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三十と一夜の短篇

北轍南轅(卅と一夜の短篇第14回)

作者: ひなた

 とある夏の日のこと。

 空中を覆うような、大きな入道雲を前に、青年はふと思う。

「白、積もる。……雪だ」

 入道雲から、雪というものを連想した彼は、早速、雪を探し出す。

 とはいっても、これは夏の日のこと。どこを見たところで、残る雪などあるはずもなく、これから雪が降ることもありようがない。

 あの大きな雲。雪のように白いのだから、雪を降らせてくれればよいものを。

 そうは思うけれど、そのとおり、雪が降り出すことなどない。

 近付いてきたならば、あの白い雲は黒い姿で太陽を隠し、激しい雨を降らせることだろう。

 それくらいのことは、白を見て雪を探すような、短絡的な青年でも知識として知っている。

 しかしながら、雪を思った青年は、諦めきれない様子なのであった。

「釜倉。雪達磨。雪合戦。雪兎に、雪の精霊雪乃姫」

 後半に関しては理解に苦しいが、雪から連想できるワードを、彼はいくつも並べていく。

 当初は入道雲を見てのことだったはずが、青年の心は、すっかり雪に囚われそこから広がって行っているようであった。

 やむを得ないと決意した青年は、見晴らしのいい丘の上に登る。

 雪がないならば、雪のない中で、雪を楽しめればよいのではないだろうか、と。そう考えたのである。

 遠くに見える入道雲を、雪とすることにしたのである。

 一旦家に帰り、青年が雪を楽しむのに、必要とするものは全て持って来てある。

 まずは電気ストーブだ。

 外なのだから、コンセントなど存在しないし、電源を付けられるはずもない。けれども、雰囲気作りになんとしても必要だと、青年は判断を下したのだろう。

 次に、雪の中にいるに相応しい、服装である。

 元からきていた半袖のTシャツの上に、分厚いコートを着、マフラーや手袋までを身に付ける。

 体は夏にいるけれど、心は冬にいるようだ。

 大量の汗を掻いているというのに、青年は寒さすら感じられているようであった。

 足元の草の全ても、雪に覆われて白く見えているようだ。

 想像力に長けた青年は、思い込むことにより、夏の中に存在しない、冬という場所に迷い込むことを可能としているようであった。

 見上げれば、太陽が熱く照り付ける。立ち込める入道雲に、少し涼しい風が吹く。緑の葉がゆらゆらと揺れ、蝉の声が響き渡る。耳を澄ませたなら、清流の潺も聞こえるようであった。

 しかし青年が見上げた空に、太陽はどこにもなかった。

 ただ、灰色の空が広がって、白い雪がひらひらと降り注いでくるだけである。可愛らしい花びらのように、ひらひらと、空からの贈り物のように、ふわふわとした雪が降り注いでくる。

 風は凍て付くように冷たく、ナイフのような鋭さを持っているけれど、雪に触れて不思議な温もりを感じさせる。

 葉のない木々は雪で白く化粧をし、静かな銀世界を美しく演出した。

 耳を澄ませた先に聞こえる潺は、凍った水の下で、凍った大地に呼び掛けるように、冷たくも強かなのであった。


 とある夏の日のこと。

 青年は雪に横たわり、眠りに就いた。

 とある冬の日に、心を移したままに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雰囲気づくりに電気ストーブや、コートやマフラー、手袋まで持ち出して、はた目には奇妙に見えるはずなのに、綺麗な描写で引き込まれるのが素敵でした。 でも夏の日にこれをするとなると、やっぱり何…
2017/06/03 13:38 退会済み
管理
[良い点]  わたしは青年を神の視点で綴っている書き方が面白いと感じました。  夏をも冬に変えてしまう青年の主観はそのままに、入道雲から冬景色を創り上げていく心の力。眠りの中に、雪景色や雪の妖精が、か…
[良い点] 青年の見た情景は、想像の中の冬だからこそ美しくありました。 [一言] いっそ青年の視点で書いて、読者をも想像の世界に引きずり込んでも良かったのでは、と思います。
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