④かぐや姫は幸せ者だ
久しぶりの投稿です
(あいつ……、絶対『あのこと』を考えていたわね)
大名寺はトイレに向かったオウマの背中を睨み付けていた。
『あのこと』は彼と彼女の、二人だけの秘密にしていた。そういうと甘酸っぱい香りが漂うけれど、実際はそこまで美しくない。
秘密を知られたことは不運だったが、それでオウマと知り合えたのだから、不幸中の幸いと言うべきなのだろうが。
「つーかさあ、」
いつの間にかビールからお冷に切り替えていた陽目が、同じようにオウマの背中を見送りながら言った。
「オウマの奴、何かちょっと様子がおかしくね? いつも通りっぽいんだけど、どこかから回ってるみたいなさ」
どうやら彼もオウマの違和感に気付いているみたいだった。長く接していれば、多少の機微にも敏感になるものである。
大名寺はカクテルをちびちび飲みながら、
「……そうね。まあ、だいたい想像付くけど」
「マジか。俺もいくつか候補は出たけど、確信まではしてねえわ。聞かせて聞かせて」
「…………、」
もう一度だけ、彼女はオウマのいる方向を見やった。
やや唇を尖らせて、どこか不満げな様子で言葉を選んだ。
「あいつが悩むなんて、ほとんどがくだらないことで……例外は、綴町さんのことくらいでしょう。あの雰囲気だと、どうやら後者みたいね」
綴町未来子。オウマにとって、おそらくは最も大切な存在。
それを聞いて陽目は、腑に落ちた風に頻りに頷いた。
「あー、ちょっと聞いた話ではミク先輩、休職したんだってな。それと関連してんのかな」
「でしょうね。……綴町さんが休職した理由とか聞いてる?」
「何だっけなぁ……。確か、実家の都合とか? みたいな話だったような?」
「へえ……」
嘘だ、と大名寺は半ば見抜いていた。だとしたらオウマがあそこまで気落ちすることはないだろう。裏にはより深刻な問題があったのではないか。
綴町とはオウマ経由で知り合ったが、なるほど、魅力的な人物であったことは認めよう。容姿的な話ではなく、在り方そのものに惹かれる者は多いだろう、と何となく想像が付いた。
少なくとも、オウマは大名寺よりも綴町に魅力を感じていたのは確かである。
異性的な意味において、大名寺は彼の眼中に入っていなかったのだから。
「それにしてもさー、」
陽目が懲りずに酎ハイを注文しながら、茶化すような目付きを向けてきた。
「よーく見てんのな、オウマのこと。何で付き合ってねーの? ははは」
問われて、一瞬彼女の動きが止まる。けれどそれを悟らせないために、即座に大仰にリアクションを取ってみせる。
「ふん。あいつが人並み以上にアタックしてくるようなら、少しは考えてやってもよかったかもね」
「さすが女王様。動くのは常に相手ってか。お前くらいになると、恋愛とかイージーそうだもんなー」
「当たり前でしょ。私、リアルかぐや姫よ? 相手に無理難題言って惑わす魔性の女」
――――それこそ帝のように求められたのなら、どれほど素晴らしいことだったか。
大名寺はこれまで多くの男性に告白されてきた経歴を持つ。しかしそのいずれも断ってきた。友人は「とりあえず付き合ってみなさいよ」と言うが、とてもそんな気にはなれなかった。こんな気持ちで付き合ったとしても、それこそ相手方に失礼だろうと。
「君は美しい」と、「君の誘いを断る男なぞいない」と。誰もが口を揃えて言った。あるいは大名寺自身、思い上がっていた部分があったかもしれない。
秀でた容姿なんて、報われなければ何の役にも立たないのに。
「くっそ誰だよ、トイレでゲロ吐いた奴!」
ぶつくさ文句を言いながら、オウマが戻ってきた。
ドキリ、と僅かに心臓が跳ね上がったのをおくびにも出さず振る舞った。思えば大学生活で、一番培われたのが演技力かもしれない。
「ちょっと、ご飯食べてる時に汚いワード出さないでよ」
「いやだってよお、俺、気付かずにちょっと踏んじまったんだぜ? 愚痴の一つや二つ言いたくなるだろ……! ほら、見てくれこれ」
「ギャーッ! わざわざ見せんなバカ!」
足裏を見せつけようとしてくるオウマから距離を取る。相変わらずデリカシーの欠如した男だ。彼女に対して、そんな行いをする人間など今まで一人としていなかった。全員が大名寺の前では見栄を張っていたからだ。
その気持ちは、多少なりとも理解できた。
好きな人の前で見栄を張るというのは――――誰もが通る道なのだろう。
感情を押し殺したまま、宴は夜九時過ぎまで続いた。




