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義妹と過ごす教育実習記  作者: 名無なな
第一節 教育実習編
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「それにしても疲れたなあ……」


 大きく伸びをして、凝り固まった身体を解放させる。一日中緊張しっ放しだったこともあるが、放課後にサッカーをしたのが響いた。思っていた以上に体力が落ちていたらしい。

 時刻は午後七時。綴町はまだ残るそうで、オウマだけが先に帰宅することになった。待って入ようと思ったのだが、「これからしんどくなるから、休めるうちに休んだ方がいい」と忠告されては帰らざるを得ない。


 家のドアを開けると、当然のように京子が寛いでいるのが見えた。



「ただいまー。弁当買ってきたぞー」

「あ、お帰りー」



 彼女はうつ伏せ状態で漫画をぺらぺらと読んでいた。ホットパンツから伸びるスラッとした脚と、引き締まったお尻に一瞬目を奪われてしまった。いかん、と頭を振って邪念を振り払う。


 彼女は既にお風呂に入った後だったようで、オウマも先に汗を流すことにした。擦りむいた足がヒリヒリする。調子に乗ってスライディングなんてするんじゃなかった。

 その後買ってきたお弁当をレンジで温め直す。


「何買ってきたの?」

「ん? ああ、チキンカツ弁当と満腹弁当だな。両方とも値引きシール貼ってたから安かった。お前はどっちがいい?」

「お兄ちゃんから選んでよ」

「じゃあ両方食べるわ」

「私チキンカツの方にするー!」


 チン、と温め完了の音が鳴るや否や、京子は真っ先にチキンカツ弁当を確保した。自分の夕食の危機回避のためだ。冗談なのに。


「俺、この弁当の底に敷かれてるスパゲッティが好きなんだよなあ。超美味い」

「分かる。唐揚弁当の塩パスタ好き」


 なんてくだらない世間話をしながら箸を進める。

 そして話題となれば、当然今日から始まった教育実習に焦点が当てられる。


「というか、お兄ちゃん。何で私に一言話しておいてくれなかったの? めっちゃびっくりしたじゃん」

「何か言った気になってたというか……隠してるつもりはなかったんだ。それに、ここ数日はお互いにバタバタしてたし、タイミングも悪かった」

「まあ、それはそうだけど……」


 あれ、言ってなかったっけ? となること、意外と多いような気がする。オウマに限った話なのかもしれないが。


「そうだ、あの飯島って生徒、友達なのか?」

「ハルちゃんのこと? そうだよ。中学の時からずっと一緒なの!」

「仲良さげだったな。俺に粉かけられてるんじゃ、って疑ってきたぞ」

「あはは、ちょっと心配性な面があるから……。でも、優しいのは確かだよ。委員長だし、頭もいいし!」

「別に悪く言おうとしたんじゃないぞ? そこまで心配してくれる友達ってのは貴重だからな。そもそも俺が兄だってこと、教えてないのか?」


 そうすれば、兄妹間の親密さだと理解して勘違いすることもなかっただろうに。

 あー、と京子は唸って、



「何となく軽はずみに言い触らすと、お兄ちゃんの迷惑になるんじゃないかなあって。ほら、教師生徒でありながら兄妹って、何だかややこしい話になりそうじゃない?」



 これがもし『こいつが仮にも兄とか、みっともなくて口外できねえわ』とかだと泣く。


 要は彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。しかしオウマが高校生だった頃、クラスメイトの一人に教師陣に父がいて、かつ同じ部活に入っているというのを目の当たりにしたことがあるので、別段問題ないように思える。

 だがオウマはそれを口にしなかった。兄妹だと知れ渡れば、興味本位で探ってこようとする輩も出てくるはずだ。そうなれば京子と血が繋がっていないこともバレてしまうかもしれない。そこからあることないこと噂されても迷惑極まりない。


 オウマは軽く頷いた。


「そうだな。なるべく口外しない方が助かる」

「分かった。そうするよ」

「お前が小テストで良い点取ったら、こっそり教えたんじゃないかと疑われてしまう恐れがあるからな」

「そこまで私馬鹿じゃないよ!?」


 と、憤慨する京子。少なくとも秀才そうには見えない。それはオウマも同様だが。見た目頭よさそうで、実は良くない人もいるし、もはや外見なんてアテにならないのではないか。けれどイケメンはどう足掻いても変わらずイケメンなのだから、容姿の差は理不尽である。


 食べ終わると、既に時刻は八時半を差していた。いつもならネットサーフィンやテレビを観て時間を潰すのだが、今日は先に明日の準備をすることにした。準備と言っても、明日の予定を確認して、指導案――自分が実施する授業の段取りをまとめた書類を作成するために、今日学んだことを改めて書き出しておく。

 食後のコーヒーを持ってきてくれた京子は、ひょこっと肩口から覗きこんでくる。



「何書いてるの?」

「あー、これはな。……女子生徒をランク分けしてたんだよ。ぐへへ、今年はレベルが高いぜ」

「まーた冗談? そのくらい分かるよ」

「ちなみにそのランクでいうと、お前はDランク」

「うえっ!? ちょっとそれどういうこと!?」

「んー? ここで不服を言うとは、ひょっとして京子さん、自分が上位クラスで可愛いって思ってるの? ねえねえ思ってるの?」

「何その絡みちょっとうざいんですけどー!」



 なんて鎌をかけてみる。京子は実際、学年どころか学校単位で見ても上位に食い込む容姿の良さなので、決して自惚れではない。


 ブスが『自分は中位くらいの顔面偏差値』と勘違いすることはあっても、美人が『私みたいな雑魚、最下層の住人だよ~』と蔑んでいるのは有り得ない。そんな奴がいたらあざといキャラ付けか、あるいは『私以下の容姿の奴らはゴミ虫な!』という煽りなので、きちんと声に出して指摘しましょう。

 せっかく生徒が近くにいるので、試しに尋ねてみることにした。


「それはそうと、何かやってほしい授業とかあるか? 世界史関連で」

「突然だなあ。そーだねえ……面白かったら何でもいいや!」


 だよなー、と頷く。彼も学生目線なら、脱線してでも面白トークをしてくれる教師の方が好感度は高い。ただ教育実習生という身分である以上、そんな寄り道は許されないのだ。


「あっ、それかビデオが観たい! 『その時歴史が動いた』的な」

「おお、それはいいな。俺じゃなくてもできるってのが素敵だ、ってバカバカ」


 彼女のおでこに手刀を入れる。そんなことをしたら多分、不働高校に教師として戻ってくることはできないだろう。

 京子と半ば雑談を交わしていると、いつの間にか十時を過ぎようとしていた。彼は歯を磨いて就寝準備へと入る。七時半には学校に到着しておかなければならないので、自然と早起きすべく早寝をすることを強いられる。誰もが通る道とはいえ、これが半月以上続くとなると、先行き不安になってくる。


 京子も明日は一限目から体育だというので、消灯したのは十時半過ぎくらいだった。


「……ねえ、お兄ちゃん」


 目を瞑っていると、カーテン越しに京子が話しかけてくる。その声は小さく、もし彼が寝ていた場合起こさないようにという配慮が感じられた。

 まだ目が冴えていたので、言葉を返してみる。


「どうした? 一緒に寝てほしいのか?」

「そんなんじゃないよ。ただ、ね……。一つだけ聞いておきたいことがあってね」


 言葉を選ぶような間を置いて、京子は『それ』を口にした。



「――――一度、実家に帰ってこない?」



 ぱちり、と目が開いた。オウマはその時、心底嫌そうな顔をしていたことだろう。幸いにもカーテンで隔ててあったので、京子からは読み取ることができないことだった。


 あの空間へ、帰る――――父からは疎まれ、義母からは変に気を遣われ、居場所なんて一つもない空間へ、戻れと言うのか。かつてあった思い出も全て上塗りされた、窮屈な空間へ。


 ス……と自分の中で、ひどく冷静な『自分』が這い出てくる。機械的な対応をすることで、嫌なことから遠ざかろうとする一種の防衛本能である。


「……無理だな。今は教育実習中で忙しいし、教員採用試験に向けての勉強もしなければならない。少なくとも今年いっぱいは厳しい」

「そう……。なら、仕方ないね…………」


 それ以上会話を続けるのが嫌になったので、寝ると短く告げて布団を頭から被った。


 ――――京子が彼の元を訪ねたのは、きっとこれが理由だったのだろう。


 本来あるべき家族の形に戻すため、彼女なりに働きかけてきたのだ。となれば父との喧嘩の理由もおおよそ想像が付く。おそらく『オウマを実家に連れ戻す』と京子が言って、父が強くそれに反対したのだろう。ようやく邪魔者が消えた父からすれば、聞き入れるはずのない提案だ。

 客観的に見て、オウマが実家に帰ったところでデメリットはほとんどない。通うことになる不働高校とはさほど距離に違いはないし、家賃を払わない分資金的にも余裕が生まれる。家事も義母の美和子がやってくれることで、時間的にも楽になるはずだ。


 ただ、そんな圧倒的なメリットを前にしても、あの家にだけは戻りたくなかった。


 あの空間は、かつての母を忘れさせようとしてくるから。故に一歩引いた位置に身を置いて、記憶を色褪せないようにしたのだ。




 ――――その日は、いつも以上に寝苦しかった。

 寝る直前になって京子が変なことを言うから、部屋に言い知れぬ気まずさが沈殿していたのである。京子も同じ思いをしていたことだろう。


 オウマも寝づらいと感じたのは事実だが、決して寝れないということはなかった。実家にいた頃から、気まずさを覆い隠して眠ることには慣れていたのである。



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