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噂・2

 アデルはひとまずガーニーの冒険者ギルドに顔を出すことにした。ギルドマスターは純粋なドワーフで、少なくとも五十年は同じ仕事を続けている。人族は時折見え透いた嘘をつくが、ドワーフは魔人同様、策略をめぐらしたり不都合なことに関しては沈黙を守ることはあるが、嘘はつかない。

 だが、かつての職場である冒険者学校の方は、完全に人族が仕切っている状態で、エルフや魔人の教師は居心地が悪いという噂を聞いている。


「純粋な人族は余り多くない。たいていは他の種族の血が少し混じった者だな」


 久しぶりに会うギルドマスターのウレキヤ・ハウカは相変わらず機嫌が良いのか悪いのかわかりにくい仏頂面だが、今は鼻息の感じでかなり上機嫌であることがわかる。というのも、アデルは魔法袋から黄龍帝国産の上等な酒を一樽取り出して、ウレキアに進呈したからだ。

 他のどんな贈り物をもらっても大して喜ばないくせに、酒となると話が別と言うのがドワーフ族の常だが、ウレキア程の者でも、そういった種族の基本的な性質は隠しきれないようだ。


「それにしても、こんな上等な酒をくれるんだから、何か特別な依頼でも有るのか?」


 さすがに、そのあたりの察しは悪くない。


「ああ。秘密の相談と言うか、場合によっては調査して欲しいことが有る。ひょっとすると私自身で調べることになるかもしれぬが、可能な限り私がこの町で色々動いていると知られたくないのだ」

「何を調べるんだ」

「一つは、このガーニーに越してきた母親とその子供の現状だな」

「アデルは、その母子の素性について何か知っているか?」

「まあな」

「お前さんが得意な魔法で他人の記憶を封じるとか操作するとか言う話だと、ギルドマスターとしては認められないのだが、あんたが必要と思うなら、事前に相談の上、黙認ぐらいは出来るぜ……で、あのいわくありげな母親と坊主は何なんだ? ガーニーには他人の思念を読み取る力のある魔法使いは、いなくなってしまったんでな」

「魔法使いの大半は南方の公国連合に逃げたとか聞くが」

「ああ。トリクム王国内部でミシュア人どもが権勢を握るようになってきてから、身の危険が及ばぬうちに安全な場所に移ろうという魔法使いが多くなってな。何しろ公国連合を構成する七つの大公家それぞれが、魔法使いたちを競い合うようにして庇護しているらしいから、ここで冒険者を続けるよりはるかに良いと思うものも多いだろうさ」

「じゃあ、冒険者学校で魔法を教えられる教官も、今はいないわけか」

「いや、エルフ野郎はいるぞ」

「エルフ野郎って、ヨーンか?」

「ともかく、あのエルフ野郎だけが冒険者学校の魔法の教師だ」


 ドワーフとエルフの確執は根深い。

 エルフで幾度か冒険者学校の校長をつとめたことも有るヨーン・レイクホルトのことを知らぬはずはないのに、決してその名を口にしようとはしない。ドワーフであるウレキアからすると、純血のエルフは「お高く留まった鼻持ちならないやつら」としか見えないようだ。だからといって、ウレキアとヨーンの間に個人的な確執があるわけでもない。

 しいて言うなら、ウレキアが酒を飲みながら「純血のエルフなんて、何の道具もろくすっぽ作れない」と言うことが有ったり、ヨーンがよもやま話のついでに「ドワーフは絶滅した巨人族の死体にわいた蛆虫の末裔とする説を否定できる証拠はない」などと言うぐらいのことなのだ。


 魔人であるアデルから見ると、エルフ族の手先は不器用で武器も簡単な道具類もろくに自分では作れないのは事実だし、巨人の死骸にわいた蛆虫が知能を獲得してドワーフになったという説も事実だと思われる。

 様々な道具や武具から魔法道具まで作り出す癖に『鑑定』のような種族特有のスキル以外は大半の魔法が使えないドワーフと、大半の魔法を使いこなせるのにまともな道具を作り出せないエルフでは、かみ合わない部分が大きすぎるようだ。


「人族やハーフエルフの魔法使いたちは、もういないんだな?」

「少なくともギルドに登録した連中は、みんな南に住まいを移したぜ」


 そう答えるウレキアの頭の中は、アデルが持ち込んだ酒のことで一杯なようだった。ひくひくと鼻がうごめき、視線は酒の方に向いているのだから。


「気に入ったのなら、またガーニーに寄るときにはその酒を持ってこよう」

「おっ、そうか! それはありがたいな」


 ウレキアほどの海千山千の曲者でも、ドワーフである以上、美味い酒を前にすると平静ではいられないらしい。アデルとしては苦笑するしかない。


 魔法使いたちが殆どいない現状では、ほぼ唯一のまともな魔法使いであるヨーン・レイクホルトさえどうにかすれば、アデルが魔法で多少の探りを入れたり関係する人間の記憶を少し操作する程度のことで文句を言われずに済むはずだ。別に断りを入れる義務は無いのだが、あらかじめ口止めを依頼しておけば、まず秘密がばれる気遣いは無い。

 人間も学ぶ学校で働くヨーンは純血のエルフとしてはかなりの変わり者だが、アデルとは話が合う。

 エルフの男は好色な者が多いが、時折ヨーンのように全くそういった方面に興味が無い者もいる。アデルにとって、ヨーンは性的なこととは全く切り離して魔法談義が出来る数少ない友人だと言ってよい。


 アデルは冒険者ギルドの建物の裏手から、学校の門を無視してヨーンの研究室へいきなり飛んだ。 


「おやおや、久しぶりだねえ。王都の居心地は良いかな?」

「エランデル公爵家にとどまっていれば不快なことは何もないが、王都の街中に出る時には素のままの髪と目の色を晒すのは止めた方がいい雰囲気だ。エルフに対する偏見もきついしな」

「ひげでも生やせと言うのか」

「まあ、それが一番安全だな」

「蛆虫の末裔のような長いひげはゾッとするな」


 ヨーンは心底嫌でしょうがないという表情をして見せる。エルフ的なセンスでは冗談のつもりらしいが、酒の入ったドワーフが聞けば乱闘沙汰になるだろう。 


「大魔法使いが一時期生やしていたとかいう、短いあごひげ程度でいい」

「そういえば、大魔法使いと同じ名の子供はどうなったのだ?」

「私の弟子にした」

「そうか。弟子に出来る子供か。それはうらやましい」

「本人の資質に問題は無いが、王都は魔法使いにとって好ましい場所ではない。ついては、この学校に入学させるべきかどうか、誰よりもこの学校のことを知っているヨーンの意見を聞きたくてな」

「そうさな、魔法についてはアデルが教えきれないことが必要ならば、多少私がエルフの得意なタイプの魔法をいくつか補う、その程度で十分だから、何も学校に入る必要も無さそうだが……エランデル公爵家の庶子という多少厄介な身分からの解放をめざすなら、入学を口実にガーニーに来るのは良い手だろう。学寮に住むかどうかは別にして……」

「学寮はどうだ?」

「何というか、純粋な人族以外の種族の子供には住みにくい状態らしい。私はここにこもりきりだし、座学の方も人族の助手にやらせている」

「助手? ヨーンの弟子か?」


 ヨーンは自分の奥義を授けうるものしか絶対に弟子に取らないはずで、この世界に三人しかいないと聞いた記憶がアデルには有る。


「まさか。弟子に出来るレベルではない。魔法の方は基本的なものなら、滑らかに発動できる。それだけでな。学内の事務とか雑多な用事を手早くこなす力量は有るので、学内での助手として使っているだけだ。なあ、アデル、お前さんが言い出しかねていることは何だ? エランデル公爵家の坊ちゃんの件より、そっちの方が用事の本筋じゃないのか?」

「いや、本筋は弟子の件なのだが……世話になっている家令殿にちと頼まれてな、断れなかった」

「ほう?」

「私が魔法で多少、この町の人族の記憶を操作するが、五十年は秘密にしておいてくれないだろうか。あとは私の使い魔を十匹ほどガーニーに置いていくが動きを阻害したり排除したりしないでくれ。まあ、止むを得ない事情が有る場合は、念話でもいいので、連絡を頼みたい」

「その対価は?」

「対価なんて必要か? 黙っているだけだぞ」

「私にも尋ねられれば断りきれぬ相手がいないわけではないのだ」

「それはエルフ族の有力者か?」

「そうともかぎらん」


 ヨーンが断りきれない相手となると、さほど多くは無いはずだが、いずれにせよ『大物』であることは確実だ。エルフ以外なら、魔人族か龍族だろうか? アデルには見当がつかない。


「ふむ。魔法誓約書を作って構わないならば、この赤龍の鱗を対価として支払うぞ」

「この鱗を、どうやって手に入れたのだ?」

「龍自身から話し相手の礼として貰った。しばらく籠るとかで、餞別の意味合いも有ったのだろうが」

「さすがはアデル、龍の友達が居るのか」

「ああ。『全ての妖精の友』であるヨーンでは付き合い難い相手ではあるだろうな」

「確かに、龍の気配は妖精をおびえさせるな。この鱗も良い使い道を思いつくまでは封印しておくよ。大魔人のアデルが来たので、妖精たちが逃げてしまってな、多少は不自由なのだ。その対価としては、まあ、ころあいだな」

「ふん、大魔人などと思ってもおらんくせに。妖精用の保護結界を張り忘れただけだろう? ちがうか?」

「アハハ、ばれたか。アデルが長らく不在だったからな、うっかりしたのだ」


 ヨーンは妖精にとって不快な気配から妖精を隔離できる保護結界を広範囲で展開できるのだが、このところは結界を張らずにいたらしい。そこへ魔人であるアデルが急に戻ってきたので、妖精たちが逃げてしまった、そういうことらしい。


「ヨーンは優れた魔法使いだと思うが、いささか怠惰なのはいただけない」


 怠惰と言えば、ヨーンの研究室は散らかり放題で、何がどこにあるのやらまるで分らない酷い有様なのだ。ちょっとした片付けや掃除も「ついめんどうで」忘れるらしい。


「まあ、そういうなよ。今から五十年間は秘密を守ろう。魔法誓約書を作っても良いぞ。人族以外の者にとって、五十年など大した期間でもないからな」


 対価を受け取っておきながら魔法誓約書の内容に背いた者は命を落とすのが普通だが、純粋なエルフの場合は通常の生き物のような死を迎えることが無いため、別の処罰を定めるのだ。


「処罰は『特殊特級石化』だ。世界樹で百年浄化するか、私自身が浄化の魔法をかけない限り解けない」

「わかった。それでかまわん」


 通常の浄化魔法やマジックアイテムで無効化できる魔獣のブレスによる石化とはレベルも難度もまるで違うのが『特殊石化』だ。術をかける者のレベルで『特殊石化』もただの特殊・特殊上級・特殊特級の三段階に分類される。術をかけられる方も高度な魔法の使い手の場合は、どうしても特殊特級以外十分に効力を発することが出来ない。ヨーンほどの高度な魔法を使いこなす者に単なる『特殊石化』をかけたとしても、発動した瞬間に無効化されてしまうだろう。

 高位の魔法使いを確実に縛るのは、どうしたって特級レベルの魔法でなければ無理なのだ。


 長たらしい呪文を正確に魔法誓約書にしたため、アデルの求めをヨーンが承諾し対価を受け取ったことを書き添え、最後にアデルとヨーンの血を一たらしずつ混ぜ込んだもので魔法印を合成し、誓約書の冒頭と中央と末尾に押すと、魔法誓約書が出来上がる。その誓約書を魔法印を押した三点を結ぶラインで真っ二つに切断し、左半分を誓約を持ちかけたアデルが、右半分を受けたヨーンが持つことになる。魔法印は誓約の内容の発効と同時に消滅するのだ。


「魔法印の合成をしてまで守りたい秘密でもあるってことか」

「ああ。トリクム国王の二番目の王子がこの町に住んでいるのだが、幼い王妃自身より王妃の取り巻きたちに一切知られたくないのだ」

「なぜ、お前さんが?」

「二番目の王子の母親も、庶子ではあるがエランデル公爵家の姫だ。家令殿には全くの想定外の事態でな、困惑しているようだ。王子と母親を安全にひっそりと穏やかに暮らさせるためにガーニーに移らせたのだが……王妃派の勢力は拡大中だからなあ」

「公爵夫人は、先代公爵の嫡出の姫君だったな。その王子と母親のことを承知か?」

「いや、家令殿は知らせていない。国王との関係が有るから、今現在は知らせない方が得策だと見ているようだ」

「ああ、そうか。公爵夫人は本気で国王を想っていると言う妖精どもの噂は、本当なのだな」

「そうだろうな。公爵夫人にとって夫は父方の従兄、国王は母方の従兄と言う関係でな、夫の方は魔人の血の人付き合いの悪いところがむき出しになったような男であるのに対して、国王の方は妖精の祝福を受けた穏やかな雰囲気が有る。公爵夫人が幼いころからよくなじんでいたのは、国王の方なのだ」

「ふーん。公爵夫人にとって国王は初恋の相手か」

「恐らく国王にとってもな。この町に住んでいる王子の母親の面差しは、腹違いの姉である公爵夫人にかなり似ているのだ」

「それは……確かに、王妃サイドには知られたくない情報だろうな」

「だろう? だから、記憶の操作を行うことにしたのだ。王妃派の手先がこの町に入り込む前にな」

「ならば、こうするのはどうだ」


 ヨーンの提案はアデルから見てもケチの付けようのない完璧なものと思われた。


「束縛を受ける者自らが、束縛を受ける事柄の詳細を決めるというのは面白いやり方だろう?」


 ヨーンは誓約で縛られることを楽しんでいるようだ。


「石化してみた経験は無いからな。アデルなら石化を解いてくれるだろうし。悪くない内容だと思うぞ」

「石化は……かかった瞬間がきついぞ」

「経験があるのか、アデルは」

「魔人族のしごきは、少々手荒でな。石化したまま一晩放置などというのも珍しくないのだ」

「うへええ、魔人に生まれなくて、本当に良かった」

「確かに、そうかもしれん」


 通常の石化なら自分で解除するなどという魔人族特有のスキルを鍛えるための、いわば訓練なのだが、慣れないうちは苦痛が大きいのも確かなのだ。

 エルフは植物や風、水に係わるスキルや魔法が得意だから、地属性ではあっても石化はあまりなじみが無いのだろう。伸びる植物の根で物を破壊するスキルがエルフには有るはずだが、それを応用すれば石化も解けるのではないかとアデルは思っている。ただ、それを魔法馬鹿のヨーンに打ち明けたら、実験やら検証やらに付き合わされるのは確実なので、アデルとしては当分内緒にしているつもりだ。

誤字脱字の御指摘、大歓迎です。

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