能力を使って働いたらブラック企業になっちゃいました。(1)
ノベル+専門家による新しいノベル形式の第二弾!
解説を含む、全8章の物語です。
これは、今から少し近未来都市で起きた、世界を揺るがす(かもしれない)ほどの能力をもった女子高生の、波乱万丈な社会貢献のお話である――。
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「むぎゅぅ……」
あたしは、倒れないように車内に設置された近くの手すりにしがみ付く。
田舎オブ田舎から出てきたあたしにとって、都会の満員電車での通学は正に地獄という言葉に相応しいだろう。いつもは混雑する時間帯は避けていたのだが、今日は見たいテレビいろいろな番組があったので、平日の17時過ぎという危険な時間に電車に乗るハメになってしまった。
ホームに並んでいるあたしの目の前に、電車特有の轟音を鳴らし電車が通り過ぎ、ゆっくりと停車する。そして、停車した電車の扉が開くと、その中は帰宅途中のサラリーマンやOLで、恐ろしい程のごった返しになっていた。人が入る余地など無い様に見えたが、あたしは覚悟を決めて電車に乗り込んでいく。
人と人の間を液化した猫のようにスルリと抜けると、あたしは電車の奥になんとか入り込む事ができた。手すりを掴むと少し安堵する。
発車のアナウンスが流れ、電車が動き出す。ゆるりと揺れる電車の中は、人同士がひしめき合う押し競饅頭状態だった。あたしは手すりを力強く握ると、脚に力を入れ倒れないようにしながら、前後左右からの圧迫感に耐え降りる駅をひたすら待つのだった。
「ニューさいたま――、ニューさいたま――」
若い車掌の声で、あたしが降りる目的地がアナウンスされる。しばらくすると電車がゆっくりと停車する。
「みぎゅう……」
押しつぶされそうな圧迫感を感じながらも、あたしは渾身の力を入れ、なんとか踏ん張った。電車の動きが止まると、扉が勢い良く開いていく。同時に、塞き止められていた水が決壊するがごとく、乗車していた多くの人間が一斉に扉の外へ流れ込んでいった。あたしは、例のごとく液化した猫のようになると、人の流れに身を任せ、するりと隙間を抜けやっと外に出ることができた。
「はふぅ……」
ホームに足を着くと駆け足で、その場から離れ一呼吸して息を整える。
「はぁ……やっと降りられた……。この時間はやっぱり危険だなぁ……」
混雑しているホームを後にし改札を抜けると、周りに落ち着ける場所がないか辺りを見渡す。改札口を少し歩くと小さな広場が見えてくる。広場には、いくつか空いたベンチを見つけることができた。あたしは、やれやれと小走りでベンチに向かい、やっとの思いで疲れた腰を下ろす。
落ち着くことができたあたしは、ちょっとだけベンチで一休みすることにした。
「…………満員電車の後だから、ちょっと風が気持ちいい……かも……」
あたしの名は、【三日村 忍】
そして、ここは最先端の技術を集めて創られた若者の憧れの都市「ニューさいたま」
東京に次ぐ、新しい未来の巨大都市として創られた近未来都市だ。見上げると、空には巨大のビルが何棟も立ち並んでいる。その光景には目がくらむような感じさえもする。
田舎の更に山奥暮らしだったあたしは、頑張って努力した甲斐もあり、今年の四月からこのニューさいたまの少し外れにある女子校に通うことができたのだ。
田舎者のあたしがなぜ努力できたかというと、中学生の頃見ていた番組がきっかけだった。
それは「働く学生さん」という、タイトルそのまま働く学生、主に高校生が主役のドキュメンタリー番組だった。テレビの中でカッコよく働く高校生の輝きに、当時中学生だったあたしは夢中になっていた。
都会なら、いろいろな仕事ができると思ったあたしは、思い切って都会、しかも若者に人気の近未来都市近くの女子校の入試を受けることにした。
そして、見事合格できたのだ。(ただ、補欠合格だったけど。)
まだ、新しい生活を始めたばかりで余裕が余りない状況だったが、もう少ししたらこの辺りでアルバイト先を探そうと考えていた。
あたしは、スマートフォンをスカートのポケットから取り出すと、時間を確認する。
「……なんとかテレビの時間に間に合うかな……」
ゆっくりベンチから腰をあげると、自分のアパートに帰ることにした。アパートは、ニューさいたま駅から少し離れた学校とは反対の場所にあった。バスも通っているのだけれど、節約のため徒歩で通っている。中学生の頃、山奥の実家から山を超えて隣の村の中学校に毎日のように通っていたあたしにとっては、まったく気にならない距離だった。
あたしは大通りに出て、歩道を少し早歩きで歩き始める。しばらく歩いていると、道路側に見知った原付きバイクが走り去っていった。
「あの原付き……、あれ舞さんじゃないかな……」
ハーフのヘルメットから少し飛び出した束ねた金色の髪からして、間違いないだろう。
舞さん、本名は確か【神保 舞】
あたしが初めてニューさいたまに到着し、さっそく迷子になってウロウロしていたところを、親切にも声を掛けてくれて、いろいろ案内してくれた、とても親切な人だった。金色のロングヘア―の髪と可愛い制服がとても印象に残っている。まさに、都会の女子高生という感じだった。
そういえば、まだちゃんとお礼をしていなかった、菓子折りとかもっていかなくちゃ……、そんな事を考えながら、原付きバイクの後ろを目で追っていく。 舞さんの乗った原付きバイクは、交差点に入り道路の三車線側に寄ると、そのまま右へ曲がっていく。
「あっ……!」
その瞬間、交差点側からパトランプの音が鳴り響き颯爽と白バイが登場すると、白バイはあっと言う間に、舞さんの原付きバイクに追いつき、停止するように警告する。原付きバイクは観念したように、白バイの誘導に従ってゆっくりと停止する。原付きから降りた舞さんは、ガックリと肩を落としているように見えた。
「……これは……! 白バイの方には申し訳ないけど、この前の舞さんの恩義に報いるチャンスでは……!」
そう考えたあたしは、小走りで舞さんの元に駆け寄っていくと、しょんぼりしている舞さんに話しかける。
「こんにちは、舞さん」
「あっ……忍じゃない……。あはは、みっともないところ見られちゃったわね……」
舞さんは、苦笑いをすると、白バイ隊員から渡された違反切符を見て溜息をついていた。
あたしは振り向いて、側で書類の確認をしていた白バイ隊員さんに話しかける。
「すいません、何かあったんですか?」
取締中に声を掛けられると思わなかったのだろうか、白バイ隊員さんは、少し困った様子だった。
「え? ええ、交通違反の取締をしているところなんですよ」
「なるほど、そうですかぁ。でも、あたしの見る限り彼女は交通違反をしていないように見えましたけど?」
「え?」
「原付きバイクが三車線道路で、直接右折したら駄目って法律なんて、ないですよね?」
「あっ……?」
あたしがそう告げると、白バイ隊員さんは急に何かを考え始めると、少し青ざめたような顔をする。
「あ、ああ! そうですね……」
白バイ隊員さんは、あたしにそう応えると軽くお辞儀をして、舞さんに話しかけると、深々と頭を下げて謝り始めた。突然の謝罪に、舞さんも驚いていた。
謝罪した白バイ隊員さんは何事も無かったように、この場を走り去っていった。呆然とする舞さんだったが、我に返るとあたしに訪ねてくる。
「ね、ねぇ? あの白バイの人に何かいったの?」
「えっと、たぶん舞さんは違反していないって、伝えただけだよ」
「そ、そうなんだ! 助かったよ忍! 白バイの人の勘違いらしかったんだけど、勘違いであやうく違反切符切られる所だったから!」
「それは、良かったですね!」(にこにこ)
「今月のお小遣いが残り少なくってさ……、どうしようかと思ってたところなんだ! 本当に助かったよ! ありがとう」
「いえいえ、あたしも舞さんには、ここに来た時にお世話になりましたから」
「あはは、今度は私がお世話になっちゃったね。あ、ごめん忍、今日はちょっと急いでいるんだ、また連絡するから、何か奢るよ!」
「はい、お気をつけて」
「それじゃあね!」
そういうと原付きに乗った舞さんは、振り向いて手を振り颯爽と走り去る。あたしは、原付きバイクが見えなくなるまで手を振り見送った。
そして、一人になったあたしは、ほっと胸を撫で下ろす。
「……白バイの隊員の方には少々申し訳なかったかな……」
とりあえず、あたしのこの【力】は、こっちに来ても特に問題なく発動してくれた。
【あたしのちから】
それは、人が作り出した法律を無効化する力。
あたしはカッコよく【法律無効化能力(Ability law canceler)】と呼んでいたりする。
その名の通り法律を無効化出来る能力だ。どうして使えるのかと聞かれてもあたしにも答えられないけど。
この力は、対象者に法律が無効なことを伝えると、それが対象者および世界(ただし有効範囲は狭い)にとって現実となってしまうのだ。ただ、知り合いでもない場合が効果が5分ほどで切れてしまう。
凄いことができそうで、微妙に使いづらい能力だった。ただ、悪用すれば、それこそ大犯罪ですらも無効化できてしまうだろう。
あいにくと、あたしはそういう悪知恵には興味が無かった。
そう、やはり人としては役に立つ事に使いたい……! と思っているからだ。
……まぁ、さっきの違反をを無効化したのは、どちらかというと私利私欲になってしまったかも知れないけど。でも、事故も無かったし舞さんも喜んでくれたので、まぁ……いいかな……?
そんな事を考えながら、あたしは再度スマートフォンで時間を確認すると駆け足でアパートに帰ることにした。道路に植えられた桜の花びらの舞う夕方の風は、まだ少し冷たかった。




