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木漏れ日の先導者

原作は僕ではありません。

経緯の話はまた後日、別の場所でやります。

予定では全5話です。

投稿はたぶん不定期になります。1/10までには完結させる予定です。

 俺が小学校に上がった頃だった。誰かに「浩人くんは大きくなったら何になりたい?」と訊かれたことがあった。当時の俺は親戚や祖父祖母に会う度に、同じように何度も訊かれていて、嫌気が差していた。だからその時も、当たり障りもない答えとして、当時流行っていた戦隊物の名前を上げることにした。

 「本当になりたいの?」

その時質問してきた人は、声の調子こそ変えなかったが、当時の俺は何だか見透かされているようで、戸惑いを覚えた。大抵の人なら「あら、そうなの」と笑ってこの話題を終わらせてくれるのに、その時の人だけは、さらに追及してきたからだ。

 小さい頃から幽霊とかサンタとかを信じてはいなかった俺としては、「大きくなったら」という漠然とした質問は「不思議な存在は本当にいると思う?」という質問とほぼ同義だったのだ。

だから、自分が大きくなるという事は、「ありえないこと」と思っていた。単に、大人になった自分が想像出来なかっただけかもしれないが。

 そんな想像力に欠けた俺は、何とかなるだろ精神で立派に年齢だけを重ねた。今ではもう立派な二十四歳となり、翌年には四捨五入すると三十路の仲間入りとなる年齢へとなっていた。ここまで聞けば、まるで惰性と妥協を重ねた、堕落した人生を歩んできたように思えるだろう。しかし、俺は現状に不満はない。寧ろ、人に胸を張れると思っている。

 今から語る話は三年前、俺が大学二年生の頃こと。人に胸を張れるようになったきっかけである、不思議な体験をした話だ。

 季節は確かそう、春と夏の狭間、梅雨を目前に控えた頃だった。



 曇りとは言えないが、晴れとも言い難い何とも言えない天気模様。俺は友人の野山悟と一緒に大学の講義を受けていた。四月の頃に、これなら飽きずに最後まで聞ける、と思って履修した生物学の講義だったが、案の定五月病に当てられ、一ヶ月と経たずに昼寝の時間となってしまっていた。どうやらそれは悟も一緒のようで、隣で楽しそうにゲームを遊んでいた。

 こんなことでいいのだろうか。

 顔を伏せて眠りにつく最中、そんなことを考えた。

 大学に入試の面接で、俺は「将来教師になりたく、この大学の教職の授業は……」などと戯言を言って、その場を凌いだ。正直、教師になりたいなんて微塵も思っていなかった。大学に進学した本当の理由だって、就職することを延期したかったからに他ならない。俺には今でも将来の夢というものがないのだ。

中々寝つけないので、俺は一旦体を起こすことにした。

 教室を見渡すと、先生の話を聞いている生徒はほとんどいなかった。聞いている生徒と言えば、最前列の中央、変わり者ゾーンと呼ばれる場所にいる生徒ぐらいだ。その数名の生徒のためだけに話しをする先生を見ていると、何だか不憫に思えた。

 自分がこれまで見てきた先生達を思い返すと、ほとんどの人が生徒に迷惑を掛けられ、ストレスを抱えと、とにかく可哀想なイメージしかなかった。どうしてこんな物好きな仕事を選ぶのか、俺には理解出来なかった。

 そうこうして昔を思い返していると、講義の終了を告げる鐘が鳴った。その鐘が鳴るや否や、寝ていた生徒が起き始め、まともに講義を聞いてない生徒達が「疲れたー」と言わんばかりに伸びをし始めた。

こんなことでいいのだろうか。と五月病を患った俺からしてみると、他の人達はそんな小さな不安さえも抱えていないように見えた。

 今日の分の講義は今の生物学で最後だった。俺と悟はこのまま帰ることになった。とは言っても正門を出れば、俺は駅方面に左に、悟はバス停へと右に曲がる。教室から正門までの短い道のりで、俺は悟からさっきのゲームの話を聞かされることになった。

 そんな話を右から左に聞き流していると、悟は唐突に「あっ」と声を上げた。

 俺は流れてきた刺身にタンポポを添えるような流れ作業感覚で「どうした?」と声を掛けた。悟はズボンのポケットを一通り叩いた。

 「やべぇ携帯忘れた」

 悟は踵を返すと、「携帯取ってくるわ」と俺に手を振りながらさっきの教室へと戻って行った。俺は「ああ、じゃあな」と手を振り返した。正門まで一緒なだけなので、別に待つ必要もない。

 俺は再び正門へと歩き出す。

 空を見上げると、通学の時にあった雲が幾分か晴れ、青空が顔を出していた。完全には晴れない空、まるで俺の心模様のようだった。

 そんなポエムのような事を考えている時だった。

 「少年、そこの少年」

 不意に掛けられた声に、俺は顔を向けた。

 それは俺の人生が大きく変わることになる瞬間であり、不思議な体験の始まり。

 「良かった。また無視されるかと思いました」

 揚々に緑の葉を広げ、桜の木が作り上げた木漏れ日の下、黒髪を首元で切り揃えた、小柄な少女がそこにいた。並木道を縁取る小さな段差に腰掛け、こちらを見ていた。

 足を止め、顔をまじまじと見といてなんだが、知らない人だった。辺りを見渡し、俺以外の人のことを呼んでいるのかと思ったが、生憎辺りに人影はなく、俺と少女しかその場にはいなかった。更なる確認のため、俺は自分に人指し指を向けた。少女はうんうんと首を縦に振る。やっぱり俺だった。

 桜の木で出来た並木道の一角へと近寄る。近寄ってみると、少女の小ささがより鮮明になった。まるで小動物のようであり、その童顔さは、大学の構内にいるのは場違いのように思えた。

 俺はしゃがんで視線を合わせると「どうしたの? 迷子?」と声を掛けた。小学生ほど小さくはない。中学生ぐらいだろうか。

 少女は目を細め「……今、馬鹿にしているでしょ」と言った。

 「へ?」

 少女が立ち上がり、額にデコピンをされた。痛くはなかったが、思わず尻餅を着いてしまう。

 「迷子じゃありません。これでも大学生です」

 「……へ?」

 俺は立ち上がり、少女と身長を比べた。少女の頭頂部は俺の胸元程度しかなく、一五〇センチないのでは、と思った。

 もしかして嘘をついている可能性が。

 直後、心を見抜かれたように「だから大学生だって!」と少女は異論を唱えた。再びデコピンをしようと手を伸ばした。だが、俺の額に手が届いていなかった。

 「分かった。俺が悪かったよ」と、デコピン発射直前の手を収めるように促す。

 「そうですね。私も少し大人気ありませんでした」

 「え? 大人?」

 「あなたも初対面の人に中々酷いこと言いますね……」

 「あ、すいません」

 何だか初対面じゃない気がしてしまい、遂いつもの調子になってしまった。もちろん、この子と会うのは紛れもなく今回が始めてだ。

 俺は話を戻すことにし「で、何か俺に用にですか?」と改めて聞き直した。

 「いやー少年暇そうでしたから」と少女は言った。

 「暇そうって……」

 俺が苦笑いを見せると、少女は「冗談ですよ。本当は人を探しているんです」と答えた。俺は瞬時に「これは面倒なことに巻き込まれる」と感じた。

 俺が人を探して知らない人に声を掛けるとしたら「すいません、こんな人を見ませんでしたか?」と訊いて終わる。しかし、この子は態々俺を呼び止めたのだ。人を探している人が態々暇そうな人を呼び止めるということはつまり、俺にも探すのを手伝わせる気があるとしか思えなかった。そんな面倒なことは御免である。

 俺は「だったら携帯使えばいいじゃないですか」と突き放すことにした。

 「それが、携帯の電池なくなったみたいで」と少女は沈黙したピンク色の携帯を俺に見せびらかせた。それを見て俺は驚愕した。二〇一五年の現在でまさか、ガラパゴス携帯を使う学生がいるとは。ツッコミたくなったが、それぞれ携帯にも家庭事情が絡むと思い、俺は言葉を飲み込んだ。

 飲み込んだ代わりに出た言葉は「へぇー」という当たり障りもない、ただの相槌だった。すると少女は俺が危惧していた通りに「そこで悪いんですが、探すの手伝ってもらえますか?」と言ってきた。

 断る理由がないが、断りたかった。適当な嘘をつけば良かったが、そんなに頭の回転が速くない俺は「何で俺なんですか?」と遠回し気味に断ることにした。

 「別に誰でも良かったんですけど、皆無視するもんで……」

 別に誰でも良かった、という部分が地味に傷つく。それはともかく、思い返せば最初の方にも少女はそんなことを言っていた。誰でも構わず声を掛けるということは、それほど困っているのかもしれない。

 俺は少し考え、「じゃあ手伝ってあげますよ」と返答することにした。その返事に少女は「本当ですか! ありがとうございます!」とバッタのように飛び跳ねて喜んだ。

 「私、小森蛍って言います。よろしくお願いします」

 バッタじゃなくて、蛍だったか。

 「俺は笹林浩人」と挨拶をし終え、「で、探している人ってのは」と話しを進めようとした時だった。

 「あれ、浩人まだ帰ってなかったんだ」と男の声が聞こえた。顔を向けると、そこには携帯を持った悟がいた。どうやら無事携帯が見つかったようだった。

 「丁度いい。お前も手伝ってくれよ」

 俺はそうやって悟に手招きした。

 「小森さん、丁度いい人材が」と俺が向き直ると、そこに小森蛍の姿はなかった。辺りを見渡したが、どこにも少女の姿はなかった。

 傍までやってきた悟が、挙動不審な俺を見かねて「どうした?」と五分前俺が言った台詞を、そっくりそのまま投げかけてくる。

 「なぁ、さっきまでここにいた人、どこに行ったか見た?」と木の裏側を確認しながら悟に訊くも、「人? いいや、見なかったけど……」と答えられた。

 俺は頭の後ろの掻き、もう一度改めて周りを見回したが、やはりどこに少女の姿はなかった。

 「なぁ、手伝ってくれって何のことだ?」と悟が声を掛けてくる。

 俺は「今ここに女の子が」と言い掛け、止めることにした。人を探している人を探しているとは、何とも変な話だ。それに俺は別に小森さんがいなくなって困ることは一つもない。

 「いや、何でもない」と俺は言い直し、帰路に着くことにした。

 想い返せば、既にこの時点で節々に違和感はあったのだ。しかし、俺は特に不思議とも思わず、寧ろ、もう一度会いたいな、程度に考えていた。

 その翌日、俺の願いが叶った。というわけではないが、俺は再び小森蛍と出会い、胸の内で密かに喜ぶことになる。

 一週間後、少女の真実を知る事になるとは知らずに。


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