第二章⑤
日曜日。
オウマは正午前にかつての母校、かつ教育実習で通うことになる不働高校に来ていた。何だか殺人事件が頻発しそうな学校名に近いが、実際は県内でもそこそこの進学校である。
住宅街の真ん中にあるその学校は、敷地面積が狭く手狭な感は否めない。グラウンドは長方形のが一つで、そこで男女サッカー部、野球部、陸上部、ラグビー部などが互いに譲り合って使っている現状だ。
オウマは校舎棟ではなく、道路を挟んだ先にあるグラウンドの方に足を運んでいた。休日とはいえ、体育館ではバスケ部が、グラウンドでは女子サッカー部が練習をしている。休日出勤することを今から教え込む、言わば社畜育成システムと名付けよう。
彼が今日、ここを訪れたのは綴町に呼ばれたからである。何でも昼飯をご馳走してくれるらしく、オウマはホイホイそれに釣られたのだ。男が払わなければならない、というのは時代錯誤だと主張したい。ちなみに京子は今朝早くに一旦実家へと戻っている。
彼女は女子サッカー部の顧問をしているらしく、先ほど指導を終えた綴町とすれ違った。「ちょっと着替えるから待ってて」とのことだ。ちゃんと顧問としての職務を果たしているようで、練習着姿だった。オウマはその間、体育館裏にある自販機でアイスコーヒーを買って待つことにした。
かつての学び舎に懐かしさを覚えていた矢先、横合いから声が飛んできた。
「あっ、さっきまでコソコソと練習を覗いてた人だ」
発声元に目をやる。そこには砂まみれ姿の女子サッカー部員が立っていた。
スパイクを脱いでソックス状態のままの彼女は、恐らくここにある水道を利用しに来たのだろう。グラウンドのすぐ傍にもあるが、そちらは練習終わりの運動部員で大変混雑する。つまりそれを避けてこっちに来る生徒もいるのだ。
ボーっと眺めていた姿をどうやら見られていたらしい、とオウマは少し悩み。
「怪しいモンじゃない。ただ待ち人が来るのを、高校生のハツラツとした姿を見ながら待ってたってだけでな」
「待ち人……? ひょっとして、私のことですかぁ? どっかの事務所のスカウトさんとか? 私、そういうの全部断ってるんでー」
「何言ってんだこいつ」
事務所にスカウトと聞けば、アイドルかモデルかが思い浮かぶ。目の前の少女の容姿は、確かに優れていると言ってもいい。背丈はオウマとほぼ同じ、一七〇センチを超えていた。細身の体躯に長い脚。顔立ちそのものはまつ毛が長く瞳は大きく整っており、ロングの茶髪が端正な顔立ちによく似合っている。肌はやや日焼けしているものの、それすらも彼女の魅力の一つと化していた。
不働高校のみならず、全国的に見ても彼女は美しいと言わざるを得ない。少女の口ぶりから察するに、今まで何度かスカウトをされた経緯があることも頷けるこの世全ての美少女は、自らが優れていることを自覚している。目の前の彼女もその一人に違いない。
オウマはフッ、と鼻で笑って、
「些か自惚れているようだな! 確かに君は可愛い、それは認めよう」
「ありがとーございまぁす」
「――――だがっ! 高級店の風俗嬢に比べるとやはり圧倒的に色気が足りていない! 井の中の蛙とはこのことよ!」
「えぇ……。比べる対象が何とも言えない方なんですが……。つーか未成年と風俗嬢比べるのってどうなんです?」
褒められたのか貶されたのか、曖昧な指摘を受けて困惑するサッカー少女。質の高い風俗店所属の嬢は、総じてレベルが高いが、スタイルとは別の部分でとてつもない付加価値が与えられているように感じる。同僚の人妻が他より二倍増しで妖艶に見える的な、そういうオーラが風俗嬢にはあるのだ。
でもー、と彼女は手足に付いた土を水で洗い流しながら、
「よく言うじゃないですかー。『風俗に金払うとか馬鹿だろ。彼女作ればタダじゃん』って」
「たわけたことをぬかすなっ!!!!!!」
「マジギレ!?」
オウマは鼻息荒げ、目に炎を灯して力説を始める。
「馬鹿はテメエだろとまず突きつけてやりたい! 彼女たちはその道のプロだ。即ちそれはプロ野球を観る者に対して、『少年野球ならタダで観れるのに、わざわざプロの球場まで行くとか馬鹿だろ』と言ってるようなものだ! ――――遊びでやってんじゃないんだよっ!!」
「お、おう……」
名も知らぬ少女は、完全に不審者を見る目付きになっている。無理からぬことだが、それに気付かないオウマはなおも続けて、
「結論を言うなら、風俗嬢を彼女にするのが一番ってことだな。容姿も良くて、技術もある。ホームランの量産できるイチロー選手とか神だろ的な」
「おにーさんも風俗とか行くんすね」
「たまにな。こないだ行った時に嬢から名刺もらったが見るか?」
「え、見せて見せて! ちょっと興味ある」
そう言って、彼は財布の中から一枚の名刺を取り出して、それを彼女へと手渡した。少女は手をキレイに拭いてから受け取る。
ジ、と凝視して、
「わあ。普通のお堅い名刺とは違いますねえ。いかにもなお店の名前があって、女の人の名前があって……あれ? この『ヒナタメさんへ』って誰のことですか?」
「ん? ああ、それはな、俺の偽名だよ。風俗行く時用のな。実名はちょっと抵抗があるんだ」
「へえぇえええ。すっごいどうでもいい情報あざまーす」
万が一問題にならないよう、オウマは偽名を使って予約をしているのだ。彼の場合友人の陽目葵の苗字を借りている。すまない。
何だかんだ言いつつも、少女は自身の知らない世界に興味があるようでわりと耳を傾けている。無垢な少女を風俗嬢に育て上げているみたいで、若干の後ろめたさを覚えるオウマ。
そこへ割って入るようにして、手刀が彼の脳天にジャストミートした。




