第二章 平穏の皮を被った不穏
護国寺京子の幼少期の思い出には、その大半に両親の姿が映っている。温厚な母に、いつも自分を遊びに連れて行ってくれる優しい父。それが私の全てだった。二人と動物園に行き、遊園地で遊び、授業参観にも揃って来てくれた時は本当に嬉しかった。
当時はその父が再婚相手だということを知らなかったことを差し引いても、京子にとっての父親は護国寺茂雄であることに違いはない。本当の父の姿は、写真でしか見たことがないのだ。
再婚するまでは不安定な状態が続いていた母も、目に見えて快調に向かっていった。それに伴って母の笑顔の回数も増えていった。それを見ると父も、私も釣られて笑ったものである。
――――だから、いつもその輪に加わろうとしない兄を見て、心底不思議がったものだ。こんなにも楽しい空間が広がっているのに、何故兄は独りでいることが多いのだろうか、と。
そもそも、彼女の抱く兄への第一印象はそう良くなかった。いつも寡黙で、遊び相手にもなってくれなかったし、幼心ながらに仲の悪いことを感じさせた父兄の関係上、心象の良かった父の味方をするのは仕方のないことだと信じたい。
そんなある日、確か彼女が小学生だった時分。京子は母と大喧嘩したことがあった。些細なことがキッカケだったと思う。彼女は家出を敢行し、夕暮れ時まで近くの公園で遊んでいた。この時心のどこかで、母が探しに来てくれることを望んでいたはずだ。けれど、現れたのは当時中学生の兄であった。……今思うと、あれは探しに来てくれたのではなく、単に下校の最中だったのだろう。鞄を背負っていたし、何より「げっ」みたいな表情をしていた。
ただ、心細い思いをしていた京子には、そんな兄の姿が颯爽と現れたヒーローのように見えたのは確かだった。
彼は微妙そうな顔をしながらも彼女の話を聞いていた。母が最近自分に対して厳しいだとか、父が忙しそうにして自分の相手をしてくれないだとか、身勝手なことを。その間中、兄は黙って頷くだけだった。
――――このとき何故自分が涙を流したのか、京子は今でもよく分かっていない。その様子を見て兄は困った風な表情をして、ポンと頭を撫でてくれて、
「大丈夫……。京子は良い子だから、大丈夫だ」
不器用な優しさだった。慣れていないようでもあった。されど、そんな拙い言動でも伝わってくるものは確かにあった。
直後に母が迎えに来てくれて、彼は逃げるように帰ってしまったが、以来自然と彼を兄と慕うようになった。彼は嫌そうにしていたが、京子はお構いなしに絡んでいった。
しかし、いくら彼女が兄を家族の輪の中に入れようとしても、彼は頑として受け入れなかった。その話をすると、彼は冷たさを感じるほどの無表情になるのが怖くて、京子も自然と誘うことをやめた。
それは両親も同様だった。母は複雑そうな顔をして、父は少しだけ不機嫌そうになった。――――彼女はようやく、自分の思い描いている家族像と、現実のそれが違っていたのだと気付いたのだ。
そしてそれは、自分ではどうにもならないほど深い溝であることに――――