Saturday evening, Yesterday (土曜日、昨日)
いらっしゃいませ~~!
‥‥らっしゃいませ~!
‥‥‥‥‥‥‥まっせ~
やまびこの様に返ってくる挨拶に迎えられ、あたしはガヤガヤと賑わうお店の中へと足を入れた。七分入りの店内は、寒い外と違って熱気がこもっている。大学からほど近く、呑み放題がリーズナブルな居酒屋権兵衛は、修学館の学生御用達のお店。予約席のあるお座敷に通されると、先に来ていたのは、今回幹事を務めてくれる木下君だけだった。ほほ~、大学ではずぼらな格好してるのに、今日はテイラージャケットなんか着ちゃって、いつもよりお洒落じゃない。
「悪いわね~、急に無理言って」
ドスンと彼の横に腰を下ろし、上着を脱ぐ。今日のあたしは白いふわもこニットに赤いチェックのキュロットと可愛い系を意識しつつも、ちょっとおとなしめの格好。今回の主役は姫だから目立つつもりはないんだけど、木下君ったら、こ~んな可愛いあたしを前にして褒め言葉の一つも言わず、代わりに愚痴をこぼすのよ。
「ああ、まったくだぜ。この春先の出費の激しい時に、いきなり合コンセッティングしろとか言われた俺の苦労をだな‥」
「ほほ~、姫とエリシャ、それにこのあたしが参加する合コンに、何か文句でもあるわけ?」
「‥あたしはともかく、北条さんと真田さんの人気は凄かったぞ。金がねえとか言ってた連中が、手の平返したように参加させて下さいって泣きついてきたからな」
「Boo~Boo~、なによそれ~」
「まぁ、そうでもない奴もいるんだが‥」
と、意味深なことを呟いたところで、新たなメンバーが到着。今回の合コンにはサークルの同級生集めて、って頼んであるから、男女五人ずつの構成。あたしの呼んだ斎藤さんと今川さんに続いて、男性陣が三人。内訳は角刈りのスポーツマンタイプと眼鏡のひょろっとしたタイプ、そして今回のもう一人の主役、殿村家康君。暖かそうなセーターにスラックスと言う地味な格好だけど、お腹の貫録は一回り増した様子。別に彼の事が嫌いなわけじゃないんだけど、わかんないな~。姫ったら、こんなでデブっちょのどこがいいのかしら。
木下君の仕切りで男女交互に座っていくと、合コン特有の期待感と緊張感が漂ってくる。ん~、でも今日はそんなにカッコイイ子もいないし、姫のサポート役に徹しようかな。なんて考えていたら、座敷の襖をがらりと開けて、いよいよ今日の主役である姫と、エリシャが入ってきた。
男の子達がどよめくのも無理はない。それ程今日の姫は完ぺきだった。胸元のフリルが可愛い白のワンピに淡い紫のロングカーディガンを羽織った姿は、姫の清楚でお淑やかな雰囲気を損ねず、かつ上品さを醸し出している。さすがはエリシャ先生のコーデね。どこからどう見てもばっちりお嬢様だわ。
でも、あたしが驚いたのはエリシャの方。彼女はよく合コンに付き合ってくれるんだけど、いつもならパンツスタイルとかカッコイイ系のお洒落で決めてくるのに、今日はハイウエストのペンシルスカートなんかはいちゃって、ボディラインの美しさをこれでもかってくらい誇示してる。それにジャケットはナラカミーチェのだし、バッグはkate Spadeでしょ。いつもと全然イメージが違うじゃない。
そう、なんて言うのかな。いつものエリシャからは美男子っぽいカッコよさを感じるのに、今日はフェミニンな大人の女性ってオーラを発してる。やけに気合入れてるようだけど、むむっ、さてはこの中に本命でもいるのか~?
さりげなくエリシャを引っ張り出して、あたしは肩を組んで小声で聞きだす。
「ちょっと、どうしたのよ、その恰好。やけに気合入ってるじゃない」
「馬鹿、そんなんじゃないってば。ほら、姫をあれこれいじったついでに、ちょっとお洒落してきただけよ」
嘘だ。いかにも何気ない風を装ってるけど、そこは長い付き合いという奴で、あたしは気付いてしまった。エリシャは何か隠し事があるときには、絶対相手と目を合わさないのだ。
「それより、あんたこそ大丈夫なんでしょうね。ほら、去年好きになった男がいるとか言ってたでしょ」
「あれはばっさり諦めたわ。すっごい美人の彼女がいて、しかも同棲してたのよ。あたしの入り込む余地なんかこれっぽっちもなかったわ」
話題をすり替えようという魂胆が見え見えで、去年の失恋話を持ち出してくるけど、そうは行くもんですか。でも、今日の合コンにエリシャのお眼鏡にかなうようなイイ男がいるとは思えないんだけどなぁ。大体今までだって、結構イイ男達に言い寄られてきてるくせに、全部あっさり振ってるのよね。あたしらに遠慮してるってわけでもなさそうで、一度どんな男が好みなのか聞いてみたら、もっと平凡で普通の子が好きなのよ、と嘘とも本当ともつかぬ風にはぐらかされたっけ。まぁ、さすがに殿村君を巡って姫と三角関係‥なんてことにはなりそうもないし、本当にただのイメチェンかもしれないわね。
そろそろ合コン開始の時間が迫り、とりあえずの代名詞でもあるビールが運ばれてきた頃、慌ただしい足音と共にようやく最後の出席者が登場。ところが、その男の子を見てあたしは固まってしまった。
「悪い、遅れた」
勢いよく襖を開けて入って来たのは、居酒屋なんかには似つかわしくない、超が付く程のイケメン。ファー付きのライダースジャケットを颯爽と着こなす、惚れ惚れするような美形。どこか危険な雰囲気の漂う鋭い瞳の彼は、あたしも知ってる人物だった。
え~?どうしてここにHARUTO君がいるの!驚きも束の間、彼の登場に斎藤さんと今川さんが嬌声を上げる。あたしといえば、思わぬ不意打ちに声もなく、ただただ驚くばかり。
HARUTO君こと織田 玻瑠人君は芸術学部音楽学科のれっきとした修学館生。近々メジャーデビューが噂されているインディーズバンド「ハルシオン」のボーカリスト。クールそうなイメージとは裏腹に、情熱的に歌うロックシンガーで、一度ライブを見に行って以来すっかりファンになっちゃったわ。その彼が、何でここに?あたしは思わず木下君を問い詰めていた。
「ちょっと、何でハルト君がここにいるのよ」
「何でもクソも、お前が同じサークルの同級生を呼べって言ったんじゃねえか」
「え~?あんた一体何のサークルに入ってんの」
「登山サークル『to the sky』だよ‥って、ちょっと待て。何でそこを知らねえんだ?」
なんて聞いてくる木下君を無視して、あたしは予期せぬ幸運を噛みしめていた。
‥ラ、ラッキ~~!これはまさに棚からぼた餅、瓢箪から駒!こんな所でハルト君と仲良くなれるチャンスが訪れるなんて思いもしなかったわ。何しろハルト君は女の子のファンが多くて、こんな風にプライベートで会えるなんて滅多にないんだもの。
‥ん、待って。じゃあもしかしてエリシャの本命ってハルト君なの?ガ~ン、超強敵じゃない。
はは~ん、さては木下君を足掛かりに合コンを持ちかけたのはそう言う魂胆だったのね。でもでも、いくらエリシャが相手とはいえ、ハルト君は譲れない。そうよ、恋の戦場では昨日の友も今日の敵。相手にとって不足はなしよ!
そうこうしている内に、ハルト君が空いていた斎藤さんと今川さんの間に座って、幹事の木下君が開催の挨拶に立ち上がる。
「え~、彼氏彼女のいない寂しい諸君、本日はお集まり頂きましてありがとうございます」
たちまち野次とブーイングがあがるも、皆の顔は笑っている。木下君って顔もスタイルも並だけど、どこか人に好かれる所があるのよね。それに人から頼まれるとなんだかんだで断れない性格だから、あちこちから頼りにされるのは高校の時から変わってない。今回の合コンだって、ぶつぶつ言いながらもきっちり幹事まで務めてくれちゃってるし。
「わはは、まぁ今日は同じ大学の同期ばかりだ。下手に気を使う必要もねえし楽しくやろう。とりあえず呑み放題の二時間コースだ。皆じゃんじゃん呑んでくれ。最初に自己紹介だけして、後は気になる人とおしゃべりでいいけど、ルールを一つ。話は必ず異性とすること、男同士、女同士で時間つぶすのはなしだぞ」
まだお酒も入ってないのに盛り上がってる面々が歓声を持って応える。そして木下君の音頭で、ジョッキをガチャリと鳴らしてカンパ~イ。グビグビグビ‥ぷはぁ~、あ~ビールが美味しい。大学三年生の特権って、未成年を気にせずお酒が呑めることよね~。ちょっと顔の赤くなった木下君が、まずは俺からと言って自己紹介を始める。こうして合コンは幕を開けた。
「殿村君久しぶりね~、去年のオリエンテーション以来かな。あたしのこと覚えてる?」
最初の乾杯で飲み干したのか。空になったジョッキにビールを注ぎながら、あたしはにこやかな笑顔で殿村君に話しかけた。ハルト君の周りには斎藤さんと今川さんが群がってて、そっちの方も気になるんだけど、まずは姫への義理を果たさないとね。
「もちろん良く覚えてますよ、お久しぶりです、朝倉さん」
礼儀正しい返事とお返しのビールを受けながら、殿村君と二度目の乾杯。なかなか良い飲みっぷりでお酒には強そうだけど、なんだかそわそわして落ち着かない様子。どうも合コン慣れしてないって感じね。そこであたしは会話を弾ませるべく、陶芸の事をあれこれ聞いてみる。会話とお酒が進むにつれ彼も少しリラックスしてきたみたいで、頃合いを見計らって今度は少し突っ込んだ事を聞いてみた。
「ねえねえ、殿村君ってあんまり合コンとか出ないでしょ」
「えっ、やっぱりそんな感じしますか。まぁ、正直言いますとあまり興味なかったんですが、今回は特別ってことで‥」
「おや~、と言うことはこの中に好きな子がいるのかな~?」
「‥ええ、‥まぁ、そう取って頂いても構いませんよ」
おやおや‥、どうやら殿村君も姫の事憎からずと思ってるみたいね。なんだ、それなら話が早いわ。
「ふっふ~ん、あたしわかっちゃったかも。その子ってもしかして陶芸に興味ない?」
「そ、それは‥多分興味を持ってるのではないかと思いますが‥」
あらぁ‥、顔真っ赤にさせちゃって。こう言う初心なところは可愛いと思うんだけど、残念、もうちょっとイケメンだったらねぇ‥
「よし、じゃあたしがその子との仲を取り持ってあげましょ」
「えっ、朝倉さん、それはどういう‥」
「大丈夫大丈夫、あたしに任せて。ねぇ、ちょっと、姫~」
あたしは木下君と話していた姫を呼び寄せると、自分の席を譲り、二人並んで座らせる。さぁ、これでカップル誕生よ。後は二人で頑張ってね。
「じゃ、お邪魔虫は引っ込むから、後は姫とよろしくね」
「いや、僕は‥その‥」
「いいからいいから気にしないで。姫も合コン慣れてないから、ちゃんと会話リードしてあげるのよ」
初心な殿村君は、なんだか面喰った様子でおろおろしてるけど、後は二人の問題だわ。さぁ、これで姫への義理は果たしたし、今度はあたしの番ね。エリシャが角刈りの武田君と眼鏡の上杉君とお喋りしてる今がチャンス。早速ハルト君に向かって突撃~!