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2/8

日常の終わり

 放課後。

 そんなわけで、健一のチャリに二人乗りである。

 あたしは普段は徒歩通学だ。


「わりーな健一氏。お前んち逆だろうに」

「はぁはぁ……全然かまわないで……はぁはぁ……ござるよ。

 女子と自転車に二人乗りするのは全男子の夢でござるからして……ぐっ、はぁはぁはぁはぁ」


 はぁはぁうるさい。見た目通り体力はないらしい。


「相手があたしでも良いならやっすい夢だなぁ。つ―か漕ぐの代わろうか?」

「そんな短いスカートで、はぁはぁ……自転車漕いだらパンツ見えるで、はぁはぁ……ござるよ」


 はぁはぁしながらパンツとか言ってると変態みたいだぞ。


「いんだよ、短パン履いてるから」

「だとしても! 男としてここは譲れないでござる!」

「じゃあほれ」


 秘儀ダブル漕ぎ! 後ろに乗った人間が手伝い、二人でペダルを漕ぐ必殺技である!

 二人が本気でペダルを漕ぐとき、凄まじいスピードを実現する!


「ちょ、速い! 速いでござる! カーブ、カーブが!」

「ブレーキ踏めよ」

「踏んでるけど効かないでござるよ!? どんな力でペダルを漕いでるでござるか! あああぶつかるううう!」


 なんつって仲良くふざけてるとあっという間に家についた。


「ただいまー」

「お、お邪魔するでござる」

「先に部屋行ってて。2階に上がって右側だから。暑かったらエアコン付けといてね」


 健一を先に行かせてあたしはキッチンへ。

 お茶と適当にお菓子を持って2階に上がる。

 部屋のドアを開けると……


「おまたせ。……何してんだ?」


 あたしの枕を両手で持って匂いを嗅いでいる変態がいた。


「ちっ、ちがっ!」

「……」

「これは……」

「……」

「……抗い難い、なんとも甘い良い匂いがした故、こうして嗅がせていただいていたでござるよ。明殿の匂いについつい引き寄せられてしまった拙者はさながら花に惹かれる蝶のようでござるな」


 何か語りだした。

 誤魔化すのを諦めて爽やかな笑顔でおぞましい事をのたまってやがる。


「そ、そうか……家族共用のシャンプーの匂いだと思うが……」


 メリ〇トである。


「では拙者もそのシャンプーを購入するでござる」


 世の中には女性声優が使ってるのと同じシャンプーを飲む剛の者もいると聞くが……。

 こいつもその類だとでもいうのか。


「お前、あたしのパンツとか盗んでないだろうな……」

「ごめんなさいでござる! そんな事してないでござる! お願いだからゴミを見るような目を止めて欲しいでござる!」


 M属性は無いらしい。まぁ許してやったけどさ。枕の匂い嗅ぐくらい。

 シャンプー飲むのは止めた方がいいぞって言ったら否定されたが。


 その後、目的のゲームのインストールも無事に済み、雑談タイムである。


「それにしても、明殿の部屋はもっと殺伐としたイメ―ジだったでござるな。

 まさか、ぬいぐるみがあるとは思いもしなかったでござるよ。まるで普通の女子の部屋でござる」

「あたしを何だと思ってるんだ。普通に可愛い物とか好きだからな? しかもお前、他の女子の部屋入ったことないだろ」

「否定はしないでござるが。バキのトレ―ニング部屋みたいな想像をしてたでござる」

「どんだけだよ。いや、バキはあたしの愛読書だけどさ」


 ちなみに勇次郎が心の師である。


「筋トレは好きだけどあんな部屋は嫌だわー」


 筋トレは庭の隅にあるプレハブ小屋でやっている。茜と共有のトレーニングルームだ。


「健一氏は鍛えないの? 貧相な体しちゃって。女にモテたいとかないわけ?」

「……やっぱり女子は逞しい男が好きなのでござるかな?」

「一般的にはそうじゃねーの? 守られたいとか思うんじゃない?」

「明殿は?」

「あたしは男は好きじゃない」

「え!? そ、それは百合的な意味でござるかな?」

「なんだその顔は。間違えた。んーとね、好きになるような男がいない、だ。

 なんかあたしが今まで関わった男は碌でもないのにしか居ない気がする」


 大人も、同年代もだ。

 頭を押さえつけて従わせようとしたり、集団で足を引っ張ったり。

 大人の言う事を聞け? 年取っただけで威張るな。

 女のくせに生意気だ? 知るか。

 俺の女になれ? 誰だよお前。

 過去の事を思い出してムカついていると。


「明殿。拙者も男でござるが……」

「健一氏は友達じゃんか。お前はもちろん別だって。変な心配すんなよな」


 べ、別に男は全部一緒なんて思ってないんだからね! 勘違いしないでよね!

 それにあたしの邪魔をしてくるのは女も一緒だ。

 ようするにあたしは人に嫌われる性質なんだろう。


「明殿は色々強烈でござるからね。好かれるか、嫌われるか、両極端なんだと思うでござる」


 そんなもんかね。嫌われる比率が高すぎる気がするが。つーか色々強烈ってなんだよ。


「話を戻すと、多分普通の女子はある程度逞しい男が好きだと思うぞ。モテたいんなら少しは鍛えようぜ」

「考えておくでござるよ。拙者の場合、一筋縄でいく相手じゃないでござる」


 おお、こいつも好きな子とかいるのな。気になる言い方だが、2次元じゃない事を祈るばかりだ。

 幼女とかだったら知らん。


「まぁ、なんかあったらお姉さんあたしに相談しなよ。一応女だしさ。役に立つかわかんないけど」

「明殿は女子力低そうでござるからなぁ」

「あ? お前、あたしの女子力見てもそんな事言えんの?」

「ちょ、なんで服を捲ってるでござる! さ、誘ってるでござるか!?」

「ちげ―よ、腹筋シックスパック見せようと思って」

「それは筋肉でござろう……」

「あたしは女子力を体に纏うタイプなんだ」


 進化した人類ネクストと呼んでくれ。


「冗談はともかく、なんだかんだ言って頼りにしてるでござるよ。さて、そろそろお暇するでござる。すっかり長居してしまったでござるよ」


 そうか? と思って時計を見ると7時近くになっていた。そろそろ両親が帰ってくる頃だ。

 一応、飯食ってく? と聞いたけど断られた。

 まぁ、友達家族と食事とかあたしでも遠慮するかな。

 玄関でさよならしようと思ったが、コンビニ行く用事(漫画の立ち読みだ)を思い出したので途中まで一緒に行くことにした。


 辺りは少し暗くなってきていて、低い位置に浮かぶ満月には雲が少し掛かっている。

 うちがある住宅街から少し離れたこの辺りは田んぼが広がっていて、もう少し行くと駅前の寂れた商店街がある。

 健一が(夢とか言ってた筈の)チャリ二人乗りを嫌がるので並んで歩いていると、正面から爽やかスポーツマンが歩いてくるのが見えた。

 茜だ。


「おかえりー」


 声を掛けると、あたしと健一を交互に凝視していた視線を健一に向けた。


「ただいま。……えっと、そっちの子は……彼氏?」

「言うと思った。ちげーよ、友達。それとたぶん年下扱いしてるけどあたし等とタメだからな」

「は、はじめまして、茜殿でござるな。拙者は坂本健一。明殿にはお世話になっているでござるよ。宜しくお願いするでござる」

「あ、君がそうか! ホントに武士口調なんだ……明から聞いてるよ……聞いてます。明の兄の茜です。宜しくね」

「そうだ茜、聞いてくれよ。こいつあたしの部屋でさぁ」

「明殿ぉぉ! それは内緒でござる! 言ったらダメでござるよ!」


 あたしの口を塞ごうとする健一を振りほどけん! こいつのどこにこんな力が!?


「あはは……仲良いんだね」


 茜が苦笑いだ。そっか、じゃれ合うほど仲が良いのは男では健一だけだな。


「じゃあ茜、そこのコンビニまで行ってくるから、先帰っててよ」

「分かった。坂本君、知ってるかも知れないけど……妹と一緒に居ると大変な目に合うかもしれない。けど、これからも仲良くしてあげて欲しい」

「もちろんでござるよ! 任せて欲しいでござる」

「なんで結婚の挨拶に来た彼氏と父親みたいな会話してんの?」


 男同士でなんか通じ合っている。


「じゃあ、坂本君、またね」

「またいずれ!」


 そんな向かい合った二人の間、足元のアスファルトの道路に。


 ――――闇のようにどす黒い水が染み出してきた。



 そこには何もなかった筈だ。

 水も、水が出てくるような穴も、確かに何もなかった。


「なんだこれ!?」

「うわっ」


 その水が一気に広がり、3メ―トルの道路幅いっぱいの、歪んだ円形の水溜りになった。

 あたしはひとり離れていたので慌てて飛び下がり、水に浸かる前に避難出来た。


「お前らも早くこっち来い。なんかきったねー水だよこれ」

「下水でござるかな?」


 なにしろ墨のように真っ黒なのだ。

 水に浸かった二人の靴も黒く塗れている。


「とりあえず止まったみたいだけど……匂いはしないな」


 二人がおっかなびっくりと水溜りの外へ向かって歩き出した時だった。

 水溜まりの淵、道路との境目が金色に輝きだした。眩しいほどだ。

 そらにそこから光の粒子が立ち昇り始める。


「なんかヤバイ! 二人とも早く出ろ!」


 あたしが叫ぶのと同時だった。

 二人の体が、深さ2センチくらいしかなかった筈の水溜まりに沈んだ。


「茜! 健一!」


 停めてあった自転車を気にして水溜まりの中心近くにいた健一は頭まで完全に。

 茜は沈み切る寸前、あたしが咄嗟に出した手を掴んだ。

 伸ばした左手と顔だけが水面に出ている状態だ。

 あたしは道路の隅に立っていた標識のポールを左手で掴み、茜の手を右手で掴んでいた。

 踏み出した右足が水中に沈みかけ、慌てて引き抜く。

 水面下にある筈の道路が無くなっている。どうなってんだ!?

 つーか、吸い込まれてる! 物凄い力だ。これは、ちょっと、ヤバい。


「ぐうぅっ……健一は」

「中にいる! 掴んでるけど……!」

「なんとか上げられないか……?」

「……ダメだ。凄い勢いで引っ張られてる……」

「くそっ……!」


 あたしは無力だった。


 茜の手を離さないようにするだけで精一杯だった。

 それなのに、時間が経つほどに、二人を引き込む力が強くなっていく。

 立ち昇る光の粒子の濃度はどんどん増して、今や空に立ち昇る光のベールと化している。

 あたしの体はそのベールを遮っているのだが、熱も痛みも感じない。

 既に右手も左手も、限界を通り越していた。

 もうとっくに感覚がない。まだ手を離していないのは奇跡みたいなものだった。


「明……もう……無理だ」

「嫌だ」

「……手を離せ」

「嫌だ」

「お前も引きずり込まれるぞ」


 茜はもうあたしと繋いだ手を離していた。

 あたしが一方的に茜の手首を掴んでいるだけだ。


「そのうち誰か通りかかる。それまで耐えればいいだけだ」

「明……」

「健一、離してないだろうな」

「ああ」

「溺れてるだろうから、人工呼吸は茜がやってくれよ」

「わかった」

「茜? ……なんで泣いてんの」


「お前みたいな凄い女が妹で……俺はずっと誇らしかったよ」


 茜は泣いてんだか笑ってんだか分からないぐちゃぐちゃの顔でそんな事を言った。


「妙な事を言うのを――」


 やめろ、という前に、茜はあたしの手を振りほどいた。

 それだけで、あたしの手は、離れてしまった。

 あたしは手を、離してしまった。


 そして、二人はぽっかりと開いた闇の中に、消えた。



「ふざけんなっ……」


 二人が沈むのと同時に、水が引き始めた。

 光のベールは相変わらずだが、円がどんどん小さくなっていく。

 元に戻ろうとしている。現象が終わろうとしている。

 二人を飲み込んだまま、消え去ろうとしている。


「まだあたしが残ってるだろうが」


 このままで済ませるか。

 茜の馬鹿、絶対ぶん殴ってやる。

 勝手にあたしを助けようとしてんじゃねーよ!

 健一にも謝らせなきゃな。男二人で心中もねーだろう。

 今日初対面だぞ、あいつら。


「茜」


「健一」


 何か考えがあったわけじゃない。

 助けるアイデアがあるわけじゃない。

 なんの意味もないかもしれない。

 ただ死ぬだけかもしれない。

 二人は怒るかもしれない。怒るだろう。

 逆の立場だったらあたしは絶対許さない。

 でも、このまま二人を放っておく事だけは出来ない。

 そんな風に思っただけだ。


 水溜りが消える。穴が閉じる。

 その前に。


「待ってろ」


 あたしは躊躇なく、自ら暗闇の中心に飛び込んだ。

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