たしかに本は好きですが!
瀬良みすずは図書館司書になりたかった。
憧れの本に携わる仕事。アルバイトで本屋に勤めていたけれど、それと司書とは全く違う。本屋も楽しいが、司書という仕事はとにかくみすずが幼い頃から憧れている職業だ。別格だ。
そんな幼い頃からずっと憧れていた仕事に就くために、大学での単位も必死に修め、家からは少し遠いが大きな図書館に就職も決まった。憧れの職業が、みすずの手の中にある。
――つまり、若干浮かれていたとも言えるだろう。
あっ。と思うまでもなく、みすずは事故に見舞われた。不慮の事故ではあるが、交通事故などではなかった。濡れた床に足を滑らせて、みすずは階段を転げ落ちていった。
尋常じゃない程の痛みを一瞬覚えた後は、何かのヴェールに包まれたかの様に感覚が曖昧になった。
あぁ、これは死ぬのだ。悟ったみすずが思ったことは、今手元に本を持っていれば足を滑らすこともなかったはずなのに。だった。
瀬良みすずという女性は、とにもかくにも本を愛していた。
* * *
セラが初めて図書館という存在を見たのは、四歳の時だった。ある日両親と共に向かった先にあったのは、町へやってきた小さな移動図書館だ。
小さな馬車の荷台にはびっしりと本が並べられている。大人向けの小説から絵本まで少ないながらも多種多様の本がそこには存在した。
セラは店主から鮮やかな色合いで描かれた絵本を一冊差し出され、両手で受け取ると高く掲げた。文字はまだうまく読めないが、絵本の作者の名前だろうという文字が左隅に書かれている。その横には大きな赤い印が押されていた。
「きれいだろう? 気に入ったならこれを借りて帰ろうか」
父親に言われて、セラは何度も頷いた。うまく言葉は話せないが、「これも!」「こっちも!」と借りれるだけ借りてしまった程だ。流石に移動図書館の本を全て借りることはできないらしく、ひどく残念だった。
帰り道、四冊の絵本を大事そうに抱えて歩くセラを見て、母親は隣でクスクスと笑っている。
「セラがこんなに絵本が気に入るなら、もっと早く来ておけばよかったわね」
「もっと絵本を買っておけばよかったかもしれないな」
「そうねぇ」
父親の言葉にセラは慌てて首を振った。セラの家には既に棚からこぼれ落ちそうな程の本が存在する。両親共に魔導書の研究家だということをこの時のセラはまだ知らなかったが、幼いながらにもあれ以上は危険だと察していた。
「本がかりれるのがうれしいの!」
「図書館が好きなのかな? 今度王都に行ったらお父さんがよく行く大きな図書館に一緒に行くかい? そこなら司書さんっていう本に詳しい人がいるから、セラの読みたい本を探してくれるよ」
立ち止まってセラの顔を覗き込んだ父は、そう言った。途端、セラの頭の中でバチリと音がした様に思える。痛みはなく、世界が輝き始めた様だった。
「ししょさん」
「そうだよ、司書さんっていう図書館の本にとっても詳しくて凄い人なんだ」
「セラ、ししょさんになる!」
何が原因かよくわかっていなかったが、司書にならなければ! ということはわかった。司書。初めて聞いたとは思えない素敵な言葉だ。
幼いセラはキラキラとした眼差しを本をしっかり抱いて、父を見ていた。
「司書になるのはかなり大変だよ? この国で毎年一人や二人しかなれないはずだ。遊ぶ時間を減らしていっぱい勉強しなきゃならないし、いっぱい魔法も覚えなきゃならないよ?」
「なる! セラ、がんばる! ししょさんになりたい!」
父はじっとセラの顔を見ていた。セラも父から目を逸らさずに、抱いている本をしっかりと抱きしめる。
数秒見つめあっていると「いいじゃない、あなた」と母が笑った声がした。セラがぱっと顔をあげると、母の手が伸びてセラの額に優しく触れた。
「だって初めてセラに出来た将来の夢じゃない。応援したいわ」
「でもなぁ。司書は大変だぞ? 俺もよく世話になってるが、なりたくはない仕事だよ」
「セラはなりたいもん」
「えぇ。勉強も魔法もいっぱい覚えなきゃならないけど、セラは私とあなたの子どもなんだから大丈夫よ。ね、セラ?」
「うん、だいじょうぶ!」
セラが返事をすると、母は優しくセラの頭を撫でた。その手が何往復かしたところで「仕方ないか、可愛い娘の為だ」と、父の腕が伸びてきてセラの目線は高い位置まで一気に上がった。
かがみ込んでいない父の顔が目の前にある。父の腕にちゃんと座ると、父は優しく微笑んだ。
* * *
「――っていうのが、私が司書になることを決めた日なんですけど。父と母は完全に司書違いをしてまして、私は別に魔導司書になりたかったというわけではなかったんです」
本についているラベルを再確認して、セラは一冊一冊丁寧に棚へと戻していく。話しながらもきちんと作業は行っていた。
それはセラの隣の人物も同様だ。彼の目線も棚と本を入れたカゴを往復していて、セラを一度も捉えていないが会話は続いていく。
「流石に途中で気がついたんでしょ? なんでそのまま魔導司書になったの」
「それは、本が好きで、司書になりたかったからですよ」
司書になる。これはセラがセラになるより以前、瀬良みすずだった頃からの願いだ。もしかしたら最初に思った時は瀬良みすずの執念だったのかもしれない。
たしか瀬良みすずの国には『三つ子の魂百まで』ということわざがあったはずだ。二つの人生を足しても百にはならないが、人生二回目になっても覚えている。
なんなら異世界まで渡ってきてまで覚えているのだから、瀬良みすずの執念深さは自分の前世と思われる記憶ながら相当なものだ。魔法なんかそっちのけで本、というよりも司書にまっしぐらだった。
血の滲む様な努力をして、優秀な成績を修めて、魔法もそこいらの魔法使いなんかよりも使いこなせるまでになった。これも全て、司書になるためだった。名前と彼女の苗字が同じというところも執念のうちなのだろうか。
いや、考えるのはやめておこう。どちらにしろ、セラ自身も本が好きなのだ。きっかけを与えてくれたと感謝するべきだ。
途中で魔導書専門の魔導司書になる為の勉強をせずとも一般書籍の司書にはなれると気がついた。それでも本も魔法も好きなのだからと、難関試験を突破して魔導司書になったのはまぎれもなくセラ本人の意志だ。
そう思い直して、セラは恐ろしい考えを飛ばそうと頭を左右に振った。
「セラ? どうかしたの」
声と共に覗き込んできた彼の目とばちりと目があった。紅い目が不思議そうな色をのせてこちらを見ている。
「すみません、昔のことを少し思い出してしまって」
「あぁ、勉強が死ぬほど大変だったとかそういうやつかな。皆よく言ってるよ」
「笑ってますけど、ホン先輩は大変じゃなかったんですか」
「さぁ、どうだったかな」
ホンは涼しい顔して笑っている。セラよりも年上のホンは、セラの教育係だ。
王立魔道図書館には可愛らしいものから恐ろしいものまで、多種多様な魔導書が揃えられている。貸出の許可や取扱い方法まで、きっちりと実践で教え込む先輩がついていてくれるのは有難い。
短い黒髪のホンは、どこか瀬良みすずの故郷を思わせて懐かしい。本人に聞いたところ、東の国の出身だそうだ。もしかしたらこの世界にも日本と似た国があるのかもしれない。それはセラの知識欲をもくすぐる想像だ。
「ホン先輩優秀だから、苦労はしてなさそうですよ」
「僕は別に優秀じゃないよ」
「またまた。名前もホンですし、羨ましいです。本が好きな司書のホンさん、最高の名前ですよ」
「……じゃあセラも」
「なりません」
先手を打って遮ると、ホンは残念そうな表情を浮かべて笑っている。この先輩が潔癖そうな見た目に反して案外こういった軽い冗談をよく口にすることを、セラはここ数週間で学んでいた。見た目が大変いいのだからやめて頂きたいとは告げていないが、ホンのことだからその辺りも分かって言っているに違いない。
ため息を飲み込んで、セラが手に持った新たな本を棚に戻した時だ。
「でも、そんなに本が好きなら本屋でもよかったんじゃないの」
ホンの言葉は、セラも瀬良みすずもよく言われ続けた言葉だ。図書館と本屋では違うのだということを、案外自分以外の人間は理解してくれない。
ホンの場合は試しているということもあるのかもしれない。魔導司書になっている先輩からの言葉なのだから。そう思って、セラは少し考えてから答えを出した。
「本屋の一冊の本は、いつかくるたった一人のお客の為の本です。でも図書館の本だと、一冊で複数の人に大切にされる。色んな人の知識や想いを豊かにする。司書は図書館の本に寄り添って、その手伝いが出来るでしょう。だから、なりたかったんだと思います」
「本屋の店員も寄り添えるよ?」
「それはそうなんですけどね。図書館は小さくても大きくても、その本を大切に扱っている司書さん達がいます。いってらっしゃいと送り出して、おかえりなさいって迎えてもらえる本は図書館の本だけですよ」
「……君に選ばれた本はとても大事に扱ってもらえそうだ」
「えぇ。だって私、本が好きですから」
同じ音の彼に違うとアピールする為、わざとらしく手に持った魔導書を掲げて言うと、彼はじっとその魔導書を見てから笑った。満足げに見えるので、及第点は貰えるのでは? セラがそんな期待を寄せていると、ホンは紅い目を細めて魔導書を見ている。
「羨ましいなぁ、その本が。……まぁ、いいや。あとちょっとだし、頑張ろうね」
何を真剣な表情で言っているのだろう、この先輩は。セラは無意識にそう思って身震いしてしまったのか、手元が震えてしまっていた。
* * *
「あー、いたいた。セラくん、ちょっと来てくれ」
館長代理に声をかけられたのは、セラの研修期間が今日までという日の昼下がりだ。あと数時間で一人前として図書館に立たなければならない、と再度確認をしていた。今日は午前中まではホンが傍に居たが、午後からは会議があるからとセラを含む新人たちは各自で作業している。
作業といっても各々日々の作業内容の確認をしていただけなので、手は空いているので問題は無い。が、呼び出される程の心当たりは全く無い。
一体何の呼び出しだろうか。数少ない同期に視線を向けても、相手も首を傾げている。さっぱり見当がつかないが、セラは館長代理の下へと向かった。
館長代理に招かれて向かった先は、館長室だった。勿論、今隣に居る館長代理の部屋ではない。彼の部屋はもう通り過ぎている。
一度も会ったことのない館長に今から会うことになるのだろうか。そう思うと、急激にセラの体を緊張が襲った。
強ばっているセラに気がついているのかいないのか。館長代理はノックをして、返事が返ってくると「失礼します」と言ってさっさと扉を開けてしまった。
開けた先に立って居たのは、見知った人物だった。午後から会議だと言っていたホンその人が立っているが、彼以外の人影は室内に見当たらない。
「え、まさか、ホン先輩が館長なんですか?」
「いや、僕じゃないよ。そもそも、うちの館長は空座なんだ」
「空座、ですか」
ホンは席の横には立っておらず、館長の机の前、セラ達が立つ扉の側に立っている。立ち位置からしてもたしかにそうなのかもしれない。
でも、とセラが声を出すよりも早く、ホンは「下がっていてくれ」と館長代理に声をかけた。館長代理は深々と礼をすると部屋から出て、きっちりと扉を閉めていってしまった。
……館長代理より偉いホン先輩は何者なんですか。口に出したいが、出すことが危険に思えてセラは押し黙ることを選択した。
黙っている間に隣に来たホンがセラの名前を呼んだ。嬉しそうな声に聞こえて顔をあげると、声によく合う表情を彼は浮かべている。何がその原因なのかはさっぱり不明だ。
「セラ。一ヶ月よく頑張ったね」
幼い子を褒める様に、ホンの手が頭を撫でた。純粋に褒められ、喜ばれているということが伝わってきて、セラも素直に謝辞を返す。
撫でていたホンの手が下りて、セラの右手を両手で挟むようにして握った。そうして、ホンはその紅い目をとろける様に細めて笑った。
これは何か危ない気がする。セラが手をぬこうとしても、力の差かびくともしなかった。こちらの動揺はわかっていても、気に留めることなくホンは言葉を続けた。
「僕はようやく、僕が納得のいく人を見つけることが出来た。やっと渡すことができる」
「何かわからないですが、嫌な予感しかしません。受け取りません!」
「この国にある魔導書の保護、管理を司る魔導司書である君に断る権限はない」
そう言うとホンの唇がセラの手に寄せられる。触れる直前に逃げようと必死になったが、セラは瀬良の言うところの火事場の馬鹿力と呼ばれる力を発揮できずに終わった。
一瞬柔らかいものが手に触れたと思えば離れていく。離れていくホンの顔を見ていると、彼はやはりとても嬉しそうな表情をしていた。その顔に気を取られた瞬間、今度は手自体が暖かくなった。
急いで手に視線を戻すと、ホンの掌に乗せられているセラの手が紅い炎に包まれて揺らめいている。何、これ。小さく呟いた瞬間、炎は霧散して紅い光になった。
セラの手の甲にはいつの間にか紅い花弁の様な紋様が浮かんでいて、それを一撫でしたホンは嬉しそうな声をあげた。
「あぁ、成功だ!」
「ホン先輩、これは……?」
「先輩だなんて、そんな呼び方じゃなくてホンって呼んでくれないかな」
にこやかに微笑んだ彼に、頭痛がしそうだ。セラが知っていた先輩は冗談は言うが、もっとまともな人だったはずだ。じとりと睨むと、ホンは困った様に微笑んだ。
「まぁ、いきなり変えるのも難しいことはわかっているから、暫くそのままでいいよ。君が求めているのは、説明だろう? 大丈夫、きちんとするから安心してほしい」
些か落ち着いたのか、ホンはセラのよく知る口調に戻っていた。とりあえず座ろうかとホンに促されて、館長室に誂えられていた来客用のソファへと腰を下ろす。あまりに座り心地がよすぎて、セラは逆に落ち着かない気持ちになってしまう程だが、ホンは慣れているのか気にした様子はない。
「お茶でも出そうか?」
「いえ、結構です。進めてください」
そんなことをされてしまえば、余計に落ち着かないことは間違いない。セラはもう、さっさと話を聞いてしまいたかった。
こちらのそんな考えは伝わっていないのか、ホンは「じゃあまず。セラ、手のひらを上に向けて、それからさっきの炎を思い浮かべて」と告げた。
思わず「え?」と返したセラに、ホンはいいからと一言返すだけだ。よく分からないが、セラは言われた通りに手のひらを上に向けて、先ほどの紅い炎を思い浮かべた。
その瞬間、手のひらに紅い炎が現れて、次の瞬間、同じ様な色をした本がセラの手の上に乗っていた。
「……魔導書」
「そう、紅の魔導書。紅蓮の書、とか色々な呼び名がある魔導書だけど、セラは知っているよね」
問いかけであって問いかけられていないその言葉に、セラはこくりと首を動かした。
紅蓮の書と呼ばれる紅の魔導書。伝説級の魔導書で、実在しているとは言われているが、誰も存在を目で見たことがないという魔導書だ。それが今、セラの手の上にある。
にわかには信じ難いが、本物であることは間違いない。この世界でセラが知る限り、触れても焼かない炎は存在しない。
魔導司書になる為に必死で勉強した。魔法使いが学ぶ為の魔導書を取扱う魔導司書は、最低でも中級の魔法使いと同等の知識と技術が必要だ。それもこの王都にある魔導図書館なら、尚。
セラの知識と実力は高位のものと並べるはずだと自負している。自慢ではなく、客観的な事実としてだ。
だからこそこの本が紅の魔導書であるということは、否定したくても出来なかった。
「でも、何で先輩が私に譲るんですか」
本を握り彼へと差し出すと、ホンは目を見開いた。いつもは涼し気な目元が、丸く開かれている。
「えーと、セラ。まだ気がついてないかな」
「何がですか」
「落ち着いて、ゆっくり本の魔力を確認してごらん。本が持つ魔素の見方は君は勿論わかるはずだ」
視線を本に落として、少し集中する。本から出る固有の魔素の見方は、他でもないホンに教わった。彼の目の前で失敗するわけにはいかない。
深呼吸する様にして、本の魔素へとピントを合わせていく。徐々に紅い魔素のきらめきが見えてきた。本から溢れ出る魔素が湧き上がる様にして、次々と出ては弾けていく。
紅の魔導書の魔素がはっきり見える様になって、気がついた。同じ魔素が、ホンからも出ている。というより、ホンを象っている。
たしか、ホンから受けた説明では『魔導書から出る魔素は、他の自然界の物質から出る魔素とは違う。また、別の魔導書から同一の魔素が出ることは無い』だったはずだ。
……だとすれば。セラが瞬きすると集中が途切れてしまったのか、魔素は見えなくなった。その代わりに、嬉しそうなホンの姿がはっきりと見える。
「そう。僕が紅の魔導書なんだよ」
告げられた言葉に手に持った本を落としそうな程、セラは動揺してしまった。落とさなかったのは、目の前の人物の本体が手の中にあり落としたらどうなるかわからないという本能のおかげだろう。
「な、なんで」
「いつも僕の主に相応しい人を探していたんだ。で、君に決めた。それだけだよ」
「私以外にも優秀な人いますよ、パーシバル先輩とか!」
「うーん。あの子は数年前に君と同じように新人研修したけど違ったんだよね」
「じゃあ」
「新人研修、皆にしてるよ。試験はちゃんと同じものをしていたし、君は僕の指導を知っているだろう」
言われてしまえば、ぐうの音も出ない。セラは一ヶ月間丁寧に、尚且つ厳しく彼の指導を受けていた。他の数少ない同期の指導担当よりも凄い人がわざわざ教えてくれている、と感謝の念を抱くほどなのだ。
けれど、それでもセラにはわからなかった。
「……何が、きっかけだったんですか」
「きっかけ? あぁ、それは単純だよ」
そこで区切るとホンはあのとろける様な目をセラに向けてきた。いつもは鋭いはずの紅い目は、今はやけにやわらかい印象になっている。
「君に選ばれた本になりたい、と思っただけなんだ」
告白めいたその表情と口調に、セラは一瞬息を飲んだ。顔を赤くしかけた後、はっと気がついて声を荒らげる。
「え、選んだのは先輩でしょう?! 私は無理やり選ばされただけじゃないですか!」
「……でも、これでやっと僕は君のものだ」
拗ねた様に呟いたホンの姿を見て、せめて逆ならときめいたかもしれないのに! セラは心の中で叫んでしまっていた。声に出せば終わりだ。
一先ず、ホンのことは考えないでおこう。思考放棄もたまには重要だ。来週にはセラと瀬良みすずの夢だった一人前の司書として、初めて立つことが出来るのだ。これ以上楽しみなことはない。
そうして現実逃避して心を落ち着かせようとしていたセラに対して、にこやかな口調でホンは告げたのだった。
「それと、僕の主は必然的にこの王立魔導図書館の館長ということになるから、よろしくね」
「そんなこと聞いてませんよ?!」
「今言ったけど、一応規則には載っているよ? 細すぎて皆読まないんだろうけどね。活字中毒ばかりのはずなのになぁ」
規則は読んでいるが、館長就任に関する事項なんて新人が気にするわけもない。
そうだ。私は新人なのに。数日後に初めて独り立ちする新人が館長? 一日館長などの名誉職でなく?
しかし、ここまで嘘みたいな話が連続した後だ。今更ホンが冗談を言うこともないだろう。でも、しかし、けれど。
混乱しきってしまったセラに、ホンは爽やかに告げた。
「いいじゃない。セラは本が好きで司書になったんでしょう? 僕を含めて、この図書館の本全てが君のものだよ?」
何がいけないのかという顔をしているが、ホンは分かってて言っているのだろう。ぎゅっと彼の本体を握りしめてセラは叫んだ。
作中書けなかったのですが、
ホン先輩のホンは本ではなくて、紅です。
東の国でも日本ぽい国ではないところ出身になります。
突発で思いついた日に書き上げた短編ですが、楽しく書けました。