バレンタイン小ネタ
書いてたらバレンタイン過ぎてました。
「あの、オウマくん。ちょっといいかな……?」
高校一年生の、二月半ば。
逢魔斗真は男子から人気のある、クラス委員長を務めている女子生徒に話しかけられていた。 放課後になって、早々に帰宅しようと思った所へ声をかけられたのである。
(来たか――――っ!)
二月半ば――――今日はバレンタインデーであった。
たとえ非モテ、非リア充であろうとも、その日だけは期待せずにはいられない一日。「ひょっとしたら俺に気のある子が一人くらいいるかも」的な淡い期待を抱いては、現実を前に粉砕されてしまうのが世の常だが。
オウマも「まさか自分にあるはずない」とは思っていたが、やはりモラトリアムの過ぎていない男子生徒。それも美少女からくれるとなれば、自然と内心小躍りしてしまうのも無理からぬことだ。
いや、いや。クラス委員長とはほとんど話したことがないのは、この際目を瞑ろう。
「こ、これを……!」
と、彼女が恥ずかしそうに差し出してきたのは、やはりチョコであった。丁寧にラッピングされ、中身は見えないものの、状況から一目でチョコと分かる。
受け取る。気のせいだが、愛情込みの分だけ重く感じてしまう。これが愛か。
この時オウマは家に帰ってワクワクしながら食べるか、それともこの場で食べて感想を述べるか。どちらにしようか悩んでいるのを悟られないよう、何気ない会話を挟む。
「これって手作り?」
「う、うん。溶かしたチョコを固め直しただけなんだけど……」
それでも手作りというだけで相当なブランド力だ。顔が赤くなって、頭から湯気が出そうになるのを懸命に抑える。
せっかくだから、とこの場で一つ食べてしまおうと包みを開ける直前、クラス委員長は意を決した風に口を開いた。
「そ、そのチョコレートを! 綴町先輩に渡しておいてもらえないでしょうかっ!!」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うん???
ぶつり、とオウマの中で何かが切れた音がした。多分、脳波か何かが途切れたのだろう。
そんなことは露知らず、彼女はきゃーっと照れながら、
「できれば自分で渡したかったんだけど、ちょっとハードル高いというか……」
「キニシナイデ」
片言ワードを、絞り出すのがやっとだった。
要するに、たとえるならオウマは早朝にチョコを忍ばせておく机の中、あるいは下校時に気付くようにセットしておく下駄箱的役割を求められているのである。
よく考えなくとも、親しくない女子が本命チョコをくれるはずないのだ。この一文超悲しい。
――――今日、学んだ教訓は一つ。
チョコレートって、苦いなあ。
「いやあ、今年も大漁大漁!」
ちなみに、この台詞を言っているのは女子生徒――――綴町未来子だった。下校時、いつものように校門前で待ち合わせをしていた彼女に、オウマは配達を任されていたチョコを渡したところ、その時既に綴町の鞄はチョコでいっぱいになっていた。
綴町は同性から圧倒的に慕われているのだ。いわゆるお嬢様的な立ち位置である。多分、学校にいるどのイケメンよりもチョコをもらっていそうだ。
しかしそれも頷ける。彼女には誰よりも決断力があって、リーダーシップがあって、誰に対しても優しさを以て接することのできる人物だからだ。
誇らしげに鞄の中身を見せつけてくる彼女に対し、オウマは頬を引き攣らせて、
「それはひょっとして嫌味ですか?」
「そうだけど? そんなに鈍いからモテないんだよ」
アイアンメイデンに入れられて全身串刺しになった気分である。ちょっと言葉が鋭利過ぎませんかね。
「ともかく、これでしばらくは甘味は買わなくて済むね。ほら、受験勉強に甘いものは欠かせないから」
「受験……」
そう。二つ年上の綴町は、今年で既に三年生。二月中旬ともなれば、既に受験は始まっている時期だ。本来三年生は自習時期なので、登校する必要さえないのだが、彼女の場合「学校の方が集中できるから」と言って通い続けているらしい。その度に、彼女と比較的家の近いオウマはこうして一緒に帰っているのである。
しかしそれも、残り僅かとなれば哀愁も漂ってこよう。口には出していないが、オウマは彼女に対し多大な感謝の念を抱いていた。
入学式の時に話しかけて来てくれたこと。
事あるごとに相談に乗ってくれたこと。
――――彼の父に対し、家庭の歪さを糾弾した時には、思わず涙が零れそうになった。
ああ、自分のことをこれほどまでに想ってくれる人がいるのか、と。
感傷に浸っていたオウマは、無理やり頭を切り替えて話を途切れさせないようにする。
「先輩って確か、地元の国公立大学を受験するんでしたよね?」
「うん。この辺で教育学部があるのって、そこくらいだしねー」
教育学部。つまり綴町は教師を目指しているのだ。確かに彼女の性格からして、教師は天職と言えるかもしれない。彼女の下で学べるのなら、それほど幸せなことはない。
それにしても――――
「大学、か」
隣に訊かれないほどの声量で、ぽつりと呟いた。
自分にとって考えたことのない未来。いや、漠然と想像したことはあるが、具体的にどの学部に行きたいとまでは考えたことがなかったのだ。
根っからの文系であるオウマは、できれば彼女と同じ大学に通いたいと、ただ漠然と考えていた。
問題は父親が学費諸々を負担してくれるかだが――――厄介払いができるとして、積極的に下宿を進めてくるかもしれない。容易に想像が付いた。
はあ、と小さくため息を吐いた。白い息が、空気中に溶け込んで消えていった。綴町は耳聡くそれを捉え、顔を正面に固定したまま投げやりっぽく何やら差し出してきた。
「これ、あげる」
「ん?」
押し付けられたのは、透明の袋に入った一口サイズのチョコレートだった。いかにも手作りっぽい完成度である。
すると綴町は、尋ねていないのに何故だか勝手に説明を始めてしまう。
「さっき勉強に甘いものは必須と言ったけれど、食べ過ぎは逆効果だと思うの。虫歯になるし? 鼻血出るし? ……そう! もし食べ過ぎで太っちゃって、この私の悩殺ボデーに陰りが見えたら、くれた人に失礼ってもんでしょ? だから、キミには中でも一番美味しそうなチョコをあげよう」
「いやいやいや、俺そこまで鈍くないですよ? これってあれでしょ? 実は先輩のてづく――――」
「君のような勘のいいガキは嫌いだよおおおおおおおおおっ!」
フシャーッ! と威嚇してくる綴町。これ以上追及しても、このチョコが誰によるものなのかは認めてくれまい。
――――だから、オウマはその場で袋を開けて、一つつまみ食いをした。
甘さをベースとしたチョコのようで、口の中にくどくない程度の甘みが広がる。それでいて高校生向けということを意識してか、若干のビターテイストが舌を刺激する。
彼女の作ったチョコでないという設定がある以上、感想をべらべらと述べても藪蛇だろう。故にオウマはたった一言。誰に向けてでもない言葉を呟いた。
「――――……甘い」




