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ダメ国王と糞親父・3

予定より遅れまして、すみません

 真っ赤に輝く剣が振り下ろされ、首が飛ぶ。

 あの男は血しぶきを浴びた顔に満足げな笑みを浮かべる。そのころがっている首は……なんと自分ではないか……


「うわあっ」


 国王ハインリヒ三世は、このところ立て続けに同じ悪夢にうなされて、深夜に目覚めてしまう。


 あの赤く輝く剣は、エランデル公爵家の家宝であり歴代当主の佩剣と定められてきた『スクリミル』に相違ない。

 神剣とも魔剣とも評価の定まらない『スクリミル』だが、いかなる場合も初代ヘンリックの血族の命を奪うことは無いとされている。更に、一族同士の争いの場合、先に同族を傷つけようとした者が負傷するという伝説も聞いたことがある。

 その『スクリミル』の刀身が不思議な赤い光を放って輝くのを、ハインリヒはただ一度だけ目撃したことが有るのだ。


「レナートめ……」


 このところハインリヒの周辺で不愉快で不可解な現象が、立て続けに起こっている。

 遥か東方よりもたらされた貴重な酒の瓶を自身の不注意で割ってしまったり、最も気に入っている礼服を着用しようとしたところ酷く虫に食われていたり、気に入っていた料理人が急に退職したり、確かに一つ一つは重大事とまでは言えない。だがその後も、気晴らしに時折通う妓楼の女にやった首飾りの件が王妃にばれてしまったり、愛馬が脚に大きなけがをしたりと言ったことが続いている。

 すべては、あのエレオノラの寝室へ向かう秘密の通路が、不可解な壊れ方をした日以降起こっているのだ。


 秘密の通路を作るぐらいであるから、当然ながらエランデル公爵家には内情を探らせるための人員を投入している。もっともこうしたスパイ役は他の二つの公爵家にも潜り込ませてはいる。だが、他家より多くの人員を割いているのにもかかわらず、エランデル公爵レナートの日常の行動は、まるで把握できていない。

 わかっているのは、魔人らしき赤い瞳の女が普段レナートの暮らす別邸に滞在中……ということだけだ。



 朝食の時だけ顔を合わせる王妃マルグレーテは「魔術とか魔人とか妖精とか、どれもおとぎ話のようなもので、実在するとも思えませんわ」などと言っているのであるが、魔術と魔人は確実に実在するのだ。


 妖精についてはハインリヒ自身は見たことは無い。

 だが、エレオノラの生母でハインリヒには叔母にあたるフレデリカ王女から生前幾度も「緑の美しい妖精を見た」と聞いたし、エレオノラも妖精を見たようであるから、やはり実在するのだろうと考えている。


 だが、その件に関してマルグレーテに反論したことは、一度も無い。


 反論したとしても、見たことが無い者には信じがたいであろうし、マルグレーテの生国ミシュアは建国以来、魔法を邪悪で無用な存在と見なしてきたのだ。実際に魔法を使うことも出来ない自分が何を言っても、あの頑固そうな少女が自分の意見を改めるとも思えないので、いつもその手の話題の際は適当に受け流すようにしている。


「第一、ただでさえ美味くもない朝食が、余計にまずくなる」


 ミシュアの王女であるマルグレーテは生国風の無骨な朝食メニューにこだわり、気が付くとハインリヒまでそのミシュア風朝食を食べる羽目になっていた。


「皮や胚芽を含むパンは噛みごたえが有りますし、体にも良いのです。それに腹持ちも良いので、無駄な間食などを取らずに済みます」


 ハインリヒの好きな白いパンを、マルグレーテは目の敵にしている。 

 まだ、歳が若すぎるので閨を共にしたことは無いが、これでは先が思いやられる。


 一度トリクム式の全部で十品の料理が出される朝食を、ハインリヒだけが食べたことがあったのだが「朝から贅沢です」だの「財政のことをお考えにならないのですか」だの非常にうるさかった。

 実際、財政状態が芳しいわけではないし、財務官僚は王妃が連れてきたミシュア人どもが取り仕切っている有様なので、反論できない。

 いっそのこと別々に朝食をとることも考えたが、この大陸の主要な国家すべてで「王と王妃は朝食を一緒にとる」のが慣例であり、「朝食を夫と共に食べるのは正妻の権利であり義務である」というのがトリクムでもミシュアでも上流社会における常識なので、なかなかに難しい。


 朝食の席にはミシュアから王妃に従ってきた者達が傍に控えており、ハインリヒとしては気が抜けない。

 本来なら、頑固で可愛げのない隣国の王女を妃に迎えるつもりなどなかった。


「元来、エレオノラは我が妻となるはずだったのだ……」 


 あの夜、ハインリヒはエレオノラを密かに招き、自室でゆったりくつろぐ予定だった。

 人妻であるエレオノラとの親密な関係に対する罪悪感は、ほとんどない。


 何しろエレオノラの方も、幼いころからハインリヒの妃になることをずっと望んでいたのだ。

 だが、今は亡き継母のヒルダとレナートが気脈を通じ、様々な工作を行った結果、ハインリヒは生意気な隣国の王女を妻に迎える羽目になり、エレオノラの方も嫌っていた従兄のレナートを婿に迎えることになってしまったようなのだ。

 

「迂闊であった……あのころはそのようなことを思いつきもせなんだ……」


 ハインリヒの生母パウラは先王の王妃となってすぐに懐妊し、ハインリヒを生んだ直後に亡くなった。その死は父の二人目の正妃となったヒルダの実家の暗躍の結果だとかいう噂はあるが、確たる証拠は無い。

 ちなみにトリクム王国では王妃は一人きりで、周辺国のような側室の制度も無く、後宮も無い。

 建前上は愛人もいないことになっているが、王にふさわしい優雅な婦人たちと友情をはぐくむことは許容の範囲内であり、そうした「王の女友達」が王の庶子を生むことは黙認されている。だが、王位継承権は嫡出子「だけ」の物だ。

 いかに優れていても庶出の王子は王にはなれない。王に庶子以外の実子がいなければ、王位は王の嫡出の兄弟や甥へ受け継がれることになるのである。


 生母パウラは元来は庶子であり、父親のアルトアン公爵は男爵家の嫡男にでも嫁ぐことが出来れば上等で、場合によっては富裕な平民が結婚相手でも構わないと考えていたようなのだ。それが先代国王に見初められて、庶子を嫡子扱いとするための様々な手続きを経て王妃になったといういきさつがある。


「パウラ殿はエルフの血が混じっておいででしたから」


 継母のヒルダは何かと言うと生母パウラの出自が「王太子の母にあるまじきエルフ混じり」だと口にした。

「生まれたときから王妃たるべく育てられた私を差し置いて」「野合同然の厚かましさで」「王をたぶらかして」「王妃におさまった」とまあ、感情に任せてこのような事を言いつのることも多かった。


 ハインリヒが果たして先王の実子かどうか疑念が有る、などとヒルダと父親の先代ポルトメリ公爵は言い続けたが、ヒルダに子が生まれず、他にふさわしい王族男子もいなかったために、ハインリヒはすんなり世継ぎに決まり、父の死後無事に王位を継承できた。


 生前のヒルダは魔法に凝っており、特に人に呪いをかけることにこだわっていたようだ。

 その魔法を介して、ヒルダは魔人の血を濃く引いているレナートと繋がりを持ったようだ。一部にはヒルダが息子ほども年の違うレナートとふしだらな関係にあった、などと言う噂も有ったが、事実かどうか確認は取れなかった。だがレナートもヒルダも、自分の欲しいものを手に入れるためならどのようにおぞましいことでも平気でやる……そういう人種だとハインリヒは思っている。

 そのヒルダは三十代で亡くなったのだが、その死にざまはおぞましく、他言をはばかるものだった。


「ヒルダをそそのかしたのは、やはりレナートだったのだろう」


 レナートは突然失踪した十三代目エランデル公爵ニールの嫡男にあたり、ハインリヒよりほんの二歳か三歳上なだけのはずだが、対面するたび強烈な威圧感を覚える。

 叔母であるフレデリカ王女は、幼いハインリヒにやさしく接してくれたほぼ唯一の肉親であったが、その優しい叔母がレナートに向けるまなざしには、嫌悪とか恐怖とかいった感情が含まれているようだった。

 フレデリカ叔母と夫である十四代目エランデル公爵ダリオとの夫婦仲は睦まじく、高位の貴族や王族にありがちな冷たい取り繕ったところも無かった。

 それだけに、なぜ公爵夫妻が甥であるレナートを嫌悪し冷たく扱うのか、幼いころのハインリヒには理解できなかった。成長するにつれ、公爵家の相続に係わる問題が有るのだろうという察しはついたが、恐らく問題なのは相続だけではなかったのだろう。


「この子がもし女の子だったら、ハインリヒの奥さんにしてもらえるかしら」


 午後のお茶をフレデリカとダリオ、ダリオの母であるダリーン王女と一緒に楽しんでいた席で、懐妊中だったフレデリカがそのようなことをハインリヒに言った。


「確かに女の子なら、それが一番よさそうね、ねえ、ダリオ」


 ダリーン王女が息子に話を振ると、ダリオは笑ってこう言った。


「フレデリカには、ぜひ、男子が生まれるまで頑張ってもらわねばいけないな」

「それはお前も頑張るということですよ」

「母上!」


 ダリオの母ダリーン王女にとって、姪でもあるフレデリカ王女はお気に入りの嫁で、高位の貴族の家庭には珍しく、家庭は円満だった。孤独だった幼いハインリヒにとって、エランデル公爵家が唯一の息抜きの場であり、家庭的な温かさを味わえる場所であった。継母とその実家であるアルトアン公爵家からハインリヒを護り庇護してくれたのは、ダリーン王女をはじめとするエランデル公爵家の人々だった。


 だが、レナートがすべてを一変させてしまった。


 エレオノラを生んで間もなく、フレデリカ王女は亡くなったが、その葬儀の際の一つの光景をハインリヒは昨日のことのように、今も鮮明に記憶している。


「お前がっ、フレデリカを殺したのですねっ、レナートっ!」

「はて、なんのことでしょうかオバア様」

「しらばくれおって! 私はっ、お前の祖母などではないっっ!」

 

 尊敬できる王族の長老であり、自分を暖かく迎え入れてくれてきた大叔母ダリーン王女の豹変ぶりに、ハインリヒは衝撃を受けた。

 高齢とはいえ血色も良く滑らかだったはずの肌が、見たことも無いような青黒い色合いに爛れ、不気味に顔面は膨れ上がり、両眼は血走っていたのだ。固く握りしめた拳を振り回していたが、長く伸ばした爪が食い込んでかなりの量の血が流れていた。それでもダリーン王女は唾を飛ばし、レナートに向かって呪いの言葉を投げつけるのを止めなかった。その様子はさながら伝え聞く魔界をさすらう亡者のようだった。 


 レナートは十二代目公爵ケネスの孫ではあるが先妻の血筋であり、ケネスの後妻であるダリーン王女とは血のつながりは無い。


「確かに、一滴の血のつながりもありませんね。お言葉を返すようですが、しらばくれているのはそちら様でしょう。私に対して用いられた毒や呪いは、我が生母マルキアのほどこした強い守りの結界により、用いた相手に跳ね返されるのです。私に対して毒を用いた者は毒で自滅し、呪いをかけようとした者は逆に呪われる、そういうことだと御理解頂きたい」


 当時からレナートの生母マルキアは死んだことになっているが、実は女魔人であり、魔界に帰っただけで生存しているなどと言う奇怪な噂が有った。

 確証はないが、ハインリヒは恐らくは事実だと今では思っている。

 ならば……あの優しかったフレデリカ叔母がレナートの毒殺を企て、守りの結界の効果により自滅した……そういうことなのだろうか?

 魔人は無慈悲で殺戮を好むが、虚言を徹底的に嫌うとされる。

 であるならば……魔人の子であるレナートも……嘘はついていないのだろう。


「お、おのれ、レナートっ、死ねッ!」


 実の娘同然に可愛がっていた息子の嫁が急死した衝撃と言うだけでは説明がつかない、あまりに凄まじい異様な変化だった。

 第一、あの皮膚や眼球の不気味な変化は何だったのだろう?


「ですからダリーン様、私を呪うのはおやめなさい、と申し上げたのです。お命に係わりますよ」


 そう言ったレナートは落ち着き払い、口元に冷笑すら浮かべていた。

 当時はまだ十歳かそこらの少年であったのだが、冷酷と言うか邪悪と言うか、パッと見た感じは眉目秀麗と言う言葉があてはまる整った容姿であるのに、漂わせている雰囲気は禍々しく、ハインリヒは強い恐怖を覚えた。

 ただでさえ珍しい赤紫色のレナートの瞳が、この日は怒りのためか完全な赤に見えた。

 魔人は漆黒の髪と真っ赤な目を持つとされるが、ほとんど黒に見える濃い茶褐色の髪をなびかせた姿は、まさに小さな魔王だった。


 さらに顔の腫れが酷くなり、呪いの言葉を吐き続けながら暴れるダリーン王女を、男の使用人が十人がかりで押さえつけ、自室に運び入れたのだったが、その翌日にダリーン王女は亡くなった。


 妻と母を立て続けに亡くし、ダリオは焦燥しきった表情だったが、ダリーン王女の葬儀にはレナートが列席しなかったためか、比較的落ち着いた様子に見えた。

 一連の儀式が終わり、葬儀の参列者がハインリヒ以外の全員が帰った後、また異様な出来事が起きた。

 普段整っているダリオの顔が、異様にどす黒くなり、見たことも無いような巨大なイボのようなものが幾つも吹き出て来たのだ。その変化があまりに一瞬のことであったので、使用人たちも慌てふためいた。


「どうか叔父上、お怒りをお修めください。叔父上に何かあれば、生まれたばかりのエレオノラが可愛そうです」


 当時十歳であったハインリヒとしては、十分考えたつもりの発言だったが、ダリオ叔父は妻と母が亡くなったのはレナートの持つ奇怪な力のせいだという思いが強かったのだろう。


「おのれレナート、許さん」


 一言うめく様に言うと、腰の剣のつかに手をかけた。

 だが次の瞬間、その剣で自分の足の甲を突き刺していたのだ。

 ダリオ叔父はうめき声をあげ、のた打ち回った。


「叔父上、いい加減におよし下さい」 


 いつの間にか自分のすぐ後ろにレナートが立っていて、ハインリヒは驚愕した。 まるで近づく気配を感じなかったからだ。


「叔父上は、私を殺したいとお感じになった。ですが、その思いは『スクリミル』には受け入れられぬものなのです。『スクリミル』は初代ヘンリックの血を受けた者を守るために鍛え上げられた剣ですから。それに叔父上のおぞましい変化も、『スクリミル』の一刺しで止んだはずです」


 確かに足から血を流してうめくダリオの顔から異様なイボは消え、いつもの端正な容貌に戻っていた。

 あの場面を目撃するまでは、ハインリヒもこの国の大多数の者と同様に魔法も魔剣も「単なる昔話」と思っていた。だが、『スクリミル』はこの世の常識では図れぬような不可思議な剣であり、レナートには並の人間とはどこか違う異様な雰囲気が有る。


 このところの不愉快な出来事の数々が、レナートのせいだという証拠はどこにもない。

 だが、ハインリヒは信じている。恐らく全てがレナートの仕業だと。


「あいつは……人間じゃない」


 国王用の寝室は無駄に広い。

 戸の外には護衛が、続きの間には侍従が詰めているはずだが、ハインリヒ自身が呼び鈴を鳴らしでもしない限り、誰も来ない。

 毎晩王がうなされていることを知るものは、恐らくこの国には「あいつ」以外誰もいないはずだ。

 今、この瞬間も自分の焦燥する姿を魔法の力を使って、覗き見しているのではないか。そんな疑念にかられ、暗い虚空に向かって悪態をつくことすらためらうハインリヒであった。

誤字脱字の御指摘、御感想、いつでも大歓迎です。

ここまでお読みくださって、ありがとうございます。

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