃあ、まずいよ!!)」
「……こそこそ(それでは、お手伝いということにしちゃいましょう。違法じゃないですから。問題ありませんよ)」
「……こそこそ(ええ……そうだったかなぁ……)」
「……こそこそ(このままだと、お弁当の売り時を逃しちゃいますよ。いいんですか?)」
「……こそこそ(わ、分かった、よろしく頼む)」
何とか店長のOKを貰ったあたしは、駆け足で急いでバックヤードに駆け込んでいく。そして、お店のデザインのエプロンを取ってくると、素早く戻りレジ前にいた美花に渡す。
空気を読んだ美花は、購入したうまかった棒をスカートのポケットに入れると、そのままお手洗いに入っていく。そして、数秒ほどでエプロン姿で出てくると、お弁当棚の方へ軽やかな足取りで向かっていく。
「これですね……。ひいふうみぃ……」
コンテナを覗き込み、お弁用の数を数え始めチェックすると、すぐさま手際よくお弁当を並べ始める。その並べ方は、まるでそびえ立つほど高く均等に積まれたジェンガのような美しさだった。
細い腕からのしなやかな腕捌きからの品出しは、まるで舞台で踊るバレリーナのような優雅さで、レジ待ちのお客様の視線を魅了していった。
美花のおかげで店内の空気が一変すると、あたしと店長は、チャンスとばかりにレジ業務をこなしていく。並べられたお弁当も、優雅な品出しに魅了されたお客様によって次々と手に取ってもらえた。美花はお弁当棚の横で、「ありがとうございます」と営業活動を始めだした。
30分ほど経った頃には、長かった会計列は綺麗に消化され、品出ししたお弁当は短期間にも関わらず半分以上売れている状態だった。美花は、お弁当棚を綺麗に整理する。そして再度お手洗いに入り、エプロンを脱いだ状態で出てくると、あたしの所に綺麗に畳んだエプロンを返しに来てくれる。
「お姉さま、美花はお役に立てたでしょうか?」
「いやいや、すごい助かったわ。ありがとう、大好き!」
「わ、私も大好きです……。お姉さまのお役に立てて、美花はうれしゅうございます」
「そうそう、これ、お駄賃ね」
あたしは、自分のお財布から千円札をだすと美花の手に渡す。美花は、困ったような表情だった。
「い、いえ、別に私はそんなつもりでは……」
「労働した人の当然の権利よ、受け取ってくれるよね? あたしの気持ち……」
そういうと、美花は顔を真っ赤にさせる。
「お姉さまのお気持ち……。分かりました! この千円札受け取らせて頂きます。この、お姉さまのお気持ち、私の部屋に額縁に入れて飾っておきますね」
「……え?」
「あ、それでは、そろそろ戻らないといけませんので。お姉さま、それでは。実家に戻られる際には、ご連絡下さいね」
美花は丁重にお辞儀をすると、そくささとお店を出ていってしまう。
「あれ、あの子もう帰っちゃったの?いや―、凄い手際の良い娘だったね」
「はい、自慢の幼馴染です!」
今度、実家に帰ったときには、ちゃんとにお礼をいわないと。あたしは美花に感謝しつつ、レジ業務を再開することにした。
「あ、店長、美花のお駄賃分、後で返して下さいね」
「ええ……、ま、まぁしょうがないか……」




