⑤異性を部屋に泊めることは、即ちHオッケーのサインではありません(前)
「うっぷ……飲み過ぎた…………」
と、ヨロヨロと壁を利用して歩くのは陽目である。
まとめて会計を済ませたオウマは、彼の腰を押しながら店外へと出た。
「結局何杯飲んだんだ?」
「分かんねえ……。二桁いった辺りから記憶がない……」
「駄目だなこりゃ。歩いて帰れるのか?」
「意地でも帰ってやるぜ。タク代とか気軽に出せねえもん」
陽目の下宿先までタクシーを使うとなると、ここからだと軽く二千円は超えるだろう。一介の大学生が利用できる交通機関ではない。
大名寺がちら、と腕時計に目を落とす。
「まだバスも動いてるだろうし、陽目はバス帰りの方が良さそうね」
「そうだな。さっさと行こうぜ」
「待って待って。頼むオウマ、俺をおぶってくれ。吐きそう……」
「そんな危険な野郎、なおさら乗せたくねえわ」
そうは言っても、千鳥足で歩くのも困難な陽目を置いて帰るわけにもいかないので、仕方なく肩を貸してやるオウマ。
普段陽目は自転車で大学まで通っているのだが、こんな酔っ払い状態で乗せるわけにもいかないため、バスで帰らせることにしたのであろう。
亀のようなスピードで何とかバス停まで辿り着いた。都合よくバスが到着したので、陽目が何とか自力でバスに乗った。
「じゃあ、今日は酔い止めの薬でも飲んで寝ろよ」
「ああ……。悪かったな」
「おう。今日の分とりあえず立て替えといたから、また今度請求するぞ」
ぷしゅー、と空気が抜けるような音がして、バスが入口を閉めた。手を振ってそれを見送ったオウマは、よしと大名寺の方を見た。
「俺らも帰るか。駅まで送っていくぞ」
「言ってなかったけど、私、今日あんたの家に泊まっていくから」
唐突な発言に、オウマは少し面食らってしまう。
「泊まっていってもいい?」系のセリフは、世間一般では女性からのエッチ容認のサインだと聞く。しかしこと大名寺に限って言えば、そういう意味ではない。これまでも何度か彼女を泊めているし、性交に至ったことは一度もなかった。
オウマの下宿場所は大学から程近く、大名寺は翌朝に講義が入っていた場合や、興味宅夜遅くなったときにセーブポイントとして利用している。始めは抵抗があったオウマも、月日が経つとともに断ることはなくなった。
彼はうん、と了承して、
「いいけど……、明日講義入ってたっけ?」
「いいえ。今から実家に帰るのが面倒臭いだけー」
オウマの家は、彼女の中ではどうも避難所扱いらしい。
その帰り道の途中、大名寺の要望でコンビニへと立ち寄る。駐車場にデカいバイクが止まっており、不良がいるのではと一瞬怯んでしまったが、幸いにもその姿はなかった。深夜のヤンキーは絡んできそうで怖い。
少しして、彼女はレジ袋をぶら下げて出てきた。どうやらアルコール類や、お菓子なんかを購入してきたようだ。
大名寺は妙に弾んだ足取りで、袋をブラブラと前後させながら、
「これは宿代の代わりね! 何もなしじゃさすがに悪いから」
「とか言いつつ、そのほとんどは自分で食べるんだろ?」
「さあー? どうでしょう?」
飲んでいた場所からさほどかからないうちに、オウマの住むマンションへと到着した。エレベーターがないため、階段で三階まで登っていく。
「大学が近くて、すぐそこにスーパーもあって、アミューズメント施設もある。良い立地よねー。私の避難場所としては最適だわ。エレベーターがないのが不満点だけれど」
「私物化もたいがいにしてほしいけどな。こないだお前、パンツ忘れてたぞ?」
「はいはい。悪趣味な冗談ね」
「ちっ……。付き合いが長いってのも考えものだな」
最近ではめっきり嘘を吐いても通じなくなってしまった。いや、無必要に冗談を言うオウマが悪いのだが、何だか物足りなさを感じてしまう。
彼女は部屋に上がるや否や、買ってきたお酒を冷蔵庫の中へと入れる。
「あっ、プリン置いてあるじゃーん。しかもこれ、ちょっと高めのやつだ」
大名寺は嬉しそうな声を出す。
自由気ままな奴だ、と苦笑するオウマ。彼女が食べていい? と確認してきたので、仕方なく頷いた。
「……ところであんたさ、教育実習中に何かあったの?」
嬉々として蓋を外していた大名寺は一転、スッと無表情になる。少しだけ険しい感じも窺えた。
あまりの落差に、オウマは僅かに身を硬直させる。それ以上に彼女がそのことに気付いていたことに驚いた。彼自身、周囲に気を遣わせないよう平静を装っていたからだ。
(……といっても、京子や山無も薄々気付いていたみたいだし、ちょっと見れば分かるんだろうな。俺の演技力が低いってのもあるが)
二年以上の付き合いになる大名寺なら、それもなおさらだろう。しかも彼女は洞察力に優れているため、決して不思議ではなかった。
彼は水道水をコップ一杯まで入れて、それを一気飲みした。適度に冷えた液体が、身体から火照りを奪ってくれる。
ふう、と一息吐いて、
「本当に、付き合いが長いってのは考えものだ。こっちが知られたくないことまでお見通しになる」
「あんたが私に隠し事なんて百年早いわよ。それに陽目まで察してたみたいよ?」
「マジかよ……。顔に出やすいのか、俺?」
「顔というより全身からね。声のトーンも低いし、伏し目がち。ことあるごとにため息吐いてるし、まるで構ってちゃんみたい」
指摘されて、オウマは自らの身体をペタペタと触る。彼女の言う通りなら、無意識的に落ち込んでいたのが表に出ていたということになる。
「つーか大名寺、俺のこと見すぎじゃね? ストーカー? むしろ愛してる?」
「はあっ!? んなわけねーべ! 馬鹿なこと言わないでくれる!?」
掴みかかる勢いで迫られたので、思わずたじろぐオウマ。顔が近い。
彼女の肩を両手で押しのけて何とか距離を取る。フー、と威嚇する猫みたく、大名寺は呼吸を荒げていた。
ジョークにしてはタチが悪かったか、とちょっぴり反省する。




