③JKとBBA
「それでさー、一緒になった実習生がさー……! 担当クラスの女子に手ぇ出して大問題になったんだよお!」
近くの焼き鳥屋で飲み会が始まって、早一時間が経った。
既に陽目は泥酔状態にあり、そのせいで声が大きくなっている。彼が今話している教育実習先での出来事も、そう大声で打ち明けていい類いのものではないが、その手の判断能力も鈍っているのか。
いつもは止めに入るオウマも、この日ばかりは酒の力でその役割を放棄している。
「マジかよ。俺もある程度は仲良くしてたけど、告白イベントすらなかったぜ。問題になったってことは、合意の上じゃなかったってことだろ?」
「らしいぞ。教師側が一方的にやったみたいだ。そのせいで俺まで疑われる始末でよー。残りの数日間、俺に話しかけてきてくれる女子生徒がゼロになっちまった。教師としてあるまじき行為だな!」
「で、本音は?」
「うらやまけしからん! ああ、俺もピチピチJKとイチャコラしたかったなーっ!」
一人だけ素面を保っていた大名寺が鼻で笑う。
「はん。あんな少女たちに発情するとはね。脳みそがチンコに付いてんじゃない?」
言われ、陽目が品定めするような目付きで大名寺を見つめる。小じわでも数えているのか、目を細くするほど凝視していた。
ともすれば嫌悪感を抱きそうだが、彼女に至っては見られることに慣れているのだろう、受け流すように髪を遊ばせている。
やがて陽目が、やはりと頷いて結論を弾き出した。
「ここ最近JKばっか見てきたせいか、大名寺がババアに見えるわ」
思わずむせ返りそうになるオウマ。機能全てを停止させる大名寺。
いち早く再起動を果たした彼女は、一周回って笑顔を持ってして余裕を見せつけようと試みる。
「はあっ!? ままま、まさかこの私が。大名寺恋歌が、冗談でもそんなことを言われるとはね……!」
「笑顔引き攣ってますよ、大名寺さん……」
彼女の言う通り、ババアなんてワードは縁遠いものだったはずだ。冗談でも口にすれば、「だったらお前は老いぼれだ」という風に、特大のブーメランが返ってくるからだ。
しかし酔いの回った陽目にとって、さほど冗談ではなかったようで、枝豆をつまみながらご丁寧にも繰り返した。
「いやマジでさ。十代と二十代の違いってやつ? 天然ものと養殖ものくらいは違うっつーか……」
「もう我慢できないわ! こいつ血祭りに上げてやろうかしら……!?」
「ストップストップ! 落ち着け大名寺!」
うがーっ! と血気盛んに飛びかかろうとする彼女を、オウマは何とか食い止める。つその光景がツボに入ったらしく大爆笑している。この時ばかりは大名寺と結託して抹殺してやりたい衝動に駆られた。
大名寺は一旦平静を取り戻すべく、トイレへと旅立っていった。その足取りからも、やや怒気が窺える。
この隙にオウマは陽目の酔いを少しでも醒ますべく、お冷を注文する。
(いつもはここまで泥酔するような奴じゃないんだが……、やっぱ教育実習がストレスになってたのかね)
オウマも充実した教育実習だと感じているものの、それと同時に多大な苦労があったのも事実である。朝は誰よりも早く学校に到着し、夜遅くまでその日の授業の振り返りをする。指導教員によっては、さらなるストレスが待ち受けていることだろう。
お冷を飲ませると少しは落ち着いたのか、大きな欠伸をした。
「あれ……。大名寺は? 先に帰ったのか?」
「寝ぼけてんのか? トイレに行ったんだよ」
陽目は早いペースで水を飲み干し、おかわりを店員に頼んだ。
「いやあそれにしても、大名寺はいつ見ても麗しいなあ! なあ、そう思うだろオウマも?」
「絡み方がうぜえ……。まあ実際、俺らとつるんでるのが不思議なくらい、不釣り合いな存在だからな」
「いやいや、俺とは釣り合ってるから。一緒にしないでくれ」
「冗談だと分かっていてもイラッとくるな。ひょっとして俺のジョークも、傍から見たらこんなんなのか……?」
む、と顎に手を添えて過去を振り返ってしまう。よく周りから、オウマにはジョークセンスが欠けていると言われるが、あながち間違いではないかもしれないと弱気になるも、それはないなと即座に首を振る。自己評価が謎に高い男である。
大名寺とは陽目と同様、大学入学当初からの付き合いだった。出会いは自治会主催のオリエンテーションだったはずだ。
ほとんど知り合いのいない空間だったにもかかわらず、彼女の周囲には人で溢れ返っていた。良くも悪くも、大名寺の美貌は人を惹きつける。だが大名寺はそれを受け入れ、人当たりの良さを発揮していた。
その際に行われたミニゲームで、オウマは彼女と同じチームになったのだ。とはいえ彼は気後れしてしまい、そこまで話すことはできなかったが。
本格的に絡むようになったキッカケは、ほんの偶然から生まれた。不良に絡まれているのを救ったとか、実は幼稚園からの知り合いだったとか、そういう偶然ではない。そこまでロマンチックではなかった。
記憶を遡っているうちに、いつの間にか大名寺が戻ってきていた。オウマはつい、彼女の胸に目をやってしまう。
服越しでも形が分かるほどの胸は、確かに全男子の希望が詰まっている代物と言えよう。オウマもおっぱいは好きだ。大小問わず、存在そのものを愛している。
そんな邪な視線に気付いた大名寺は、脳天に手刀を落としてきた。
「こら。見られるのには慣れているけど、堂々と見るのはさすがに駄目よ。これ以上見るならお金取るからね」
「……悪かったよ」
オウマは彼女と入れ替わりで、トイレに行くことにした。
(まさか、あの胸がなあ…………)
個室式トイレの順番待ちをする間にも、オウマは当時のことを振り返っていた。