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3 幼児

2016/7/8 改



 魔王の街はこのところ賑やかです。

 2年に一度行われる王の統治を讃え祝う祭りの準備に街の民みんなが取り掛かり、老若男女、大人も子供も、あちらで集まりこちらで手伝い、楽しそうに動き回っています。


 街の中を白い犬が、てってってっ、と歩いていました。もしかしたら魔物や狼やコヨーテなのかもしれませんが、見る限り犬っぽいので犬としておきましょう。

白いということは、恐らく例の魔王宮の放牧場…もといお庭から、脱走という名の散歩に出たものかもしれません。街の民達はその犬が横を通り過ぎても気にする様子がみえません。どうやら日常茶飯事のようです。

 石畳をてってっと歩いていた犬は、角を曲がったところで、てしっ…、と足を止めました。3mほど先の壁沿いに、ちょっと大きめの、アーチ型の持ち手のついた籠がぽつねんと置いてあります。犬は一歩ずつ、そうっと籠に近づきます。

そして籠まで頭ひとつ分のところまで近づくと、薄水と金の色の目で籠の中を覗きこみました。

 籠の中身は幼児でした。身体は大きく藁色の髪はふさふさとしており、褐色の肌はつやつや。健康に育っているようです。すやすやと寝息をたてる口からは涎が溢れています。

犬は幼児の口に面を寄せてふんふんと匂いを嗅ぐと、つん、と鼻先で口をつっつきました。赤子の口がむにゅむにゅと動き、ふひっと笑い声が吹き出ます。犬は今度は幼児の涎を口ごとべろり、と舐め上げます。すると幼児は眠りながら、にまぁ、と頬を綻ばせました。

 そんな犬と幼児のイチャイチャって一体なんのご褒美? というくらい一部の方には萌えな光景です。


 犬は尻尾を一度大きく振りました。そして籠の持ち手を大きな口でそっと食むと、ずっしりと重かろうそれを軽々と持ち上げ、てってってっ……と軽やかな足音をさせながらいま来た道を戻って行きました。

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

 リザークは街の中央広場に視察に来ていました。

 普段は魔王宮で王の側近として執務をこなすことが主な彼ですが、盲信…いや、敬愛する王を讃える行事ですから、手抜かりがないか直々に監督しに出ているのです。

「宰相様ぁ。子供行列の道順はいまのところ前回と同じに考えてますけど、大丈夫ですかね」

 部下と作業の進行状況を確認していたリザークに中年の男性が訊いてきました。彼はこの地区の地区会長とでもいえばいいでしょうか。リザークとも長年の顔馴染みです。

「うん? 今年はどのような感触だ?」

「参加する子供は全地区で三百人ちょいですが、前回、チビ共が飴屋に釣られて行進が大幅に遅れちまったでしょ。ちゃんと歩くよう言い聞かせちゃいますがなにせ子供ですから、今回はチビの参加は保護者同伴にするか、道順か屋台の方を弄った方がいいかと考えてんですがねえ」


 祭りは三日間に渡り行われます。一日目にみんなが参加できる参賀行列、三日目に4歳~12歳の有志の子供による仮装行列 (各地区で集まり街の入り口である大門から魔王宮まで練り歩く) があるのですが、前回の行列の際、屋台の中に虹色のキラキラ光る飴を売る飴屋がいて、おチビちゃん達が行進そっちのけでそこに蟻のように群がってしまい、魔王宮に到着する時間がずいぶんと遅れてしまったのです。


「魔王様は毎回仮装した子供等を楽しみにされておられるが、小一時間到着が遅れたとて気にされぬぞ。だがまあ、魔王様をお待たせするにしのびない気持ちもわかる。ああ、そうだ丁度良い、前回飴屋の話を魔王様に申し上げた折、ご自身も虹飴に興味を持たれておられたのだ。子供行列の時間はその飴屋を御前に呼ぶか」

 リザークは我ながら良い考えだと思いました。そして更に王に楽しんで貰うためにもう一捻りしようと考え付け足します。

「……幼子等については飾り付けた大きな乗り物を用意してはどうだろう。これならば保護者も数人配置すれば済むだろうし、道順も変えなくてよい。かわいらしく飾った乗り物に喜ぶ幼子を見れば、魔王様もまた喜ばれるだろう」

「おお、そりゃあ名案だ! 丁度大工んとこの弟子が手習いに作ってた小舟が幾つかあるんで、それに滑車つけて動かせるようにして……そうだ、術式で落下防止の結界も張りましょうか!」

 会長さんは大張り切りです。リザークも王を喜ばせる手数が増えてにっこり。近くにいた娘さんがその貌を見てぽーっとしていますが、本人は気付いていないようです……残念な男です。

 そこへ街の見回りの若者が走ってやってきました。

「「宰相様ー!」

「ん?どうした」

「飴屋の坊がいなくなっちまったそうです!」

「経緯を」

「飴屋の屋台を引く母親が、飴を伸ばすのに使う火に坊が触っちゃ危ないと思って籠に寝かせて屋台の脇に置いといたそうなんですが、忙しさにうっかりその籠忘れたまま屋台引いて移動しちまったそうです。そんで、気付いて慌てて戻ったらもう籠ごと消えていたってんです」

「ツェレスクには繋いだか?」

「はい。放牧じょ、いや、中庭から直ぐ此方に来るそうです」

「大事な街の民になにかあっては魔王様がただでは済まされん。事務方からも捜索に人手を回そう。子供の特徴は?」

「藁色の髪に褐色の肌、黄緑の眼の男児、歳は1才と2ヶ月。独り歩きはまだ覚束ず、銀蜘蛛の糸の幼児服を着ているそうです」

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    ・

 魔王宮の中庭では、執務が終わり、ちょっと散歩にでも行こうか…と宮殿から出た王が、群がった白い動物達に構え攻撃を食らっておりました。数が尋常ではないのでオシクラマンジュウでもしているようです。今日は王の散歩はお預けでしょう。ツェレスクにとっては有難いことです。

 ふと、王は気配に気づいて後ろを見ました。

 王とは大分離れたところで、白の犬が籠を前にしてお座りをしています。

「?」

 王はそれを見て首を傾げました。

 犬は籠の持ち手を咥えると王に向かって歩いて来ました。他の動物達がその犬の為に道を空けます。 その間をゆったりと歩いて王の近くまで来ると、そっと籠を下ろしました。

「なにを持ってきたのだ?」

 王が籠の中を覗き込むと、目が覚めていたらしい幼児と目が合いました。

「……幼子とは」

「ぷぁ。まー、んま。かっか?」

 幼児は王になにか訴えているようです。もそもそと起き上がり、籠の中でお座りをしようとしています。

「そなたの母親? この犬がそなたの入った籠を持って此処へ来たが」

 王は籠の前に片膝をついて幼児に答えました。幼児の言葉がわかっているのでしょうか?

 「ヴァウ」

「そなたを見つけた時、母親の姿はなかったそうだ」

 王は犬と目をあわせています。犬については思考や感覚を読み取って話しているようです。

「かっか、ごーごー。ないない?」 

「母親が箱の家を使うのか。……屋台か? ならばすぐに探して母親の元へ帰してやろう」

「んぶぅぅーっ。わんわん、にーにー! ッキャ!」

 幼児はどうやら帰りたかったわけではないようです。ぶぶぶぅ、と唇を震わせて不満そうなしかめっ面をしたあと、周りで注目している動物達や籠を運んだ犬を指差し、ぷっくりした自分のほっぺたを小さな両手で押さえて笑いました。

 まあそのかわいいこと!

 たちまち籠の幼児を動物達の中でも比較的小さいものが取り囲み、遊ぼう攻撃をはじめました。籠から出てこようとしていた幼児は、頭で全力で擦り寄った白虎の子に倒されて頭から地面に落っこちてしまいました。

しまった、というように硬直した動物達でしたが、幼児は四つんばいの体勢から どっすん、とお尻を地面に着くと、キャー!! と叫んでゲラゲラ笑い出しました。

 この子はどうやらタフガイのようです。

 王はキャーキャー言って拍手している幼児を抱き上げました。

「ふむ……そなたの姿が街に無くば、我が臣下が此処へ助力を求めに来る。それまでは遊びの時間とするか?」

「あーい!ッキャー!!」

 暖気(のんき)な王は奇声をあげて喜ぶ幼児を腕に座らせると、動物達を引き連れて中庭を歩き始めたのでした。




 リザークとツェレスクが魔王宮へ戻って来たのはそれから三時間程経った頃でした。幼児が見つからないので、王の助けを借りる為です。そもそも、拾いとはいっても勝手知ったる街中のことですから、手分けをして捜索すれば時間はさほど掛かりませんでした。ですがそれで見つからない。となれば、王に頼んで、存在を魔力探知してもらうのが一番早くて正確なのです。この街は王の魔力が蜘蛛の巣のように走っていますから。

……内心は二人とも、王の手間を増やしてしまうのは心苦しいので、頼みたくないのですが。


「えっ? 魔王さまが子供を世話してる?!」

 宮殿に戻るなり「王に幼児のごはんとおしめの替えを求められた」と侍女の報告を聞いた二人は、王が居ると教えられた中庭へ走りました。

 その子供というのが、探していた飴屋の子ならそれはいい。それはいいが……

「魔王さまが直々に幼児の世話だぁあ?」

「幼児のおしめ……おしめを魔王様が……」

 リザークが若干虚ろな目をしています。衝撃が強かったようです。

 二人が中庭へ辿り着くと、王は白くて大きな長毛牛に背を凭れて座って居ました。王の周りは座ったり寝転んでいる動物達が囲んでいます。そこへ近付いてよくよく見ると、藁色の髪の幼児が王の膝の上で寝ていました。王は自分の片腕を枕にしてやり、もう片方の腕の空いた手で、幼児にへばりついて寝顔を見ている白い犬を撫ぜています。

「魔王様」

「この幼子、此のものが籠と共に我が元へ連れて来た。母親が居なかったから保護した、といっている」

 王は目を伏せたままで言いました。リザークは小声で話します。

「この肌と髪の色、銀蜘蛛の糸の服、我等が探しておりました子供と思われます。眼の色を御覧になられましたか?」

「新芽のようにうつくしい黄緑だった」

「ではやはり間違い御座いません。この子は母親の元へすぐに帰して参りま……」

「待て」

 眼を開いた王はリザークに待ったをかけると犬に問いかけます。

「このまま帰してよいものか」

「……クァウ」

「本人に聞けと。うむ、たしかに」

 ……会話が成立したようです。

 起き上がった犬が幼児の頭の方へ回って顔をベロベロと舐め回すと、幼児の口元がにんまりと歪み、ふひひひぃ、と変な声で笑いはじめました。

「……やー、わんわん、くった、めー!ひひ、ふひひ」

「起きたかねチビッ子は」

 腕を組んで立っているツェレスクが、覗き込むように幼児を見ました。

「…………う?」

 幼児はツェレスクとリザークの方を見ると、しばらくぽかーんとしていましたが、そのまま首をくりっ、と王の方へ向け、こてりと体ごと首を横へ大きく傾げました。

「ツェレスクと、リザークという。我の臣だ。そなたを母親が探していて、我の臣下達や街の民も共にそなたを探していたのだ」

「かっかー?」

「そうだ。そなたの母だ。して、すぐにも母親の元へ戻れるが如何する。帰るか?」

 二人の様子に「幼子と会話が通じておられる……!」とリザークは感動し、ツェレスクは「なに言ってんだ、魔王さまあの犬とも余裕で意思疎通してたじゃねえか……なんでわかるんだ魔王さま。つうかチビッ子も何故わかる……」とある意味、畏怖すらしている様子です。

「んぶぅー…………やっ!」

 幼児は眉間に皺を寄せて俯き、真剣に考えているようでした(その可愛らしさにリザークとツェレスクは噴出しそうになりました)が、ぶんぶんぶん、と首を振って、否!と返しました。

「え、帰んないつもりかよ!」

「我は構わんが」

「魔王様っ幼児のおしめを替えるのは何卒御容赦下さいませ! おしめも替えられる万能な魔王様も素晴らしいですが、魔王様に夢を見ている侍女もおります故っ」

「お前は見てないってのかリザーク」

 イクメンな魔王は一部にはウケないようです。

「かっかー、ばいばい、ねんね! たーまーね。まーま、わんわ、ぱっぱっぱー、どっどー」

 幼児は王に胴を支えられながら、ガニ股仁王立ちで話しかけています。

「……この子はなんと?」

「此処に飽きるまで母親の元には帰らぬ気でいるようだ」

「おおーいチビッ子ー、本気かよー……」

「ちーっこおー」

 がっくり膝をついて項垂れるツェレスクの頭を、きょとんとした幼児がぽんぽんと叩いています。

 それを微笑ましく見ながら、リザークは「ふむ……」と呟き言いました。

「魔王様。この子の母親は例の虹飴をつくる飴屋で、私は今回の祭りの最中、その者を御前に召すつもりでおりました。この子がそれまでに母の元に戻ると言うならすぐに帰せば良いですし、そうでなければ、飴屋を御前に召しました際に返すということで宜しいかと存じます」 

 リザークの台詞を聞いていたのか、幼児が笑顔で叫びました。 

「かっか! めっめー!」

 幼児が突き出した小さな手に虹色の光が纏わりつき、忽然と棒のついた飴が現れました。

「ほう」

「可愛らしい召喚魔法ですな。服の糸に術式が編みこんである」

「へー。チビ、その飴お前のおやつか?」

「まーま、どーじょ!」

 幼児がそう言って呼び出した飴を王に差し出したので、両翼は驚きました。

「……まーま、って、魔王さまのことか」

「なんと! 魔王様に献上するとはよくわかっている子だ。これは母親に会って是非とも教育方針を聞かねば」

 リザークは「御前失礼しますっ」と言って走っていきました。飴屋の処へ行って事の次第と、どのように育てているのかを聞くのでしょう。ツェレスクは走り去ったリザークの背中を呆れた目で見送っています。

 王は幼児の手から飴を受け取り見つめると、幼児に呟きました。

「そなたの母親が作った大事な飴だろう」

「どーじょ! まーま、あーった! ね!」

 幼児はにまっと笑っっています。単に、普段母親が客に飴を売る様子を見ていて、同じ事をしているだけなのかもしれません。ですが王は微かに笑い、幼児に言いました。

「ありがとう」

 両翼ですら殆ど見ない王の微笑みはそっと幼児に贈られ、幼児はキャー!!と奇声を上げると、満面の笑みで王に抱きついたのでした。




 それから祭りまでの数日間、幼児は王と魔王宮の面々に預けられることになりました。もちろん幼児を連れて来た犬や、動物達も立派な保護者です。王が執務の最中は、手の空いている宮殿職員や動物達が幼児の相手をします。動物達が幼児を自分達に掴まらせて歩く練習をしたり、幼児が動物達と通じているのかわからない会話を延々したり、幼児を鼻っ面で転がしまくってゲラゲラ笑わせたり、次から次へと暇なく遊びます。王の手が空くと、今度は王を相手にまた歩く練習をしたり、魔法や魔術を見せてもらったり、一緒に昼寝をしたりするのです。 

 ごはんの用意とおしめの交換は、リザークの懇願が通って侍女に任されましたが、食べる時は王が手伝いました。幼児が王と食べたがったからです。……じつはリザークやツェレスク相手でも食べてくれはしたのですが、リザークは幼児が嫌がるものも食べさせようとしつこくして怒らせ、ツェレスクは「チビッ子が口を開けるから」とほいほい食べさせすぎて吐かせてしまい、犬に引き離されました。

 では彼等と違って王は完璧だったか、というと、王の場合甘やかし?が少々行き過ぎ、幼児が犬と仲が良いからと自分も黒妖犬に変化して相手をしていたところを両翼に見られ、リザークに

「それはいくら魔王様の変化(へんげ)が素晴らしくともされてはなりません!!」

と怒られたのでした。

……ツェレスクの方は「白いのばっかだから黒も欲しいよなー。魔王さまなのはアレだが」と、好意的だったようですが。




 騒々しくも賑やかな幼児との数日が過ぎ、祭りがやって来ました。

 一日目の参賀行列には民がこぞって集い、魔王宮のバルコニー前の広場へと練り歩きました。王は銀の装飾が随所にあしらわれた漆黒の服に、オリハルコン製の腕輪と指輪を鎖で繋いだ装身具を左手に填めて出番待ちでしたが、侍女達にここぞ腕の見せ処!とばかりに一頻り弄りまわされたらしく、無表情の中に若干のやつれを覗かせながら幼児と長椅子に座っておりました。

「まーま、だーう? いーこ、いーこ」

 幼児は長椅子の上で王に掴まり立ち、小さな手の、平の部分だけでもって、そうっと黒髪の頭を撫でます。王の足元にお座りをしている犬は、それを見ながらふさふさの尻尾を一度振りました。

「そなたは優しいな。(われ)が民への挨拶に出ている間、侍女や犬と共にここで待てるか」

「もー! まーま、ちゃい!」

「そうか、心配ないか」

 ぷっくりと膨らませた幼児の頬を、つん、と指でつつく王と「ぷふぃ、ッキャ!」と笑い返した幼児に、侍女や親兵、リザークはすっかり癒され状態です。

「魔王さま、そろそろ出ますか」

 ツェレスクが声をかけ、王と両翼はバルコニーへと出て行きます。大音量の地鳴りのような歓声が外から沸き起こり、王の背を見守っていた幼児と犬はきゅっと目を瞑りました。王が銀色の煌めく手を上げると民達は水を打ったように静まり返り、彼等の王の紡ぐ一言一句を聞き漏らさぬよう一心に聞き入ります。

 幼児は歓声が消えたことで目を開け、その大きな新緑色の瞳で逆光の中に立つ王の背中を身動(みじろ)ぎもせず見つめていました。

 二日目は街の各地区の代表者や、世界中から馳せ参じて来る魔族長達の祝いの挨拶を受ける謁見儀式が主な日です。王は族長達に好きにさせているので気が向いた者しか来ませんが、魔族も純潔種、亜種、希少種等様々な一族や集団が居るので、毎回三桁に登る程度の数はやって来ます。宮殿内は誰しも手一杯。しかし謁見に幼児も付き合わせるわけにはいきません(王は構わなくとも、王の子供と思われてはヨメノキテ的な問題が生じます)ので、幼児は動物達と中庭で遊んだり、魔王宮の手の空いた魔術師に水鏡で祭りの街の様子を見せてもらったりして日中を過ごしました。そして夜は王と犬を交えて一頻り遊び、王と共に就寝です。


「明日そなたの母親が迎えに来る。そなたは幼いのに長く親と離れていても泣かずに終えたな。寂しいと思うことはなかったのか」

 王は熱いくらいの幼児の体をやんわりと抱きしめながら問いましたが、幼児はとろんとした目で王を見るばかりです。そのうちに瞼が下がりはじめ、

「かっか……んめ、あー…った……まーま……み」

 幼児は王の肩口にぐりぐりと頭を擦りつけると、ひとつ大きく呼吸して眠りにつきました。ふと見ると、幼児の手が王の黒く長い髪の房を掴んでいます。

 王はその小さな握りこぶしを暫く眺めると、ぽそりと呟きました。

「良い子だ。また明日会おうぞ」



 

 三日目が来ました。子供達による仮装行列の日であり、幼児の母親である飴屋がやってくる日です。

 幼児は気持ち良く朝食を平らげて元気一杯です。

「ちぇー、あーまちゅ! りゃー、あーまちゅ!」

「おーチビッ子おはよう」

「おはよう。挨拶が様になってきて良いことだ」

 ツェレスクがわしわしと幼児の髪を掻き混ぜて犬に吠えられています。幼児は宮殿にいる間に両翼の名前を覚え、一人でよちよち歩きも出来るようになりました。調子に乗って歩くのでたまに犬が身体で逃亡を阻止しています。

 街では朝から、こちらも張り切って仮装をした子供達が大門に集まり、魔王宮へ向かって練り歩きながらはしゃいでいます。

「リザーク様、飴屋が参りました」

 親兵の一人が幼児の母親の来訪を知らせてきました。王は幼児を抱き上げて腕に座らせると、両翼と犬を供に向かいます。

「かっか! ねーっ」

「そうだ。そなたの迎えだ」 


 謁見に使う大広間ではなく、控えの間であろう一室で、飴屋の女性が跪いて平伏していました。幼児は母親の姿を見るとにまっと笑い、パチパチと拍手して喜びました。

「かっかー!」

「畏まらなくて良い。そなたの子を返そう」

 王が幼児を床に下ろすと幼児はよちよちガニ股で歩いていき、母親にキャーッ!と抱きつきました。

「まあお前! 歩けるようになったのかい!」

「あんよー、いーこ、いーこ」

 驚いた母親ですが、はっと気を取り直すとまた王に深々と頭を下げます。

「魔王様! 私がこの子を置き忘れるという非道を犯しまっただけでは収まらず、恐れ多くも魔王様はじめ宮殿の方々にこの子を預かって頂くとは……心よりお詫びと御礼を申し上げますっ、有難う御座いました!」

「かっか? あとまーった?」

 幼児は転げそうな角度で首を傾げました。母親は幼児と目を合わせて言います。

「そうだよ。魔王様方に、お前を世話してくださって有難うございました、ってお礼を言っているんだよ。あっ! お前、かーちゃんのとこに帰るより魔王様といるって駄々捏ねたんだって?!」

「ああ、いや、待て飴屋、貴殿の子はまことしっかりした子で駄々なぞ少しも捏ねたりはしなかったぞ。魔王様も難儀されることなく、我等が妬ける程仲睦まじく過ごされて……」

 リザークが幼児の擁護をすべく母親に語っている中、幼児は母親の脇に置いてある籠に気付きました。中には飴。幼児はその籠から飴を一本取り出すと、王の処へガニ股で行って差し出しました。

「まーま、あーとまーった!」

 にっこり笑う幼児が持って来たのは人気の虹飴でした。


 幼児はさあ帰ろう、という段になるとギャン泣きして母親を呆れさせました。

「まあなんだい! 普段ちっとも泣かなくて「飴屋の息子はふてぶてしい」なんて言われるくらいなのに、かーちゃんより魔王様かい? 正直な子だよまったく!」

 リザークとツェレスクは母親のその言葉を聞いて大いに笑いました。しかしその後なかなか泣き止まないので、王が幼児に言いました。

「そういつまでも泣くでない、会いたければまた来れば良い。このものはそなたに会いに往くと言っているぞ」

 王が示した其処には白い犬。そのふっさりした尻尾で床をぺしりと叩くと、幼児の前まで行って鼻面で幼児を どすん、と転がし倒しました。まるで「ぐだぐだ抜かすな!」と喝を入れているようです。

 ツェレスクが笑って言います。

「おいおいワンコロ、チビッ子にも容赦なくなったなあ」

 兄貴分のつもりかい

 犬はそうだと言わんばかりにワン!と一際大きく吠えました。

 

 その後幼児は母親と部屋から下がり、犬は二人を見送りに付いて行きました。王は子供達の仮装を大いに褒めちぎり、無事に祭りは終わったのでした。




「一度増えた奴が居なくなるってのは寂しいもんだなあ」

「そうだな。だがそれは我等ではなく、誰より永く生きる魔王様が最も感じて居られることだ」

「……俺が言いたいのは、魔王さまがチビッ子の居なくなった寂しさにかこつけて、またなんか拾って来なけりゃいいな、ってことなんだがよ……」

「今回拾ってきたのは魔王様ではなく犬だがな。しかし、それとこれは別問題だろう」


 リザークの言った事が正しいと判るのはこの三日後のことなのでした。




「まおーさまぁぁあああ! 拾ってくんなって言ってんのにまたかよおお!! 拾って来るならせめて白以外にしろおおおー!」




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