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義妹と過ごす教育実習記  作者: 名無なな
第一節 教育実習編
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第一章⑤

 護国寺京子が遅めの夕食を食べている間、オウマと綴町はコンビニに向かって夜道を歩いていた。泊まるとなると、それなりの用意が必要となるからである。



「てか、ミク先生的には良かったんで? 一応京子の奴、補導対象になるんじゃあ」

「うーん……でも、私はほら、学校を出た時点で教師じゃないから。今回ばかりは見逃すとしよう。いやあ、公私の混同しない私って控えめに言って神」



 単に面倒臭いだけだろうとは思ったが、口には出さなかった。オウマの半分は優しさでできているのだ。

 綴町は石ころを蹴りながら、


「私が言い出したことだけど、本当に泊めて良かったの? 仲悪いとばかり思っていたけど?」

「いや、仲良くはないでしょうけど、悪くもないですよ。普通に話せてたでしょ?」


 ふーん、と何故か彼女の表情が不満げに染まった気がした。

 あくまでオウマと仲が悪いのは実父であって、別に美和子とも京子とも険悪というわけではなかった。ただ実家にいた時から言葉を交わす頻度が僅かだっただけで。それを世間一般で仲悪いと言われたら、閉口するしかないが。


 寒い、と綴町が身を縮みこませる。五月になったものの、薄着ではまだ肌寒い季節だ。上着を彼の家に置いてきてしまった彼女は、失敗したなぁとぼやいた。


「…………」


 オウマは少し躊躇してから、部屋着のジャージを一枚脱いで、綴町へと差し出した。

 彼女は若干戸惑った風だったものの、微笑んでそれを受け取った。袖を通して、襟の辺りをクンクンと匂いを嗅ぐ。



「うーん……五九点かな。ギリギリ赤点レベル」

「いきなり服の香り確かめた挙句、酷評するのやめてもらえません?」

「これちゃんと天日干ししてる? 陰干し特有の匂いがするんだけど。前も言ったけど、基本はやっぱり天日干しだよ」



 まるでオカンみたいなことを言う綴町。どうせ部屋着だから、とこまめな洗濯を怠っていたせいだ。そんなものを彼女に着せているのだと思うと、少しばかり申し訳なく思った。

 しかし彼女がチャックを上げてしまったため、返品を願い出ることができなくなってしまった。暖かそうにしているし、無理やり奪う必要もないかと思ったのでやめた。


「ともあれ、俺もずっと居候させようなんて考えちゃいません。十日ほど間を空けて、折を見て家族との話し合いの場を持たせたらいいかなと」

「……優しいねえ」

「そうですか? 家族会議には俺、一切関与しませんから。玉砕しようがどうなろうが、もう知ったこっちゃありません」

「さて、どうだろう。君は何だかんだ言いつつも、護国寺さんに与すると思うよ」


 まさか、とオウマは鼻で笑う。父と顔を合わせたら、もはや面倒事が起こるのは確定事項である。そんな不和を実家に持ち込むのは好ましくない。


 淡々と夜道を歩く。実はオウマ、夜道が怖く感じたりする性格であった。ホラー映画の影響で、誰かが近寄ってきているような気がするのだ。あくまで気がする程度だが。

 しかし綴町とともにいると、そんな恐れは不思議と生じなかった。不安よりも和やかさが勝っているのか、心地よいとさえ思えた。

 彼女がふと、夜空を見上げた。釣られて彼も見やるが、生憎の曇り空で月も星も見えなかった。明日は雨が降るかもしれない。


「それにしても、そうか……。まさか護国寺さんが、君の妹だったとはね…………」


 闇と同化するような声は小さく、聞き取るのも困難なほどである。反応したオウマは自然と隣を歩く彼女の顔に目を移すも、横髪がかかって表情を読み取ることができなかった。先ほどまで蹴っていた石ころが、道路脇の排水溝へと落ちた。


「何て言いました? 『オウマきゅん、カッコいい』って言いました?」

「言うわけないだろー。んじゃなくて、オウマくんは週明けからうちで教育実習なわけでしょ? そうなると、あの子の前で授業することになるんだなって」

「あ」


 今更ながらに気付いた。本当に今更だが、完全に失念していた。

 明日からの土日を挟んで、月曜日から教育実習が始まる。綴町の教え子ということは、つまり京子が通っている高校だということである。つまり、オウマは妹の前で教鞭を執らなければならないのだ。


 どうしよう、とオウマは綴町の方を、縋るような目付きで見て、


「京子の授業と被らなかったりは……?」

「しない。言っとくけど、また自己紹介で滑り芸を披露しないでね。私もフォローできないから」


 となると、真面目な挨拶を考えなくてはならないが、それはオウマにとって何より至難を極める。『逢魔斗真です。短い間ですが、よろしくお願いします』なんて、何のインパクトも意外性もない。そもそも挨拶に奇抜さを求める方がおかしいと思うのだが、彼の価値観ではどうも普通とは逆らしい。

 はあ、と綴町は呆れたような息を漏らす。


「私もさ、普段はおちゃらけてるって言われるけど、学校だとそうでもないんだよ? 『ごきげんよう』とか普通に言うし」

「はいダウト。お嬢様がハンバーガー屋で『これめちゃくちゃ美味えですわ!』とか言うくらいあり得ない」

「あれ実際どうなんだろうね。セレブ的にも美味いもんなのかな?」

「食えるっちゃ食えるけど、普段食べてるものの方が美味しいんじゃないかって。社交辞令的な」


 そもそもお嬢様はナイフとフォークを使って食べそう。手掴みとか想像できない。

 ともあれ、学校に身内がいるとなるとそう突飛な行動は取りづらい。逢魔にも羞恥心というものがあるのだ。うーむ、と悩んでいると、綴町が「いったい何をする気だったんだ……」と訝しげに見つめてきた。


「ホントにちゃんとしてね。学生時代は初手でミスっても何とかなるけど、教師だと致命傷になるから。具体的に言うと生徒に舐められる」

「俺、生徒とは垣根を作らない教師を目指しているんで、都合良くないですか?」

「垣根超えるどころか、多分不法侵入されると思うよ」



 ――――こうして夜は更けていく。





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