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魔王様のお付き  作者: 夜野友気
3/3

魔王様と伝説

ルゥ・ユーロシタリア。

この世界の名前をそう呼ぶらしい。

世界の大半は森と山で占められ、海は少ないようだ。

いや、実際にはあるが描かれていないだけかもしれない。


「将平ー、何か手掛かりになりそうなものあったー?」

「おー、手掛かりになるかどうかは分かんねーけど」


歩いてきた真咲に地図を広げてみせる。


「こんなものはあったぞ」

「この世界の地図ね。こんなものがある以上、やっぱりここは地球ではないようね」


場所を移して魔王城の書物庫。

俺と真咲は元の世界に戻る手掛かりを探していた。

その前に一つだけ説明しておこう。

真咲がなぜこの世界に現れたのか。






「召喚紙……?」

「そうだ」


真咲のハイキックを受けてからどのくらい時間が経ったのか。

目が覚めた俺にラキエルは真咲のことについて説明してくれた。

マーシャは部屋に戻って自主勉強をしているらしい。

出来のいい教え子を持って先生としては嬉しいことだ。

けどほんの少しだけでも先生の心配してほしかったかな。

それはともかく。


「あの紙は書かれた文字に関する何かを強制的に招く力を持っている。その紙片だ」


マーシャに書いてもらったあのスリーサイズ。

その数字が偶然真咲と重なったから、真咲がここに召喚されてしまったってことか。


「だけどなんで真咲なんだ? あれならユリシアが招かれる可能性の方が高いんじゃないのか?」


召喚されるとはいえ、異世界の人間がこの世界の人間より優先されて呼び寄せられるものなのだろうか。


「それは多分、お前が魔王様と契約関係にあったからだろう」

「え? 俺?」

「そうだ。契約者であるお前は魔王様の行いに何かしらの影響を与えることが多い」

「契約って何?」

「なるほど。それで真咲が召喚されてしまったのか」


俺がマーシャと契約していたことで俺に関係の深い真咲が優先して召喚されてしまったと。

しかし、この世界はいったいどこに存在してるんだろう。


「ねぇ、契約って何?」

「なぁ、召喚させる紙片があるなら逆にどこかに送り込むような何かもあるんじゃないか?」

「ねぇってば! わざと無視してるでしょ!」

「おごぁっ! おいこら! 首にチョップすんな!」


下手すると死ぬんだぞ、それは!


「契約って何? もしかして契約と称してあの子に何か良からぬことを――――」

「してないから!」






それから契約の説明を真咲にした後、俺たちは帰るための手掛かりを探しに城の書物庫に来た。

見つけ出した地図を机に広げて二人で眺める。

地図の上には線で区切られ囲われた場所に村の名前や森の名前、山の名前などが書かれている簡易的なものだった。

しかし、いくつか何も描かれていない場所がある。

この地図が現在この世界で使用されているものだとするならば、何も描かれていない場所があるのは何故なのか。

誰も訪れたことがない場所なのだろうか。


「将平、この何も描かれてない場所って何があるのかな?」

「ああ、それは俺もいま考えていたところだ。誰も行ったことがない場所ってのは少し気になるな」

「二人ともー、何してるんだー?」


俺たちの間から顔を出したマーシャが一緒に地図を覗き込んできた。


「あぁ、マーシャ。来たのか」

「マーシャ?」

「あ…………」


そうだ、ここには真咲もいるんだった。


「この子の名前、マーシャっていうの?」

「あぁ、マーシャだっ、たしかマサキだったか? よろしくなっ」

「へぇ……、うん、よろしくね」


少し考えるようにしてこっちを見ていた真咲は、頷いて微笑んだ。


「地図広げてるけど、どこか出掛けるの?」

「そう考えてたところだ。あ、そうだ、マーシャはこの何も描かれてない場所にいったことないか?」

「うーん、ないかなー。村とかなら結構行くんだけど、何もない場所にいっても面白くないから」

「そっか、ラキエルは、行ったことあると思う?」

「ラキエルもないと思うぞ、一人でどこかに出掛けたりしてるの見たことないからな」


確かにあの男がマーシャを置いて一人で出掛けてるところなんて想像できないな。


「それじゃあマーシャが一人で出掛けることはあるのか?」

「んー、それもないかなー。出掛ける時はいつもラキエルが一緒だった気がする」


これは仲がいいとかではなく、単純にラキエルが配下として付いて周っているだけなんだろうな。

けれど情報を貰える相手がいないとなると直接行くしか――――いや、待てよ。


「ユリシア達なら何か知ってるかもしれないな」

「ユリシアって誰? ここってまだ誰か住んでるの?」

「いや、ここには他に誰もいないよ。ユリシアってのは勇者のこと」

「ゆ、勇者……? そういえば将平、電話でも魔王だの勇者だの言ってたわね。それに魔王の家庭教師になったとか言ってたけど、あれって?」

「あぁ、すぐ側にいるよ、魔王なら」

「は? まさか……」


ゆっくりとマーシャの方に視線を向ける。

視線があったマーシャは胸を張って満面の笑みを見せた。


「魔王だ!」

「……………………。ちょっと来て将平!」


首に腕を回され真咲に引っ張られる。


「うぉあっ! ちょ、ちょっと待て! そんなふうに引っ張らなくても行くっての!」


転けないように跳ねながらバランスをとって付いていくと、マーシャから少し離れた位置で解放された。

引っ張られた首をさする。

引っ張るならせめて腕とか服の裾辺りにして欲しいもんだ。

いや、まぁでも、顔に当たっていた柔らかい感触は忘れませんけども。


「何だよいきなり、どうしたんだ?」

「あの子の家庭教師って言ったわよね」

「言った」

「だったら、あの子をあんな年齢から厨二病に向かわせるなんて何考えてるのよ!」

「は? いや、待てまて、それは誤解だ」


あと大声を出すなら離れた意味ないぞ。


「だったらラキエルさんが?」

「違うっての落ち着け。電話でも散々説明しただろ。それにここは異世界だぞ。そりゃ本物の魔王も勇者もいるって」


真咲が暫くポカンと口を開けて固まった。

理解が追いついていないんだろう。

長く一緒にいる俺でも初めて見る、新鮮な表情だった。

数秒後、ハッとしてフルフルと首を振る。

どうやら思考能力が復活したようだ。


「そもそもこんなところに来てる時点で常識なんて捨てるべきだったわ…………ん? 待って。あの子が魔王っていうならもしかしてここって、お城なのっ?」

「今更かよ……今までなんだと思ってたんだ?」

「やけに大きなお屋敷だなぁ、と……」

「じゃあ外がいつまでも真っ暗なのは?」

「もの凄く天気が悪いのかなって……」

「…………………………うん」

「止めなさいよ、そんな目で見るの! 仕方ないじゃない! 異世界なんて初めてなんだから!」


俺だってそうだよ。

というか異世界経験者なんているのかよ。


あ、ワタシ異世界には目がなくてねー、よく行っちゃうんですよー。


……そんな奴いたら俺はそっと距離を置くかな。


「でも分かったわ。ここは異世界で、アタシたちの常識は通用しないってわけね!」

「間違ってない気はするけど極端だな」


なんか初めてコイツのこと心配になってきた。


「話終わったかー?」

「えぇ、それに方針も決まったわね」

「方針?」

「どう決まったんだ?」


そんな話をした覚えはない。

真咲の中で何かを決めたんだろうか。


「まずこの世界にいる、大賢者を探すのよ!」

「大……賢者……? そんなのいるのか? この世界」

「さぁ、魔王もまだあったことないな、そんな奴」

「らしいが?」

「居るわよきっと! だって地図だってこんなに埋まってないじゃないっ。大賢者ならきっと魔法にも詳しい筈だわっ」


その自信がいったいどこからくるものなのか、聞くのも恐ろしくなってきた。


「それで、もしかしたらその空白の場所を知ってるかも知れないのがその勇者ってことよね?」

「あくまで可能性だけどな」


ユリシアたちなら勇者として世界中を巡っている可能性は高い。

地図自体が古いという可能性もあるけど、でもこの地図でさえ6割は埋まっていない。

これだけの空白があれば、この地図が古くても未だに埋まっていない場所があってもおかしくないだろう。


「な、な、一緒にいってもいいかっ?」


マーシャは真咲の話に嬉々として身を乗り出してきた

真咲と顔を見合わせる。

魔王が来てくれるならこれほど心強いことはない。

知らない世界で誰も知らないかもしれない場所だ。

どんな危険があるかも分からない。


「アタシたちは構わないけど、でもいいの?」

「ラキエルには言わなくていいのか?」

「大丈夫だいじょうぶ」

「……まぁ、そう言うなら」


本人が大丈夫だと言うんだから多分大丈夫だろう。

来てくれると言うのだからお言葉に甘えさせてもらうとして。

問題がもう一つあるとすればユリシアたちが今どこにいるか、くらいだろう。


「なぁ、マーシャ。ユリシアが今どこにいるかとか分かったり、しないか?」


さすがに高望みし過ぎだとは思うが、今から向こうに行って探すともなればそれだけで時間を浪費してしまう。


「それなら簡単だ」

「簡単なのか!?」


そして俺の懸念はアッサリとした一言で簡単に片付けられてしまった。


「うん、ちょっと待ってろ」


なんて言ってマーシャは暫くして、水晶玉を手に戻ってきた。


「占いでもするのか?」

「そんな確率の絡む方法じゃないぞ」


マーシャが水晶玉に手を翳して目を閉じた。

すると少しして水晶玉が輝き始める。

その眩しさに思わず顔をしかめた。

暫くすると光が収まり、水晶玉にぼんやりと人影が浮かび上がり始める。

まだ輪郭のハッキリしないそれは三人の人間だろうということが推測できた。


「あれ? おかしいなー、調子悪いのかなー?」

「どうしたんだ?」


ペシペシと水晶玉を叩くマーシャ。

まるで写りの悪いテレビを直そうとしてるかのように。

確かに水晶玉から見える光景は白くモヤがかかっていて、これでは場所を特定するどころか誰なのか見極めることも出来ない。

それに何だか聞こえてくる声も反響をしているような感じだ。


「普段はこんなふうにはならないの?」

「そうだ。普段ならもっとハッキリ姿が見える」


マーシャはそう言うが、相変わらず真っ白なままだ。

叩いたくらいでは治らないだろうとは思っていたが、本当に調子が悪いんだろう。


「けど、どうすんだ? これじゃあ場所が分からないんじゃないか?」

「会話から推測すればいいんじゃないか?」


なんとも難しいことを言ってくれる。

でももしかしたら運良く村の名前でも出してくれるかもしれない。

確率は低いなんてものじゃないだろうけど。

それでも現状で手段がそれしかないならばそうするしかないだろう。

俺たちは三人揃って水晶玉に耳を近づけた。


『しかし幸いでしたね、この時間に部屋が確保出来るなんて』


さっそく聞こえてきた声に耳を傾ける。

この声はネルノアルさんのだ。


『ガーグがあんな雑魚相手に手間取るのが悪いのよ』

『いえ、あれはそういう問題なのでしょうか』

『何をどうしたら魔物退治に行って魔物と飲み比べ勝負をすることになるのかしら』

『知らないわよ、そんなの。低脳同士で息でもあったんでしょ』


どうやらここにいる三人はユリシアとロニィ、ネルノアルさんのようだ。

ガーグが一緒にいないのは会話から推測するに酔い潰れて寝ているとかだろう。


『ロニィ、それとってもらえる?』

『ん……。ねぇユリシア、今日のことなんだけど、アレを本当にあのまま放置しておいていいと思ってるの?』

『……思ってないわね。何にしても彼は、魔王にそばには居るべきではないと思ってる』


あれ? これ俺の話か?


『だったら――――』

『でも、だからと言って力業で魔王との契約を破棄させたくわないのよ』

『魔王のこと、気にしてるの?』

『……そうね。それもあるわ』

『何よその間。……もしかして、アレに惚れたの?』

『なんでそうなるのよ!』


ユリシアの声が大きく響く。

暫くの静寂の後、コホンと誤魔化すような咳払いが聞こえた。


『私が気にしてるのは魔王のことよ。でもそうなると必然的に近くにいる将平のことも考えなきゃならないっていう、それだけの話よ。いくら知らなかったとはいえ契約している以上同意はされてるんだから』

『まったく、めんどくさい奴……』


相変わらずロニィには激しく嫌われている。

というかこの会話、俺は聞いてていいんだろうか。

同じように話題に出ているマーシャを見てみる。

興味津津といった様子で水晶玉を覗き込んでいた。


「ねぇ、この人たちが話してるのって……」

「あぁ、俺のことだと思う」

「ふーん…………盗み聞き」

「っ……仕方ないだろ、状況が状況なんだからっ」


真咲に任せておけばいいと言われたらそれまでなんだけど。

しかし情報は拾えるだけ拾っておいた方がいい。

一人より二人、二人より三人だ。

マーシャも今さら聞かないなんてことはないだろう。


『それでも、将平さんには教えておいてあげるべきかと思われます』

『ネルまで……はぁ、分かったわよ。好きにすれば』


諦めたようなロニィの声。

俺の契約の話だとして、俺に教えておくことってのは何なんだろう。

気にはなるが今は三人の場所を突き止めることのほうが先だ。

今いる村か街かの名前でも口にしてくれれば助かるけど、そんなことほとんど期待できないだろう。


『……あの、ユリシアさん、ここの窓を開けてもよろしいでしょうか?』

『えぇ、構わないわ。ロニィもいいわね?』

『いいわよ』

「え? 窓……? ――――ああっ!!」


一緒に水晶玉を覗き込んでいた真咲が突然大声を上げた。

間近で聞こえた煩さに思わず耳を押さえて離れる。


「な、なんだよ急に大声出して」

「ま、待って! 見ちゃダメ!」

「うおっ!? な、なんだいきなり!」


急に後ろから飛びついてきた真咲に目を塞がれた。


「ま、真咲! 何のつもりだ離せっ」

「ダメって言ってるでしょ! あぁもうコラ、暴れるな!」

「だからなんでダメなんだよ! 近づかなきゃ情報を得られないだろ!」

「どうせ見ても分からないでしょ! いいから大人しくしてなさい! だから暴れるなっての! こんのぉっ!」

「のわっ!?」


目を塞いでいた手をそのままスライドさせて、腕を回してきた。

突然掛けられた体重に体が大きく後ろに仰け反る。

同時に倒れそうになった体を支えるように頭が柔らかい何かに埋まった。


「っ!!?」


状況から察するに考えるまでもなくこの柔らかいものは――!


後頭部がパフパフされている!?

そんなこと考えてる場合じゃねぇ!


「ま、ままま、真咲! お前何考えてるんだ!」

「いいから大人しくしてなさい!」


なんだいいのか……いやよくねぇよ!


「せめて説明をしろ!」

「知らなくていいわよ!」

「あ、見えてきた」

「なに! どこだっ!」

「わーっ。すっぽんぽんだ」

「すっぽんぽん!!?」


それは、村の名前か!?

いや、俺の予想が正しければおそらくユリシアたちが真っ裸ってことの筈。

そうか、そう考えれば筋は通る。

湯気で視界が曇り、風呂場は音が反響する。

謎は全て解けた。

しかし問題が一つある。

なぜ。

なぜ、俺は目を塞がれている!

この先に桃源郷があるというのに!


「真咲、放せ! 俺も見たい!」

「放すわけないでしょ! 要望がストレート過ぎるのよ、このドスケベ!」


やはりダメかっ!


「ならば力強くで見るまでだ! ぬぉぉおおっ!」


真咲に押さえられて仰け反った背を力任せに起こす。

この大勢さえ立ち直らせることが出来ればあとは腕をなんとかするだけだ。


「っ! 何そんなに頑張ってるのよ、このエロ! もう、バカッ! マーシャ! 場所はまだ分からないのっ?」

「んー? もう少しだ。というか二人とも何やってるんだ?」

「気に、すんなっ! ふぬぐぐぐぐぐっ」

「見ぃるぅなぁぁぁっ!」


体を起こそうとすればするほど真咲の抵抗も強くなり後頭部が埋もれていく。


『ん……?』

「あっ! 分かった!」

「ホントッ! じゃあ早く消してっ!」

「え? 村をか?」

「違うわよっ! その映像をっ、きゃあっ!」

「油断したな、真咲ぃ!」


マーシャの把握と同時に真咲の腕の力が一瞬緩んだ。

その隙に、腕をすり抜けるように下から滑り抜ける。


「しまった! マーシャ、早く消してっ!」


真咲の声が響く中、俺は腕をすり抜けて崩れたバランスを整え、水晶玉の方に向く。

この距離――――捉えた!


『ライト』


その瞬間。

水晶玉から放たれた白一色が視界を一瞬で染め上げた。


「ぬあああああああっ!! 目がぁ、目がぁぁぁ!」


何が起きたのか理解出来ず、未だチカチカする目を押さえて床を転がる。


「な、何が起きたの……?」

「うーん、たぶん気付かれたな」

「気付かれたの!?」

「うん、ロニィは優秀な奴だから、たぶん感知してライトっていう光魔法で遮断してきたんだ」


そんな俺の耳に冷静な解説が聞こえてくる。

くっそ、なんて魔法だっ!

フラッシュはダメだとあれほどっ!


「だ、大丈夫なの? 相手は勇者なんでしょ? 見られてたって知ったら怒りでパワーアップとかするんじゃないの?」

「怒りでパワーアップとかするのか?」

「え? しないの?」

「さすがに、漫画の、読みすぎだ……」


ようやく視界が戻ってきた。

ライト、なんて恐ろしい魔法なんだ……。

視界を潰されることがこれほどの脅威だとは正直思わなかった。


「あ、起きてきたのね、残念だわ」

「残念じゃねぇ……」


まだ少し視界がチカチカする。


「でも気付いたのがロニィなら、怒ってるんじゃないか?」

「大丈夫だと思う。魔王がやったって気付いただろうし、今回が初めてじゃないからな」


いや、それは余計に怒るんじゃないだろうか。

これから話を聞きたい相手を怒らせては元も子もないんだけど。


「考えるのは後にしましょう。それより、もっと情報を集めたほうがいいと思うわ」

「もうバレてるなら同じことか。そうだな、資料集め再開と行くか」




「どうしたのよロニィ、急に魔法使ったと思ったら黙り込んじゃって」

「……いま、魔王からサーチの魔法を使われていたわ」

「また? でも、いつものことでしょ。明日にでもアタシたちのとこにくるんじゃない? そんなに怒るようなことでもないと思うけど」

「忘れたの? 魔王の傍には、アレがいるのよ」

「あ………………」

「あー………………」


揃って言葉を失うユリシアとネルノアル。

二人ともそれとなくタオルで体を隠すように手を動かした。


「次に会ったら、殺すわ……」

「ま、まぁまぁ、まだ彼が見ていたと決まったわけではありませんし」

「…………そうね、やるのは話を聞いた後にしましょう」

「あはは、はははは…………将平さん、見てない、ですよね……?」


ネルノアルの呟くような声は、二人の耳に届かず湯気とともにひっそりと空気中に溶けて消えていくのだった。






「将平ーっ、ちょっと来てーっ」


再び真咲と二人で手分けして資料を探していたら真咲のほうから呼び出しがかかった。

本棚の中を歩いて真咲の姿を探す。

すると、奥の方にある高い本棚の間で真咲は一冊の分厚く古そうな本を広げていた。


「これ見て、ここのところっ」

「どこだって? えーっと」


真咲の広げている本を覗き込む。

霧の街に存在する伝説、という少し大きめに書かれたタイトルが真っ先に目に付いた。


「えーっと、霧に隠された伝説を知る者は少ない。それは知った者達が皆世界から消えたからだと言われている。その者たちがどこへ消えたのか、なぜ消えてしまったのか、色々と話は広まっているが真実を知る者もまた存在しない。しかし一番口にされることが多かった説は、そのものはこの世界から存在ごと消えてしまったのではないかというものだ。……ふむ」


その後はこの本の著者であろう人物の考察や感想、伝説に対しての推測などが書き綴られている。


「ねぇ、この消えた人たちって異世界に飛ばされたとも考えられない?」

「可能性はあるな。でも、気になるのは」

「誰も知らないはずの伝説がなぜ書物として残っているのか、でしょ」

「あぁ、その通りだ」


この伝説を知ったものが全員消えているのなら、この書物もまた存在していないはずだ。

それが存在しているってことは、この著者はその伝説を見て生き残ったのかそれとも、この話自体がガセであるか。

どちらにしても、あまり信用は出来ない。

何よりこの本には著者の名前がどこにも書かれていなかった。

本を出したものなら自分の名前を載せようと思うはずなのにこの本にはそれがない。

それがまた怪しさを増幅させている。


「アタシがこの話に目を付けたのは、この書き出しを見てだけじゃないわよ。これを見て」


真咲が数枚ページを捲る。


「この場所っ!?」

「そう、さっきアタシたちが地図で見ていた場所なの。行ってみる価値あると思わない?」


そう言って笑う真咲に、俺はいつも通りの頼もしさを感じ始めていた。











「それじゃあ、出発するかっ」


翌朝、朝食を済ませた俺たちはマーシャの案内で何もないただただ広い部屋に案内された。

四方を見渡しても何もなく、相変わらず天井はすごく高い。

左右の上の方に取り付けられた大きな窓のおかげで部屋は真っ暗にならずに済んでいるようだ。

それでもとても明るいとは言い難い。


「マーシャ、この部屋は何なんだ?」

「ここは城の中で一番魔力が安定する場所だ」

「魔力が安定?」

「そうだ。魔法ってのはただ闇雲に魔力を込めて発動すればいいってものじゃない。適量の魔力で発動させないと発動前に消えたり、自分自信が傷つくことになる。だから難しい魔法を発動させるのは魔力が安定している場所で行うのが一番なんだ」

「へぇ……」


意外と知ってることは知ってるんだな。


「――って、ラキエルが言ってたぞ!」


うん、受け売りだとしても覚えてるのはえらいぞ。


「じゃあこれから何か難しい魔法を使うってことか」

「転移魔法だ」

「転移? それって昨日ラキエルが使ってたやつか?」

「ラキエルが? いや、それは違うぞ。たぶんショーヘイが見たのは空間接続だ」

「空間接続?」

「予め用意していた目標地点に空間を繋げる魔法だ。目標点が用意されてる分、魔力もほとんど消費しない。ただ移動距離にも制限がかかるし、他にも不便なことが多いんだ」

「点がある位置に線を結ぶには難しくはないけど、何もない場所に結ぶのは難しい、みたいな話か」

「よく分かんないけど理解できてるならそれでいいやっ」


適当すぎるけど多分あっているんだろう。

あってるならこちらにも何も言うことはない。


「じゃあ、始めるぞっ」

「ちょっと待ってマーシャ!」


何かを始めようとしたマーシャに真咲がストップをかける。

マーシャは右手を掲げた体勢のまま固まった。


「なんだー?」

「ちょっとだけ待ってっ。ねぇ、将平」


真咲が俺に耳打ちしてくる。


「どうしたんだよ」

「あの子の魔法って本当に大丈夫なの? 失敗したらどうなるかとか分かってる?」

「……さぁ?」

「さぁってあのねぇっ! あっ……も、もしも失敗して変な場所にでも飛んだらどうするつもりよっ」


大声を上げてしまいハッとしてまた声を抑える。


「それは大丈夫だと思うぞ」

「その自信はどこから来るものなのよ……」

「マーシャは子供に見えて、誰もが認める魔王なんだ」

「だからって上手くいくってことにはならないでしょ」

「いや大丈夫だって、心配するな。マーシャ、始めていいぞっ」

「おー? いいのか? よく分かんないけど分かった!」


掲げた手のひらに黒い光の粒子がマーシャを中心に渦巻きながら集まり始める。

それは徐々に集束し、円盤のような形に整い始めた。


「っ…………」

「ん?」


服の裾を引っ張られるような感覚に視線をそちらに落とした。

真咲が少し震える手で、俺の服の端をギュッと掴んでいた。

視線は不安げにマーシャの方を見ている。

さすがに強引に始めるのは失敗したかもしれない。


しかしこの手は、取っていいものなのか……。

わ、分からない……。


不安に思っているならこの手は握ってもいいんじゃないだろうか。

しかし真咲も無意識だろうし、真咲の性格からして知られたら恥しがるだろう。

それはそれで真咲にとっても嫌なんじゃないだろうか。


「準備完了だな。二人とも動かないでくれよー」

「あ、あぁ、一緒に居たほうがいいんだなっ」

「え? あっ……っ」


マーシャの話に強引にこじつけて真咲の手を握る。


「そういうわけだから、もうちょっとこっち来い」

「う、うん。分かった……」


伏し目がちで頷いた真咲の顔が少し赤くなっている。

よく見ると首元まで少し赤くなっていた。

恥しがらせてしまっただろうか。

いつもよりも素直な真咲が言われたとおりに俺に身を寄せてくる。


「転移!」


マーシャの言葉と同時に手のひらの円盤が空中で広がり、魔法陣の形になる。

そのまま俺たちの体を通り抜け地面に張り付いた。


「な、なんだこれっ?」


魔法陣に視線を落とすと俺と真咲とマーシャの腰の辺りにも小さな魔法人が存在していた。


「こ、これは? うおっ!」

「きゃあっ!」


視界が黒い光に包まれていく。

思わず目を閉じると、耳に小さな耳鳴りのような音が聞こえた。




「とうっちゃーーっく!」

「つい……た、のか?」


マーシャの言葉に目を開くと眩しさに一瞬目が眩む。

あの暗い城の中から明るい場所に出た反動だろう。

しばらく経って、徐々に辺りがハッキリと見え始める。


「…………へ?」


真っ先に視界に入ったのは、震える剣の切っ先だった。

その先端から辿っていくと、全容がハッキリと見えてくる。

目の前に、ユリシアがいた。

が、何かがおかしい。

その違和感にはすぐに気付けた。

服を身につけていない。

おそらく下着は身につけている。

服は体を隠すように持っているんだ

だから肌が隠れきっていないんだろう。

少し視線を落とせば、さっきまで身に着けていたであろう寝巻のような服が目に付いた。


「あなたには、聞きたいことがあったのだけど……その必要はなくなったみたいね」


ユリシアの声が震えている。

完全に怒りに震えている。


「は、ははは……ご勘弁!」

「あっ、コラ! 逃げるなー!」


一目散に部屋を飛び出していく。

前言撤回だ。

優秀すぎるのも考えものかもしれない。






「うちのコレが大変ご迷惑をお掛けしました」

「許せっ」


頭上から二人の謝る声が聞こえる。

随分と対極的だが性格の表れだろう。

というよりは片方謝ってるのかどうかも怪しい。


「やっぱり殺しておくべきだったのよ。今からでも遅くないわ」

「面目次第もございません。でも死にたくありません」


頭を床に擦りつける。

ジャパニーズ土下座スタイル。

こうしてるといつ殺されるか分かったもんじゃなくて恐ろしいな。


「……まぁ、いいわよ。許してあげるわ」


しばらくして溜息とともに許しの声が降りてきた。

本当に頭を上げて大丈夫だろうか。

頭上げた先に剣が待ってるとか洒落にならない展開とか待ってないか?


「何考えてるのか大体分かるから気が済むまでそうしてなさい。えっと、挨拶が遅くなりました。はじめまして、アタシは宮野真咲みやの まさきっていいます」

「真咲さんね。私はユリシアよ。この三人はガーグ、ポップロニアレッタ、ネルノアルよ」


俺を置いて真咲と三人が挨拶を済ませている。

その方がなんとなくありがたかった。

昨夜のこともあり正直に言って肩身が狭い。

あれがバレているのは確定しているわけだが、それを追求してこないのは助かっている。

追求さえたところで正直には答えられないわけだけど。


「なぁ、ショーヘイ」

「ん? なんだ? マーシャ」


声の土下座のまま聞こえたほうに顔を向ける。

マーシャがしゃがみ込んで俺を見下ろしていた。


「マーシャ? 誰?」


会話を耳聡く聞きつけたのはロニィだった。


「マーシャは魔王だっ、魔王の名前だぞっ」

「へぇ。魔王に名前なんてあったのね」


聞きつけた割にはまったく興味はなさそうだった。


「いやー、なかったんだけどな。ショーヘイが付けてくれたんだっ」


あ、ヤバい、それは今禁句だ。


「そうなの? 好感度でも上げようと思ってるのかしら?」


うわー、すっごい蔑んだ目で見降ろされてる気がする。


「別にそんなことは考えてないよ。名前がないって言うから付けてあげただけだ」

「どんな理由であれ興味なんて一欠片もないんだけど。誰が呼ぶのよ、そんな名前」

「誰も呼ばなくても俺は呼ぶ。名前ってのは呼ばれてこそ意味があるもんだからな」

「魔王でいいじゃない、くっだらないっ。そんなお飾り何が嬉し――――」

「おい」


低い声がロニィの言葉を遮った。


「それ以上名前の悪口は言うなよ」


顔を上げて確認する。

するまでもなく声の主はマーシャだった。

怒気を剥き出しにして鋭い視線でロニィのことを睨みつけている。


「っ…………魔、王……」


ロニィが恐怖に息を呑んでいた。

ユリシアたちも武器に手を当て、臨戦態勢に入っている。

緊迫した糸が張り詰めた。


「ま、待った待ったっ。マーシャ、怒りを納めてくれっ、今日は聞きたいことがあって来たんだからっ」

「……分かった」


まだ少し不機嫌な様子だが、マーシャは頷いてロニィから視線を逸らした。

しかしながら恐ろしい。

アレがこんな子供の見た目でする目付きなのか。


「名前というのも気になるところだけど、そちらの話から聞きましょうか」

「助かるよ、ありがとうユリシア」


ユリシアが落ち着いていてくれたおかげで助かったな。

そう安堵しながら、俺は昨日調べたことを説明した。




聞き終えた四人は言葉なく黙り込んでしまった。

しかし呆れているというような様子はない。

それぞれで何かを考えているようだった。


「残念だけど、私たちに心当たりはないわね」

「そっか。知り合いが言ってるとかいう話も聞いたことないか?」

「ないわ。だけどそれなら、私たちよりラキエルの方が詳しいんじゃないかしら」

「いや、それがマーシャはその地図の場所にはいったことないらしいんだよ」


俺の言葉にユリシアは、何を言ってるの、と言いたげな顔をした。


「マーシャが生まれる前からこの世界にいるのよアイツは。先代と一緒に周ってる可能性だってあるじゃない」

「…………あっ」


言われてみればその通りだった。

どうしてそんな単純なことに気付かなかったんだ。


「どうする? ラキエル呼ぶか?」

「いや、それはいいかな」


ラキエルの名前が出た瞬間から剥き出しにした殺気を杖に魔力として乗せ始めてる奴がいるからやめておいた方がいいだろう。

おそらく呼んだ瞬間この宿屋が吹き飛んでなくなる。

そんな笑い話にもならない状況はごめん被りたい。


「マーシャたちは明日そこに行くつもりだ」

「なんですって? 何をしに行くのよ」

「そこにいるだかあるだか言われている伝説ってのを知りたいんだ」

「伝説、ですか。しかし本当に存在するのでしょうか」


ネルノアルさんが首を傾げる。

他の三人も顔を見合わせているところをみると、どうやら街だけでなくその話も全然知らないようだ。

あまり有名な伝説ではないのかもしれない。

伝説伝説とさっきから言っているが本当にそれ以外に情報がないものだし、仕方ないのかもしれないな。


「それを確かめるためにも行こうと思ってる」

「そ。大変ね。街の無事を祈ってるわ」


どうやら俺たちの無事ではないらしい。

勇者一行の思考としては普通なんだけど、言われて気分のいいものでもないな。


「あら、ロニィは行かないのね」

「え? ユリシア、アンタまさか……」

「えぇ、私は行くわ。話に来たってことは一緒に行っても構わないってことでしょ?」

「あぁ、こちらしては全然構わないよ」


むしろ人数は多い方が心強い。

こちらとしては願ったり叶ったりだ。


「ネ、ネルはどうするのっ」


ロニィがネルノアルさんに振り返る。


「私は……ご遠慮させていただきます」

「…………。そ、そうよねっ!」


ロニィの背の動きで安堵の溜め息を吐いたことが分かってしまった。

思わずこぼれそうになった笑みを抑える。

口元がニヤけかけたのが自分で分かってしまった。

もしあそこでネルが行くと答えていたらロニィはどうしただろうか。

想像するとまた口元が緩みそうになった。


「俺も行かねーぞ」

「そうなのか? ガーグはてっきり付いてくるもんだと思ってた」


こっちはこっちで意外な返事だ。

ガーグはこういった冒険のような話は乗ってくると思っていたのだが、どうやら勘違いだったようだ。


「悪いな、俺も俺でやりたいことがあるんだわ。んじゃな、気をつけていけよー」


こちらを向かないまま、手をひらひらと振って行ってしまう。


「でも、いいの?」


真咲が質問とばかりに小さく手を上げた。


「何が?」

「だって、勇者と魔王が一緒に歩くことになるわけでしょ?」

「あ…………。い、いや大丈夫よっ。これを付けて変装すればっ!」


ユリシアがどこから取り出したのかサングラスを付けて胸を張る。

誰もフォロー出来ずに沈黙が降りた。

どう頑張ってもそれで誤魔化せるとは思えない。

子供にもバレそうだった。


「つ、追加でこれも付けましょうっ」


反応がないことに焦ったのか今度は付け髭を取り出して付ける。

確かにバレないかもしれないが完全に不審人物だ。

誰かに見つかったら間違いなく奇異の目で見られる。


「あ……ぁ……うぅ…………」


部屋の空気を悟ったのかユリシアは言葉を詰まらせ顔が耳まで真っ赤になった。

何というか、見ていてかわいそうになってくる。


「あのー」


そんな中でネルノアルさんが控えめに挙手をした。


「な、何かしらネルッ」

「ユリシアさんは、少し後から付いて合流すればよろしいのではないでしょうか……?」


今度は正論すぎて、誰も何も言えなくなったのだった。






二度目の空間転移で地図に描かれていない場所の近くに転移し、地図を広げて歩くこと十分弱。

さっそく記述の通りとはいかず、霧も何も発生していない森の中に村が見えてきた。

入口らしき扉も何もない簡易的な門の前から村の中を見てみると。

村の入り口から少し離れたところに、ぼんやりと空を眺める女性が立っていた。

眩しさに少しだけ目を細めるようにして、ジッとただ一点を見つめている。

しばらくして細めていた目を開き、風に流れる髪を押さえゆっくりとした仕草でこちらに向いた。


「……あら。この村に誰かが訪れるなんて、いったいいつぶりかしら」


白地のワンピースを身に着け、スカートの裾が小さく風に揺れめいた。

女性は穏やかな微笑みを見せる。


「こんにちは旅のお方。この村の名はラグナール。歓迎は致しません。お帰り下さい」


言葉とは裏腹に、とんでもなく笑顔だった。


固まる俺たちをまったく気にせず、ぺこりと会釈をして踵を返した。


「ちょ、ちょちょっ、ちょっと待ってくださいっ」


歩き去っていく女性をユリシアが慌てて呼び止める。


「あら、まだ何か御用事かしら?」


女性はまた振り返る。

帰れと言っていたが呼び止められたことに対して嫌悪感はなさそうだった。


「あなたはここに住んでいるんですかっ?」


ユリシアの質問に対して不思議そうに瞬いた。

きょとんとしていた表情で暫くこっちを眺めた後、ポンッと何かを思いついたように手を叩いた。


「あなたは少しばかりお頭が足りていないのですね」

「……どういう、意味かしら……」


ユリシアが表情を引きつらせる。


「いえ、いいのですよ気にされずとも。誰しも足りない知能を育て成長していくものなのですから」

「くっ…………こほん。で、どうなんですか?」


なんとか怒りを押し込めたようだ。

ユリシアは完全に引きつった笑みを見せて再度問いかける。

というかこの人もなんでこんな喧嘩を売るような言い方をするんだ?


「ここに村があり、そこに人がいる。これ以上に何か必要な情報がありますか?」

「ない、ですね…………」

「そうでしょう。それではこちらから質問します。あなた、勇者ですね」


ユリシアを真っ直ぐに見つめて問いかける。


「え、えぇ……そうですけど」

「ここは、不可侵が約束されています」

「え? 不可侵って……」

「ここは、魔王より不可侵が約束されている村です。ですからお帰り下さい」


どういうことだろう。

魔王が侵略してこなければ確かに勇者の力は必要ないかもしれない。

だけど、それで帰れということには繋がらないような気がする。

もしかするとその約束というのに問題があるのか?

だとすると、勇者を村に入れないことが約束を守る条件なのかもしれない。


「どういうことなの? 魔王」


ユリシアがマーシャに振り返る。


「えー、魔王知らなーい」


マーシャは不思議そうな顔をして首を傾げた。

約束を交わしたのはどうやら魔王ではないらしい。

地図に描かれていない場所には行ったことがないと言っていたからそうだろうとは思っていたが。

そしてもう一人、不思議そうにしている人物が一人。


「魔王…………?」


マーシャの方を不思議そうな目で見つめている。


「魔王がどうかしたんですか?」

「いま、その子のことを魔王と、そう呼びませんでしたか?」

「はい、この子が魔王です」


マーシャは胸を張る。


「魔王だ。名前はマーシャだ」

「嘘ですね」

「へ?」


即座に否定されてマーシャの目が点になる。


「この子が魔王である筈がありません」


きっぱりと、はっきりと、女性は否定する。

あまりに急で、堂々とした否定にみんなして固まってしまう。

女性は冗談を口にしているような雰囲気ではない。

表情は真剣そのもので、目付きも心なしか先ほどより鋭くなっているような気がする。

敵視されている、ような気がした。

どうしてマーシャが魔王だと敵視されるんだろう。

それにさっきの言葉から察するに、この人はマーシャが魔王であるという事実を、認めたくない、のではなく、見てすらいない。

こういう人にはいくら説得しても無駄だろう。


「どうして嘘だと思うんですか?」

「思っているのではなく、見れば分かります」


やっぱりだ。

心の底から否定している。


「では、あなたの知る魔王とはどのような人なんですか?」

「あなたがそれを知ってどうするんですか?」

「俺も会ってみたいんですよ。その魔王に」

「ちょっと! ショーヘイも何言ってるんだよっ。魔王は――――」

「いいから。ここは俺に任せてくれ」


マーシャは唇を尖らせて頷く。

マーシャには悪いけど、この人には普通に言っても絶対に伝わらない。

マーシャを魔王だと認めさせるのではなく、今の魔王が誰なのかを証明してやればいい。


「そう、会いたいというのであれば好きにされればいいでしょう。しかし無理だと思いますけどね」

「どうして?」

「未だかつて、魔王城に辿り着けた人なんていないからですよ。無論、あなたにも無理です」

「魔王城に辿り着けた人はいない。ということは魔王は自らこの村に来たわけですね」

「……何が言いたいんです」

「一人、でしたか?」

「だから、何が言いたいんです」

「マーシャ。ラキエルをいま呼べるか?」


俺の問いかけにマーシャは暫く考えて、そっかーっ、と手を叩いた。


「多分その辺にいると思うから呼んでみるよ。おーいっ」

「お呼びでしょうか、魔王様」

「うわ早ッ!」


突如魔王の前に現れて頭を下げるラキエルに真咲が驚く。

どこで待機してたんだコイツ……。

呼んでおいてこんなことを思うのもどうかと思うが、ちょっと引いた。


「この村も随分と久しいですね。……しかし、先代とここを訪れた時はもう少し広かった気がしますが」

「そんなことより! アイツに魔王が誰なのか教えてやってよ!」

「アイツ? ……おや、あなたは」

「っ……………………」


ラキエルを目にした女性が目を見開いた。

どうやらお互いに知っているようだ。


「お久しぶりですね。先代魔王がお世話になりました」

「ラキエル。生きていたんですね。ここにはもう来ないと思っていましたが」

「私としてもここに来るつもりはありませんでしたよ。ですが、魔王様に呼ばれたとなれば話は別です」

「魔王……魔王が、どこにいますか……」


女性の声が低くなる。

聞いているが聞きたくはなさそうな様子だ。

だけど聞いてもらう他にない。

俺も、この人に聞きたいことがある。


「このお方が、魔王様です」

「……………………そうですか。いいでしょう、あなた方の入村を許可致します。歓迎は致しませんが」


女性は踵を返す。

そこでようやく気が付いた。

村の中に人がいる。

それが当然のことだというのは分かっている。

だけど、どうしてだかそれが今までまったく認識できていなかった。


「どうしたの将平、置いて行かれちゃうよ」

「お、おう。悪い」


とりあえず今は考えるより先について行ったほうが良さそうだった。


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