第二章②
翌日。土曜日。
オウマと京子の二人は昼頃、近くにあるショッピングモールへと足を運んでいた。
「やっぱり悪いよ……」
申し訳なさそうに言う京子。オウマは彼女に必要な日用品などを揃えるためにここまで来ていたのだ。当然、高校生の彼女には自由になるお金はあまりないらしく、彼が費用を負担することに気後れしているのだろう。
どうやら京子は本格的な家出をするようで、何週間は実家に帰らないそうだ。両親と気まずい、という理由だけでなく、もっと他にも事情がある様子だった。表情を見れば察することができる。
オウマはぶんぶんと首を横に振って、
「いや、何日泊まるか知らないけど、それなりの期間いるならちゃんとしろ。俺と一緒のバスタオルとか、嫌だろ?」
「まあ、そりゃあ……」
実際女性は男性よりも日用品に気を使う。使って然るべきである。さすがに何でもかんでも買ってやるわけにはいかないものの、最低限のものは揃えてやりたかった。一定以上の金額に達すれば、最悪実家から請求すればいいし。
「充電器とか制服とかはまた今度実家に取りに戻りなさい」
「えー……。ついて来てくれたりとかは、ない?」
「有り得ん。そこまで面倒は見切れない」
断固として拒否したことで、京子はがっくりと肩を落とした。母の美和子は専業主婦だから、おそらく鉢合わせになるだろうから、余計にオウマとしては脚を踏み入れたくない。
ショッピングモール内は、休日ということもあって物凄い人だかりが形成されていた。この中で歩きスマホをすれば、毎秒おきに人と衝突しそうである。大学の食堂といい勝負だ。
ちゃんと京子が後ろをついて来ているか確認しながら、オウマは尋ねた、。
「まずは何から買いに行く? ここからはお前について行くからな」
「ええっと……。とりあえず二階にあるホームセンターかな? そこでだいたい揃うから」
「あ、そうだ。せっかくだから下着コーナー行こうぜ。俺ずっと入りたかったんだけど、ほら、女性連れじゃないと入りづらいだろ?」
「やだよ! そんな不純な動機で!」
知的好奇心に基づく行動なので、ある意味純粋だと思うのだが京子には通じなかったようだ。残念。胸パッドとか本当に売っているのか確認したかったのに。
それから時間をかけて生活雑貨を見て回る二人。京子はなるべく安いものを買おうとするのだが、せいぜい百円単位の差額なのでその度にオウマは高いものを買うように言った。
買い物カゴがそれなりに埋まったところで、一旦お会計をしようとレジへと向かう。当然、荷物持ちはオウマである。押し付けられたのではなく、自然と彼が持とうと働きかけていたのだ。
京子も少し気にしているようで、
「大丈夫? 結構重くない?」
「数はあるが、重量はそこまででもないからな。だいたい、あんまり女性にこういうのを持たせるのは気が引ける」
「えっ。お兄ちゃん、私のこと異性として見てるの?」
「ちんちくりんに欲情するほど俺はお猿さんじゃない。成人してから出直してこい」
なにおう、と頬を膨らませる京子。だが、不意に表情がコロッと変わった。不満げな様子から、意地悪な顔付きへと。
「妙に慣れてるところを見ると、お兄ちゃん。さては彼女さんでもいるの?」
「以前はな。今はいない」
何故だかそう答えると、童貞がさも「経験ありますよ」的な見え張りに聞こえてしまう不思議。イケメンが言うと別なのだが。
「それひょっとして、お相手はミク先生だったりする? 何だか親しい様子だったし」
「…………、まあ。当たらずとも遠からず、と言うべきか」
「何それ。彼女であるか否かの二択でしょ。その中間って……はっ! まさかセ、セフレ!?」
「違うから」
京子は性に関して少しムッツリな発想をする傾向にある。デリヘルのフルネーム知っていたし、兄が包茎かどうか気になっていた。セフレであることを疑う前に、恋人未満友達以上みたいな関係に至らないものか。
そうこうしているうちに、レジの順番が回ってきた。急いでポケットから財布を取り出していると、頭上から「よお」と声が降ってきた。
「オウマじゃん。今日はゆっくり買い物か?」
顔を上げると、視界に映ったのは大学の友人である陽目葵だった。ここのホームセンターのバイトをしている彼は、どうやら今はレジ打ちを担当しているようだ。
陽目はピッピッと手際よくバーコードを読み取っていきつつ話しかけてくる。
「レジ打ちは楽しくなくてなあ。品出しとかの方が変化があってまだ気楽だ」
「そういうわりには手馴れてるじゃん」
「大学入ってずっとやってるからな。いい加減飽きてきたぜ。楽しみと言えば、JK・JDと話すくらいだ」
そうだ、と彼は思い出した風にハッとなって、
「昨日はどうだった? ほら、ミク先輩と飲んだの」
「ああ、……まあ色々あったな」
飲み会が吹き飛ぶほどの、帰宅してからの慌ただしさ。結局綴町はあの後すぐに帰ってしまった。
すると陽目は、にやにやと下世話な笑みを浮かべて言った。
「ぶっちゃけ、その後ヤったのか?」
「…………答えてもいいけど、今は少し遠慮してくれ」
「何で? あ、周囲の目があるもんな」
「それだけじゃない」
ちら、とオウマはすぐ左側に視線を移す。それを陽目も辿り、隣にいる少女――――京子に目を付けた。
ふむと少し考える素振りを見せて、それからアッと小さく声を上げた。
「貴様……ミク先輩という者があろうに、こんなJKにまで手を付けるなんて――――ッ!」
「ふっ。モテる男は辛いぜ。光源氏の気持ちがよく分かる」
「って違うでしょ! 私は妹です!!」
声を荒げて否定する京子。オウマは「ジョークだよ」と笑って流した。
陽目もコロリと表情を変えて、納得した風に頷いた。
「ああ、昨日言ってたな。義妹がいるって」
「それそれ。だから兄の性事情をあまり聞かせたくないんだよ」
「何か温度差激しくないですか……? 真面目に否定した私がバカみたいじゃん…………」
京子はドッと疲れたように肩を落とした。その彼女を品定めするようにして観察する陽目は、会計を表示させるとともに急に決め顔を作った。
「申し遅れた、お嬢さん。私はオウマの心の友、陽目葵。教職の道を志す同士……つまり、君は私の妹でもあるわけだ。――――お兄ちゃん、と呼んでいいんだよ」
「いや、その理屈はおかしい」
義妹に憧れを抱く典型的なアニメ脳の持ち主である陽目には、そういった願望が強すぎる傾向にある。確かに京子は贔屓目なしに見ても綺麗な部類に入る。オウマも義妹でなければ粉をかけていたかもしれない。
迫ってくる陽目に、ドン引きする京子。オウマも内心「気持ち悪いな」と思っていたので、素早く会計を済ませようと急かす。
「ほら、会計いくらだ?」
「え、あ。一万円になります」
「じゃあちょうどで」
「千円のお返しになります」
「コントやめろ。何で千円多く取ったんだよ」
出てきたレシートを強引にむしり取って、オウマは早々にカゴを持って退散する。京子も背中にピッタリとついて来ている。
背後から悲痛な声が上がる。
「妹ちゃーん! せ、せめて一言! 『気持ち悪い』でも何でもいいからーっ!」
しかし彼女は振り返ることなく、またオウマも気に留めることなく出口へと向かっていった。