②大学生活支援同好会
実は主人公は部活に入ってました。ちなみにこのサークルは実在のをモチーフにしています。
翌日、土曜日。オウマは大名寺とともに、昨日訪れた部室で待機していた。
くあ、と大名寺が懸命に欠伸を噛み殺している。昨夜は眠れなかったのか。大方京子と話でもしていたせいで寝不足に陥っているのだろう。
早朝からそんな調子だった彼女のために、オウマは買い置きしている栄養ドリンクを鞄から取り出し、彼女へと差し出す。
「ほら、これ飲んで耐えてろ。そろそろ来るんだろ?」
「うん……ありがと。ふぁああっ、瞼が重いわ……」
彼女はその栄養ドリンクを一気に飲み干し、力なくソファーに身体を預け直した。効果が及ぶ前に寝てしまいそうだった。
やれやれ、とオウマは首を振る。今日は彼女が設けた場だというのに、当の本人がこの状態では先が思いやられる。
――――オウマ、大名寺、陽目の三人はサークルを運営しているのだ。サークル名は『大学生活支援同好会』。どこの大学にでもありそうな、ボランティア団体である。
活動内容として『本学生が不自由なく学校生活を送れるよう支援する』という、なんとも胡散臭いお題目を掲げている。たとえば新入生のためにサークルの情報誌を配ったり、履修相談に乗ったりするのだ。
本来サークルは部室を貰えないのだが、その題目が自治会の琴線に触れたらしく、特例として部室所持を認められた。他のサークルからは非難もあるらしいが、持たざる者の僻みに耳を傾ける必要なし。
とはいえ、上記の活動はほとんど建前で、実際は個人的相談が多い。特に恋愛相談がよく持ち込まれる。二次元ラヴの陽目はともかく、オウマも過去付き合っていた経験――苦い記憶でもあるけれど――がある。何より男性を手玉に取っていそうな大名寺がいるため、特に女性からの相談が多い。
「今日はお前の知り合い経由なんだよな? また女子か?」
「ああ、うん……。なおちゃんの友達で、私も何度か会ったことあるくらいでさ。顔を合わせるのは久しぶりだなあ」
「おいおい、お前だけが頼りなんだぞ? 俺、基本的に隣で相槌打っとくから」
「あんたは三者面談の生徒役か」
中学や高校での三者面談のとき、盛り上がるのはだいたい担任と親で、渦中にいるべき生徒は蚊帳の外に置かれるらしい。オウマは何かと理由を付けて二者面談にしてもらっていたが。
相談者とはこの部室に十時半の待ち合わせをしている。本当は陽目も出席すべきなのだが、今日は二日酔いで動けないみたいだった。
部室に着いて待つこと十数分、ようやく相談者が姿を見せた。
「どもー。なおっちから話聞いて来たんですけどぉ」
顔を覗かせてきた相談者である女性は、俗に言えば今風を集結させたような出で立ちをしていた。
目立たない程度の茶髪に、扉を支える指先にはネイルが光沢を放っている。服装にもかなり金を注ぎ込んでいるように見て取れた。
「お待ちしてました、芦屋さん。どうぞこちらにお掛けなさってください」
大名寺は立ち上がり、背筋を伸ばして対応する。就活の気分が抜けていないのか、いつになく丁寧な言葉使いである。同学年のはずなのに。
そのまま大名寺はオウマの隣へと移動し、芦屋をその対面へと誘導する。彼女は物珍しそうに部室を観察しながら、ゆっくりと腰を落ち着ける。
「単刀直入になりますが、今回はどういった相談事で?」
大名寺が2Lペットボトルから紙コップへとお茶を注ぎ、それを芦屋へと差し出しながら尋ねた。芦屋は一口お茶を啜ってから答える。
「あれ? なおっちから聞いてない? まーいいけど。あ、話ってゆーのはね、まあ簡単に言えば恋バナで」
ペラペラと軽快に口が回る。芦屋は大名寺しか見ておらず、もはやオウマなど添え物以下の認識だろう。疎外感。
芦屋が語ったところ、どうやら彼女が仲良くしている七人グループに、好きな男子ができてしまい、結ばれるにはどうしたらいいの? 的な話らしい。会話に参加できない分、説明役に徹するとしよう。
「なんて言うの、ほら、あたしらってもうすぐ卒業なわけじゃん? だからそれまでに付き合いたいの。イケメンだし。それにナオキってば、どこだったか大手企業に就職決まったらしくてさ、もう告るしかないって思ったわけ!」
ちょっと打算が見え隠れしているが、概要としては良く持ち込まれる話である。多感な年頃の若者たちを、大学という一つの箱庭に閉じ込めれば自然と恋は芽生える。
そしてだいたい、この手の相談に関して大名寺は「告白した方がいい」と後押しをする。変に止める必要がないこともそうだが、相談に来るということは少なからず告白したいと考えているということだ。ならば、ちょっと後押ししてやるくらいでちょうどいい。
うんうんと頷き、大名寺はいつもの通り言葉を返そうとするよりも早く、芦屋が急に両手を合わせて拝み始めてきた。
「――――というわけでお願いっ! 今度あたしらとダブルデートして!」
は? とオウマと大名寺の声がハモる。ついでに顔を見合わせる。
いったい何が「というわけで」なのか。皆目見当もつかないが、少なくとも面倒臭そうなことを言おうとしているのは何となく察することができた。
呆気に取られる二人を見て、芦屋がすぐさま補足する。
「あ、要するに、そこの彼がナオキに『好きな奴いる?』って確認してほしいの! それを自然と装うためのダブルデートなのよ」
急に話の矛先が自分へと向けられ、困惑してしまうオウマ。
「いや俺、そのナオキって人、まるで知らないんだけど……」
「だから当日ダブルデートで親睦を深めてから聞くんじゃない。もちろん、このダブルってゆーのは、ナオキと私にあんたたち二人ね」
「はぁああっ!?」
大名寺が素っ頓狂な声を上げる。不意なことでびっくりしたオウマは、半ば恐る恐る彼女の横顔を見やる。
彼女は憤っているのか、ひどく興奮した様子で顔を朱に染めている。
「ちょっとそれは意味が分かりません! そんなの、お友達にでも頼めば済む話じゃない!」
「確かに」
うんうんとオウマは頷く。頭に血が上っていようとも、即座にこういった反論ができるのだから、大名寺の素の頭の良さが窺い知れる。
彼女の迫力に気圧されたみたいで、芦屋は少し仰け反りながら宥めようと手で制する。
「いやいや! それはそうなんだけど……、ちょっとそれがしづらい事情があってね……」
「事情?」
オウマが大名寺に代わって進行役を担い出る。
「あ、うん。あたしら七人グループなんだけどさ、ほら、そういう恋バナ系って仲間にすぐ知れ渡るじゃん? もしフラれたらギクシャクするだろうし、何より抜け駆けされるかもしんないし!」
「抜け駆けって……、そこは仲間とやらを信じるべきじゃないのか?」
「いやあ、ナオキってば競争率高いっぽくってさー。恋は戦争ってゆーし!」
ナオキを狙っていた他の女子からすれば、芦屋に抜け駆けされたと感じると思うのだが。
そう考えただけで口には出さなかった。言葉にすれば説教臭くなるのは間違いないし、芦屋にしてもそこまで口出しされたくはないだろう。
「……でも、私たちは助言をするだけで、実際に行動するのは活動範囲に含まれていないんです」
「あ、そこは心配しないで。ちゃーんと遊園地のチケット持ってるから! 何だったら交通費も出すし。だから、ね? 何とかお願いできない?」
大方冷静さを取り戻した大名寺は最後の抵抗を示したものの、芦屋が用意周到さを見せるようにペアチケットを二枚取り出した。
安楽椅子探偵よろしく、現場に出向かない『大学生活支援同好会』だったが、どうやら前例が作られそうだ。たとえ親しくない仲とはいえ、ここまでお膳立てされて無下にするのも憚られる。
大名寺も観念したようで、がっくりと項垂れていたのが横目で見えた。




