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三歳・3

 魔法書の書庫の封印を無事に解いて以来、ヘンリックは毎晩夕食後に二階にある自分の部屋を抜け出して、庭に下りて行くのが日課になっている。

 

 これまで独習したくても出来なかったジャンルの魔法に関する書籍が豊富にあって、まずはためしに初級魔法の範囲の四つの全属性を学ぶことにした。

 妖精たちに魔力は順調に育っているとか、操作が正確になったとか言われながらも、簡単なはずの初歩的な属性魔法の発動のさせ方が分からずにいたのだ。


(「地」「水」「火」「風」の魔法よりも先に、初歩とはいえ光魔法を発動するなんて、普通じゃない)


 レディ・シュナイデルが邸に来て以来、ヘンリックが使うことを許される照明用の蝋燭の数が減らされてしまったために、必要に迫られて最初に身に着けたのが、たまたま『光明』だったのだ。


(でもまあ、光魔法の『光明』が使いこなせるんだから、「地」「水」「火」「風」のかなりの魔法は使いこなせるはずなんだけど)


 そんな風に妖精たちは言っていたが、『光明』以外の属性魔法はすぐに暴発してうまく行かなかった。

 どうやら原因はこれまで読んできた古本類の記述が分かりにくかったせいであったらしい。

 個々の魔法の術ごとに思い浮かべるべきイメージの具体例が、初代ヘンリックの書庫に残されていた『落ちこぼれ救済のための初歩魔法』と言うテキストに詳細に記述されていたので、筆記し、翌日から庭で練習に励んだら、わずか三日かそこらで四つの属性全部の初歩の魔法の発動に成功した。



(一応俺って、四つの属性持ちではあるわけだよね)


 ちょっと得意な気分で妖精たちに問うと、返ってきた答えは淡々としたものだった。


(まあ、ね)

(四属性それぞれのレベルを上げたら、光と闇の二属性も、少しなら使えるようになるかなあ)

(まあ、普通の人間なら、そこまでで精一杯だね)

(だね)

(あとは、複合魔法とか、アレンジするとか、武器に魔法を纏わせるとか、いろいろ工夫は出来るだろうけど、まあ、基本は四属性で後は付け足し程度って感じだよ、多分)

(でもさヘンリック、いつまでもそのレベルじゃ、世界樹の森には入れないよ)


 初級魔法はそのままではろくに役にも立ちそうもない。そんな魔法ばかりでは、四属性持っていようが役立たずなので、ある程度は得意な属性から伸ばしていくということも必要だと思われるが……どう手をつけて行ったらいいのか書籍だけではわからない。そもそも四つの基本的な属性で、自分の得意な属性が何かもわからないのだ。妖精に質問しても(さあ)とか(そんなの知らない)と言う返事しか返ってこない。


(昔は魔法の師匠がいて、本じゃわかりにくい色々な加減とかコツとか教えてもらえたんだろうけど、今の都では魔法の師匠自体、見つからないよね)


 それでもヘンリックとしては、妖精に問いかけて、そこから答を見出す以外に手は無いのだ。


(まあ、そうだよね。少なくとも人間で師匠になれそうな者はいないな)


 これからも妖精たちの意見も聞いて少しずつ学んで行く他無いかなどと思っていたのだが……そうはうまく行かないようだ。


 妖精たちが、ヘンリックの予想もしなかったことを言い出したからだ。


(あの書庫、恐ろしい魔物や龍の力も籠っているみたいだね、お前にもその気配が移っていて、怖くて近寄れない)

(お前が嫌いなわけじゃないけど、しばらく傍に来るのは止める)


 これまで妖精がゴミのようだ、などと思うこともしばしばだったが、それ以来、一日中全く妖精が周囲にいない状況が続いている。

 この世界に生まれてからは初めての経験で、ヘンリックは戸惑っている。

 妖精が姿を見せなくなってから十日ほどが過ぎたある夜、思わぬ人物とも接触した。


「おい、子供、そこで何をしている?」


 窓から風の初級魔法を使って音も無く庭に降り立ち、光魔法の『光明』を発動して書庫に入ろうとしたところ、いきなり声をかけられたのでびっくりした。相手も魔力を纏っている。果たして人類なのか、この国に潜入している可能性が高いと妖精たちが噂していた魔人族なのか、場合によっては自分の命は危ないかもしれない。そんな緊迫感をヘンリックは覚える。


「生意気にも光魔法など発動させおって」


 妖精たちのサポートが無いので、何処の誰かわからなかったのだが……


「ひょっとして、お前、この俺が誰かわからんのか」

「いえ、その、エランデル公爵閣下でいらっしゃいますね」

「ふーん、どこかで見知っていたか」


 かろうじて正面ホールに飾られている肖像画で顔を覚えていたから、どうにか判別できたのだ。


「お前、ハーフエルフの女が産んだ子供か?」

「はい」


 多分、ヘンリックの生みの母の名前がニコレットだなんて、まるで記憶にないのだろう。


「魔法を使う気配がすると思って来てみれば、秘密の書庫の扉を突き止めたのだな」

「はあ」

「さっさと扉を開けよ」

「はい」


 つまり、この偉そうな男は実の親父で一応公爵であるレナートなわけだが、妖精たちが(顔は変じゃないけど性格は変)と言うだけあって、息子としてのヘンリックの存在など、これっぽっちも気にかけたことは無かったようだ。単に秘密の書庫の鍵開け役として使えると知って興味がわいてきた、そんなところか……


 妖精たちによれば、魔力の不足している者は中に立ち入ること自体不可能らしいが、レナートは中に入ることが出来た。副作用でいきなり石化するかもしれないという物騒な魔法薬の効果なのだろうか、感じられる魔力自体はかなり強い。妖精たちがレナートがこれまで暮らして来た別邸には(魔人の気配がするの~)といっていたことからすると、妖精たちとは相性の悪いタイプの魔法にある程度馴染んでいる可能性は高いと見た。


 エルフ由来の特殊スキル『判定』がすぐに使用可能か試してみたところ、一応「闇属性魔法『暗視』『威圧』発動中」と読み取れた。だが、発動している魔法の強さや威力までは、まだ読み取れない。

 レナートが妖精たちが言っていたようなダメ魔法使いの割に、闇魔法二つを同時発動とは、かなりの魔力を使っている計算になるが……やっぱり魔法薬で増強した結果なのだろうか?

 ただ、『暗視』も『威圧』も細い糸状に魔法を展開させると言った緻密さは不要な魔法ではある。さらに言えば、魔人の得意なジャンルは当然ながら闇属性の魔法らしいのだ。人間と言うよりも魔人に近いレナートにとって、ひょっとすると基本的とされる四属性の魔法より扱いやすい可能性は高い。


「小僧、今、何の魔法を発動した?」

「水属性の『緩和』です」


 明らかに嘘だが、恐らくはバレてはいないと思われる。

 各種族由来の特殊スキルについての本も秘密の書庫に有ったので、自分の祖父がエルフであるならば手始めに難易度が少ないエルフのスキルなら発動できるのでは無いかと思って試してみたのだ。

 『判定』は使用中のスキルや魔法、魔術、対戦相手の能力などが即座に読み取れるスキルだ。その表示の仕方は、使用者本人が望むような形態を思い浮かべるだけで、そのままの形にレイアウト出来る。

 ちなみにヘンリックは、子供のころやりこんだRPGのような表示形態に決めている。


「その幼さで複数の魔法を同時に発動とは……お前、全属性持ちか?」

「わかりません。最近ここに通い始めたばかりですし」

「ほお?」


 糞親父は歯を見せてニヤリとした。

 嘘だと思ったようだ。


 妖精たちも種族固有の魔法は、その種族の血を受けていないと使用できないと言っていたが、初代ヘンリックの研究ノートには、種族固有のスキルとされているものも、実はそれぞれの種族の得意な属性魔法の応用にすぎない……といった内容が有ったので、気になっているのだが……あのノートをレナートに見られたら、厄介だ。

 妖精に嫌悪されるような禍々しい雰囲気を纏っている父親であるのだから、ろくなことにはならない気がする。



 レナートの魔力はヘンリックよりもかなり低いレベルであるようだから、自分では大したことはできないだろうが、妖精たちの噂していた別邸に滞在中の女魔人が、高度の魔法を応用させて、何か極めて有害な新しい魔法でも編み出したら厄介だ。あのノートが見つからないことを祈るばかりだが……


「お前は、この書庫の中身をすべて読み取ることが出来るのか?」

「残念ながら、読むことのできない書物の方がはるかに多いかと思います」


 明らかに三歳児向けの会話ではないのだが、レナートは変だとも思ってないらしい。

 顔も見に来なかったくせに、ヘンリックの魂は大人であるという事実は承知していたのかもしれない。こうした場合、妖精たちのサポートが無いのは実に心もとない。


 初代ヘンリックの封印は書物や研究ノート類の一つ一つにもかけられていて、ヘンリックの場合、魔法を正確に理解するための解説は概ね読むことが可能なようだが、中級以上の魔法の実践に関する細かい情報は大半が伏字状態になっていて、読み取れない。

 この書斎の中には丸ごと封印されている書棚も沢山有る。恐らく神属性に関する内容も含むのではないかとヘンリックは推測するが、あくまで推測にすぎない。

 現在のヘンリックに読み取り可能なのは、生活に応用しやすい初級魔法の四属性分と、その上の中級魔法に相当する「光」と「闇」も含む魔法のうち、ごく単純なものだけだ。

 この書庫にあった判定法に従って試してみたところ、ヘンリックの場合、「地」「水」「火」「風」の四属性の中で「火」が一番適性が低いようだ。「地」「水」「風」の属性魔法は中級でも発動方法まできちんとこの書庫の本を読み取れる。ところが中級の火属性魔法に関しては、解説した記述の大半を読み取ることは可能だが、それらの文字の真上に「発動不能」という赤い文字が重なって浮き上がって見えるのだ。


「お前は随分いろいろ読めるようだな。ならば、魔法の師匠をつけてやろうか?」


 この糞親父は自分を仕込んで良いように使う魂胆らしい、とヘンリックはムカついた。だが、そんな様子は微塵も見せず、あくまで穏やかに言葉を選ぶ。


「宮廷魔術師の御弟子の方ですか?」

「ハッ、あんな連中、何の役にも立たんさ」

「はあ」

「本物の魔人だぞ。しかも美人だ」

「はあ」

「お前、何という名前だ?」

「ヘンリックです」

「おお? そうか、そりゃあ傑作だ。誰が付けた名前だ? エレオノラか」

「はい」

「フン、魔力は有っても、発動がうまく行かない俺へのあてつけか」

「そうなのですか?」

「ああ。お前は色々内容が読み取れるようだが、俺はこの一番入り口に近い棚の『異種間交流の心得』という本の背表紙の文字しか読み取ることが出来ない。他は本の題名すらわからん」


 はあ、まあな。あんたじゃ異種間どころか人類同士の交流にも問題が有るだろうよ……とヘンリックは密かに悪態をつく。


「お前はあの、王の隠し子と宜しくやっているようだが、あいつの引き立てをアテにでもしているのか?」


 三歳児を捕まえて「王の隠し子」などという過激な発言をする。どういう神経をしてるんだか……


「えっと、それは」

「お前の魂が大人の物だということは承知の上で問うている。答えろ」


 大した魔力も無い親父にそんなことが分かるはずもない。やっぱり、別邸に居候しているらしき魔人かなんかの入れ知恵なのかもしれない。


「はあ」

「アンドレアスはお前にとって兄でもなんでもないのは、わかっているのだろう?」

「その……」

「ならば、あのガキを多少痛めつけてでもっ! うわあっ!」


 アンドレアスを痛めつけてどうするつもりなのか不明のまま、突然レナートの体は扉の外へ弾き出された。何が有ったのか訳が分からずにヘンリックも外に出てみると、まるで瀕死のヒキガエルのようにレナートは地面にベタッと手足を投げ出して倒れている。

 一応助け上げようと、そばに寄ったところ、小さなつむじ風が起こった。


「おやまあ、レナートったら倒れちゃったのね、坊やはヘンリックの名を継いだ子なのかしら?」 


 ゾクゾクっとするようなアルトの艶っぽい声がして、立ち込める霧の中から艶やかな黒髪と赤い瞳をした女が姿をあらわした。妖精はキラキラする粉のような光を纏っているのが普通だと思うが、この女は赤い霧を纏っているように見える。どうやら噂の魔人族であるらしい


「あなたはどなた様でしょうか?」

「アデル・メルヴィル、坊やにはアデルと呼ぶことを許してあげる」


 ニンマリ笑うその艶めいた唇にも、密着度の高い服で強調された出るところが出て引っ込むところは引っ込んだボディラインにも、見えそうではっきりとは見えない白い肌にも、ヘンリックの体が幼児のせいか心身ともに特段の影響を感じない。


「魂は大人でも体はお子ちゃまなのだねえ」


 そう言いながら、いきなりアデルは魔法をレナートにめがけて放った。すると、レナートは意識を取り戻して、泥をはたきつつ立ち上がった。ずいぶんと荒っぽい感じだったが、魔人族固有の治癒魔法のようだ。


「みっともないところを見られたな。それにしても、なぜ急に書庫の外に弾き飛ばされたのか、アデル、分かるか?」

「結界魔法の作用で弾き飛ばされたのよ。どうにか中には入ることが出来ても、お前の言動が先祖の大魔法使いの定めた使用者の条件から外れていた、そんなところじゃないか? なあ、坊や? どう思う?」

「アデルはこいつが気に入ったようだな」

「ああ。お前程度の魔力の人族と閨で戯れたからといって、子を作る気にもなれん。そろそろ潮時だろう。お前はもっと真面目に奥方と向かい合うべきだ。この坊やはお前の子供とは思えぬぐらい有望だ。全くの色気抜きで魔法を仕込むのも悪くない」


 なんか色々と子供に聞かせるには問題の多い発言だったが、アデルという女魔人もレナートもそのあたりはサックリ無視した。気にもならないらしい。


「本気か?」


 どうやらレナートにとっても予想外の展開なのだろう。


「魔人族は人族のように嘘はつかない。それぐらいお前も知っているだろう?」


 ウソかホントか知らないが、魔人族は言葉以外の手段で人族を欺いたりすることはあっても、言葉で嘘をつくことは絶対無いらしい。 


「なぜ、俺に魔法を教えようなんて思うんだ?」


 動揺したせいか、ヘンリックは『僕』と言いそびれた。脳内で交わしてきた妖精との念話をそのまま言語化してしまったようなというか、素が出たというか、そんなところだ。


 それにしたって、レナートやこの魔人族のアデルと言う女も何を企んでいるのか、見えてこない。


「坊やが大魔法使いヘンリックの書庫を受け継いだのは確かなようだから、その坊やに信用してもらわないことには、中の貴重な書籍や記録を読むのは不可能だから……かな?」

「初代ヘンリックの書庫って、どの程度知られているんですか?」


 やや落ち着いて、ヘンリックの口調も丁寧なものに戻る。



「王都の人間で知るものはほぼ皆無だが……ガーニーあたりでは、中に入りたいものは大勢いると思うぞ。少なくとも私は、それが目的でレナートの邸に滞在していたのだからな」

「ガーニーにおいでになったことは有りますか?」

「あるも何も、冒険者として働いたり、学校の教師をやったり、色々楽しい思い出も有る場所だ」


 へええ……

 この女魔人は思いの他、まともなやつなんだろうか?

 いやいや、あの閨うんぬんと言う発言は、まともな神経では出来ないんじゃないか?

 まだまだ用心は必要だろうが……

 

 あれこれ考えながらも、目の前の女魔人から目が離せないヘンリックである。


 


今日は多めの更新で誤字脱字が心配です。

御指摘いつでも大歓迎です。

感想もお待ちしています。

ここまでお読みくださって、ありがとうございました。

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