③人間って面倒臭い
(困ったことになった……)
芦屋はこの後用事があるからと言って、早々に部室を後にした。
いつもの相談事かと思いきや、とんだ爆弾を持ち込んでくれたものだ。よもやダブルデートとは。
どうやら大学から三十分ほど電車を乗り継いだ先にある、最近できたばかりのテーマパークが舞台らしい。遊園地など二十歳を過ぎてからほとんど言っていない。ゼミ生と一度だけ地方の遊園地で遊んだことはあるが。
ジェットコースターが苦手ということもあるし、何より相手がいなかった。オウマ以外にも友達のいる大名寺だが、遊園地は行き先に挙がらなかった。大抵は近場のアミューズメント施設か、一泊二日の温泉旅行で遠出するくらいだ。
(それがまさか、成行きとはいえオウマとデートすることになるなんて……!)
そっと頬に手を添える。平常よりちょっぴり体温が高い気がした。
オウマはというと、彼は面倒に感じているのか、疲れた風に肩を回している。
「来週か……。随分と急な話だな」
「ええ、そうね……」
来週の土曜日が芦屋の指定した日だった。遊んでいる間に、オウマがナオキに好きな人の名前を聞く。たったそれだけのことだが、まったく知らない人と遊ぶのはやはり気が重い。
大名寺の声には平生の快活さが消えかかっている。まだ先の話だと言うのに、変に意識して今から緊張してどうする。
しかしオウマはそのことに気付いた素振りも見せず、半ば独り言のように呟く。
「それにしても、仲間が信じられないか……。まあそりゃ、年頃の男女が七人も集まってりゃ、そうなるよな」
「? どういうこと?」
首を傾げ尋ねる。するとオウマは肩を竦めて、
「いや、そういうのってだいたいお金か恋愛か、あるいはギャップとかで拗れたりするもんだろ。俺もそうだけど、基本的に人間って自分の価値観を信じて疑わないし。そこに勝ち負けが介在したら、そりゃあ拗れるわな」
お金を人より持っている。人より女性経験が豊富。人より美人の彼女と付き合っている。など、人より優れたものを持っていると人間は驕り、優越感に浸る。そして敗者は劣等感を抱き、敵視する。人間というのはスポーツのみならず、些細なことでマウントを取り合う種族なのだ。
大名寺はまったく、とため息を吐いて、
「あんたもかなり拗らせてるわね」
「悪口で言ったんじゃないぞ? ほんとに。けどそういう意味で陽目や大名寺みたいに、特定の二、三人とだけ付き合ってた俺は恵まれてたんだろうなって」
どうも、と小さく返事をする。認められたようで、心がポカポカと温まるのを感じる。
いつも集団でいるから仲良し、と決めつけるのは短絡的だ。呉越同舟という言葉通り、たとえ仲が悪くても人は共にいることができる。それを美徳と言えれば幸福なのだろうが、声を張って言えるのは少数だろう。
同じグループという枠組みにいるから仲良くあらねばならない。たとえ内心嫌っていても、周囲と合わせなければならない。そういう思いが共同体を維持しているのだ。
ともあれ、オウマのそれが捻くれているのは間違いないけれど。
彼は大きく伸びをして、
「今から億劫で仕方がない。遊園地なんて高校の修学旅行以来だぜ? メリーゴーランド乗りまくってたわ」
「あれ楽しい?」
「思いのほかな。でも今度行くそこにはないはずだし、はあ、俺はいったい何しに行くんだろ」
「ねえそんなに楽しみ? 他にもアトラクションいっぱいあるじゃない」
かく言う大名寺は、既に心がぴょんぴょんしているのだが。
私も今度乗ってみようかしら、と考えていると、オウマの携帯にラインが入った。どうやら陽目からのようだった。
「えーっと……、『相談は終わった?』だって。面倒なことになった、と返しておくか」
彼はスマホを操作して陽目へと返信文を打つ。わりとぎこちないフリップ入力をしながら、どうでもいいことを呟いた。
「そう言えば、『性欲』をフリップ入力すると十字に切るみたいでカッコイイよな?」
「いや知らんけど。なになに、右、左、下、上……ホントだ。ちょっと感心したけど、何でこんなこと知ってるのかしらね……」
入力し終えたオウマは、改めてスマホをポケットの中へと戻す。そしてやはりため息を吐いた。フリとはいえ、デートという名目で遊園地に行くのは気が重いらしい。
ズキ、と胸の内が痛む。それはつまり、自分のことなど何とも思っていないということだから。
そのような感情のせいか、つい考えなしに口走ってしまう。
「――――そんなに私と出掛けるのがイヤ?」
分かっているのだ、オウマがずっと綴町に惹かれていることなど。それは二人が別れてからも続いていることを。
ズルい女だ、と自嘲する。こんな言い方をすれば、オウマは嫌と言えないだろう。
「大名寺……」
ぐ、と彼は続く言葉を呑み込んで、伏し目がちになる彼女に向けて言った。
「……飯、行くか?」
言葉ではなく行動で示すのが、どうにもオウマらしくて彼女は苦笑した。
先に立ち上がったオウマの手を取り、大名寺はうん、と表情を緩めて答えた。