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義妹と過ごす教育実習記  作者: 名無なな
第一節 教育実習編
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第四章④

「ただいま」


 と、最近ならここで「おかえり」と、京子から返ってくるのだが、生憎彼女は実家に戻っている。ルーティンになりつつあったので、若干違和感を覚えてしまう。

 晩御飯を簡単に済ませて、湯船に浸かりながら事件のことについて思考を巡らせる。


(山無にはああ言ったものの、京子の無罪を証明できるかといえば、正直万全じゃない。推理には穴があるし、裏付けも不十分だ。山無と京子だけを呼んだのも、他の生徒の前だと粗探しをされたら困るからだしな。要は被害者の山無が納得してくれるかどうか……それに尽きる)


 ミステリードラマではないので、指紋もDNA鑑定もできない。客観的な情報と証言だけで構築するしかないため、簡単な事件でも彼にとっては難易度自体は高目である。

 頼りの情報も、あまりに事件がシンプルすぎるため有益な情報が集まりづらい。山無の財布について聞けたのは僥倖と言うほかあるまい。


 オウマはお湯を掬い、顔にぶっかける。ついやってしまう動作だが、自分に喝を入れる意味合いもあった。


「やっぱ、真犯人を見つけた方が手っ取り早いよなあ……」


 そうすれば周囲も納得するしかない。たとえ京子がグレーでも、強引に白に塗り替えることができる。

 しかし今まで集めた情報を整理しても、未だ犯人像すら見えてこない。六、七人に絞り込むのがやっとだ。それでも可能性を論じ始めたら数え切れなくなるだろう。


 はあ、とため息が尽きない。今日だけで幸せがどれほど逃げたことだろうか、想像するだけでも恐ろしい。これが自分に関することなら開き直れるが、他人――――義妹のこととなれば不安にもなる。本当にこの推理で合っているのか、と。


 間違っていて、山無を納得させることができなければ、比喩でもなく京子の人生が終わる。「まだ君は若い。充分にやり直せる」だなんて、所詮は成功者の語る綺麗事だ。いくら成功を積み重ねても、一つの失敗で全てが崩壊する――――それが人生である。もはやギャンブルと言っても過言ではないはずだ。


 護国寺京子。オウマの義妹。一緒に暮らしていたのは十年にも満たない。彼女は積極的に絡んできたが、思い返せばかなり冷たくあしらっていた。言い訳になるが、京子とあまり仲良くしていると、父に何と言われるか分かったものではないので、少なくとも人目があるところでは接することを避けていたのだ。


 当時から優しい子だ、とは思っていた。こんな無愛想な義兄のどこを気に入ったのか定かではないものの、相当扱いづらかったのは確かであろう。逆の立場なら、オウマは口すら利こうとしなかったと思う。



 ――――そう、ほんの少し。それは家の中で居心地の良さを感じる一因になっていた。


 実家で笑みを溢すのは、決まって京子絡みだった。窮屈に感じていた空間において、彼女だけが清涼剤だった。


(だから、恩返し……というわけでもないが)


 京子に縋るような目で見つめられた時、助けたいと思ったのだ。

 物思いに耽っていると、つい長湯していることに気付いた。オウマはのぼせやすい体質なので、本格的に茹る前に風呂から上がることにした。


 バスタオルで身体を拭く。その最中、洗濯籠の下敷きになっている『ある物』を発見した。

 オウマは少し興味を引かれ、それを拾い上げる。



「こ、これは――――!」



 女子が身に着けていて、男子が着けていないもの。なーんだ?


 というクイズが脳内で出題される。答えはずばり――――下着だ。正確に言えばブラジャーだった。ドットのレースにチェックプリントをあしらった、可愛らしいブラである。

 ふむ、と思わず凝視してしまう。今まで見てきたブラの中にはないもので、つい観察欲求が抑えられなくなってしまったのだ。ムラムラとかはしてない。断じて。


 人差し指と親指で摘まむようにして持ち上げていたオウマだったが、そっと洗濯籠の中に戻してやることにした。ついでに感想も添えてやる。



「あいつも大人になったというわけか……。俺じゃなかったら、頭に被り、舐り、クンカクンカされてただろうし、俺って聖人君子なのか?」



 妙に自己評価の高いオウマ。冗談交じりだが、何故聞き手がいないのにもかかわらず冗談を口にしたのかは分からない。

 おそらく偶然籠の中に入れ損なったのだろう。たとえばこれが銭湯なら誰の物か分からなくなっていたはずだ、不特定多数の女性がいる中で、オウマには下着の特徴から持ち主を探すことなどできない。


(――――まて)


 パジャマに着替えて、テレビでも点けようとしていた手が止まる。突如飛来した引っ掛かりに、思考の大半を奪われたのか。


 言い知れぬ違和感。背筋に悪寒のようなものが走った。


 自分の中で大音量の警鐘が鳴り響く。それは「見逃しているぞ」という指摘ではなく、「気付いてはいけない」という警告であった。

 本能が訴えかけてくる。けれど、理性はその疑問を解消しようと働いてしまう。



(俺はどこで違和感を覚えた? 下着? 違う。問題は何故俺が京子の持ち物だと気付けたかということだ!)



 解いてはいけない。暴いてはいけない。気付かなくて良いことにまで、首を突っ込む必要はない――――!


(――――いや、待て。そもそもどうして()()は、あのことを知っていたんだ?)


 蓋をするには遅すぎた。もはや目を瞑ることなどできない。その真実に、オウマは気付いてしまったから。


「ぁ――――っ」


 だらり、と脱力する。生気を吸い取られたかのように、無気力状態に陥る。その場にへたり込んでしまう。自分の身体の主導権を奪われたようだった。

 オウマは京子の無実を証明する覚悟を決めたが、事件の結末を見る覚悟を決めていなかった。考えてすらいなかった。それが自身を苦しめることになると、想像だにしていなかった。


 いっそのこと気付くべきではなかったのだ。


 証拠はない。ただ一つ、彼女はミスを犯しただけで、追い詰められるほどの物証はない。

 それでも、もはや彼の中では全てが一本の線で繋がったような錯覚を得た。


 ――――この日、オウマは眠ることができなかった。


 目を瞑ると、どうしても考えてしまうため、ずっとベッドの上で膝を抱いたまま過ごしていた。何もしていないのに動悸が激しかった。


「は、は、は、は――――っ!」


 せめて過呼吸にならないよう呼吸を整えるうちに、いつの間にか朝日が昇っていた。




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