ダメ国王と糞親父・1
サブタイトルは、後で変更するかもしれません。
ヘンリックと名付けられた男がウトウト赤ん坊らしく寝ている間に、周囲の大人は色々と取り決めをしたらしい。
公爵夫人エレオノラが外出しない日は「朝食後にダニエラがヘンリックを連れてくるように」というのも、取決めの一つだ。
王との不倫関係のせいで、色々と他所では悪く言われているらしい公爵夫人だが、ヘンリックにとっては有りがたい庇護者だ。
「生まれて間もないのに、お前は、ちゃんと見えるの? やっぱりこの肖像画の初代様にどこか似てるわ。自分でもそう思わない?」
公爵夫人はヘンリックを抱っこして、美術館のギャラリーさながらの長い回廊や華やかな調度品で飾られた幾つもの部屋の間をゆっくり歩きながら色々話しかけるのを楽しんでいるようだった。
「あう」
ヘンリックの返事に、公爵夫人は嬉しそうに笑った。
さらにその先の一番奥まった公爵夫人専用の寝室は、成人男子は原則入室禁止と言う「聖域」らしいが、赤ん坊であるヘンリックには当分関係ない話だった。
ベッドは巨大な天蓋付きだが、そのほかの家具は小ぶりでしゃれた雰囲気でまとめている。
それにしても……
(このテーブル、飴色の……キャンディーカラーって言うのか? 化粧張りじゃなくて本物の無垢材だよ。相当いい素材と見た。カブリオレレッグと言うのか猫脚と言うのかよく知らんが、脚部のデザインも優雅で、いかにも貴婦人の部屋に似つかわしい。最高級の手仕事っって感じだな。この国の木工業はそれなりに高いレベルみたいだ。)
ヘンリックは前世で店舗やオフィスの設営に係わるような仕事の手伝いもやっていたので、家具や調度品も値踏みするようにして見てしまう。
(こっちは、片方が肘掛つきで、もう片方が肘掛が無い二脚一組の安楽椅子だな。肘掛が無い方がやや小ぶりだから、たっぷりしたドレスの裾の存在を計算した女性用か。こういうセットは西洋アンティーク家具で見たぞ)
妖精たちは相変わらずうるさくて(またヘンリックがごちゃごちゃ考えてる)などといって騒ぐが、無視する。
(メイドたちによれば、この邸の部屋数は全部で五百とか、とんでもない数らしい。部屋数が七百を軽く超えるとかいうバッキンガム宮殿とかベルサイユ宮殿よりは小さいんだろうけど……俺が見た十部屋かそこらだけでも美術館級だよなあ。こんなの住宅としちゃあデカすぎて豪華すぎて、めんどくさいことこの上ない)
ばかばかしい大きさに半ばあきれつつ、美穂と住んでいた小ざっぱりとした2LDKの方が、居心地が良いのは間違いなさそうだ、などとも思うのであった。
(あの二脚一組の安楽椅子はねえ、肘の無い方にエレオノラが座って、肘が有る方にハインリヒが座るんだよ。一回レナートが座ったら、エレオノラは椅子の張替をさせたんだよ)
(そうそう。レナートが座った椅子なんかに、ハインリヒを座らせたくないんだって)
なんか妖精どもが、またとんでもないことを言っている。
(それって、亭主が大嫌いで椅子に座られるのもいやってことか? それで不倫相手の国王はこの部屋まで来るってことなのか?)
思わずヘンリックと名付けられたばかりの男は、妖精たちに問い返した。
(えっと、ふりんって何だか忘れたけど、ハインリヒは自分の住んでる王宮からこの部屋までの秘密の通路を作らせたんだよ)
(そうそう、そこの本なんかいれちゃってる棚にみえるのが、秘密の通路への扉だよ。時々夜中にエレオノラがハインリヒの部屋まで行っちゃうことも有るよね)
(そうそう。ハインリヒに呼ばれたら、こっそり行っちゃうね)
本棚の様子を見ると、今夜王が来るとか来ないとかがわかるらしい。
(奥方様一人でか? それとも誰か供につくのか?)
(おデブでぶちゃいくな侍女のアメリは、いつもついて行くよ)
(アメリは~、レナートのせいで死んじゃったポーレットの従姉~)
(本当にあれで、可愛かったポーレットの従姉なの?)
(アメリって、ポーレットと見た感じはぜーんぜん似てないけど、声だけは可愛くて似てる)
(今はおデブだけど、やせたら案外、ポーレットぐらい可愛くなったりして)
(ナイナイ! 無理無理!)
(痩せても、アメリは顔がぶちゃいく!)
妖精たちは暖炉のそばに立って控えているあからさまな高度肥満体型の二十代前半と思われる女性を見て、(おデブ)とか(ぶちゃいく)とか連呼しているのだが、本人は眠そうな目つきであくびをかみ殺している。
(そういえば、この邸の女の使用人って、美人率低くないか?)
男は何となくそう思ってしまう。
(侍女やメイドが可愛いと、レナートに狙われるから、ポーレットが死んだあと、エレオノラは器量が良くてすぐに結婚できそうな子には嫁入り支度分の金をやって、まとめて暇を出したんだよ)
(お前を助けたジーナは良い子だけど、美人じゃないからずっと働いてる)
まとめて美人さんがいなくなったら、ジーナなんかも仕事が増えて大変なのではないかと男は思ったが……
(ジーナは給金を増やして貰って、喜んでるよ。美人なのを鼻にかけてる子って、元からあんまり働かなかったしさ)
世話になったジーナが困ってないなら、まあ良いのかもしれない。
(ジーナはハインリヒとエレオノラがしょっちゅう会うのは良くない、って思ってるみたいだよ)
(ゲオルクもダニエラも、ジーナと意見は一緒)
(ジーナ以外のメイドも、みんなおんなじ考えみたいだよ)
(でも、誰も口に出してエレオノラを止めないよね)
(誰に何言われたって、エレオノラはハインリヒと会うのを止めないってわかってるからだよ)
どうやら公爵夫人の方が国王に執着しているらしい。
(ハインリヒはちびっ子のマルグレーテが怖いみたいだね)
(マルグレーテは美人だけど、ちょっぴりレナートに似たような怖い感じが有る子だね)
(マルグレーテって、魔法も魔力も信じてないって言ってるけどさ、魔力、ちょっとあるよね)
(魔力が有るのにちゃんと使わないから、よけいにおチビのまんまなんだけど)
(あたしら妖精族を見る力は無いね)
(マルグレーテの魔力って、ちょっと魔人入ってない?)
(たぶん入ってる)
(だから、ハインリヒはちびっ子でもマルグレーテが怖いんだね)
(ちびっ子が怖いって言うより、ちびっ子についてきた家来たちが物騒なんだよ、きっと)
ええっと、マルグレーテってのは王妃だったか……その王妃に魔力がちょっとあって怖い?そういう意味なのか? よくわからん―――男は今得た情報を自分なりに整理しようと思ったが、魔法や魔力に否定的な隣国から輿入れした王妃が魔力を持つとは、色々と矛盾してないのか、訳がわからない。
その点は妖精たちには疑問の余地は無いのかして、男の疑問は軽くスルーされてしまった。
(ハインリヒの小姓が秘密の通路側からさっき、手紙を本に挟んだよ)
(赤い封筒だったから、交尾しようって誘いだね、ね?)
(ハインリヒ、たまってる~)
(そうそう、たまってる~)
たまってる国王は、公爵夫人と面差しの似通ったメイドを秘密の愛人にしていたようだが…… それがよりによってエランデル公爵レナートにばれたらしい。
(交尾したい時は、手紙でエレオノラに知らせることが多いんだけど)
(なんか白いカードを置く日も有るよ)
(どっちにしても、ハインリヒは来るんだから、意味の違いがわかんない)
(カードを置く日の方が、長いあいだいるって意味じゃない?)
(そうなの? どっちにしろ、交尾したいってことじゃないの?)
(交尾したくても、おなかの調子が変だと止めるんだよ、ハインリヒは)
(最近ハインリヒ、よくおなか壊すね)
(それに、ちょっとハインリヒ、禿げて来たね)
(レナートの呪いだよ~、それ)
(そうなの? 誰かが毒でも入れてるんじゃないの?)
(だって、エレオノラと夕飯食べようとすると、おなかが変になるもん。毒じゃないよ)
(毒じゃないね、きっと呪い)
(エレオノラが、戸棚ののぞき穴をふさぐように赤い本を置いたら、すぐにハインリヒに会いたいって意味らしいよ)
(そうそう。ハインリヒは時々無視するけどね)
(前より無視する回数増えたよ)
(無視って言うより、お腹が急に壊れるんだよ、最近のハインリヒは)
(この部屋に来る回数は減ってないけど)
(昨日の夜も来てたよね)
目の前の本棚が秘密の扉と言うのは、棚がスライドでもすれば割合に有りそうな仕掛けだが、王宮から続くトンネルにいる者が本を動かして、王の来訪予定を知らせるというのが、どういう仕組みなのか今一つ腑に落ちない。
あれ?
今、なんか本棚の向こうで、かすかな音がした。
「まあ!」
見ると、本棚に並んだ本の上に赤い封筒がポンと乗っている。 公爵夫人の声は弾んでいる。
「追加のお手紙だわ」
ヘンリックをベッドの上に置くと、先ずは赤い封筒を開いて中の手紙を読む。
「まあ、なんていうことかしら」
王からの追加の手紙は、何か好ましくない内容だったらしく、一挙に表情が暗くなった。
(なあ、手紙の中身はどんなことが書いてあったんだ?)
馬鹿でかいベッドの上におかれた状態で、ヘンリックは思わず妖精たちに疑問をぶつけた。
(人族が使う文字ってのが、あたしらは苦手なんで読めない)
(読めないけど、エレオノラが楽しみにしていた二人きりの食事とか酒盛りとかが中止になって、王宮では交尾も出来そうにないから、夜中にハインリヒの方からこの部屋に来るってさ)
(寝巻着て、ベッドに入って待ってればいいって言ってきたみたい)
(ハインリヒはこの部屋、気に入ってるんだよね、夜中でも暖かくしてるし)
(王宮は、マルグレーテの連れてきた家来たちや宰相なんかが薪を節約することに決めたから、ハインリヒの部屋も最近は寒いんだよね、夜中は)
(でも、中止の一番の理由は、宮殿が寒いからじゃないんだよ)
また妖精が思わせぶりなことをいう。
(じゃあ、どんな理由なんだよ)
もったいぶるなよなと思いつつ、妖精たちにヘンリックは問う。
(実は~、昨日、ハインリヒの息子がもう一人生まれたみたい)
ヘンリックは驚いた。
(じゃあ、王妃が子供を産んだのか?)
(そんなの無理!)
(マルグレーテはチビちゃんだから、まだ子供なんて生めるわけがない!)
王妃はまだ十二歳の子供だったと妖精たちが以前言っていたことを、ヘンリックは思い出した。
(王妃でもない、奥方様でもない、第三の女が国王の子を産んだ、ってことか?)
(ハインリヒが内緒にしているだけで、交尾した女は全部で二十人だか三十人だか、いるよ。子供を産んだのが、エレオノラとパオラの二人だけだってこと)
(パオラの顔って、エレオノラに良く似てるんだよ、髪と目の色はただの茶色だけどさ)
(あのパオラって子の方が、エレオノラより魔力強いし賢いよ)
(顔は、エレオノラのほうが、ちょっときれいかな?)
(あんまりかわんないかな?)
(パオラって子は、なんか地味だよね、かなり美人なんだけど)
(そうそう、ハインリヒの好きなキラキラした感じは無いよね)
(でも、うまれてきた男の子、たぶんアンドレアスより賢いよ)
(中身が大人のヘンリックほど賢いわけじゃないけど、多分、アンドレアスの二倍か三倍は賢くなる)
二倍か三倍賢くなる? アバウトすぎて無責任な言い草だが、アンドレアスよりも優れた資質の別の男子が生まれたとなると、将来王位の継承はどうなるのか……気になる展開ではある。
(揉めるな、色々な意味で)
ヘンリックは赤ん坊らしからぬ小難しい顔つきで考え込んでしまう。
暗い表情の公爵夫人は、かなり長たらしい手紙を一度書いたが、それを暖炉の火にくべてしまった。そして再び手紙を書きだした。
(あー、エレオノラ、怒ってる。怒ってるけど、ハインリヒに向かって怒るわけにもいかないと思い直したみたい)
(なんか、ハインリヒは手紙で、パオラと今度生まれた息子のことをエレオノラに伝えたみたい)
(一番好きなのはエレオノラで、パオラは顔が似てたから、一時的な身代わりにしただけ、とか書いてあったみたい)
(パオラと生まれた子供は、この王都からどこか遠くにやっちゃうつもりらしい)
(マルグレーテにばれたら大変だって焦ってるよ、ハインリヒ)
国王は、生まれた息子とその母親をどこにやるつもりなのか? とヘンリックが考えていたところ、急に公爵夫人はアメリに「ダニエラを急いで呼んで頂戴」と命じたのだった。
ヘンリックをそろそろ引き取らせようということらしい。確かに逢引きに赤ん坊は邪魔だ。
(ハインリヒとエレオノラ、今お前が寝かされているベッドで交尾するんだよ)
妖精がこれまただしぬけに、そんなことを言う。
(そんなことまで、知りたくねえよ)
ヘンリックは思わず顔をしかめた。
(だってお前が、生まれた子とパオラがどうなるか知りたがったじゃないか。ハインリヒはそのことについて、ほとんど何も考えてない。そこで交尾した後で、エレオノラが望むようにすればいいと思ってるんだ)
(エレオノラは全部死んじゃえ!って、一瞬思ったけど、それはやっぱりいけないから……)
全部?
一体どれだけの人間が死ねばいいと思ったのか、ヘンリックには訳が分からない。
(全部は全部。自分もハインリヒもレナートもマルグレーテもパオラも子供も、それに家族や家来たちも、全部だよ)
公爵夫人エレオノラは、負の感情を爆発させて暴走するかもしれない危ない人らしい。
(ハインリヒは逃げ腰で無責任で、だめだめな王だね)
(このままじゃ、エレオノラが壊れちゃう)
(だね)
(レナートが壊すかハインリヒが壊すのか、よくわかんないけど、エレオノラ、壊されちゃいそう)
(壊されちゃうというより、壊れるんだ、自分で)
(そういうもの?)
公爵夫人が(壊されちゃうというより、壊れるんだ)という妖精の言葉は、よくわからないながらも、妙な説得力が有った。
予定より、遅くなっちゃいました。誤字も多そうです。すみません。
御指摘、御感想、大歓迎です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます