神隠し
桜 櫻 はらはらと
風に吹かれて 舞い堕ちる
月明かりだけの 墨流し空
緋色の満月 嬌笑す
狂った舞台 彼の所 伶人がひとり謡う
彼の場所に ひとつの桜の木があった
桜の木の下に ひとりの幼子が居た
その幼子は 他の子に外されていた
そして 何時も彼の場所にいた
しかし 幼子は何時も笑っていた
誰かが尋ねた 「何故笑う」
幼子は答えた 「ここは寂しくないから」
幼子は 食する時や 眠る時より
彼の場所に居る方が長かった
これに気付いた幼子の親は
幼子を閉じ込めた 「もう行ってはならぬ」
幼子は泣いた 狂って泣いた
泣いた 泣いた ないた
泣き声が止み 幼子の親
子の様子を見ようと 部屋を覗いた
そして騒いだ 「いなくなった」と
村総出で 幼子を捜した
しかし 幼子の姿 何処にも無く
彼の場所 桜の木の下
そこに 幼子の簪があった
されど 幼子の姿 何処にも無く
誰かが言った 「桜の神に攫われた」と
「此 神隠し」と
二親は泣いた 幼子想い
何時何時までも 泣いていた
黒檀の空 満開の桜
緋色の満月 静かに見下ろして
桜 櫻 はらはらと
風に吹かれて 舞い堕ちる
月明かりだけの 墨流し空
緋色の満月 嬌笑す
狂った舞台 彼の場所 謡っていた伶人
もういない
確かにいたが
もういない
満開の桜 風吹きては 舞い散りて
ほんの少しだけ 名残を惜しんだ