②御三家どれ選ぶ?
思わず聞き入り、返答に困っていたオウマだったが、彼女は途端に茶化すような口調になって、
「まあ、私は美しいから! 何をしたって多少の粗相は見逃されて然るべきよね」
「実際その通りかもな。懸念としては『内定が欲しかったら、スカートたくし上げるくらいしろ』みたく、AV展開にならないかってとこだが。ただでさえこの時期、そういうAVが流行りやすいってのに」
「最低ねあんた」
「むしろ最高だろ。もしお前がパッケージに出てたら三本買うわ。抜く用、観賞用、ぶっかけ用と」
「ほんっと最低ねあんた! てかその内訳、結局全部オナニー用じゃない!」
「いやAVってそういうものだから」
相変わらずデリカシーに欠けたオウマに対し、大名寺はすっかりヘソを曲げてしまったようで、本棚の最下段に置かれていた3DSを手に取る。
そして何やらプレイを始める。音量を上げていたため、軽快かつ荘厳なBGMが聞こえてくる。妙に口ずさみたくなるそれは、どこか懐かしさを伴って記憶を刺激してくる。
オウマは興味を引かれ、身体を乗り出してゲーム画面を覗き込む。
全体的に赤の配色がなされ、中央にはゴジラのようなモンスターが陣取っている。一目見てそれが、かの名作ゲームであることを悟った。
「それは――――ポケモンのルビーじゃないか!」
二〇〇二年に発売され、当時の子どもたちを魅了した人気シリーズである。オウマが小学生の時に発売され、当時まだ存命だった母親にねだって買ってもらったのだ。
何故今更そんなゲームを? と尋ねると、どうやらボードゲームの山から発見したらしい。明らかに他人のもののセーブデータが残っていたが、大名寺は躊躇わず消してプレイし直していた。持ち主が取りに戻ることもないだろうから、特に問題はないはずだ。
よもやここで思い返すとは、とオウマは若干興奮気味に、
「俺は確か、ミズゴロウ選んだ記憶があるなあ。ハルカのジュプトルに虐殺された思い出がある」
「は? ふつーアチャモでしょ。見た目的にも強さ的にも。バシャーモは精悍だし、ジュプトルはイケメン。で、ラグラージは筋肉ダルマ。あんたばかぁ?」
「貴様は今、多くのポケモン勢を敵に回したぞ……!」
陽キャは炎タイプを選び、陰キャは草タイプを選ぶとかいう風評被害。何を選ぶかはその人の自由なので、性格批判はやめましょう。
前回セーブしたシーンは、どうやらチャンピオン戦の手前だったらしく、今まさに挑んでいる最中だった。
彼女はうーんと頭を悩ませて、
「ねえねえ、ユレイドルって何タイプだっけ? 私のシャバ憎のオーバーヒートが抜群にならないんだけど。どー見ても草タイプなのに。バグ?」
「シャバ憎って何……ああバシャーモね。俺のラグラージもそいつにボコられたっけなあ。確か岩と草タイプだったから……あれ? 何だろ?」
「あっスカイアッパーが抜群だったわ。へー」
二人で知恵を出し合いながら進めていくと、ついに相手の手持ちポケモンは残り一体――――メタグロスだけとなった。
四足歩行の、見るからに堅そうな外見のメタグロスは、記憶通りならかなりの強ポケだったはず。大名寺側の手持ちも二体だけで、ともすれば逆転負けもあり得る。
ここで彼女は途中から温存していたバシャーモを繰り出す。彼女の中で最もレベルの高いポケモンである。
「メタグロス……見るからに鋼っぽい相手ね。防御は高そうだけど、私のシャバ憎にかかればワンパンKOよ! いけ、必殺の『スカイアッパー』!」
微妙に命中不安定な技だったが、メタグロスに見事ヒット。HPゲージが減っていき――――残り六割ほどのところで止まってしまう。
思いのほか効いていないことに、大名寺が何故に? と声を上げた。
「え? え? 何で? 鋼にかくとうって抜群じゃなかったの? バグ?」
「何でそうバグを疑うんだよ……。ていうか、同じ抜群技ならオーバーヒートでよかったじゃん」
「何言ってんのよ、『スカイアッパー』の方がカッコいいじゃない!」
そうこう言っている間に、バシャーモはメタグロスの『サイコキネシス』を浴びて、うめき声と共に退場してしまった。
ちなみに、メタグロスはエスパータイプも併せ持っているため、挌闘技だと等倍判定になるのだ。
「しまった! 残るは『そらをとぶ』要因のオオスバメしか残っていない……!」
「負・け・ろ! 負・け・ろ!」
絶体絶命のピンチに、オウマはここぞとばかりに煽りを入れる。だが即座に彼女のアイアンクローが炸裂し、問答無用で黙らされてしまう。
しかしピンチはピンチ。大名寺は少し悩んだ末、ボタンを押して操作する。
「ま、『げんきのかたまり』で回復させればいっか」
「この外道め! そんな方法で勝って、チャンピオンに対して恥ずかしいとは思わないのか!?」
「おっほっほっほ! 何とでも言いなさい! 世の中所詮、金を持つ者こそが真の強者だと、ポケモンは教えてくれるのよ!」
「そんな汚れたゲームじゃないだろ!」
結局、彼女は地道に回復を繰り返し、その後ピンチになることなく勝利を収めた。
幼馴染と何とか博士が祝福に駆け付け、そのままエンディングへと突入する。大名寺は満足そうに背伸びをする。
「はあ~、やっとチャンピオン撃破。全クリのために、次は全部のポケモンを集めないとね」
「は? ポケモンの全クリは、チャンピオン倒すまでだろ?」
「いやいや、そもそも旅の目的は全てのポケモンを捕まえることでしょ? だったら言う通りにしないと」
この女、見た目によらず真面目である。
それは前々から感じていたことだった。例外がなければ、彼女は全ての講義に出席し、単位を落としたこともない。むしろオウマが隣で寝ていたら起こされる。
何より自分に厳しい性格で、ちょっとのことでは物事を投げ出したりしない。自分で決めたことは最後までやり抜く芯の強さを持っている。
(……そういうところは、ちょっとあの人に似ているな)
ふと、今は離れてしまった『彼女』のことを思い返す。
時が来るまであまり考えないようにしていたが、今みたいにふとしたことで思い出してしまう。いかん、とオウマはすぐに頭を振って意識を切り替えた。
大名寺に『彼女』を重ねるのは、とても失礼なことだ。何よりも誰かに他人を重ねることを、彼は最も嫌悪していた。
オウマのちょっとした雰囲気の変化に気付いたのか、大名寺が眉を顰める。彼は誤魔化すために顔を背けた。
僅かに気まずい空気が流れる。大名寺が生理の時期にまき散らす、不機嫌な時の空気と似ていた、なんて現実逃避をする。
――――そんな雰囲気を切り裂くようにして、ドバンッ! と力強く扉が開け放たれた。扉に対して本日既に二度目の虐待である。
「待たせたなっ! 飲み会行くぞーーーっ!!」
謎のハイテンションを伴って現れたのは、オウマにとって数少ない男友達である陽目葵だった。
オウマと大名寺が示し合わせたように部室に集まったのは偶然ではない。オウマと陽目の教育実習が終わったことと、大名寺の内定獲得を祝って飲み会を開こうという話になったのだ。
ナイスタイミング、とオウマは便乗し、テンション高めで立ち上がった。
「よっし! なら行こうぜ! 久しぶりの焼き鳥が食べられるぞーっ!」
「豚タンにししとう、しいたけ、牛串なんかも食べたいな!」
「鳥を食え鳥を!」
一息入れることなく、二人は外へと飛び出していった。
しかし大名寺だけがその背中を見送り、やれやれと首を振った。
「まったく……最近のあいつ、何だか変ね」
背中からそう聞こえた気がしたオウマは、しかし答えようとはしなかった。




