第一章 妹キャラって実際どうなの?
妹いないんで難しいです。
逢魔斗真は家事全般が得意である。というよりも、趣味と断言してもいいレベルで、彼は家事をすることを好んでいた。
そして、それらの元となったのは母の存在であった。専業主婦だった母は、時間が許す限り一人息子に料理を始め家事全般の基本を教え込んでいた。――今思えば、それは職務怠慢なのではなくて、己の死期を悟ったが故の行動だったのかもしれない。ともかく、母が死ぬまでの約一年間、彼はあらゆることを教わった。
どちらかと言えばマザコン気質だった斗真だったが、決して父と疎遠だったわけではない。休日出勤の多かった父だが、プライベートの時間を削っては息子の相手をしていた。親馬鹿と指摘する者がいてもおかしくない程度には、血の繋がった息子を溺愛していた。彼が物をねだれば父はそれに応えようとし、母が「甘やかすな」と説教をする――――そんな微笑ましい時代もあった。
しかしそれも、母が死んだことで一変した。癌を患った彼女が一年の闘病生活の末に死去した時には、父は脇目も振らず泣き叫んでいた。まだ『死』という概念をよく知らなかった斗真の方が余程冷静だったであろう。
それからというもの、父はすっかり息子の面倒を見ることはなくなった。元々家事のできる男ではなかったとはいえ、そのほとんどを斗真が担っていた。この時から与えられた生活費を元にやり繰りをするということを覚えた気がする。父のスーツをクリーニングに出したり、遅い帰りを寝ずに待っていたこともある。だが父は、帰宅後すぐに自室に引っ込んでしまうため、斗真も次第に帰りを待つことを止めた。
ほとんど会話をしなくなって半年後、その日休日だった父は投げやりな態度で話し始めた。そんな声だったか、と違和感を覚えてしまうほど、久しぶりの会話であった。
「俺は再婚することになった。三日後から一緒に暮らすから、迷惑だけはかけるなよ」
ぶっきらぼうにそう言いのけた父の言葉を理解するのに、斗真はかなりの時間を要したのを覚えている。
三日後、この時斗真は初めて彼女たちと出会った。
おっとりとした雰囲気を持つ、当時三十代だった父と同年代であろう美人と、その傍らに連れ添って歩く、お人形のような芸術美のある少女と。
再婚生活が始まっても、斗真は家事をすることを止めようとはしなかった。義理の母――美和子は当然代わろうとしたものの、斗真は母から譲り受けた形見のような思いに囚われ意固地になっていたし、何より楽しかったのでその申し出を拒否したのだ。結局、自分のことは彼自身がやるということで落ち着いた。
中学に入っても、彼を取り巻く環境は変わらなかった。京子とはしばしば関わることもあったが、両親とは話す機会も薄く斗真は家庭内で孤立していたと言える。
この頃から父は多めにお小遣いをくれるようになった。『これでどこかに遊んできなさい』とせっつくような言葉を添えていた。当時も何となく家から遠ざけられているような気分になり、大人になってから考えてみると、やはり疎まれていたのだろうと思う。
とはいえ中学生の通える範囲なんてたかが知れているわけで、家にいることの多かった彼はたまに単行本やゲームを買う以外に使い道がなかったので、どんどん貯まっていく一方だった。お金に煩い実母の気質が遺伝していたのかもしれない。
――――取り巻く環境に変化の兆しが見えないまま、彼は大学生となった。かねてから興味のあった教育学部へと進学した。
実習の多いこの学部は他学部の追随を許さないレベルで大変だったと思うが、その繁雑な生活は彼にとって心地よかった。ドMなのではなく、何かに打ち込めるということが性根に合っていたのだろう。
毎日が充実していた。
熱中できるものに出会えて、本当に良かった。
――――しかしそれは、所詮継ぎ接ぎだらけなのだと気付かされる。自分では縁を切っていたと認識していた、他ならぬ家族の登場によって。