Thirty minutes later‥ (三十分後‥)
「ちょっと~、猿~、付き合いなさいよ~」
呑みかけのモスコミュールを片手に、あたしは木下君を引っ張って隣に引き寄せる。うっぷ‥、ちょっとペースが速かったかも、気持ち悪い。
「おい、大丈夫かよ。呑み過ぎじゃねえのか?」
「うっさいわね~、まだ六杯目だかられ~んれんらいじょうぶよ~‥」
「明らかに呂律がまわってねえじゃねーか、無理しないで少し休んどけ」
「あによ~、猿の分際であらひの酒が呑めね~っつのか‥」
渋々ながらあたしの横に腰を据えた木下君は、声を潜めてくる。
「お前なー、その猿って言うのやめろよ。大学でまで言われるとさすがに恥ずかしーわ」
猿と言うのは高校時代、木下君につけられたあだ名。木下総一郎と言う名前が木下藤吉郎に似ていることを日本史の先生に指摘された時、ふざけてウキッって答えたもんだから、そのまま定着しちゃったのよね。でも不貞腐れ中のあたしは意地悪度が五割増しで、返事の代わりにキキッ?とおどけて呑みかけのグラスを空にする。
何でこんなに機嫌が悪いかと言うと、ハルト君へのアタックが不首尾に‥、いえ、惨敗に終わったから。と言っても、初めて話すハルト君はとっても素敵だったわ。やっぱりイケメンっていいわね~。何時間でも見つめていたいほどカッコイイし、低い声もセクシーでゾクゾクしちゃう。なのにハルト君ったらあたしなんか全然眼中になしって感じなのよ。たしかに失礼のない程度に受け答えしてくれたけど、ちらちらと視線を泳がせてはエリシャの方を見てるし、会話の中でもそれとなくエリシャの事を聞いてくる。あたしだって鈍いわけじゃないから、これはどう見てもエリシャに興味津々って見てとれたわ。
もっともそれくらいで引き下がるほど、あたしは諦めが良い方じゃない。ならばエリシャにはない色気で勝負よと、酔った振りしてハルト君の腕にしがみついてみたんだけど、これが大失敗。露骨に顔をしかめられ、すぐに振りほどかれちゃったもんですから、今度はあたしが大ショック。で、これ以上しつこくすると逆効果と判断して、戦術的撤退を敢行。この惨めな心を癒してくれるのは美味しいお酒だけよね。
微妙にバンダナの似合わない店員さんが、あたしの頼んだソルティドッグを持ってきたので、もう何度目か忘れたけど、木下君とまた乾杯。縁の塩を舐めてからグラスの中身を一口。あ~、おいし。グレープフルーツと塩なんて組み合わせ、誰が考えたのかしらね。
周りの皆も盛り上がってきたようで、見ればハルト君はエリシャの隣に移って何やら話しかけてる様子。あたしと話してた時とは違って、なんだか生き生きとした表情を見てると面白くない気分が込み上げてくる。姫は姫で殿村君と楽しげに話してるし、なんだか面白くないな~。
‥やだな、あたし嫉妬してる。
もう一口呑もうとグラスに手を伸ばすと、その手は木下君につかまれた。
「お前本当にもうやめとけって、顔真っ赤だぞ」
「‥別にい~じゃない、ろ~せ今日の主役はあたひじゃないんだし」
ぶ~たれたあたしは我ながら可愛くないことを言って、怪訝な顔をする木下君を尻目に座卓に肘をつく。
「あん?何の話だ」
「だから~、今日の合コンは姫の為なろよ。‥その姫がうまくやってんだからあたひは潰れちゃってもいいの‥」
「何だそりゃ、聞いてねえぞ、そんな話?‥おい、ちょっと待て、寝るな。詳しく話せ」
少し眠くなってきたあたしは説明するのが億劫だったけど、今回の合コンに至った経緯を手短かに話す。すると、猿‥じゃなくて木下君の顔がだんだん険しいものに変わっていく。
あれ~、もしかして木下君って姫に気があったのかな?なんて思ったりもしたけど、考えてみれば今日の一番人気の姫に思い人がいるとわかれば、がっかり来るのは当然か。ところが木下君はいきなり顔を近づけてくると、小声で思いもよらぬことを口にした。
「お前さ、本当に何も知らないであの二人をくっつけようとしたのか?」
「あによ~、何も知らずにってぇ~‥」
「‥あのな、殿村はお前の事が好きなんだぞ」
‥‥‥はい?
酔いも覚めるような一言に、あたしは目をパチクリ。えっ、えっ?何それ、どういうこと?
「大体少しはおかしいと思えよ、殿村家と言えば東海でも指折りの名家だぞ。おまけに常滑焼の人間国宝、殿村吉宗の孫息子だ。その御曹司が安酒場での合コンにほいほい参加すると思うか?あいつはな、お前が来るって言うから実家にも内緒で今日来てるんだぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あたし殿村君と会うのなんて一年ぶりだし、去年ほんのちょっと一緒に大学の仕事しただけよ。何であたしなんか好きなわけ?」
「さぁ?なんか明るくてポジティブな所に惚れたみたいなこと言ってたぜ。一目惚れだったんじゃねえの?」
なんて言われても困っちゃうわ。そりゃ惚れられて悪い気がするわけじゃないけど、あたし的には殿村君って全然タイプじゃないし、それに姫の思いを無下にするわけにもいかないでしょ。‥って、ちょっと待って。‥もしかしてあたしと姫と殿村君って三角関係なわけ?
まだ事態が呑みこめず、混乱してる頭の中がサーっと冷えて行く感覚に、酔いの気持ち悪さが相まって、なんだか気分が悪くなってきちゃった。吐きそうとまではいかないけど、これはちょっと避難したほうがいいかも‥
「‥ごめん、ちょっとお手洗い」
木下君はまだ何か言いたげな表情だったけど、あたしは逃げるように席を後にした。う~‥それにしてもどうすんのよ、この状況。