戦いの後
目を開いて、ぼやけた視界に映ったのは石の天井だった。
かなり長い事寝ていたようで、頭もぼけーっとしている。
そっか、ザンドと喧嘩した後気絶して……
視線をさ迷わせる。ここは何の部屋だろう。なんとなく病室っぽいな。
木枠の窓からは眩しい日の光が射し込んでいる。朝日かな?
あたしは3つあるベッドのひとつに寝かされていた。枕元の台には水の入った桶が置かれている。
足側には椅子が置いてあり、健一が船を漕いでいた。
てっきりまた牢屋にでも入れられてるかと思ったが、奴らは約束を守ったらしい。
はぁ。とりあえずは良かった……のかな?
「知らない天井だ……」
一応、お約束なので言ってみた。
「シンジ君かよ」
声の方へ目を向けると、いつの間にか部屋の入口にハルが立っていた。
ついさっきまで居なかったのに、忍者みたいな奴だ。
「あんたもオタクなの?」
「馬鹿、社会現象だったんだよ。嬢ちゃんが知ってることの方が驚きだぜ」
「いまだに新作映画作ってるよ」
「マジか」
あれ、なんか普通に話をしちゃってるな。
こいつにはすげームカついてた筈なんだが。一応、一段落付いたから良っか。
「傷はすっかり治ったようだな。そっちの少年に恨まれなくて済みそうだ」
え? そういえばあれだけ身体中傷だらけだったのに、どこも痛くない……?
骨折が治ってる……
顔をペタペタ触ってみる。ええぇ~?
前歯とか全部折れて、無くなったと思ったが。今は生え揃っている。
「驚いたか? 魔法だよ。治療術士が付きっきりだったからな。あとで礼を言っとけ」
マジか、魔法まであるのか。完全にファンタジー世界なんだな。
「というか、お前本当に死ぬ寸前だったからな。あんな無茶はもうしない方が良い」
「あたしだって好きで無茶してるわけじゃない。つーか、誰のせいだと思ってんの?」
あたしが言うと、ハルがたじろいだ。
「それは、悪かった。お前達の処遇に関しては俺が間違ってた。認めるよ。まさかザンドを素手で倒す女がいるとはな……」
「素手だけじゃなかったけどね」
「なんでもありって説明しただろ? なんで金的とか目を狙わなかったんだ?」
「力を見せようってのに、そんな弱者がするような戦い方するわけにいかねーだろ。
ザンドもあたしの目を狙ってこなかったじゃん」
「はん。大した女子高生だよ。まぁ、しばらくはまだ起き上がる事すら出来ないだろうから、大人しく寝てるんだな」
「え?」
体を起そうとしたが、ダメだ、力が入らない。手がちょっと動かせるくらいだ。なんでー?
「無茶すんな。怪我は治っても、体力も魔力も回復するのに時間が掛かる。お前の場合は殆どカラになってた筈だしな」
「待て、話をどんどん進めんな。……魔力?」
「使ってたろ? ザンドのパンチ食らった後と、最後の頭突きの時に」
「知らない」
なんのこっちゃ。
「無意識だったのか……。じゃあそこら辺の話はあとでまとめてするか。もうすぐ朝飯の時間だ」
ハルはそういうと、ズボンのポケットから小さい金属製のベルを取り出した。
「なんか用があったらこのベルを鳴らせ。女中が隣の部屋にいるから、すぐ来る。言葉はジェスチャーで何とかしろ」
いや、ジェスチャーって、手しか動かせないんだが。厳しくないですか?
「おい、少年。嬢ちゃん起きたぞ」
ハルはベルを枕元に置いて、健一の肩を叩くとそのまま部屋から出て行った。
健一は俯いていた頭を跳ね上げた。こっちを見て、ほっとしたような顔をする。
目の下の隈が凄い。まともに寝てなかったのか。かなり心配掛けちゃったみたいね。
「明殿。大丈夫でござるか? 体とか、頭とか」
「おい、頭がおかしいみたいな言い方すんな。……お陰さまで、怪我も治ったみたいだ。えーと、心配掛けてごめんね」
「ホントに、ホントーに簡便して欲しいでござるよ。でも、明殿のおかげで拙者達は売られずに済んだでござる。色々言いたい事はあるけど、飲み込むでござるよ。ただ事前に拙者には相談して欲しいでござる」
「はい。善処します」
健一には悪い事したな。あたしだって少しは反省するぜ。
で、だ。それはそれとして。いや、反省はしてるけど深刻な問題があるんだ。
「健一氏。お腹減ったんだが」
「そりゃそうでござる。あれから三日経ってるでござるよ。寝てる間は水分くらいしか取ってないでござる。今、貰ってくるでござるよ」
「三日も寝てたのか……」
「牢屋の前も寝てたし、もっと長い間食べてないでござるよ」
そういえば牢屋出た後で、もうお腹減ってたわ。
健一はすぐ戻ってきた。手に持ったお盆の上には湯気の立つ器が乗っている。
「起こしてくれー。あとアーンしてくれー」
「いや、手は動かせるのでござろう」
そうだった。ちょっと力が入らないけど、食事くらいなら出来そうだ。
異世界の料理は美味しくはなかったけど、普通に食べられた。
パンと肉は堅いわ、スープは薄いわ、まぁ文句は色々あったけど、現代日本の物と比べても仕方ない。
食べられるだけ有難いや。
食後にメイドさん(普通のおばさんだった)に体を拭いて貰ったりトイレの面倒見て貰ったり。
寝てる間もこの人に色々として貰っていたようだ。凄く良い人っぽい。
嫌な顔どころか、ニコニコしてくれてる。お礼を言ったけど、首を傾げられてしまった。
伝わってるのかなぁ。
言葉が通じないと問題だな。ハルに全部通訳させるわけにもいかないしなー。
ベッドに戻って寝転がっていると、そのハルが現れた。
……なんか団体さんなんだが。
「よ、よぉ。こいつらが、どうしてもって聞かなくてな……」
ギリ、ザンド、犬人間。あとは月見酒してた連中。知らない奴らもいる。
ザンドはもう動けるのかよ。ハルは通訳に連れてこられたらしい。
連中は順番に並び始めた。なんだこれ。
最初はザンド。おぉ、穏やかな笑みを浮かべている。仏頂面しかしない奴だと思ってた。
『見事だったな。負けるつもりはなかったんだが』
「いや、あんた、あたしに合わせて戦ってくれてたろ? 最後頭突き合戦なんかする必要なかったし」
『それでも負けるとは思わなかった。お前の力が俺の想定以上だった。大した女だ。いつかリベンジさせてくれ』
「いやだよ。あんたの攻撃えげつないし、勝ち逃げしとく」
『ふっ』
それだけ言って去っていった。ザンドは超無口キャラかと思ってたが、普通に喋る奴だったのか。
次はギリ。相変わらず何を考えてるのか分からない顔をしている。つーか、謝った方がいいのかな。
いきなり膝蹴り入れちゃったんだよね。
『アキラちゃん。惚れた。結婚してくれ!』
「はぁ?」
通訳のハルを睨むと「言ってるんだからしょうがないだろ!」だと。
『あの時、あの小屋でアキラちゃんが俺に向き合った時、俺は衝撃を受けたんだ。頭の芯まで痺れたんだ!』
「いや、それは膝蹴りのせいだろ……」
『アキラちゃん! もう一度言う。結婚してくれ!』
「ごめん。無理」
『そっか。いや、いいんだ。今は無理かもしれないけど、いつか振り向かせて見せるからね!』
走り去っていった。
えー? あたし、人生で初めてプロポーズされた相手ってこいつになっちゃうの?
次は犬人間。こいつは名前も知らない。
『ゴッホだ、よろしくな。俺は犬人族だ。そっちの世界にはいないんだって?』
「アキラだ、よろしく。最初ビックリしたよ」
握手しようと手を出したら、お手をされた。
「……」
『なんだ違うのか』
「ある意味あってるけど」
『そっちの世界の事教えてくれよ。興味あるんだ』
「ハルも同じ世界出身だよ? ハルには聞かないの?」
『こいつは自分の事は喋りたがらないんだ』
「ふーん」
ハルを見ると、とぼけた顔をしている。お前の事を喋ってんだよ?
『じゃあな、あとで聞かせてくれ』
ゴッホはそれだけ言って出て行った。後ろにまだいっぱい居るから気を使ったのかな。
後は全然知らない連中だ。
『ボスがボコボコにされて気持ちよかったよ!』
『ファンになった!』
『今度酒おごらせてくれ』
『あんた強いんだなー』
『絵のモデルに……』
なんかハルに聞いてた感じと全然違うんだが。もっと荒くれ者っていうか、どうしようもない奴らだと思ってたけど。
変な奴もいたけど、割とみんな良い奴じゃん。
最後の一人を見送った。
「悪かったな。連中、どうしても見舞いというか、お前と話をしてみたいとか言ってな」
「いや、暇だったから良いけどさ。健一は奴らとは?」
「拙者は挨拶は済ましてるでござるよ。拙者の場合は明殿の付属物みたいな扱いでござったが……」
「少年にはちょっとした手伝いとかをさせてるんだ。こいつが自分で言い出してな」
「ただ飯食うわけにはいかないでござるからね」
「あたしも体が動くようになったらなんかするよ。いつまでも世話になる訳にはいかないしな」
「それなんだが、ちょっと話をしよう。お前らの今後と、この世界の事について」