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義妹と過ごす教育実習記  作者: 名無なな
第一節 教育実習編
19/49

「――――大学から教育実習生として来ました、逢魔斗真と申します! 教科は世界史を担当します。皆さんが興味を持ってもらえるような授業にしていきたいと考えていますので、短い間ですがどうぞよろしくお願いいたします!」


 なんて、至って真面目な挨拶を全校集会でしたオウマは今、職員室にいた。他の教職員に挨拶をして、三年目にして何故か指導教員の立場を確立している綴町の下に立っている。

 彼女は着慣れた感のあるスーツに身を包み、いつもよりお堅い口調で言った。



「うん。まあ挨拶は及第点でしたね。終わるまでハラハラしましたが」

「これも全て、綴町教諭のお力添えがあってこそでございます」



 実際、挨拶文に関しては何度も添削された。添削され過ぎて、オウマの原案の大部分は変更されている。どれだけ元の文がひどかったのか、と言う話になるが。

 オウマも必要以上に丁寧語を使っているのがツボに入ったのか、彼女は若干吹き出しそうに口元を歪ませた。


「ごほん。ともかく、あまり緊張してなさそうで何よりです。オウマくんは昔から物怖じしない性格でしたものね」

「自分もちょっと笑っていいすか。その話し方ツボなんですけど」

「笑うんじゃねえぞ……!」


 小さく、ドスの効いた声で囁かれた。


 オウマは今日一日のほとんどを、授業見学に費やす。それを参考に自分なりの授業内容を組み立てていくらしい。なのでしっかりとメモを取っておかないとまずい。

 綴町が腕時計を確認して、



「そろそろ行こうか。今から私の受け持つクラスで簡単に挨拶してもらうから」

「挨拶多いですね」

「最初はどこでもそうですよ。ちなみに、それなりにフランクな感じでいいから、親近感を抱かせる程度の軽さで」

「ふ、俺の得意分野ですね!」

「…………オウマくんにはそれは困難だと思うので、手堅くいきましょう。大学名、名前、あと趣味と、それくらい言ってくれたらいいです」



 あるぇー? と首を傾げる。何故始めから諦められているのか。甚だ遺憾である。

 彼女の担当クラスは二年B組で、それはかつてオウマも学業に励んだ教室だった。この時は綴町も卒業していたので、あまりいい思い出もないけれど。振り返ると、基本的にボッチ行動の多い男である。


 がらら、と教室の扉を開ける。まだ始業ベルがなっていないので、だいたいの生徒は各々自由に過ごしている。個人的にこの時間帯が人の性格を表していると思う。誰かと話しているのなら、その人数によってリア充か否かがおおよそ分かる。逆に授業の準備をしているのなら、真面目なタイプだ。ちなみにここで机に突っ伏して寝ている人は基本的にボッチだ。少なくともオウマはそうだった。

 教室へ入ると同時にチャイムが鳴った。SHRの開始を告げる鐘の音だ。さすがは進学校、生徒たちもそれを聞いて素早く席に着いた。


 綴町が教壇に立つ。何だかすごく様になっているのを、扉付近で見守るオウマ。


「おはようございます」

「「「おはようございます!」」」


 綴町が挨拶をすると、物凄いエネルギーが返ってきた。元気玉をぶつけられたみたい。高校生時代のオウマは口パクしていたから、ちょっとびっくりしてしまった。

 彼女は手際よく出欠確認をしていく。それから簡単な連絡事項を伝えて、ようやく彼の方へと視線を移した。それに釣られて、生徒全員の目線がオウマに集中する。


 こんな注目を浴びることに慣れていないオウマは、つい反射的に後ろを向いて自分以外の誰かではないかを確認してしまうと、綴町からツッコミが入る。


「いやいや、オウマ先生。あなたを見ているんですよ?」

「あ、いっけね」


 ドッ! と教室が湧き立った。けして意図したわけではないが、生徒のウケは良かったようだ。


 オウマは慌てて教壇に立つ。――――それだけで、見える世界が一変した。


 たった少し角度を上にしただけで、後方の生徒の顔まで良く見える。逆に最前列の生徒の方がよく見えないくらいである。

 彼はちょっとの間、時間を忘れた風に突っ立っていたが、綴町にツンと突かれて我を取り戻した。全校集会時にしたのと同じ内容の挨拶をして、隣にいる綴町が僅かに驚いた風な表情をした。


 真面目なそれに、何より驚いたのはオウマ自身だった。事前に考えていた小粋な(?)ジョークが、何故か出てこなかったのである。自然と背筋が伸びるというか、「ちゃんとしなければならない」と、本能が訴えかけてくる。


(なるほど、先輩も言葉遣いを改めるわけだ……)


 学生時代、何の気なしに上った時は何も感じなかったけれど、月日を経て、立場が変われば感じ方も変わるということか。


 その後すぐに一限目の授業が始まり、彼はその教室に留まって綴町の授業見学をすることにした。することにした、と言っても事前に「この日に見学して良いですか?」とお願いしてあるのだが。前日までにはお伺いしておかなければならない、と彼女から口酸っぱく言われている。

 加えて、たとえ教室の後ろに椅子が用意されていたとしても実習生は絶対に座ってはいけない。「君、座りながら全体像が見えるの? へー凄いんだねえ」と、綴町は過去に嫌味を言われたらしい。じゃあ椅子を用意するなよ、と言ってやりたい。何でわざわざ罠を張っているのか。


 授業見学中に注意すべきは、授業内容ではなくその方法に注視しなくてはならない。どういう風に指導するのがいいのか。生徒が飽きないようにするにはどうするのか、などその教師の手練手管を学んだ方が良い。これも綴町の受け売りである。何から何まで世話になって、何だか申し訳なくなってくる。実習後に何か奢ろう、と心に決める。


 普段の講義では有り得ないほど集中していたオウマは、体感五分程度で授業が終わったことにチャイムで気付かされた。彼は慌てて綴町の元へと駆け寄る。授業見学後はきちんとお礼を言わなくてはならないのだ。また、この時にいくつか質問した方が教師は喜ぶらしい。というか、『しなければならない』ことが多い気がする。


「綴町先生、見学させていただいてありがとうございました」


 深々と頭を下げる。

 普段なら威張るであろう彼女も、生徒たちの手前、穏やかな口調で「顔を上げてください」と言った。


 彼女は口元に手を当てて、上品に微笑む。



「ふふ、私もまだ若輩者。参考になるような授業ができたかどうか……怪しいものです」

「ご謙遜を。あまりの完成度に、思わず師と仰いでしまいそうになりましたよ。ハハハ」

「あらあらうふふ」



 なんて八割方茶番劇を繰り広げていると、「ちょっと」と声をかけられた。女子生徒のものだった。もっと言えば、最近特に聞いている声だった。

 振り返る。そこにはやはり、京子の姿があった。彼女は驚いた風にリアクションを取って、


「やっぱりお兄ちゃんだったんだ……! 前言ってた教育実習先ってここのことだったの?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「言ってなかったよ!」

「ってか、全校集会とかでも普通に自己紹介してただろ?」

「……いやあ、実はちょっとウトウトしてまして」

「分かる。俺も基本的に寝てた記憶しかないわ」


 体育座りでも寝られるのか? とオウマも当初は怪しんでいたが、案外眠れるものだ。その代わり首が痛くなるが。


 たはは、と頭を掻く京子。話していると、さらに第三者が割り込んできた。


「あっれー? 変態が校内にいると思えば、オウマさんじゃないですかー?」


 誰が変態か、と声の方を向くと、またもや見覚えのある人物がいた。――――山無亜子。先日知り合ったばかりのサッカー部員だ。

 オウマはちょっと意外そうな顔つきになる。


「なんだ、君も綴町先生のクラスだったのか」

「そですよー。私もまさか、あなたがこの学校に教育実習に来るとは思ってみませんでしたよ。全校集会の時は思わず声を上げそうになりましたね、『変態だーっ!』って」

「踏み止まってくれて良かったよ……」


 京子は何やら山無とオウマの顔を交互に見比べながら言った。


「え? え? 何? まさか亜子ちゃん、お兄ちゃんと知り合いなの?」

「うん、実はね……ってお兄ちゃん!?」


 ギョッと信じられないものを見つけたかのように、オウマをまじまじと見つめる山無。いきなり兄弟設定を明かされたら、大抵の人は驚くだろう。



「でも、正直あんまり似てないってゆーか……。ミクちゃんのおにーさんなら、もうちょっとイケメンでもおかしくないような…………?」

「おい、おい。さりげなく人の顔面偏差値ディスるのやめてくんない?」



 事実血の繋がりはないのだから、似ていなくて当たり前だ。だがそれを口にすると詮索が止まらなくなるような予感がしたので、口にするのは避けた。

 厄介な二人に捕まったな、とため息を吐いたら、不意に綴町が手を叩いて注目を集める。


「はい。オウマ先生は次の授業見学があるから、そろそろ解放してあげてねー」

「えー、もうちょっといいじゃないっスかあ。生徒と触れ合うのも教育実習の要でしょー?」

「分かったような口を聞きやがるぜ」


 あるいは純粋と言うべきか。教師の理想像として、授業が分かりやすく面白く、何事にも親身になって相談に乗ってくれて、さらに単位を簡単に取らせてくれるようなのがあるのだろう。

 しかし実際、授業を進ませるのが精いっぱいで、その他のことにそこまで意識が回るとは到底思えない。できたら超人だ。無論オウマもそれを目指しているものの、実現できるかどうかは甚だ怪しい。


 その後別の先生の授業見学をしていると、瞬く間に時間が過ぎていった。




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