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百鬼神楽は夜に響く  作者: 回めぐる
第一幕
2/4

1 赤座鐘矢の非現実的日常

 もう二年も前、中学二年生の夏休みに、俺は当時住んでいた山奥の村、葉月村はづきむらで彼女と出会った。

 初めて出会った時、彼女は天女の羽衣のような時代錯誤も甚だしい服装で、フラフラとひと気のない畦道を彷徨っていた。

 膝まで届く程長く艶やかな黒髪に、コスプレのような服装で、顔にはペイントを施している、外見年齢小学四年生の少女が、田んぼの中を歩いているのである。どうか想像してほしい。一瞬、変態に誘拐されコスプレすることを強いられているのではないかと疑った程、犯罪臭の漂う光景だった。

 そんな見るからに怪しい少女に、あの頃の赤座鐘矢は何の気の迷いか、話し掛けたのだった。


『あー、君、迷子?お母さんは何処だか分かる?俺が案内するよ。一応言っとくけど、こんなド田舎にコスプレ会場はないからね?』


 それが、俺と彼女――葉月の地の守護神、葉月神はづきがみとの出会いだった。

 後から聞いた話によれば、彼女は長い眠りから醒めたばかりで時代ボケをしていたそうだ(時差ボケのようなものらしい)。

 自分の帰るべき場所すら迷って分からないという、何とも格好の悪い神様を神社まで送ってあげると、彼女は俺を気に入った、礼をすると言い、神の加護を俺に与えた。

 神の加護――あやかしと呼ばれる、人の目には映らない異形の化物を視る力を。

 最初こそ特別になった気がして、俺は優越感に浸っていた。

 あやかしの囁き合う声。人間に悪戯をしてくすくすと洩らす笑い声。楽しげに奏でられる彼等の神楽。

 今まで皆が知り得なかったものを自分だけが知った気分は、何とも言えない爽快感だった。

 だが。それは徐々に苛立ちに変わり、日に日にストレスが溜まるようになっていった。

 今まで気付かなかっただけで、人間の行動は全てあやかしに見聞きされている。それに気付いて寒気がした。

 人に化けて、人に成りすますあやかしがいる。それに気付いて背筋に冷たいものが走った。

 何処にいても、人間やあやかしのざわめき、喧騒が聞こえることに精神がささくれ立った。

 彼女の加護を受けてから、俺は独りの孤独感から解放されると同時に、一人の安らぎを失った。

 人と話すことに疲れて無人の場所へ向かえば、それを狙ってここぞとばかりにあやかしが寄ってくる。それを避けて人混みに入れば、人間の五月蝿さに耳を塞ぐ。いつまでもこれの繰り返し。挙句の果てに、妙なあやかしに絡まれストーキングされる始末。

 五月蝿い、五月蝿い、煩い。無音が、無人が恋しい。

 それを求めた俺の元に、両親の仕事による海外出張の話が飛び込んでくる。俺はそれを機に、葉月村から遠く離れた壮月の地へ行くことを決意した。絡んでくる妙なあやかしもいたし、良い機会だったのだ。

 この壮月区で俺は、極力あやかしに近付かないようにする。そうすれば、俺は普通の中に紛れることができる。

 それが俺、赤座鐘矢が壮月区へ帰ってきた理由であった。


「にしても……都会にもあやかしっているんだね」


 壮月第二高校の初登校日。俺は通学路を歩きながら小さくそう零した。

 葉月村に比べれば格段に数は減るが、都会にもいない訳ではない。もしかすると姿を隠しているだけで、本当は沢山いるのかもしれないが。

 例えば、今すれ違ったOL風の女性からはあやかしの匂いがする。恐らく化け狐や化け狸といった、化かすことを得手とするものの類だろう。

 例えば、今向こうのビルの屋上には、大きな翼を背負った影がある。あれはきっと天狗か何かだ。

 無論、そういった存在を視たとしても、二度見や凝視は厳禁だ。それはあやかし達に、彼等が視えるということを教える行為となってしまう。面倒事に巻き込まれるのは御免被る。

 だから俺は、それ等の化物をいないものとし、視えない振りをして校門を潜った。

 昇降口で自分のクラスを確認し、校舎に入る。早い時間だからか、校内はまだ人影も少ない。

 自分のクラス、一年六組の教室に入ると、中には既にまばらながら人がいて、それぞれ談笑したり、一人本を読んだりしていた。俺はというと、特に迷うことなく廊下側最前列の自室に着席する。赤座という苗字が災いして、出席番号は一番だ。これでは入学式も最前列、寝ることすらままならないだろう。

 サボってしまおうか、と早速不埒なことを考えていると、ふと、隣の席の男子生徒が本から顔を上げ、こちらをじっと見ていることに気付いた。正確には俺の首……いや、肩口を見ている……?


「……あの、どうかした?」


 俺が問うと、黒髪黒縁眼鏡の彼は、つけていたイヤホンを取った。


「それ……」

「え?」


 訊き返すと、彼は少しの間逡巡してから苦笑した。


「いや、何でもない。花弁が付いてるなって思っただけだ」


 彼は俺に手を伸ばすと、襟元近くの髪に付いていた桜の花弁を払ってくれた。


「あ、本当だ。ありがと、えっと……瀬上せがみ君?」


 造花付きの入学を祝う名札に書かれた『瀬上空せがみそら』という名を読み上げる。空、とは男にしては珍しく、可愛らしい名だ。


「ああ、よろしく。えっと赤座……悪い、何て読むか訊いても良いか?」

「ショウヤだよ。読み難いよね」


 へら、と人に好かれやすい笑みを浮かべると、彼も釣られて笑った。良かった、静かな人かと思ったけれど、仲良くできそうな雰囲気だ。


「瀬上君は――」

「瀬上で良い」

「そう?じゃ、瀬上はさ、ここら辺の中学出身なの?」

「ああ、徒歩で通学できる位の距離だ。この高校も近場ってだけで選んだしな」


 この高校は難関とまではいかないが、偏差値はやや高めだ。だというのに、距離を理由にここを選ぶ辺り、瀬上が人より頭の出来が良いことを伺える。


「そっか。俺、県外からこっちに来たばっかだから、全然この辺のこと分かんないんだよね。前にここに住んでたのも、十年前だったし。っていうか、それ以前に速度が違う気がするよ」

「まあ、関東の人間は何するにしてもせかせかしてるからな。赤座は何処から来たんだ?」

「東北だよ」

「それは差を感じても仕方ないな」


 肩を竦めて同意する瀬上。やはり、土地によって人々の動きは違うものなのか。なら、あやかしはどうなのだろう――と、そこまで考えて我に返った。関わらないようにすると決めたばかりなのに、そんなことを考えてどうするというのだ。

 俺はその思考を振り払おうと、話題を変えることを試みた。


「そういえば瀬上。それ、何読んでるの?」

「この本か?」


 瀬上が持っていた本を指し示すと、彼はブックカバーを外して俺に見せてくれた。タイトルは――『日本の悪鬼羅刹』。


「俺、妖怪の話とか好きなんだ。特に鬼が好き」

「は、はは……そうなんだ」


 何というミステイク。あやかしのことを考えない、と決めたそばから。


「で、でもさ、鬼ってそんなに良いイメージなくない?ちょっと恐いしさ」


 自棄になった俺は、自分からその話題を掘り下げてみた。すると瀬上は、目の色を変えるてそれに食い付く。余程妖怪が好きらしい。


「それがそんなことないんだ。日本には人を誘惑して死に追いやる鬼もいるんだ。俺も将来、死ぬとしたら鬼に祟られて死にたい。妖艶で綺麗なんだろうな……」

「よ、妖艶……」


 まさか鬼の形容に妖艶を使う人がいるとは。……が、瀬上はそれだけでは留まらず、饒舌に語り出す。表情こそあまり変わらないが、感情の起伏は人並みにあるようだ。


くびおにって、知ってるか?」


括れ鬼――


「縄を持って現れる鬼で、それは人の耳元で囁くんだ。甘い甘い、酔いそうになる声で――」

「『首を吊れ』って言うんだよね」


 瀬上の言葉に重ねてそう言うと、彼は少し目を見開いた。


「結構マイナーなやつだから、知らないかと思ったのに。意外だな」

「ん、知り合いに詳しい人がいてさ」


 知り合いとは、葉月村にいる彼女のことだ。あの辺り一帯のあやかしを統べる、神たる存在である彼女があやかしについて詳しいのは当然である。


「分かるなら話は早いな。とにかく、俺はその括れ鬼が好きなんだ。あ、画像もある」


 瀬上は思い出したように、携帯の画像フォルダを漁りだした。そして俺に見せてきた画像は、


「……これが、妖艶?」

「綺麗だろ」


 俺の目にはおどろおどろしくしか見えなかったが、瀬上にはかなっと艶やかに見えたのだ。きっとそうなのだ。ちょっと感性を疑うレベルだけれど。

 俺は心の中でそっと、瀬上に変人の称号を与えた。勿論、本人に言える訳がない。





「それでは新入生代表、玖賀峰くがみね匡世きょうせい君、お願いします――」


 こんな時ばかりは赤座姓が憎い。

 やはりと言うべきか、最前列で入学式に出ることになった俺。斜め後ろで眠っている瀬上は更に憎い。かと言って、この席で堂々と居眠りする勇気もないので、俺は意識をステージにいる男子生徒に向けた。

 切れ長吊り目の、凛々しい表情を浮かべている彼は、季語を交えた挨拶に始まる、新入生代表挨拶を壇上のマイクを通して語っている。スピーカーから体育館へと響き反響するその声は、音や声を好まない俺でも心地良く感じる程、綺麗な声だった。

 低過ぎず、それでいて高過ぎもしない、身体の芯が震えるようなバリトンヴォイス。

 こういう声をイケボと言うと聞いたことがあるな、とぼんやり考えていると、不意に彼はこちらを見た。視線がかち合う。目が合った……いや、気のせいか?顔見知りでもなんでもない俺を、彼がわざわざステージの上から注視する意味が分からない。――が、今彼は確かに俺を認め、そして――睨み付けた。


「……は?」


 前言撤回、気のせいな筈がない。いくらなんでも、睨まれれば流石に分かる。しかし、何故彼が俺を認識し、そして敵意を示したのかは全く以て謎だ。

 悶々としている内に、やがて挨拶は終わり、彼はステージを降りて行った。結局意味は分からないままだ。

 彼を目で追っていると、ふと、俺の三つ後ろの席が空席であることに気付いた。普通なら「休みなのか」で納得する所だが、俺はその席の女子生徒と他人ではないため、過剰に反応してしまう。あの席の主は、俺の従姉で現在は同じ家で生活している少女、久遠紫姫の席なのである。

 何故いないのだろう。体調不良……ではないと断言できる。俺は今朝、制服姿で朝食を摂る彼女の姿を見ている。だとすればやはり、


「サボってるのか……」


 俺は周りに聞こえないように小さくそう零した。俺もほんの少しだけ、そういったことをかんがえたが、まさか紫姫がそれを実行していようとは。

 紫姫がこんな問題児だということは知らなかった。これなら、母である紫乃さんが心配するのも頷ける。

 今頃紫姫は何処で何をしているのだろう。昔は仲が良くいつも一緒に遊んでいたというのに、今の紫姫は何を考えているのか理解できない。先日、「しいちゃん久し振り、今日からよろしくね!」と昔使っていた愛称で呼んでみたところ、「ええ、よろしく。私のことは()って呼んでくれる?」とバッサリ切られたのを思い出し、無性に切なくなった。

 先程の新入生代表の彼も含め、分からないことだらけだ。

 あやかしから逃れたと思ったら次は人間関係か、と俺は嘆息を吐き、再びステージに向き直った。

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