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宮本明という女

 彼女との出会いは、僕が小学校6年の時だから、4年も前になる。

 当時は病弱だった。今よりもっと体も小さく、オドオドして気の弱そうに見える子供だったと思う。

 買い物の帰り道、僕はいつの間にか高校生4人に取り囲まれていた。

 訳も分からないまま、人気の無い路地へ連れていかれる。

 カツアゲだ。高校生が集団で小学生をカツアゲするなんて、恥ずかしい連中だった。

 だけど当時の僕がそんな事を言えるわけもなく、例え言ったとしてもボコボコにされるだけだろう。


 無理矢理、手に持っていたアニメショップの袋を奪われた。


「こいつ、スゲー金持ってるんじゃねぇ? アニメのDVDなんかこんなに買いやがって。

 そんな金があるなら俺らに寄付してくれよ」

「そうそう、俺ら恵まれない人なんだ。学校でも習っただろ? 寄付だよ寄付。

 無理矢理寄こせって訳じゃねーぞ」

「いや、でも……僕のお小遣いだから……」

「だから何だよ? ボランティアっつーのは自分の金でやるもんだろうが」

「い、いやだ。離して、返して下さい」


 当時持っていた、精一杯の勇気を振り絞って僕は言った。すぐ後悔したよ。

 いきなり、殴られた。頬をグーで殴られるのなんて、初めてだった。

 痛さと悔しさ、どっちが原因か分からないけど涙が浮かぶ。

 アニメショップの袋が地面に叩きつけられ、それを思い切り踏まれた。

 パッケージの割れる音がする。


「ざけんな。金寄こせばいいんだよ。それともボコられてーのか」


 そしてまた、頬を張られた。酷い。こんなのはあまりに理不尽だ。


「おい、今度パクられたらやべーぞ」

「面倒くせーよ。奪っちまえばいいじゃん。裸の写真でも撮ってチクらねーように脅せばいいっしょ」

「それもそうだな」


 その会話の内容に、ギョッとする。そんなドラマの中の様な酷い事を本当にするのか。

 後ろから、背負っていたリュックを奪われそうになる。

 僕は怖くて、体を亀のように縮こませる事でしか抵抗出来ない。


「止めて! 止めて下さい!」


 そんな時だった。妙な言葉遣いの彼女が現れたのは。


「お主等! 超ダサい真似を今すぐ止めるでござる!」


 何事かと顔を上げると、知らない女の子が立っていた。

 グレイのパーカーのポケットに両手を突っ込んでいる。

 歳は僕と同じくらいに見えた。気の強そうな顔をした子だ。

 長髪をポニーテールにしているのが良く似合っている。

 口をへの字に曲げ、意志の強そうな目で挑発的に高校生達を睨みつけている。


「なんだぁこのガキ。お前、女だからって……」


 彼女に近づいた高校生の一人が、いきなり膝から崩れ落ちた。

 彼の後ろから見ていた僕には、歩っている途中でいきなり倒れたように見えた。

 でも他の奴らの反応を見たら、違うのは明らかだった。彼女が何かしたのだ。

 残りの3人が罵詈雑言を喚きながら彼女に殴りかかった。

 あまりの急展開に、僕はぼけーっとしてそれを見ていた。

 彼女が右に左に動くと、高校生が吹っ飛ぶ。体をくの字に曲げる。倒れる。

 あっという間の出来事だった。4人の高校生は全員地面に転がっていた。

 気を失っている奴もいるし、うめき声をあげてる奴もいる。

 そんな奴らを全然気にする様子もなく、彼女は僕に話しかけてきた。


「君、大丈夫だった? 殴られたみたいだけど。酷い奴らだね」


僕はそこで初めて、この子が僕を助けてくれたんだって分かった。

そのくらい呆気に取られていた。


「あ、ありがとう。その、助かりました。あ……君こそ鼻血が出てるよ」

「一発貰っちゃった。修行が足らないなぁ……じゃなかった、修行が足らないでござるな」

「……その喋り方は?」

「剣心でござるよ。知らないの……でござるか?」


 何年か前にやってた、侍の漫画だ。アニメもあったけど、僕はどっちも見たことなかった。


「拙者の憧れでござる! 今度見てみると良いでござるよ」

「そうするよ。ああ、やっぱり割れてる……」


 DVDが入った袋の中を覗くと、酷い事になっていた。


「アニメ好きなのでござるか?」

「……うん。でも、クラスの子には馬鹿にされるし、こんな奴らにもオタクだから絡まれるのかな。……何してるの?」


 彼女は倒れている高校生の財布を抜き取っていた。中から札を取り出して、僕に渡してくる。


「え? え?」

「オタクでも良いじゃん! 拙者も漫画好きだし! うるさい事言ってくる馬鹿共はぶっ飛ばすでござるよ!」

「う、うん……じゃなくて! このお金は?」

「DVDの弁償代でござる。それで新しいのを買うと良いでござるよ!」


 ニッコリと笑ってそんな事を言う彼女に、僕は見惚れてしまった。


「どうかした?」


 僕の顔はきっと真っ赤になっていただろう。


「いや、その、何から何まで……どうもありがとう」

「拙者の好きでやった事。良いでござるよ。って、やばっ!」


 彼女の目線を追って振り向くと、警察官が二人やってくるところだった。

 騒ぎの目撃者がいたのだ。通報したのだろう。


「待って! 僕は坂本健一。君は? その……また、会えるかな?」

「名乗るほどの者では……じゃなくて! 拙者は流浪人るろうに。また流れるでござる」


 彼女はそういって、走り去ってしまった。

 僕もこの場に留まるのは拙い気がして、慌てて追いかけたけど見失ってしまった。

 それきりだった。

 後になって知った事だけど、実は彼女はこの辺りではかなりの有名人だった。

 だけど当時の僕は友達も居なくて、そういう噂も入ってこなかった。

 名前も知らないし、学校も知らない。ただ甘酸っぱい感情だけが残った。


 今考えるに、これが僕の初恋だったんだと思う。

 でも彼女に対して抱いた感情はそれだけじゃなくて、憧れとか尊敬とか、色々混じった複雑な物だ。

 僕が武士みたいな喋り方をするようになったのは彼女の真似だし、髪型も彼女の真似をした。


 中学生になり、体が弱いのはかなり良くなったけど、学校へはあまり行かなかった。

 勉強は嫌いではなかったけど、クラスの連中に馴染めなかったからだ。

 高校は適当に受験した。

 そして入学式で、彼女に再会したのだ。

 髪型が違ったけど、一目で分かった。凄く大人っぽくなっていた。

 ボブっていうのかな? これも良く似合っている。

 背も凄く伸びて、手足もすらっとしている。クールビューティー。そんな言葉が思い浮かんだ。

 クラスの他の連中も彼女をチラチラと気にしている。

 彼女はそんな視線が気に入らないのか、あの時の、高校生達を睨んだ時の様な目付きをしている。

 僕はかなり勇気を出して、彼女に話しかけた。


「あ? ごめん、誰だっけ? それとその話し方は何なの?」


 彼女は僕の事も、4年前の事も、自分がござるとか言ってた事も、全部忘れていた。

 その上、喋り方が凄くヤンキーっぽくなっていて外見とのギャップにビックリした。

 多分、少年漫画の影響だと思う。漫画好きだと言っていた。

 4年前も剣心の真似をしてたし、影響を受けやすい人なんだろう。

 本人に言うと「黒歴史みたいな事はすぐ忘れちゃうんだよなー」だって。

 覚えてないなら仕方ない。

 僕は彼女と、一から友達になったのだった。


 そして現在。

 どんな運命のいたずらなのか、彼女は異世界でスキンヘッドの大男と喧嘩している。

 彼女自身と、僕の為にだ。

 僕は彼女なら、なんとかしてしまうと思っていた。

 小学生の時に高校生4人を一瞬で倒してしまった彼女だ。

 入学当初、不良生徒20人と一人で喧嘩して勝ってしまった彼女だ。

 素人なのに、中学剣道全国大会に行ったお兄さんと互角に戦ってしまう彼女だ。

 あの時「一発貰っちゃった」と言って鼻血を手で擦っていた彼女を思い出して、僕は後悔した。

 顔を殴られて、僕の目の前を何メートルも飛ばされる彼女を見て、僕は本当に後悔した。

 今度の戦いは、怪我は、命に係わる。

 相手の男は化け物だ。僕は止めるべきだった。でも、そうすると僕達は……

 他にどうしようがあったのか。僕にもっと力があれば違ったのか。

 そうだ。男の癖に、彼女に戦わせている。いくら強くても女の子なのに。


 ザンドが倒れた彼女に向かっていく。どうする気だ?

 僕は力の限り叫んだ。彼女は起き上がれない。意識が無いのか?

 意識があれば絶対に立つ。諦めない。あれはそういう女だ。

 ザンドが彼女を宙吊りにした。

 止めろ。何をする気だ。酷い。もう止めてくれ!


「明殿!! やめろーーーー!!」

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