5.5 おまけの獣人
2016 8/1 改
おまけの獣人
さて、王が悪いことなどまるでしていない存在だと判って帝国に愛想を尽かし、街に居着いてすっかり馴染んだ勇者達でしたが、1人……いや一頭? 一匹? とにかく、一寸扱いに困る者ができました。
「まおーさま、いない……ツェレ、まおーさまは?」
「お前なぁ……魔王さまは最高権力だっつの。外から入ってきたばっかのお前が引っ付いていられる方じゃねえの」
「リザ、まおーさま、どこにいる?」
「オイ」
「魔王様は執務だ。お仕事だ。ロシュ、私やツェレスクは魔王様の両翼故にお側に寄ることができるのだ。お前は元勇者の仲間だったに過ぎぬ、いわば一般人。お前の居た帝国で言うならば、皇帝と一国民同様の立場であるのだぞ」
「つーかなんでお前魔王宮に居着いてんだコラ」
―――まあこのように、勇者の仲間だった獣人のロシュが何故か王になついてしまったのです。
「レン、まおーさまとカードで、よく遊んでる。夜、お酒もいっしょ」
「あいつは元勇者っつーデカイ肩書きがあるだろ」
ロシュはムッと眉をしかめます。
「リルミラ、まおーさまに会いに来る」
「あーあれは魔王さまが助けたのが縁だし、魔王さまも邪険にしないから嫁候補にどうだって話があんだよ」
「むううう……俺も、嫁こーほ、になる……!」
「アホか! お前は雄っ、男だろが! なれるかっ」
そこへ繋ぎの作業服を着た蓮がやって来ました。
「あれ、3人して回廊の真ん中でどしたの。用があったから丁度いいけど」
「ああ、レンか。どうしたのだ」
「オロバスはいま執務? 動物達がオロバスと遊びたいらしくてさ、何気にあたりがキツイんだよねー。ストレス…我慢が溜まるとあいつ等体調が悪くなるから、少しかまってやって貰えたらと思って」
苦笑いを浮かべてそういう元勇者・蓮。実に爽やかです。
「魔王様は執務中だ。後で伺うからその時にお伝えしておこう」
「うん、頼む―――」
よ、と蓮が続けようとしたところでロシュが割って入りました。
「まおーさまのとこ、行く! 行く!」
「わっ、おいロシュ、いきなりなんだよ!?」
突然叫び出したロシュに蓮は盛大に仰け反っています。ツェレスクが呆れて言い放ちました。
「仕事で魔王さまのとこ行くのに、構われたいだけのお前連れてってどーすんだ」
「……うっ、うわああああああん!! まおーさまああああ!」
大音量の泣き声と共に、キィィィィィン、という耳鳴りと頭痛が三人を襲いました。獣人ロシュ得意技?のハウリングです。
「ぎゃあああバカ止めろ! 頭痛えっ!」
「くっ……落ち着かんかロシュ!!」
「わああっ痛、お、落ち着けロシュ、いたたたたっ」
「わあぁああああん!!!」
ロシュの泣き声が宮殿にわんわんと広がっていきます。
回廊を中心に、あちこちで 「いだだだだ」 「ぎ、ぎぼぢわ゛るい゛……うぶっ」 「ううっ」 と呻く声があがり、蹲る者達が出はじめた時、ロシュの口にむぎゅ、と手で蓋をする者が在りました。
「なにをしている」
何事かと様子をわざわざ見に来た、王、その人でした。
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「よいかロシュ。我も一日中暇があるわけではない。仕事というものがまずある。わかるか」
「うん」
「それが終わるか、または少し休もう、という時ならばお前の相手をすることもできる」
「うん」
「だが、いつも構ってやれるわけではない」
「なんで?」
「我にも一人になりたい時、散歩に出たい時、街の民等の様子を見に行きたい時等があるからだ」
「……俺、まおーさまといっしょに、いたい。駄目なの?」
「お前のその気持ちは嬉しいが、お前だけにそれを許したら、他にもそう望む者達をすべて同じように扱わなくてはならん。我は一人しかいないのに沢山の相手をするのか?」
「ウウー……」
リザーク、ツェレスク、蓮の三人は、物陰から二人を観察しています。
「流石は魔王様。幼児に考えさせる手管を彼奴にも活かされておられる」
「うわーすごい、ロシュが唸りながら必死に考えてるよ。耳フリフリ動かしてるし」
「……それより、なんで二人はあの姿勢で話してんだ……」
王とロシュは中庭で正座をして対峙していました。
ロシュの方の格好は、生成りに染めの模様がある貫頭衣と茶の脚衣、履物は革草履とラフですが、王はいつもの黒装束でローブは無し、足元は長靴です。非常にシュールというか、足きつくありませんか……と伺いたくなる格好で正座し、正論をロシュにわかるように話しているのですから、観察している三人どころか、中庭に放たれている動物たちも遠巻きにして見ているような有様です。
ちなみに二人の足の下には、蓮が持ちあわせていた帆布が敷かれています。
「お前の相手をする時間がまったくないのではない。お前の“いつも一緒にいたい、構って欲しい”という希望は、我儘になってしまうということだ」
「かまってほしい、わがまま?」
「そうだ。幼な子ならそう言ってもただ可愛らしいだけだが、大人が言えば時には我儘だ。お前は成人している、立派な大人の獣人だな?」
「成人……ロシュ、りっぱなおとな!」
こくこくと頷くロシュの耳が、ピーン!と立ち上がっています。言い忘れていましたが、ロシュは歳こそまだ15ですが、身長は1m75の廉よりも高いし、犬狼族の基準ではとうに成人しているのです。
「ならばそろそろお前も臨時ではなく、正式な仕事に就くか……嫌ならなにか学ぶことを考えてはどうだ。一日の中でそれが終わるか、休憩しようという時、我と会えるか回りにいる者に聞けばいい」
「俺おとな! いっぱい、仕事する! あと、字もおぼえたい!」
「文字がわからぬのか」
「レンも! レン、読めるけど、書けない!」
ロシュが半分隠れている蓮の方を指差しました。
「えっ、オレ?」
予想外に突然矛先を向けられておろおろしている蓮を見ながら、リザークは自分の顎を擦りつつ呟きます。
「ふむ……ならばレンとロシュには語学の時間を設けねばな。この街の者には全て、最低限の教育を受けさせるのが魔王様の方針故。さて、教師はどうするか……」
リザークの声を拾ったロシュは、尻尾をブンブン振りながら王に言いました。
「まおーさまも、字、おしえて」
「我がか……ふむ……では時々になるが、本を読んでやろうか。まずは絵本が妥当か」
「俺うれしい! レンと、ごがく! まおーさまと本!」
その後二人は街で子供達と共に学ぶことになり、ロシュは王を独り占めできる時間が出来て、とりあえず満足したのでした。
―――ちなみに、レンもロシュも予想以上に知らない事が多すぎて、所謂“街の幼稚園”に通うのですが、それはまた別のお話しです―――。