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宮本明の日常

「うるっせー! この男女おとこおんな!」


 酷い暴言を吐きながら子供が走りさっていく。

 まぁあたしは今更そんなくらいで怒ったりしないんだが。

 追いかけていってぶん殴っといた。教育だ。

 あたしの名前は宮本明みやもとあきら

 字面でよく男と間違われるけど、女だ。この春から女子高生をやっている。

 さっき、近所の小学生が悪ガキ共からちょっかい掛けられてたから助けたんだ。

 今の子供ってなんかやり方が陰湿なんだよね。

 一人に対して複数でネチネチしてて、見てて不快だったから文字通り蹴散らしたんだが。

「少しはやり返せよ、舐められてるんだぞ」って言ったら冒頭の暴言だ。

 なんであたしに言えて同級生に言えないのかね?

 あれ、ひょっとしてあたしもあいつに舐められてる?

 なんて事を考えているといつの間にか目的地に到着していた。

 ここはあたしが卒業した地元の小学校だ。

 日曜になると、道場と体育館を地元民に無料開放している。

 あたしの兄が部活の後に毎週この道場で自主トレをしていて、あたしは月に一回、ある理由でここにお邪魔している。

 校門を潜るとすぐ左手側に古ぼけた道場が見えた。

 外壁に蔦がびっしり張り付いていて少し不気味だ。

 中に入ると右側が剣道場、左側が柔道場になっている。

 兄はもう来ていた。

 道着姿で素振りをしている。持ってきたタオルを投げつけながら声を掛けた。


「ほい。早かったじゃん」

「うん。大会がもうすぐだから、オーバーワーク禁止なんだって」


 ふーん。自主トレしてちゃ意味ないけどね。

 この爽やかさんはあたしと色々正反対だけど双子の兄で、名をあかねという。

 短髪の見るからにスポーツマンという風体だ。

 身長はあたしより少し大きい。175くらいあるかな。

 体つきはいわゆる細マッチョだ。

 あたしと似ている癖に、温厚そうな顔をしている。

 なんでこんな印象が違うのかな、とよく見れば目が優しそうなのかな?

 少し垂れてて、涼しげだ。

(あたしは目つきが悪い。目力強すぎとも言われる)

 性格は顔のまんま、おっとりしている。

 ただ、剣道は強いんだよな。

 あたしが今日ここに来たのは茜と剣道というか喧嘩というか、とにかく試合をする為だ。

 今までの戦績は0勝17敗1無効試合。全敗である。

 無効試合はあたしが頭を切って血まみれになったせいでギャラリーに止められてしまった為だ。

 3本勝負で2本先制した方の勝ちで、面か胴に良いのが入ったら一本という特殊ルール。

 それ以外は割となんでもありである。かなりあたし有利なルールなんだが……。

 最初のうちはストレート負けが続いた。

 最近は一本取れることもある。前回は初めて先制した。


「というわけで、今日こそ勝つ」


 道場の隅にある用具入れから竹刀を拝借する。

 防具は二人とも無しだ。あたしがTシャツに短パン、茜は道着のままだ。


「準備運動とかは?」

「問題ない。常在戦場を体現しているのがこのあたしだ」

「いいけどさ」


 互いに正対して一礼すると、ギャラリ―が集まってくる。


「お、宮本兄妹が始めるぞ!」

「お兄ちゃん頑張れー!」

「お姉ちゃんも頑張ってね」


 珍しくちびっ子から応援が。よーしお姉ちゃん頑張っちゃうぞー。


「あれは全国ベスト4の宮本君じゃないか!」


 ギャラリーが何やら驚いている。この道場に来るような人なら知ってるだろう。

 茜は地元では割と有名人だ。


「ああ、あんたは見るのは初めてですか?」

「いつもこんな事を?相手の女の子は誰なんです?」

「なんでもここで毎月やってるらしいですよ。相手の子は茜君の妹さんです」

「妹さんがいたのかぁ。妹も剣道をやってたとは……なんだ……?」


 おっさんの片方があたしを見て首を傾げた。

 そりゃあそうだろう、あたしがしていたのは陸上競技のクラウチングスタ―トの恰好だ。

 右手に竹刀を握ったまま、両手は床につけ前傾姿勢になる。

 茜は中段の構えだ。


「そのまま始めるつもりかい?」

「これを四足の構えビーストフォームと名付けよう。真似してもいいよ」

「ダサいし遠慮するよ。剣道では反則だし」


 茜はやれやれと言いたげに苦笑いを浮かべると、ギャラリーのおっさんに向かって言った。


「すみません、いつもみたいに始めの合図だけお願いします」


 一人のおっさんが頷いて手を上げる。


「よし。――始め!!」


 瞬間、床板をぶち抜くつもりで両足で蹴りつける。 

 茜はあたしの性格を知り尽くしている。

 このまままっすぐ突っ込んでタックルでもしてくると思っている筈。


「くっ!」


 衝突を嫌がった茜は右後方にバックステップ、体ごと避けながらも面を打ってきた。

 それを頭を下げることで間一髪避ける。

 茜が下がる速度よりあたしが突っ込む速度の方が速い。

 頭を狙った攻撃は背中に当たる。懐に潜り込んだ。

 攻撃……はまだしない。ここからさらに掻き乱してやる。 

 下げた視線の先に茜の足が見えた瞬間、即座に床を蹴りつけ無理やり方向転換。 

 茜の右側へ駆け抜ける。

 脇に抜けたところで両足と左手を床に押し付けて急ブレーキ、そのまま半回転。

 茜の姿も碌に確認しないまま、殆ど勘で右手の竹刀を床から掬い上げるようにして振りぬく。

 それはあっさりと茜の左胴を打ち抜いた。


 開始からわずか2秒。ここまで綺麗に決まるとは。


「っしゃ! ざまぁ! 茜ざまぁ!」

「痛ってぇ……うざいし」


 ギャラリーが歓声を上げている。

 茜は本気で悔しそうだ。

 剣道であんな動きする奴はいないだろう。

 そもそもホントの剣道ルールだったら一本じゃないだろうし。

 きちんとした姿勢で打たないとダメだったりする筈だ。

 でもこの勝負では有効なんだなぁ。

 今回も先制したぞ。今日こそ勝つ!


「さっさと2本目行こう。ほら、準備しなよ!」

「言っとくけど、同じ手は通用しないからね」


 あ、目が怖い。


 はい、結果ですが、あっさり負けました。

 2戦目も最初と同じ戦法を使ったけど簡単に対応されて面に一本。

 まぁ最初勝てたのはあたしの動きが読めなかったからだろうし、2度目は冷静に対処された。

 3戦目は普通に勝負して地力の差で負けた。

 あいつ竹刀の動きが速すぎるんだよ!

 あたしが先に動いたのに茜の竹刀の方が先に当たるとかおかしいだろ。

 速度変えるチ―トとか使ってるに違いない。

 そんな事を敗者の罰ゲ―ムである道場の掃除をしながら思ったのだった。



 翌日。

 学校の昼休み、私はクラスメイトに昨日の事を愚痴っていた。


「なんて事があったんだよ。チート使いは実在するんだな」

「剣道素人なのに、そんな人から一本取れる明殿の方が凄いでござるよ!

 拙者、リスペクトが止まらないでござる!」


 目をキラッキラさせている、この武士みたいな喋り方の男は坂本健一さかもとけんいち

 あたしはふざけて健一氏けんいちうじと呼んだりしている。

 女の友達は何人かいるし、男友達もまぁ少しはいるけど、クラスで、というかこの学校で一番仲が良いのがこいつだ。

 入学当初、あたしは面倒事に巻き込まれた。

 お馬鹿学校だから不良が多いんだけど、そいつらに絡まれるわ絡まれるわ。

 あたし、なんか悪目立ちするんだよねー。

 で、まぁそいつら相手に大立ち回りをやらかす羽目になった。

 退学者が出たりあたし自身入院したり、結構な大騒ぎになって。

 その時の奴らはもう懲りたのか、あたしには不干渉になった。 

 だけどそんな事件のせいか、クラスの連中からは怖がられたり、避けられたり、あんまり良く思われてないみたいなんだよね。

 そんな中、健一は変わらず喋りかけてくるから自然と仲良くなった。

 背があたしより小さく、童顔なのもあって年下にしか見えない。

 実はクォーターで(祖父がイギリス人らしい)、色白なのはそのせいだろう。

 そしてオタクだ。あたしに色んな漫画やアニメ、ゲームを勧めてくる。

 あたしは元々漫画好きでアニメは全然だったんだけど、健一に勧められたのを見る内にハマってしまった。

 今では立派なオタク仲間である。

 でもこいつ、中身はともかく外見はそんなオタクっぽくないんだよな。

 以前そんなことを指摘したら顔を真っ赤にして自分がいかにオタクかを熱弁してきた事がある。

 なんか変なコンプレックスでもあるのかもしれない。

 変な喋りといい、長髪を後ろで纏めてる髪型(ポニーさんだ)といい、わざとオタクっぽく振舞ってる節がある。


「どうしたでござるか?」


 じっと見ていたら気づかれた。


「いや、喋り方がうざいなぁと思って」

「え、今更!? 拙者のアイデンティティをなんだと思ってたでござる!?」

「アイデンティティなんだ……」


 まぁいいけどさ。


「そうだ、健一氏。借りてた漫画読み終わったけど持ってくるの忘れちゃった」

「いいでござるよ。それよりどうでござった? 血沸き肉躍ったでござろう?」

「うん。でもバトルパートは面白いんだけど、頭脳戦があたしにはちょっと難しいわ。

 何回読み返しても頭に入ってこない……ああ、それで思い出したけどあの借りたゲーム、インストールしようとするとエラーが出て出来ないんだよね」

「それは一大事でござる。拙者お勧めの超傑作AVGなので是非プレイしてほしいでござるよ。

 そしてその後アニメも観て欲しいでござる。兄上殿はPCの事分からないのでござるか?」

「茜はたぶんあたしより分からない人だ。あ、じゃあ健一氏、今日暇だったらうち来て見てくれる?」


 あたしが言った瞬間、健一が凄い勢いで立ち上がり、目を見開いた。

 目玉飛び出しそうだぞ。


「キ、キタコレ! ……お、落ち着け! 素数を数えて落ち着くでござる!

 ……1、……2、……3、ダメだ全然分からん! み、明殿の家に、部屋に、拙者が、拙者がお邪魔するって事でござるよね?

 男女が狭い部屋の中、二人きりになったら何が起こっても不思議じゃないでござる!

 これはフラグが立ったという事でよろしいですね!?」

「こえーから落ち着け。口調も変わってっから。フラグも立ってねー」


 本人にフラグがどうなってるか確認すんなよ。


「今日じゃなくてもいいけど。忙し「伺うでござる」」


 セリフ被せんな。


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