Sunday morning again, Present (再び日曜日 朝、現在)
「まっずいわよ~、これってかなりやばくない?」
「‥たしかに、これはちょっと洒落にならん状況だよな」
衝撃の合コンから一夜が明け、事態を察したあたし達は友達に相談するわけにもいかず、こうして大学で密会することになったのだ。そしてお互いの好きな人を言い合うことで最後のピースが揃い、最悪なパズルは完成した。
「つまりこう言うこと?あたしはハルト君が好きで、ハルト君はエリシャが好き。で、エリシャはあんたの事を好きなのに、あんたは姫を好き。その姫は殿村君が好きで、殿村君はあたしを好きってこと?」
「‥すげえな、三角四角までなら聞いたことあるが、六角関係かよ。ここまで来ると笑えてくるわ」
「笑いごとじゃないわよ!今のところこの関係に気付いてるとあたし達だけみたいだけど、これ、皆に知れ渡ったら大変なことになるわよ」
まるでドラマに出てくるような修羅場を想像して気分がへこむ。大学に入ってからずっと仲良くしてきただけに、友情にひびが入るのが怖い。それなのに木下君ったら、他人事のようにお手上げのポーズをとる。
「そうは言うけど、実際どうしようもないだろ。知ってりゃともかく、俺もお前も他の皆も、普通に人を好きになっただけなんだから」
「それはそうだけど、だからと言って放っておくわけにはいかないでしょ」
そうよ、これは放っとける問題じゃないの。この由々しき恋の方程式は、誰か一人が望みを叶えようとすると、他の五人に影響を及ぼすと言う悪意の元に成り立っており、あたしは何としても解を解き明かして、三組の幸せなカップルを作らなきゃいけないの。
でも、これって解なんてあるのかしら?全員の望みを叶えるのは明らかに無理だし、やっぱり誰かが恋心を諦めなきゃならないのかな。
「じゃあ、こうしましょ。男性陣が女性陣を立てなさいよ。姫は殿村君と付き合って、あたしはハルト君と付き合って、あんたはエリシャと付き合うの。ほら、これで完璧」
「‥よせよバカらしい。恋愛だぞ、そんな関係、長続きするわきゃねえだろ」
う~ん‥、そりゃそうか。あっさり一蹴されたけど、木下君の言うことももっともだわ。でも、皆それぞれ想う気持ちがあるから、簡単に好きな人を代えたりできないよね。
「つーか、本当に北条さんは俺の事が好きなのか?こう言っちゃなんだが、あんなお洒落美人が俺のこと好きになるなんて普通にねーぞ」
あたしもそう思うけど、エリシャが木下君を見る目は絶対恋する乙女の目だった。女の直感と言ったら笑われそうだけど、これは間違いない自信がある。
「ん~、エリシャって目立つ容姿してるけど、わりと普通のタイプが好きみたいなのよ」
「何かそれって遠回しに俺の事、地味って言ってないか?」
「あんたねぇ、一体エリシャの何が不満なのよ。あんな美人に惚れられてんだから、ちょっとは喜びなさいよ」
まったく、あたしが男だったら絶対喜んでる状況なのに、この贅沢者め。ところが、お返しとばかりに木下君からも反論が来た。
「おいおい、それなら俺も言うが、お前こそ殿村の何が気に入らねえんだ?そりゃたしかにハンサムとは言わんが、人柄や将来性はお墨付きだぞ。玉の輿狙いなら泣いて喜ぶ物件だろうが」
物件って‥、まぁ、言われてみれば確かにそうだけど‥、やっぱり駄目。お金持ちに興味がないとは言わないけれど、恋は心の問題だもん。そこまで打算的にはなれないわ。それに名家なんて堅苦しそうだし、どう見てもあたしより姫と殿村君の方がお似合いよ。
「別に殿村君の事が嫌いなわけじゃないけど、あたしはやっぱりハルト君が好きだし‥」
「とか言って、どうせ顔で選んだんだろ。あいつかっこいいもんな」
「なによ~、そういうあんただって姫の事、顔で選んでんでしょ~が」
「失礼な、俺は顔なんかで選んだりしないぞ」
「はいはい、どうせ心が綺麗だからとか言うんでしょ」
「いや違う、真田さんが俺を惹きつけてやまない魅力は乳だ」
‥‥‥‥‥は?
‥‥‥‥‥この男、今何と?
「あんなに豊満なのに、形まで良い乳はそうはねえぞ。あれぞ男のロマン!ああ、あの胸の谷間で死ねるなら俺は本望だ‥」
ぶちっと何かが切れるような感覚とともに、抑えようのない怒りが込み上げてくる。こ、このエロ猿は‥!
「‥こんのバカ~~~~!!」
怒りのままに絶叫し、手にしたバッグで木下君の頭を思いっきりぶん殴る。バシーンと良い音を立て、正義の鉄槌は彼の頭で炸裂した。
「痛ぇ、なんだよいきなり。俺は乳が好きだから乳が好きだと正直に‥」
「お、女の子の前で‥」
わなわなと震えながら、あたしはもう一度バッグを大きく振りかぶる。
「乳を連呼するなぁ~!」
もう一撃食らわせたら、堪らず木下君は部屋の隅へと逃げだした。鼻息荒く彼に迫るも、頭を押さえて逃げ回り、ついには泣き言を言ってくる。
「待て待て、ちょっと落ち着け、わかったよ、俺が悪かったからそれで殴んのはやめてくれ。マジで痛いんだ」
「あんたバカじゃないの、さいって~!」
ホントバカじゃないの?ちょっとはいいとこあるなんて感心したあたしも馬鹿だったわ。やっぱり男ってケダモノなのね。大和撫子を前にして乳しか見てないなんてどんだけエロ猿なのよ。
あまりの怒りに興奮冷めやらず、ぎろりと猿を‥じゃなくて木下君を睨みながら元の席に戻るけど、彼は安全のためか、少し離れたところで立っている。
「あのなー、俺の事最低って言うけど、お前の好きな織田だって同類なんだぞ」
「ちょっと、ハルト君をあんたなんかと一緒にしないでよ!」
まだ言うかな、こいつは。あたしはもう一度ぶん殴ってやろうかとバッグをつかむ。
「いや、ホントだって。あいつはあれで無類の貧乳好きなんだ」
‥‥‥‥‥‥まじ?
「一年の時サークル活動でな、泊まり込みで巻機山に登ったんだが、その時あいつと乳を巡って激烈な論戦になってな。ついには殴り合いの喧嘩までやったんだぞ」
‥あんたら山へ何しに行ってんのよ。
「しかし俺は巨乳、あいつは貧乳。好みの乳に違いはあっても、同じ乳を愛する者には違いないってことで和解して、以来俺達は乳友なんだよ」
‥お、男の子の友情ってそんなもんなの?
「大体そうでなければ、合コンにあんなもてる奴呼ぶわけないだろ。俺達はどう転んでも女の好みが被らないから、お互い合コンには必ず呼ぶって約束してんだ」
‥なんだか頭が痛くなってきた。もうやだ、男の子ってマジさいて~。
でもこれが事実なら、色々納得のいくところもあるわ。考えてみれば姫だってエリシャと負けず劣らずの美女なのに、ハルト君は姫には目もくれずエリシャばかりに目が行っていた。そう言えばあの時だって‥
「‥そっか、それでしがみついたとき、あんな嫌そうな顔されたんだ」
「何だよ、お前だってえげつないことやってんじゃねえか」
「‥うっさいわね、エロ猿にそんなこと言われる覚えはないわよ」
木下君の抗議を一蹴するも、あたしは頭を抱え込む。困ったわ、ハルト君が貧乳好きなんて想定外もいい所よ。あたしだって巨乳とまでは言わないまでも、貧乳とは言い難いし、これじゃあハルト君を振り向かせるのがますます難しくなったじゃない。
‥いやいや、ちょっと待って。そもそも胸の大きさで女の子の良し悪しを決めるなんて間違ってるわ。そうよ、こんなことくらいで諦めらてたまるもんですか。貧乳好きだろうがなんだろうが、あたしのことを好きにしてみせればいいのよ!
ところが、あたしの心を読んだかのように木下君が釘をさしてくる。
「まぁ、真田さんには及ばないものの、お前の乳だってなかなかのものだからな。悪いけどあいつを振り向かせるのは無理だぜ」
「ちょっと、あたしの胸見ながらふざけたこと言わないでよ!」
うっかりしてたけど、木下君も男なのよね。考えてみれば、こんなエロ猿と二人っきりってシチュエーションはまずかったかも。両手で胸を隠しながら、今度は身の危険を感じてバッグを手元に引き寄せる。
「あっ、そう言えばあんた、高校の頃伊達さんと付き合ってたのって‥」
「おう、正直に君の乳が好きだと言って交際を申し込んだんだよ。悪いか?」
まったく悪びれもせず、堂々と言うとはいい度胸してるわね。何で木下君が地味でぽっちゃり体形の伊達さんと付き合ってたのか不思議だったんだけど、よもやそんな事情があるとは思いもしなかったわ。って言うか、伊達さんも伊達さんよ、よくこんなエロ猿と付き合う気になったわね。
「まったく、あんたと言いハルト君と言い、よくも胸だけで‥」
「おいおい、ちょっと待て。俺はともかくあいつは恋には真面目な奴だぞ。それは聞き捨てならねえな」
「だって貧乳好きって‥」
「あのなぁ、あいつはなにも乳だけ見て決めてるわけじゃねえよ。言うまでもねえが北条さんは美人だろ、それに性格だって裏表なく、物事はっきり言うタイプだ。もろ好みだったからこそあんなに一生懸命口説いてたんじゃねえか」
「え~、でもハルト君ってもてるんでしょ」
「アホ、あいつは惚れたら一途な奴だぞ。大体そうでなければ、ライブであんな情熱的に恋の歌なんか歌えるわけねえだろ。お前、あいつのライブ聞いたことないのか?」
うぅ‥、悔しい。一言も言い返せない。考えてみれば確かに、ハルト君のカッコイイとこばかりに目が行ってたかも。は~、それにしても一途なハルト君って、ますます素敵。やっぱりあたしのこと見て欲しいなぁ。
しかし、こうなると恋の方程式を解くのがますます難しくなったのは否めない。あたしはハルト君に惚れ直しちゃったけど、今のところハルト君はエリシャにしか目が行ってない。それなのにエリシャはハルト君みたいなカッコイイ子じゃなくて、もっと普通の子じゃなきゃ嫌そうだし、木下君は巨乳が好きだし、姫は殿村君しか眼中になさそうなのに、殿村君は明るい性格のあたしが好きなのよね。
「とにかく、あたしはこの恋の方程式を何としても解きたいのよ。誰にも泣いて欲しくないし、皆幸せになって欲しいの」
「そうは言うけどよ、この状況でそれはどう考えても無理ってもんだろ。なぁ、いっそ全員に事の真相ぶちまけて、後はなるようになるでいいんじゃね?」
「駄目よ、姫は殿村君があたしのこと好きって聞いたら、身を引くに決まってるんだから。あの子本当に優しいから、絶対あたしや殿村君が傷付くようなことしない。それにエリシャだって、ああ見えて仲間思いのすっごいいい奴なのよ。あの子自分がどんなに傷付いても、平気な顔して何でもなかったようにするのよ。それに、それに‥」
「わかったわかった、悪かった。もうちょっと真剣に考えるから落ち着け。‥ったく何も泣くことないだろ」
‥えっ?
頬に手を触れてみて、涙が伝っていることに自分でびっくり。あらら、ちょっと興奮しちゃったみたいね。でも今言ったことは本心で、あたしは誰にも悲しい思いをして欲しくない。誰かを犠牲にして自分だけ幸せになろうなんても思わないし、あたしが犠牲になって、後から誰かに後悔もさせたくない。この恋の方程式は難解だけど、きっと誰も不幸にならなくて済む解があるはずよ。だからもっと考えれば‥
気がつくと、木下君は真面目な顔してあたしのことを見ていた。なんだか複雑な思いを秘めてるようだけど、やがて短いため息を吐いて向かいの席に座りこんだ。
「あのな‥一応一つだけ解決方法があるんだけどな‥」
「いいわ、それで行きましょ」
「即答かよ。と言っても、これでうまく行くかどうかは保証の限りじゃないんだが‥」
「まどろっこしいわね。何よ、はっきり言いなさいよ」
すると木下君は、真顔であたしの顔を覗き込みながらこう言った。
「なぁ、俺達‥付き合わねえ?」
‥‥‥‥はぁあ!?
一体いきなり何言いだすのよ、こいつは?それがどういうことを意味するかわからず、あたしはただただ驚くばかりだった。