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義妹と過ごす教育実習記  作者: 名無なな
第二節 大学生活編
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第一章①兄と義妹とデリヘル嬢(?)

ちょっと思い付いたので投稿していきます。


 初夏が終わりを告げ、いよいよ盛夏の時期が迫ってきていた。

 深く緑が生い茂り、衣替えも終わり、夏本番に備え始める時期。学生にとっては中間考査が近付いていることもあって、憂鬱な思いを抱く者も多いことだろう。


 陽が落ちたといっても蒸し暑さが支配する、とある部屋にて。

 大学四年生になり、自らの進路について頭を悩ませている青年――――逢魔斗真は、冷や汗を額に滲ませていた。


 暑さによって生じたものではない。室内にはほど良い空調が効いており、快適な状態を築いている。彼が汗をかいている理由――――それは、直面している状況にあった。



「な、な……っ!」



 玄関先で顔を真っ赤にしている少女――――護国寺京子が、肩にかけていた鞄を床に落とす。口をパクパクと開け閉めして、言葉を詰まらせている様子だ。


 その視線の先には、金髪の女性がバスタオル一枚だけを巻いて、浴室から半身を覗かせている。彼女の見目麗しいプロポーションがタオル越しに自己主張をしているようだった。


(まずい…………っ!)


 オウマは瞬時に状況把握する。

 年相応にムッツリな義妹である京子が、今何と想像しているのか、少し思考をなぞれば分かることだ。伊達にここ一か月、同じ屋根の下で暮らしていない。


 状況説明するよりも早く、京子が両目を掌で覆い、声高に糾弾した。



「お兄ちゃんがまたデリバリーヘルスさんを家に呼んでるーーーーっっっ!!」

「それこそ誤解だっ! 俺は一度も呼んだことねぇえええええええっ!?」



 ワーキャー喚く二人の間で、渦中にいる女性ははて? と肩を竦めていた。




 こうなる経緯を話すには、時間を今日の朝まで遡らなくてはならない――――



          *



 六月も既に半分を消化していた。嵐のようだった教育実習を終え、次にオウマは教員採用試験に備えて勉強を積んでいる。


「――――ああ、分かってるよ。美和子さんによろしくな」


 現在オウマは大学構内にある、部室等の一室で京子と連絡を取っていた。

 雑多な印象を受けるその部屋は、小型冷蔵庫や本棚、端には暇潰し用のボードゲームが積まれている。六畳ほどの部室なので、ソファーを置くとかなりスペースを奪ってしまうため、代わりにカーペットを敷いて座れるようにしていた。


 電話越しに、京子が口煩く続ける。


『本当に大丈夫なの、お兄ちゃん? 私がいなくても家事できる?』

「心配性だな……というか、お前がそれを言うのか? 最近マシになってきたとはいえ、まだ俺には及んでいないだろ」

『ぐぬ……! うちの兄はどうしてそう女子力高めなのか…………』

「女子力云々の問題じゃないと思うが……」


 京子はテスト勉強に集中するため、一時実家の方へと戻っているのだ。オウマの元にいると、洗濯やら料理やらで気を遣うと感じたオウマが自ら進言したのだが。

 すると彼女は困ったことに拗ねた風な顔付きになった。どうやら最近家事をするのが楽しくなってきたらしく、それを奪われたことに対する憤りなのだろう。


「とはいえ、学生の本分は勉強だからな。今のうちにちゃんとやっておけよ」

『……なんか、お兄ちゃんが人生の先輩っぽいこと言ってることに違和感が』

「俺、頭わりと良い方だからな? 今の大学だって難しかったし」


 IQはともかく、オウマは偏差値的な勉強はそれなりにできた方だった。その背景には、高校まで実家に居場所がなかったため、図書館で勉強するなどして時間を潰していたというのがある。悲しい。

 ふと時計が目に入ると、短針は既に五時を指していた。高校生からすれば、放課後はダラダラと過ごしたい気持ちは痛いほど理解できるが、オウマはやや心を鬼にして告げた。


「そろそろ勉強に戻れ。俺の心配ばかりしていないで、まずは自分の心配をしなさい」

『はーい、分かってますよー……。うう、テスト期間中はお母さんもキツくなるし、味方はいないのか……!』

「音楽でも聞きながらやったらどうだ? それが聞こえなくなるまで集中できるか、ってバロメーターになるぞ」

『それ私には無理だあ。つい口ずさんじゃうタイプだもん』


 細かいことを言っていると切り時が見当たらなくなるので、彼は半ば強引に通話を切った。ああん、と京子が惜しむように喘いでいた。


 ふう、と一息。義妹と話した後にはつい吐いてしまう。

 最近はかなり打ち解けたと思うが、他より心労が重なるのは間違いない。最も身近な存在なのに、最も配慮するとはおかしな話だが。


 肩を解していると、不意に部室の扉がバン! と勢いよく開け放たれた。

 一瞬心臓が跳ね上がる。反射的にその方向へと目をやり、またもやため息を吐いた。今度は心労からではなく、呆れの意味合いの方が強かった。


 入ってきたのはリクルートスーツに身を包んだ、しかし金髪が特徴的な女性だった。スーツ越しでも分かるほどのスタイルの良さに加え、顔立ちそのものはまつ毛が長く瞳は大きく整っており、芸術品のような美しさを備えていた。

 だが彼女は、もったいないことにその美貌を崩し、オウマに近付きながら声を荒げた。



「ちょっとあんた! 何で四限の講義出ないのよ!?」



 対して彼は、参考書を解きながら片手間に答えた。


「んー? いやだって、俺もう必要な講義取り終わってるし。ぶっちゃけ受けなくていいんだよなー。でも大名寺(だいみょうじ)さんがどうしても一緒に受けたいっていうから仕方なく……」

「いや言ってないし! 学校いるんなら出なさいよ! この私が、まるでボッチみたいな目で見られてたのよ? しかもわざわざあんたの分の席とレジュメ確保しといたから、まるで『友達いますよアピール』してるかわいそうな子になっちゃったじゃない!」


 彼女――――大名寺(だいみょうじ)恋歌(れんか)は大層不満そうに言った。


 大名寺は法学部、オウマは教育学部と、他学部同士なのだがいくつか被っている講義がある。必要単位を取り終えているオウマは、大名寺がそのうちの一つを受けていると知り履修登録したのだ。

 といっても、本来なら出る必要のない講義だ。また特に興味のない内容ということも相まって、まともに受講したのは最初の一、二回程度だった。


 彼女が鞄を下ろして対面に座って来たので、オウマは仕方なく参考書を閉じ腰を据えて会話に集中することにした。


「つーか、お前だって単位取り終わってなかった? 何でわざわざ講義取ったんだ?」

「前から気になってたやつだったし、せっかく学費払ってるのに通わないのはちょっと損かなーって。まあさすがに就活優先してるけど」


 大学四年生には、当然就職活動という試練が待ち構えている。院に進む者でない限り、毎日のようにリクルートスーツを着て、慣れない革靴を履き、長時間電車に揺られなければならない。オウマの場合、教職以外考えていないため就活をしていないけれど。


 彼女はジャケットを脱いで、第一ボタンを外して楽にした。シャツはぴったりと合ったサイズなので、第一ボタンまで留めているとそこそこ苦しいのだ。

 襟の部分をつまんで、パタパタと風を送る大名寺。チラッと覗く鎖骨にエロスを感じてしまうオウマ。


 その視線に気付いたのか、そもそもわざと隙を見せたのだろうか、大名寺はジーッとニヤニヤしながら言う。


「こっち見てたでしょー? すぐ分かんだからね」

「む……。目聡いな。女子ってそういう視線に敏感ってよく聞くけど、本当なのか?」

「当たり前でしょ。今日も面接官にジロジロ見られてきたわよ。ああもう気持ち悪い」


 大名寺は自身の肩を抱いて、オーバーなリアクションを見せる。

 何かの実験で、容姿に優れた就活生の方が通りやすいと結果が出ていたように、一際優れている大名寺なら、多少ポンコツな受け答えをしても内定を貰えそうだ。金髪のまま面接に臨んでいるのも、それを理解してのことだろう。


「そもそも、髪型ってゆーのはその人に合ったものにすべきなのよ。それなのに暗黙の了解だからって、揃いも揃って黒く染めて、後ろで結って、個性丸潰れじゃない。私にはこの髪型が合ってるんだから、誰が何と言おうとも変えるつもりはないわ」


 自信満々にそうのたまった彼女には、なるほど、確かに黒髪は似合わない。否、似合うだろうが、金髪の方がいかにも大名寺らしいと思えた。



「しかし、それだと周囲と浮かないか? 周り皆黒なのに自分は金色なんだろ? それは……ちょっと辛いんじゃないか?」



 周囲から好奇の目に晒される――――それは、誰もが耐えられる代物では断じてない。ほとんどの者が、圧迫感にも似た視線に耐え切れなくなる。


 大名寺はその一般論を理解したうえで、なお自信を持って答えた。


「辛くはあっても、自分で決めたことだから。……うん、それなら絶対に後悔することはないしね」


 いつになく真剣な声音であった。

 自分で決める――――大名寺のそういったところを、オウマは密かに尊敬していた。それは、彼が最も欲した行動力だったからだ。


 特に、手遅れになった出来事を経験したからこそ、耳の痛い話だった。





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