クリエイトチャーハン
少しの沈黙の後、脳内に先程の音声が聞こえる。
「世界ハ3番!3番ヲ選ビマシタ!」
つまりオーディエンスの能力は
焼飯製造を選んだということだ。
「決まったのかね?」
おじさんはソワソワした様子で俺を見ている。
なんだよ、そんなに気になるのか。
「俺は世界を信じて3番を選択する!」
「ほう・・・焼飯製造か。実に良い選択だと思うぞ」
俺もそう考えていた。
昔親父が海外旅行した時、現地の食べ物にとても困ったと嘆いていたんだ。
6泊中の4日くらいは下痢だったと。
そして飛んだ先に食べ物があるとは限らない。
食を得たということは、生を得たと言ってもいいだろう。
「これが必要になるだろう」
そういうとおじさんは中華鍋を俺に手渡す。
気付けば俺もおじさんも満足そうな顔だった。
「貴方に聞きたい。2人はどこへ行ったんだ?」
そう、俺が1番聞きたかったことはこれだ。
「君と一緒に異世界の扉を開いた者たちのことか?」
俺が頷いてみせるとおじさんは実に楽しそうに笑った。
「彼らとも同じようなやりとりをしたよ。君は1番最後だ。なに、運が特別に良ければすぐにでも会えるさ」
--つまりもう飛ばされたってことか。
「さあそろそろ準備は良いか?」
「まだ聞きたいことがある!」
「時間がない。1つだけ聞こう」
「--元の世界に帰る方法は?」
時間をかけず絞り出せた質問はこうだった。
おじさんは俺を驚くように見て、とても可笑しそうに笑った。
「そうか少年!君もそう尋ねるか!実に面白い。君たちは異世界に飛びたくて、望んで扉を開いたというのにもう帰る心配をしている」
「違う!俺たち・・・いや少なくとも俺は望んだ訳じゃない!」
「ふーん。まあ良い。元の世界へ帰る方法は1つ。---自分以外の転移者を殺せ」
そして世界は暗転した。
目覚めるとそこは草原だった。
辺り一面草原で所々に大きな岩が見える。
大草原に学ランを着て中華鍋を持っているのはとても滑稽だろう。
俺が当事者で無ければ指をさして笑うと思う。
「まじかよ…本当に異世界に来ちまった…」
待て。その前に考えることがある。
あのおじさん最後になんて言った…!?
殺せ?殺せって言わなかったか!?
元の世界に戻るには2人を殺せだと!?
「ふざけんな…ふざけんなよ!」
「なんだぁ…うるせえなぁ」
岩陰からむくりと影が起き上がる。
それはボサボサの頭に髭を無造作に生やし、小汚いがそこそこ良い物であるように見える和服姿の男だった。
顔を見る感じ、そこそこの年齢だと伺える。
そして何より---腰に刀を帯びていた。
「人が気持ち良く寝てたっていうのによぉ…ん?誰だお前、見ねえ顔だなぁ」
ぱっと見、悪人顔だぞ。
これ…俺…死ぬんじゃないか…?
「こちとら腹減ってるのによぉ…ん?よく見りゃ金持ってそうな格好だなぁおい」
--ああ終わった。
これよくあるパターンだ。
しかし待てよ。大体こういう時は女なら白馬に乗った王子様のようなモンが危機一髪的な感じで助けてくれるはず。
男なら美少女だ。
間違いない。
--本当に大丈夫かこれ?
悪人顔の男が腰の刀に手をかける。
その時だった。
「待て!!」
凛とした声が悪人顔の男を抑制した。
俺はホッと一息つき、声のした方角に顔を向けると
より悪人顔のおじさんが自転車にまたがっていた。
あ、これ多分親分だ。
「お、親分!」
悪人顔の男は焦った様子でそう言い放った。
親分と呼ばれた男は俺を一瞥する。
「本当に金持ってそうな奴だな。命は助けてやる。その代わり全てを置いて行け」
親分容赦ねえ!
しかし最悪は避けられそうだが…結構悪い結果になりそうだぞこれ…
ん?そうだ!
「実は私、魔法使いの料理人でして」
「魔法使い?親分こいつ奴隷商人に売り飛ばしたら結構な金になるんじゃないですかぃ?」
不穏な提案に身の毛がよだつ。
それと1つ分かったことは、この世界は魔法という概念は存在して希少価値があるということだ。
「--気を抜くな。魔法使いと名乗るならば攻撃してくるかもしれんぞ」
抜き身にした刀を正眼に構える親分。やや遅れて慌てたように子分も構える。
「待ってくれ!俺の使える魔法はただ1つ!チャーハンを作れるだけだ!」
命の危険信号にレッドランプが灯った気がしたので、なりふり構わず叫ぶ。
それと同時に何もするつもりはないことを表すホールドアップだ。
通じるかはわからないが、しないよりマシだろう・・・
2人の悪人顔の男は互いに顔を見合わせる。
「「・・・チャーハン?」」
「親分さん、なんか火を起こすものあります?」
チャーハンが何たるかを説いている内に、俺に戦闘能力がほぼ皆無だとわかったのか
割りと自由にさせてくれた。
どうやらチャーハンに興味があるみたいだ。
チャーハンのおかげで何とか生き延びた感じがある。
さすが世界の選択だ。
「火か。ちょっと待て」
親分は怪しげな詠唱をしだした。
「---精霊の力を借りん!ファイス!」
俺がせっせとムシって集めた草の束が業火--とは言い難いが炎に包まれた。
「凄え!!」
これは興奮するだろ?
ゲームとかでしか観たこと無い光景が目の前に広がったんだ。
それと同時に心が震えた。
本当に異世界に飛んだんだって・・・
「おいガキ。それは鍋か?一体どうやって作るんだ?」
割りと興味津々な様子でうかがう親分。
「何でも良いんで、食べられる物持ってないですか?」
親分は顎をしゃくりあげ、子分に出すように促した。
「干し肉しかもってないんですが、いいんですかぃ?」
一応オーディエンスのときのように頭に聞こえた機械音声ではこう述べていたことを思い出す。
~焼飯製造の使用方法~
1.回数制限、再使用可能時間等はありません。いつでもチャーハン作れるよ!
2.どんな食材からでもチャーハンを製造できますが、貴方の食べられる食材と思ったものだけです。
3.使用時は「チャーハン作るよ!」といってください。
4.鍋と火は必須です。高い鍋ほど旨味が出て、高い火力ほどパラパラに仕上がります。
5.技量が上がるほど、短時間で作れるよ!
「干し肉ですか・・・」
これは食べられると俺は思うぞ。
「では拝借して・・・」
燃える草の上で中華鍋に干し肉を乗せる。
「いきます!・・・チャーハン作るよ!」
ふと考えてみれば、これが初めての料理かもしれない。
なんか良くわからない内に干し肉が変化していく感じが見て取れた。
それにしても変化スピード遅いなぁ・・・
時間は優に10分を超えただろうか。美味そうな匂い(チャーハン臭)だけが充満している。
体感20分くらいであっただろうか?
ようやくチャーハンが完成した。
「どうぞ食べてみてください!」
毒が入ってないことを示すように先に1口頬張ってみる。
うーん・・・500円で頼んで出てきたらお金に困ってないと行かないレベルの味だ。
不味いわけではないが美味いわけでもない中途半端。
何よりもベチャベチャだ。
だが2人は美味かったらしく、バクバクと食べている。
どれくらいの量でどれくらい出来るかわからなかったので
干し肉200gくらいで作ったら1200gくらい出来上がってしまった。
2人は夢中だ。どうにかするなら今がチャンスか?
幸い俺の後ろには自転車がある。
考えろ俺。
ここで俺は2つの選択肢を思いついた。
1.このまま野盗か盗賊かなんだかわからない人達の仲間にしてもらう。
2.自転車に乗り、風になる。
どっちだ。
逃げるか、もしくはついて行くか。
頼む世界よ!俺を救ってくれ!
「…オーディエンス」
俺は気づかれない様に蚊の鳴くような声で唱えた。
つづく