⑥異性を部屋に泊めることは、即ちHオッケーのサインではありません(後)
「まあそれは置いといて……、最近、少しナイーブになることがあってな。個人的なことだから隠し通すつもりでいたんだよ」
「……それってどーせ、綴町さんのことでしょ?」
「そこまで分かるのか」
ひょっとしてこいつ、エスパーなのでは? という考えが過ぎる。元々大名寺は何かと鋭い人間だが、今日は一段と冴えている印象だ。
綴町が教え子に冤罪を押し付けようとしていたなんて、決して他言できる話ではない。時が来るまでオウマは自身の胸の内に留めておくべきことだ。
故にオウマは、若干歯切れを悪くして答えた。
「……デリケートな問題でな。あんまり言いふらすことのできない話だからってのもある。あの人がどうするかが重要なんだよ」
「…………、」
ジー、と大名寺がジト目で見つめてくる。何だかこそばゆい感覚が肌を走る。
大名寺と綴町はオウマ経由で知り合ったのだが、傍目から見てもさほど仲睦まじくはない雰囲気だった。険悪というほどでもないが、少なくとも意気投合はしておらず一線を引いているような感じを受けた。
誰とでも仲良くできる綴町もそうだが、基本万人に愛される大名寺が友好関係を築けていないのが印象的であった。てっきりオウマはすぐ仲良くなって、百合百合しい関係になるんだろうなあ、と漠然と思っていた。
すると大名寺は、憂さ晴らしのように高級プリンをパクパク食べながら、
「あんたたちのことだから、大方妊娠させちゃって家族に知られて問題になり、綴町さんは出産するか否かの選択を迫られてる、みたいな感じなんでしょ?」
「ブッッッ!?」
口に含んでいた水を、思わず吹き出してしまうオウマ。それほどまでにぶっ飛んだ発言だったのだ。
彼は口元を拭いながら、
「『あんたたちだから』って、いったいどういう目で俺たちを見てたんだ!? ゴム無しでやるほど後先考えず盛る動物だとでも思ったか!」
「? 違うの? デリケートで、綴町さん次第な問題で、能天気なあんたがナイーブになる。ほらもうこれって、妊娠発覚以外ないじゃない?」
「奇跡的に条件と合致しているな……」
勘違いさせるような言い方をしたオウマも悪いが、大名寺も大概だと言ってやりたい気持ちに駆られる。
しかし当の彼女は、先ほどまでムスッとしていた空気は消え、今度はゆっくりとプリンに舌鼓を打っている。
「んー、このプリン美味しー。最近のコンビニスイーツも侮れないわね……!」
「え、今の爆弾発言もう終わり? これ以上触れちゃいけないやつなの?」
「うっさいわねー。あんたが紛らわしいこと言うから悪いんでしょ。こっちは深く聞かないでおいてあげるんだから、感謝してほしいくらいだわ」
そこに関しては本当に助かる。呑み込みの早い友達で良かった。
それから小一時間ほど飲み直して、大名寺がチラッと時計に目を遣った。
「もう十一時か。ちょっとシャワー借りるわね」
彼女は自身の出したゴミをひとまずゴミ袋へと入れて、浴室へと入っていった。
オウマもそれに倣ってゴミをまとめていると、浴室から水の流れる音が聞こえてきた。彼とて盛りのついた大学生。『ごく身近にシャワーを浴びている女子』がいるというシチュエーション下で何も感じないほど枯れてはいない。
しかも相手が自他ともに認める美人であればなおさらだ。ラッキースケベ(故意)の一つや二つしたくなるのも仕方のないことと言えよう。
(そういや最近、自家発電してないんだよなあ……。京子がいたから。個室ビデオとかも気にはなっていたんだけど、妙にタイミングがなかったというか……)
そのような悶々とした感情を抱いていると、不意にスマホに着信が入った。マナーモードに設定していたので、代わりにバイブ機能によって振動が走る。
完全に油断していたため、情けないことにビクッと肩を震わせてしまう。誰が見ているわけでもないが、オウマはビシッと背筋を伸ばして通話主の名前を確認する。見た途端、彼は正していた姿勢を緩めてスライドした。
「どうしたんだ、京子?」
電話主は義妹の京子であった。今はテスト期間中で、実家の方で試験勉強に勤しんでいるはずだが……。
京子は何故だか少し怒ったような声音で言った。
『あーやっと出た! さっきから電話かけまくってたんだよ?』
そう言われたので、オウマは一旦耳からスマホを離し通知バーを下ろす。すると京子の言う通り、三件ほど電話が入っていた。
「なるほど。で? 何の用だ? こっちは今手が離せなくなるかもしれないんだが」
『かもしれないって……何する気だったの?』
「まあ何でもいいじゃないか。にしても数件立て続けに連絡を取ろうなんて、急ぎの用事か?」
まさか「オナニーしようとしてました!」だなんて言えるはずもなく、強引に誤魔化して話を本筋へと戻す。
京子はやや息を切らしながら、
『あ、実はね、今お兄ちゃん家に向かってるの』
「は?」
『ていうか、もう着くところなの』
「はあっ!?」
突然のことで混乱するオウマ。どもりながら彼は何とか言葉を返す。
「いやいやいや、お前勉強するつってたじゃん! 大人しく実家の方で机に向かってろよ! つーかもう十一時だぞ? 子どもが出歩いていい時間は終わってんだけど!」
『ホントに突然でゴメンね! でも……、もう着いちゃった』
と同時に、ピンポーンとチャイムの音が室内に鳴り響いた。
不意の来訪ではあるが、こんな夜更けに追い返すわけにもいかないため、招き入れるほか選択肢はない。
(いや待てよ?)
大名寺と京子に面識はない。そんな状況下で異性がシャワーを浴びているシーンを目の当たりにした京子が、どういう想像に至るか……考えるのは容易い。
扉の鍵は閉めているものの、京子には合鍵を渡してあるのだ。つまり自由に出入りできるということ。そしてついにカチャ、と扉の開く音がした。しかしそれは玄関の戸からではなく、浴室からによるものだった。
オウマは背後を振り返ると、大名寺がバスタオルを巻いた姿で半身を覗かせて、
「ちょっとオウマー? こないだ私が持ち込んだシャンプー、どこにしまったのよー」
色っぽいなー、なんて感想を抱く暇もなく少し遅れて、今度は玄関の扉が開いた。
「お兄ちゃんが乱れた生活を送っていないか抜き打ちチェーック!」
ん? と京子と大名寺、二人の視線がぶつかる。
互いに予期していない存在の来訪に、二人はしばしフリーズしていた。
オウマがどう説明したものか、と頭を悩ませている間に、京子がいち早く思考機能を回復させた。
状況説明するよりも早く、京子が両目を掌で覆い、声高に糾弾した。
「お兄ちゃんがまたデリバリーヘルスさんを家に呼んでるーーーーっっっ!!」
「それこそ誤解だっ! 俺は一度も呼んだことねぇえええええええっ!?」
ワーキャー喚く二人の間で、渦中にいる大名寺ははて? と肩を竦めていた。