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義妹と過ごす教育実習記  作者: 名無なな
第一節 教育実習編
20/49

 放課後。生徒にとってのゴールデンタイム。部活であれ何であれ、その生徒にとっての自由が保障される時間帯である。


 綴町のクラスのホームルームが終わり、この後はとりあえず部活動を見学して、その後明日のスケジュールの確認などを行うつもりだった。教育実習生に休まる時間などない。

 近衛が教室から出ようとしたところへ、京子が話しかけてきた。


「お疲れーお兄ちゃん。どうだった、私たちのクラス?」

「少し大人しい感じだな。俺の時はもっとはしゃいでいる奴がいたもんだけど、今だとそういうのは古いのかな」

「古いって……五年くらい前の話でしょ?」

「ばっかお前、五年ってかなり違うぞ? だってお前がランドセル背負ってる時、俺は高校生で学ラン着てるんだぜ?」

「……確かに! そう言われると五年ってすごいね!」


 扉付近でわいわい会話をしていると、割り込むように一人の女子生徒が介入してきた。目付きの鋭い、はっきりものを言うタイプに見えた。


「京子、一緒に帰ろ?」

「あ、うん。分かった!」

「……ちょっと先に行ってて? 私、この先生に話があるから」


 急に視線を向けられて、ドキッとしてしまう。「こいつ、意外と美人だな」的なドキっとではなく、「え、何で俺?」的なドキッとである。

 京子は良く分からないといった風だったが、友人の要求に従い去ってしまった。


「…………」


 若干の間が空く。初対面の相手に、こういうときどんな対応をすればいいのか、未だに判明していない。

 こっちから切り出すべきか、と悩んでいたところへ、目の前にいる女子生徒が先を制する。



「――――来て初日で、随分と慣れ慣れしいんじゃないですか?」



 セリフ以上に、声音そのものが敵意剥き出しだった。

 思わず内心でたじろいてしまう程度には。


 突然のことに茫然としているオウマに対し、女子生徒はなおも畳み掛けてくる。


「そりゃあ京子は超絶可愛いですけど、仮にも教師が手を出すのは間違っていると思うんですよ。まだ教師じゃないから、のような言い訳は結構です。何より大人として節度ある行動を――――」


 上司のお小言的な叱責を浴び続けるオウマ。これが年下によるものなのだから耐えられない。たとえ謂れのない冤罪だとしても、叱られるのは誰だって怖い。そもそも責められているうちは口出しできない。


 予め目を通していたクラス名簿のうち一人と、女子生徒の顔が一致する。確か飯島(いいじま)(はるか)だったはずである。どうやら飯島は京子の友人らしく、傍から見ればナンパしているように見えたのだろう。本当は兄弟故の距離感の近さなのだが、それを知らない飯島からすれば心配に思っても不思議はない。


 その熱の入りようは友達を想うが故の――――いや、それ以上のものを感じる。


(まさか百合とか? いやいや、それはさすがに考えすぎか)


 最近の風潮として、何でもかんでも女子同士が仲睦まじくすれば「ああ~」と花を咲かせている。半分はネタなんだろうが、やっぱり異性同士の付き合いが王道であろう。これを言うと差別だ云々言われているが、少数派であることに変わりはない。


 オウマは不器用な苦笑いを浮かべて、


「はは、友達思いなんだな、君は。護国寺さんは自分を学校に馴染ませるために話しかけてきてくれたんだよ。優しい生徒だ」

「そうでしょうとも! 優しいんです、京子は。――――だから、変な虫が付かないよう、私が守らないと」


 百合――――ではないと思うが。ちょっとだけ狂気を感じた。

 言うことだけ言って、京子を待たせては悪いと、飯島は踵を返して立ち去って行った。


「あいつ……モテるんだなあ」


 この世の可愛い子には全て彼氏がいる、というのがオウマの持論だが、ひょっとして京子もそうなのだろうか。気になるが、かといって踏み込む気にもなれなかった。オウマだってそういうプライベートに首を突っ込まれるのは若干憤りを覚えるタイプだからだ。自分が嫌なことを他人にはやってはいけない。


 少し話し込んでいると、次の予定が押していることに気付いた。彼は早歩きで教員用の更衣室まで向かう。綴町の薦めで、女子サッカー部見学をすることになっているのだ。おそらく早い者はグラウンドでアップをしていることだろう。

 オウマはスポーツの中では野球が好きだが、あくまで観戦するのが好きなのであってプレーするのは苦手である。つまりどの部活を見学しようというプランがなかったところ、綴町に誘われたのだ。


 練習着に着替えてからグラウンドに行くと、何人かの女子がリフティングやパス回しをして、練習開始まで時間を潰していた。その中で一人、目に付く生徒の姿があった。山無亜子だった。彼女はやや離れたところで、器用にリフティングを繰り返している。

 話しかけるのも躊躇われるほど、彼女は真剣な面持ちをしていた。


「…………、」


 ついちょっかいをかけようとしていた考えを封印する。何かに熱中する間は邪魔をしたくなかった。振り返ってみると、オウマの高校時代にこれほど真剣になったことなど数えるほどしかない。


 だからその姿が、少し羨ましく思えた。


 ジ、とその様子を眺めていると、視線に気付いたのか山無と目が合う。


「あっれー? また私の追っかけですか?」


 打って変わって朗らかな笑顔を見せる山無。結果的に集中を遮ってしまったのだから、オウマはひとまず謝ることにした。


「すまん。真面目にやってたのに邪魔をした」

「ええ? なんすかもう。私はただ買ったばかりのスパイクがちゃんと馴染んでいるか、確かめてただけですよ。それに私、自慢ですが話しながらでもリフティングできるんで、普通に話しかけてもよかったのに」

「自慢なのか。いや凄いけれど」


 謙遜せずに、しかし冗談めかして言う彼女と話していると、ピーッと笛が鳴った。ジャージに着替えた綴町が、集合の合図を出したのだ。

 山無がダッシュで綴町の元に集まろうとしたので、彼も倣って後を追う。オウマは綴町のすぐ真横に立つと、不意に掌を差し向けられた。


「練習を始める前に、今日は教育実習生の逢魔斗真先生が練習見学をします。なので、恥ずかしくないよう、キリキリ動きましょう!」


 はい! と部員から元気よく返事が上がる。なかなか統率の執れた集団のようだ。

 せっかくなので、とオウマは一歩前に出て挨拶をする。


「えー、教育実習生の逢魔です。サッカーはオフサイドくらいしか知りませんが、楽しい球技であることは知っています。なので皆さん、私のことは気にせず楽しくプレーしてください」


 これにも溌剌とした相槌が返ってくる。

 綴町の指示で彼女たちは列を形成してランニングを始める。心肺機能を鍛えるためではなく、ペース的にウォーミングアップのためであろう。


「随分とまあ、一日で形式文が言えるようになったじゃん」


 からかう風に綴町が歯を見せる。



「あなたの真似ですよ。必殺猫かぶり」

「猫なんて被ってねーべ。私のは素だから、素」

「嘘を吐くのが素だというのなら、間違ってはいませんね」

「ついでに口も達者になったようだ」



 ばし、と部員たちからは見えない背中に張り手を入れられる。本当のことを言って怒られるなんて、こんな世の中間違っている!

 その後実践的な練習になると、オウマも次第に練習に参加するようになり、時間はあっという間に過ぎていった。




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