能力を使って働いたらブラック企業になっちゃいました。(4)
あたしがコンビニのアルバイトを始めてから、二ヶ月程経過した。
今では、業務の手際も、最初の頃とは比べ物にならない程速くなっていた。また、気持ち的にもかなり余裕ができ、どうやったらお店に貢献できるのか、そういったことも考えられるようになっていた。
*****
いつも通り、シフト時間の10分前にコンビニに到着したあたしは、お客様の邪魔にならないように、そくささとバックヤードに入り込む。
「おはようございます」
パソコンと難しい顔でにらめっこしている店長に挨拶をする。
「お、おう……おはよう……」
店長の挨拶は、いつも以上に不安を掻き立てる感じの挨拶だった。恐らく、また何か無茶な発注でも本部から受けたのではないだろうか?
あたしは、怖いもの見たさ(?)で恐る恐る聞いてみる。
「あの……? 何かあったのですか?」
「……ああ、いや、ほら来月は土用の丑の日だろう? 今度、本部が新製品の鰻弁当を出すそうなんだが、多く仕入れて下さいって強くいわれていてね……」
「新製品の鰻弁当ですか……。なんか美味しそうですね!」
鰻といえば、田舎に居た頃は、おじいちゃんが山奥の川でとってきて良く蒲焼きにしてくれた。肉厚のふっくらとして、なおかつ十分に脂が乗った身は、思い出しただけでも涎が出そうになるほど美味しかった記憶がある。
あたしも鰻料理に挑戦したかったのだが、鰻の血液には毒性成分は入っているので、中学生のあたしにはさせてもらえなかった。高校生にもなったし、河豚とは違い免許もいらないので、今度田舎に帰った時に料理を教えて貰おうかな。
そんな事を考えていると、なんだか無性に鰻が食べたくなってくる。
「それで、お弁当っていくらするんですか? あたしも一個買っちゃおうかな?」
「……3980円」
「ぶっ!!」
予想を超えるお弁当としては高額の値段に、あたしは、はしたなくも吹き出してしまう。確かにテレビなどでは、鰻は年々貴重になっており値段も高くなっているのは知っていたが、お弁当でここまで高くするとは思わなかった。
……いや、ちゃんとしたお店で、その値段ならお客様も食べに来るとは思うけど、明らかにその値段はコンビニの客層とは掛け離れているだろう。
「店長……。それは下手をすると一個も売れないのでは……」
あたしは正直な感想を述べると、店長は深い溜め息をつく。
「ああ、分かってはいるんだけど、本部のゴリ押しには流石に勝てなくてね……。何とか売る方法は無いだろうか……?」
店長は、頭を抱えて考えている。壁に掛けられた時計を見ると、シフトに入る時間には、まだ余裕があった。せっかくなので、あたしも店長と一緒に考えることにした。
「……無理に当日に全部売るのは、得策ではないですよね?」
「うむ、そうだね」
「……そうです! 社員とアルバイト毎に、目標数を設定してシフトに入った時に営業してもらうというのはどうでしょう?」
「うーん、目標かぁ……」
「店長、人というものは目標が無ければ必死にならないのです。目標を課すというのは決して悪いことではないのですよ!」
あたしは人差し指を立て、店長に力説する。
「そ、そうか……? そうだな、このままでは埒があかないし、ちょっとやってみようか?」
「はい!」
店長は、少し気が進まなそうな様子だったが、本部からの仕入れの強要には勝てなかったようで、重い腰を動かす事になったのだった。
*****
「ええっ! それって目標っていうかノルマじゃん! それに、こんな高い弁当、コンビニで売れる訳ないよ!」
同じシフトに入っていた舞さんとロッカールームで帰る支度中、鰻弁当の目標販売の話しをすると、とても不満げに反論された。コンビニで売れるような値段でないってのは同意だけど。
「でも、そういった難しい仕事をこなせるようになったら、凄いと思わない?それに、ちゃんとに目標を達成すれば評価も上がるし、時給も上がるかも!」
「……そ、そうかなぁ……。確かに欲しい原付きには、全然お金全然足りないし……、時給が上がれば嬉しいけど」
「そうそう!」
「……アルバイトの私たちって、何個予約を取ればいいの?」
「5個だって!」
「うーん、そのくらいだったら、予約とれる……かなぁ……」
「あたしも、いろいろ頑張って予約取ろうと思っているから、一緒に頑張ろうね」
「……う、うん」
葛藤があるのか、舞さんの表情は悩ましかったが、考えがまとまったらしく、やる気の表情で顔を上げる。
「が、頑張ってみよう! 学園の友達が買ってくれるかもしれないし」
「うん!」
やる気の出たあたし達は、鰻弁当完売に向けて奮闘を始めるのだった。
*****
「……さて、どうやって鰻弁当を販売しようか……」
アパートに帰り、颯爽とシャワーを済ませ遅めの夕食を取っていたあたしは、鰻弁当の販売方法について試行錯誤していた。
……そういえば、舞さんは学園の友達に売ってみる、見たいな話をしていたなぁ。
あたしも、学校の友だちを頼ろうと考えたけど、よくよく考えると、こっちに来てからほぼアルバイト三昧だったので、友達がいないことに気がついてしまう。
「……で、でも、舞さんは友達だし! ……たぶん……」
そんな悲しい一人ツッコミをしつつ、他の販売方法について検討する。商品自体は、良質の鰻を使っている特製弁当なので、味とかは問題ない……ハズ。
ただ、弁当にして3980円という、やっぱりコンビニ弁当とは思えない価格帯だ。正直、どんなに一生懸命商品自体をアピールしても、それ単体自体を売ることは難しいだろう。
「……そうだなぁ、何か付加価値を付けないと駄目かな。それも、何かお金がかからなくて、お客が喜びそうなサービスを……」
そんな事を考えながら部屋の周囲をぐるりと見回しアイデアを練る。そして、膨らみ始めた自分の胸に目が止まる。
「……そうよ! これよ! これなら売れるわ! まぁ……別に減るものじゃないし……触らせるだけならセーフよね……」
あたしは、自分の胸を鷲掴みして確信すると、早速スマートフォンと向き合って準備をすることにした。
「……顔見知りでなく一度きりの関係で……、そして口が堅い人が理想かな……」
*****
「店長、おはようございます!」
「ああ、三日村くん、おはよう」
「店長、聞いて下さい! 予約ちゃんと全部取れましたよ」
「……ええ!? もう全部取れたの? まだ、予約期限まで十日もあるのに! いやぁ、すごいね!」
あたしは、お客様の名前の書かれた鰻弁当の予約用紙を店長に渡す。店長は用紙を受け取り確認すると、うんうんと納得した様子だった。
「実は俺の方も、知り合いに声かけたんだけど結構鰻好きが多くてね。ちゃんと目標数販売できそうだよ。他のみんなも順調なら、本部から仕入れる予定の鰻弁当全部完売できるかな」
「それは、良かったです」
「しかし……良くあの値段で予約とれたね、どうやって予約とったの?」
「おっぱい券……じゃなかった、あたしも学校の友だちに声を掛けまして、皆さん快く予約してくださいました」
「ほほぉ、最近の学生さんは、結構お金持ちなんだねぇ……」
「……あ、店長、そろそろシフトの時間なので、いきますね」
ボロが出ない内に、あたしは退散することにした。
「ああ、宜しく頼むよ!」
鰻弁当の予約が沢山取れたのが余程嬉しかったのだろうか。店長は満面の笑みを浮かべながら、予約表を眺めていた。
*****
……しかし、現実はやはり厳しかった。
あたしと店長、そして三雲さん以外の社員、アルバイトの予約目標は壊滅的な結果になっていた。当日販売に希望を託し、売り場に可愛い鰻の擬人化絵を設置し大々的に宣伝するも、鰻弁当をレジに持ってくる人は、まったくいなかったのだ。やはり値段が高すぎるのだろう。
そして、そろそろ消費期限的に販売ギリギリの時間がやってくる。店長は、売れ残った鰻弁当が置かれた売り場の前で、ガックリと膝をつく。
「……これ、割引販売とかしましょうか?」
あたしは、苦肉の策を提案するも
「割引販売は一応店舗の采配に任さられているんだけど、ブランドイメージを損なうということで本部がうるさいんだよね……」
「あ、そうですか……」
とはいえ、高額の鰻弁当を数百円値引きしたところで、売れるとは思えなかった。この状況を打開する、何か良い方法がないか考える。
「……お客に売れなければ、あたし達が買えばいい……」
「そうです、店長! これは、あたしたち従業員で買うようにしましょう!」
「ええ……! いや、それは自爆営業になるから、かなり不味いよ! ただでさえ、目標というノルマを課してしまったのに……」
売れ残りの鰻弁当が余程ショックだったのだろうか、店長は弱気な様子だった。これは、あたしが励まさないといけないだろう。
「店長、目標を課すというのは、業務命令の範囲内で許可されています。しかし、それを達成出来なかった場合のリスクも当然でてきます。そこは従業員で助け合いましょう」
あたしは、自信満々で答える。
「大丈夫です、目標を達成できなかった従業員が、それなりのリスクが伴うのは違法ではありませんから!」
「……あれ、……そ、そうだったか……、そうか、違法じゃないのか、じゃあ、みんなに購入してもらうのも、いいのかな……?」
「もちろんです、あたしもノルマを達成していますが購入させていただきます。あたしたちは一蓮托生、もう家族のようなものじゃないですか!」
あたしの言葉が心に響いたのか、店長は瞳を潤ませ感激する。。
「お、おお……! 三日村くん、いや、忍くん、俺は感動した! そこまでお店の事を考えてくれるなんて、俺は君を雇った事を誇りに思うよ!」
「はい、もちろんです! あたしたちの力で、このピンチを乗り切りましょう!」
「おおっ!」
売れ残りの鰻弁当の前で、お互いハグしあう、あたしと店長。きっとそれは傍から見ても、とても美しい光景だっただろう。
あたしは、さっそく店内にいる他の従業員に、買い取りをお願いする。お願いと言ってもほぼ強制だけど。店長には、シフトに入っていない従業員に連絡をとってもらい、鰻弁当を取りに来てもらうことにしてもらった。
なぜか、従業員からは不満の声が出るが、そんな不満は、あたしが一蹴する。
「皆さんの不満は分からなくもありません、しかし、目標を達成できなかったというのは、それぞれの努力が足りなかったということです。現に目標を達成出来た方もいらっしゃいますので、決して販売できなかったという目標では無かったはずではないでしょうか。これが、一般企業の営業であれば、降格、左遷、減給等も当たり前ですよ!(たぶん)」
目標を達成出来なかったという、負い目もあったのだろうか、それから反対意見がでることはなかった。
「もちろん、今回は、目標達成した方にも購入してもらいます。あたしたちは仲間です、辛い時には支え合い、嬉しいときには喜びを分かち合いましょう!」
話終わると、さっそく従業員に鰻弁当を受け渡す。もちろん目標を達成できなかった方へは、少し大目に買ってもらうことにした。お金を持っていない方へはツケもしくは、給料からの天引きを選んでもらうことにしてもらった。
「……私の原付き資金が鰻に……。はぁぁ……」
舞さんはそう呟くと、鰻弁当が4つ入った袋を受け取りトボトボとお店を出ていった。
あたしも2個程鰻弁当を購入をさせてもらった。アルバイトが終わり、アパートへ帰宅すると、早速頂くことにした。
「……うーん、なかなか美味しいけど、値段を考えるとね……。やはり高級路線の商品は少し仕入れを考えないと駄目かな……?」
そんな仕入れの事を考えながら、鰻弁当を完食するのだった。
*****
【数日後】
「いらっしゃいませ」
「あの、すいません……。お弁当の裏チケットってありますか?」
「はい? 裏チケット……ですか? どんなチケットでしょう?」
「あの……おっぱ……チケットなんですが……」
あたしと同じくらいと思われる高校生は、顔を赤らめて答える。
「????」
「ああ、いえ、僕の勘違いです、ごめんなさい!」
すると、そのお客様は何も買わずに、恥ずかしそうにそそくさとお店を出ていってしまう。
「どうしたの?」
隣のレジで様子を見ていた店長が、あたしに声を掛ける。
「いえ、なにか、裏チケット?……みたいな事をいわれたのですが」
「ああ、なんか最近問い合わせが多いんだよ、俺もよくわからないんだけど、なんかネットで噂になっているそうだよ」
「……噂?」
「なんでも、あーうん、女性の胸を触らせてくれるチケットがコンビニで売られているって。その辺の中学生の発想だよなぁ。はははっ」
「ぶっ!」
その言葉を聞いて、あたしは吹き出してしまう。
「は、はい……そうですね……。そんなチケットある訳無いですよね……」
あたしは、結構人選には自身があったのだが、ネット社会の恐ろしさの片鱗を見た気がしたのだった。




