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ダメ国王と糞親父・2

 ヘンリックはダニエラの計らいで、公爵邸内に住んでいる授乳可能な女の使用人から必要に応じて乳を飲ませてもらえるようになっていた。ダニエラは夫と共に暮らす別邸内の住まいに戻ることも考えたが、ヘンリックの養育のために使用人たちの応援も得やすく、父のゲオルクとも連絡が取りやすいために、当分は実家で暮らすことにしていたのだ。


 ダニエラが整える衣類は常に清潔で、部屋も掃除が行き届いている。

 少なくとも、衛生面では十二分に配慮がされていたのだが、公爵夫人エレオノラをめぐるゴタゴタの影響も有って、ダニエラ自身あまりに多忙になってしまったために、ヘンリックは部屋に一人で寝かされている時間が増えてしまった。

 未婚で出産経験も無く、商家の末っ子であったために幼い子には不慣れな小間使いでは、おむつ替え程度が精いっぱいだったのだ。

 本邸のメイドのジーナは赤ん坊の世話も器用にしてのけるのであったが、本来の掃除や後輩メイドの指導だけで手いっぱいのありさまだ。

 ダニエラの実の息子たちは、父方の祖父である庭園管理者のオラフの家に預けっぱなしになっている。

 夫で別邸の執事のパウルとは連絡や相談もかねてなるべく一緒に昼食を取るようにしているが、パウルは基本的に別邸で寝泊まりをしているし、ダニエラは父の補佐をしながら、ヘンリックの養育の責任者として実家の方に泊まり込んでいる状態だ。その上、ハウスキーパーのモートン夫人が歳のせいか頭がボケてきていて、仕事をこなせなくなったのが明らかになったので、今では家政に関するもろもろがダニエラの役目になってしまっている。 


 公爵夫人が器量よしの女使用人にまとめて暇を出した後、財政が逼迫気味なせいも有って、新たな使用人を雇い入れてないのも、ダニエラを一層忙しくしている原因の一つだ。

 財政が逼迫した最大の原因は自分の服飾関係の費用にあると公爵夫人も自覚しているために、ゲオルクの提案した倹約策に対して、特に異論を唱えなかった。だが実際問題として、本来五百人以上の人手が必要とされるような大邸宅を、四百人を割る人数で切り盛りするのは、なかなかに大変なのだ。


 どうやらダニエラの実家住まいは、当初の予定より相当長引きそうだ。


「奥方様は、あの日以来、一度も坊ちゃんをお呼びになりませんね」

「あう」


 ダニエラは夜眠る前に、自分の考えを整理するために独り言の延長のような感覚で、赤ん坊であるヘンリックに、他言できない公爵家のあれやこれやを話しかけるのだが、時折、自分の話の内容をこの赤子が全部理解しているのではないかと言う感覚に陥る。


「私も色々細々とした用事がございまして、ここ数日、お散歩にもお連れ出来ませんでしたから、さぞ退屈なさっていたでしょうね。申し訳ございません」

「ううう」


 気のせいか、ううん気にしないで、とか言う具合の返事をされたようにダニエラには聞こえる。


「奥方様の侍女のアメリが申しますには『気分がすぐれないので、誰にも会いたくない』と仰せとかで、私の父もしばらく奥方様にはお目にかかれてない状態なのです。一応、この国では一番とされるお医者様もお呼びしましたが、奥方様はそのお医者様にも会いたくないとおっしゃったようで……私も心配なんですが、まさかあれこれと直接お尋ねするわけにもいきませんし、困りました。表ざたに出来ない王子様が新たにお生まれになったことと、恐らく関係するのでしょうけど……やはり旦那様にはかなり立ち入ったことまで御報告すべきでしょうね……」

「あう」


 絶妙なタイミングで、ヘンリックが返事をする。


「そうですよねえ。旦那様が本来のこの邸の主でいらっしゃるのですし、いくら国王陛下といえど、このところの筋の通らないなさりようは、どうかと父も私も思っていたのです。でも、御気性の激しい旦那様のことですから、穏便にことを済ませるなど、ご無理でしょうし……そうなると、王都中、いや国中大騒ぎになりかねませんねえ」

「あう」

「アメリから聞いたのですが、昨日は王宮から続いているという秘密の通路が、急に崩れて人が通れなくなって、ちょっとした騒ぎになっていたようです。もしかして、魔法のせいではないか……と私は思ったのですが、どうなのでしょう? 旦那様の魔法の御師匠だと言われている、近頃いつもお傍にいらっしゃる美しい女性ですが……旦那様とは本当に魔法を教える習うというだけの関係なのか、そうではないのか、誰にも本当のことはわかりません」


 ダニエラのベッドはヘンリックが寝かされているベビーベッドに隣り合わせて配置されていて、就寝前のその日最後の授乳をすませると、こんな具合に話しかけながら眠るのが習慣化している。

 朝から食事の時間以外は働きづめなので、一通り話し終えると、ダニエラはすぐに深く眠ってしまう。

 昼間もしっかり寝ているヘンリックは、いつも通り天井付近に浮かんでいる妖精たちに疑問をぶつけた。


(糞親父の魔法の師匠? 美しい女性? 実は愛人だったりするわけか?)


 妖精たちの反応は奇妙だ。


(あいじん? 何それ?)

(めかけっていうのと、ちがうの?)

(妻じゃないけど、交尾する相手ってこと?)

(でもあれ、本物の魔人だよ。交尾は無いよ)

(レナート程度の魔力じゃ、相手できないはず)

(あの目の赤い女、強い魔人だよ、きっと)

(レナートはかなり魔人臭いけど、あの女魔人は本物だから、すごく怖い)

(あたしら妖精族と魔人族とは、昔から相性が悪いもんね、そばに寄るのも嫌だ)


 人間から見ると美しい女に見える女魔人も、妖精からするとおぞましい存在であるらしい。


(魔人は妖精をまとめて吸い込んで食べちゃうんだ)

(魔人は妖精をいっぱい殺しても、何とも思わないんだ)

(魔人は妖精を手軽な食べ物かなんかだと思ってるみたいなんだ)

(本邸の敷地全体は、魔人から妖精を守る強い防御魔法を初代のヘンリックが張った場所なんだよ)


 シュルツ家の住まいになっているこの建物は、本邸の敷地内で、妖精のための防御魔法が今でも一番しっかり働いている場所なのだそうだ。


(別邸は元々が強い強い女魔人のウィルマが作らせた邸だから、怖くて近づけない)


 妖精たちの混乱したわかりにくい説明を幾度も聞き直して、ようやくヘンリックは(レナートの母親マルキアは十三代目公爵ニールの妻で正真正銘の女魔人)であったことと、(十二代目公爵ケネスの先妻はとても強い女魔人ウィルマ)であり(ウィルマの息子が十三代目ニール)であり、(ケネスの後妻となった王女が生んだのが十四代目公爵ダリオ)で(エレオノラはダリオの娘)であることを知った。


(つまり別邸は、十五代目公爵である糞親父にとっても奥方様にとっても父方の祖父にあたる十二代目公爵ケネスって人の時代に出来た邸で、十二代目公爵夫人だった強い女魔人ウィルマの好みに合わせて作られた、そういうこと?)

 

 ヘンリックは系図を脳内に思い浮かべて、公爵夫妻が共に十二代目ケネスの孫に当たり、従兄妹同士であることを、どうにかこうにか理解した。


(ということは従兄妹同士じゃあるけど、糞親父はかなり魔人の血が濃くて、奥方様は王家の血が濃いと言う違いがある、ってことだな?)


 ややこしいので、ヘンリックは思わず額に赤ん坊らしからぬ皺を寄せて考え込んでしまう。

 

(そうそう)

(だから母親もお祖母ちゃんも魔人のレナートには、別邸の方が居心地良いんだよ、きっと)


 ならば……レナートを通じて魔人の血が自分にも受け継がれているはずなのに、何故妖精たちは自分には近づいてくるのか、ヘンリックは疑問に思った。


(お前に混じってるエルフの血のおかげじゃない?)

(妖精は世界樹の放つ清浄な気から生じたものだから、世界樹の守り手のエルフたちとは相性がいい)


 ということは……糞親父にはエルフの血が混じってない、ということだろうか?


(あー、レナートだって、ちょっぴりならエルフの血も混じってるけど……)

(レナートのお祖母ちゃんが魔人族の大将軍だから、並のエルフの血がちょっぴり混じったぐらいじゃ全く効果無い、そういうこと)


 ということは……


(お前を産んだニコレットの父親が、並のエルフじゃないってことだよ)


 旅する魔法使いだという自分の祖父にあたるエルフは、いったいどこにいるのだろう? 並みのエルフではないって、つまりどういうことなんだろう?


(あー、多分そいつ、人間のいない場所にいるね。あたしらの行けない場所、たとえば魔人の所とか、龍の所とか……)

(故郷の世界樹の森に戻ったことも有りえる)

 


 妖精を食い散らかすという魔人の所に、なぜエルフの魔法使いが行く可能性が有るのか理解できずに、ヘンリックは戸惑う。


(魔人も龍と同じぐらい長い寿命が有るし、不老なんだけど、戦いに負けたり戦争でやられたりすると死んじゃうんだ)

(魔人もエルフは食べないからね)


 エルフは地球の有名な作品だと、住んでいる世界と同じだけの寿命なんて設定は有ったが、この世界のエルフはどうなんだろうか?


(また、この子が赤ん坊のくせにめんどくさいこと考えてる)

(純血のエルフは世界を支える世界樹の申し子だから、刃物で切り刻まれたり焼かれたり毒を大量に食らったりしても死なない。動けなくなって弱り切ったら、小さな実の形になって世界樹に戻るんだよ)

(それって、死んだのとどう違うんだ?)


 どうもよくわからないことばかりだ、とヘンリックは思う。


(他の生き物は、死ぬと元の自分のままで生まれ変わるなんてことは無いけど、純血のエルフは世界樹の中で癒されたら、元のエルフに戻るんだ)

(でも、戻りたくなかったら、世界樹の中で眠り続けることはできるんだってさ)

(そうそう、人間たちは知らないみたいだけどさ……)


 と言って、妖精たちはまたまた驚くような暴露話をする。


(お前の先祖の初代公爵ヘンリックの父親は、世界樹の中で長い間寝てるんだよ)

(あのヘンリックの父親は……前のエルフの王だったよね、確か)

(何て名前だっけ)

(トーリャだよ)

(今のエルフの王は女でルーシャって言う名前のはず)

(ルーシャは初代ヘンリックの妹にあたるよね)

(ええ? ルーシャは恋人だって聞いたことあるよ)


 妖精たちもエルフの女王と初代ヘンリックの正確な関係はわからないらしい。

 女王ルーシャはエルフの王族の母から生まれた純粋なエルフなようだが、初代ヘンリックの母は誰なのか不明らしい。


(初代のヘンリックはハーフエルフって言うけどさ、母親は純粋な人族じゃないと思う)

(うん、絶対魔人の血が入ってる)

(どこのだれか知らないけどさ)

 

 世界樹の中で眠っている者は、力の強い者の呼びかけに答えて目覚める場合も有るらしい。


(じゃあ、たとえば俺が世界樹の森に入ることが出来たなら、初代ヘンリックの父親にあたる前のエルフの王様を目覚めさせることもできるかなあ)


 その点に関しての妖精たちの意見は様々だ。


(アハハハ、お前、面白いこと言うね)

(お前が多少魔力が強いからって、そこまですごい魔法使いになれるか? んー)

(ムリムリムリ!)

(絶対無理とは言いきれないけど、ものすごく難しい)


 まずは立って歩いて、この邸にある本ぐらいは読めるようにならないといけないだろうか……


(確かに人族は文字を使って魔法を学ぶのが普通みたいだけど……)

(この邸なら魔法の本も残ってるよ、たぶん)

(お前の魔力が大きく育ったら、初代ヘンリックの封印した秘密の書庫を探し出せるかもね)


 秘密の書庫?


(もう百年以上誰も見ていない秘密の書庫。レナートも探しているみたいだけど、レナートには探せない。絶対無理)


 何で無理なのかな?


(レナートは魔人臭すぎるから、あたしら妖精はそばに行きたくないもん)

(うん。レナートじゃあ妖精魔法が全然使えないから、無理、たぶん)


 どうやら妖精魔法なる魔法のジャンルが有るらしい。


(魔法って、どんな種類があるの?)


 ヘンリックの問いに対する妖精たちの答えは、何ともアバウトな物だった。


(うーんと、妖精族の魔法は妖精魔法、魔人族の魔法は魔人魔法、エルフ族の魔法はエルフ魔法で……)

(人族の魔法は人魔法だろうけど……なんか細々分けてるんだよね、人族は)

(人族は魔力は大したことないけど、他の部族の魔法を取り入れたり、色々面白かったんだよね)


 面白かった?


(だって、今じゃあんまり人族は魔法を使わないし、信じない者も増えた)

(初代ヘンリックが魔法使いだったって知らない人族、おおすぎ~)

(初代のヘンリックは妖精魔法も上手に使ってたらしいよ)

(秘密の書庫は、全部の種族の魔法が使える者にしか見つけられないはず)

(そうそう! だから魔人臭いレナートにも見つけられないけど、あたしら妖精にも見つけられない)


 何で?


(だって、あたしら妖精は魔人の魔法だの龍の魔法だの、使えるわけないから)

(魔人は怖いし、龍なんて会ったことないから)


 妖精のくせして、龍にあったことがない? 使えないやつら、などとヘンリックは思ってしまう。


(こいつまた失礼なこと考えた!)

(馬鹿ヘンリック! 龍なんて、うーんと東の方に行った先にある高い山が連なった場所のどこかにある火を噴くデッカイ穴のそばに、たった一頭だけいるっていう話を聞いたことしかない)

(そこよりもっともっと、うんと東に行くと、何頭か別の龍もいるって噂はあるけど、噂だよ)

(噂だから、嘘か本当か知らない)

(最近はエルフにも会ってないから、遠い場所の話なんてわかるわけないもん)


 俺もエルフのまねをして、色々な場所へ旅をしたいなあ……美穂が見つかるといいんだけど……


 そこまで考えてようやくヘンリックは眠りについた。

 ダニエラは深く眠っていて、ヘンリックと妖精たちとのやり取りなど、全く知る由も無かった。

 

誤字脱字の御指摘、御感想、大歓迎です。

ここまでお読みいただいて、ありがとうございます


※エレオノラはダリオの娘です。そのように訂正しました。

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