第四章⑥
「昨日はごめんねえ京子ちゃん! 私が落とした財布を拾ってくれて、授業終わりに渡そうとしてくれてたなんて、ちょっと考えれば分かることだったのに!」
「そ、そんな謝らないでよアコ=チャン。ワタシの方こそ動揺して、ムヤミに混乱させてゴメンナサイ~」
オウマ、京子、山無による話し合い後、朝のSHR前に彼女たち二人は教壇前で抱き合っている。キマシタワー的なアレではなく、心の友よ的な抱擁である。
山無の提案した作戦とは、皆の前でひと芝居打つことだった。オウマも一度は考えた案である。他人に周知するという点において、割りと有効な手段である。
山無は手慣れた様子でさり気なく状況を説明しているものの、京子の場合棒演技が光っている。ルックス重視のアイドル声優の方がまだ良い演技をするだろう。アニメ映画のゲストで選ばれた子ども声優くらいの力量である。某名探偵映画では毎回出ているのでチェックしよう。
うおーん! と山無は嗚咽を漏らして、
「挙句過呼吸にまでさせて……さぞ辛かったよね? 追い詰めてごめんね?」
「う、ううん。そんな、気にしてないよお」
「でも、これじゃあ私の気が済まない! 何かお詫びに奢らせてよ!」
「え、えっと……、じゃあ、ジュース一つで許してあげるー。今から買いに行こー」
そうして、仲睦まじく教室から出て行った両名。オウマは後方の扉からその様子を窺っていた。彼女たちが去った後、クラスメイトたちの反応を見るに、多少は納得してくれた風だった。
「まあ、京子ちゃんがするわけないよね」「亜子氏が言うのであれば間違いないでござる」などと、男女共に頷いていた。特に男は山無の言に信を置いてそうだ。自分が特別扱いされていると思うのはいいが、その前に自分が彼女に対して何を与えたか振り返ってみるといい。訳もなく惚れてくる女子など、面食い以外存在しない。
ほとんど山無の手柄だが、彼女が随所に「お前らもう京子ちゃんを責めるなよ?」と含みを持たせていたのが功を奏したのだろう。思った以上に強かな女子だったのかもしれない、とオウマは評価を改める。
日頃の行いというのは馬鹿にはできない。山無と京子が清く過ごしてきたからこその解決法だったと言える。
「…………」
翻って、自分はどうだ? と自問する。
オウマは山無から「真犯人に心当たりはないか」と尋ねられた時、ただ一言「すまない」と答えた。あれは半分本当で、半分虚偽を内包していた。――――オウマには、真犯人と思しき人物を一人知っていた。
しかし確証はなく、証明できるか怪しかったので口にしなかった。
(……いや、違うな。俺は逃げたんだ)
それは単に自身に都合の良い解釈をしただけ。確証はなくとも、確信があった。ならば声に出すべきだったのだ。
護国寺京子からの信頼も。
山無亜子からの期待も。
逢魔斗真は、そのいずれをも裏切っていた。
何のことはない、都合の悪いことに目を背け、なかったことにしただけだ。それはいつも向き合うことから逃げてきたオウマにとって、もはや慣れ親しんできたはずのことだった。
いかにも自分らしい、と自嘲して済ませることも当然できた。
しかし同時に、決してそれをしてはならないとも感じていた。感覚の話だが、この憶測を勘違いで済ませていいとは思えなかった。
山無が京子を無実だと信じたように、オウマも彼女のことを想うのであれば、追及すべきなのだ。
彼は生徒に教えられて、今日、ようやく一歩を踏み出す決意をした。




