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初誕生のころ・2

ちょっと動き出ました

 母親が妊娠中に乳母がいなくなってしまったアンドレアスは、ダニエラに預けられる格好になった。情緒不安定気味のアンドレアスはダニエラに昼も夜もしがみついて離れない。夜中にぐずることも多い。

 そのためアンドレアス用のベッドはダニエラのベッドの右隣に置かれている。元々有ったヘンリックのベッドは、少し離れた左側の壁沿いに移された。

 

 それでもダニエラはアンドレアスがぐっすり寝入ると、これまでより短時間ではあるが、ヘンリックのベッドのそばに来て小声で話をする。ヘンリックが自分の話を理解できていると確信しているらしい。 


「坊ちゃん、不自由をおかけして申し訳ありません。身分だの格式だのうるさい者たちがいまして、私が坊ちゃんの御世話をするのはすぐにも止めろと言うのですが、これまではあえて無視しておりました。ですが、近い内に坊ちゃんには本邸の部屋に御移りいただくことになるかと思います。と申しますのも、アンドレアス様の家庭教師の方がおいでになるまで、私が正式にアンドレアス様の乳母の役を務めることになりましたので、ここを引き払って本邸の歴代の御嫡男が住まわれたお部屋に移らねばいけないからです」

「わかった」

「今の状態では、落ち着いて本を読まれるのも難しい状態ですが、御移りいただく部屋ではそうしたことが無いように配慮いたします。もしかしたら、絵本よりもっと難しい本も必要でしょうか?」

「うん。欲しい」

「では、小さな書庫に近い場所に致しましょう。そこには珍しい本や高価な本はあまりございませんが、御自分でお勉強なさるおつもりがあるなら、かなり使える本が色々あるのです。これまで多くの庶子の方々が使ってこられた書庫ですから、古本ではありますが色々な学問の本などもございます。あそこなら格式がどうのこうのとうるさい連中も文句は申しませんでしょう」

「ありがとう」

「ジーナにも部屋を引っ越してもらって、坊ちゃんの御世話をしやすいようにいたしますね」

「よろしく」

「やっぱり、坊ちゃんは中身が大人でいらっしゃるのでしょうね」

「かもしれない」


 素直に肯定するのは、ちょっとばかり抵抗のあるヘンリックである。


「かもしれないのですか。やはり。ですが、お体はようやく一歳になられるところなのですから、あまりご無理をなさいませんように」

「わかった」

「お引越しの御世話をして差し上げたかったのですけど……難しいようです。ジーナにもよく頼んでおきますが、何かお困りごとが有りましたら、ジーナでも他のメイドでもよろしいので、私の方に使いをお出しください」

「うん。そうする」

「では、おやすみなさいませ」

 ダニエラが自分のベッドに戻ると、妖精たちがまた話を始める。


(アンドレアス、目が覚めて聞き耳立てていた)

(なんでダニエラが大人に対するような言葉でお前に話しかけるんだろうって、不思議に思ってる)

(でも、アンドレアスには難しすぎる話だから、また眠くなってうとうと寝始めた)


 ヘンリックも眠くなってくる。一歳児の体は大人の意識とはちぐはぐで、昼寝をしっかりしていても、すぐに眠くなってしまうのだ。


(なんだ、ヘンリックも寝ちゃうのか)

(なんだ、たいくつだなあ)

(じゃあ、ヘンリックが引っ越す先を、みんなで見に行こう)

(そうしよう!)


 ガヤガヤと賑やかに騒ぎながら、妖精たちは出て行った模様だ。


 朝起きると、ダニエラはアンドレアスの着替えをほぼ付き切りで手伝う。

(こんな装飾過多な服、子供には迷惑だろうな)

 思わずヘンリックが同情したくなるほど、フリルや飾りボタンの多い面倒そうな服だ。これでもまだシンプルな方で、公爵家の嫡男の身分だと、外出の際は華やかな上着を着用し帽子まで被らなくてはいけないらしい。

 庶子に過ぎないヘンリックの服は簡素なので、上手く手が届かない所を、小間使いの少女に少し手助けしてもらう程度で十分だ。

 このところ、二人は同じテーブルで食事を取っており、好き嫌いせず行儀よく食べるヘンリックを「まだお誕生日前ですのに、きちんと御自分で召し上がって、なんてお利口なのでしょう」とダニエラが褒めるので、これまで乳母に食べさせてもらっていたアンドレアスも自分できちんと食べるようになった。

 ちなみにアンドレアスの食器は嫡男専用の見事な金象嵌が入った銀器だが、ヘンリックの食器はただの陶器だ。確かに銀器は高価で美しいが、暖かい料理を入れると手で持てないほど熱くなるのに対し、陶器はそこまで外側は熱くならないので手を添えやすい。


(アンドレアスは乳母に抱っこしてもらって、食べさせてもらわないと嫌だって毎日騒いでたよ)

 熱くなりすぎる銀器や飾りの多すぎる服も原因になっているだろうとヘンリックは思うが、妖精たちの意見は違うらしい。

(アンドレアス、きれいな顔だけど、馬鹿だよね)

(あまり賢くないけど、生まれて三年目ぐらいの人族は、まあ、普通はこんなもん)

(あのいなくなった乳母は甘やかしすぎた。好き嫌いもさせ放題だった)

(赤ちゃん扱いしすぎてたよね)

(おかげでダニエラは苦労している)

(ダニエラのことは嫌いじゃないけど、ちょっと怖いって思ってるんだよね、アンドレアスは)

(嘘やごまかしには、ダニエラは厳しいもん)


 妖精たちが、これだけ色々話をしているのに、ダニエラにもアンドレアスにも全く伝わらないので、聞き役はヘンリックひとりなわけで……


(この子、馬鹿だけど、ヘンリックには負けたくないらしい)

(ヘンリックは中身が大人の、変な奴だから、無理しても勝てっこないのにね)


 けっ、俺は変な奴扱いか……ヘンリックが脳内で悪態をつきながら、一歳児としては実に器用にスプーンを使って野菜と肉の柔らかい煮込みを食べていると、アンドレアスがジッと見つめてくる。二人の食器やスプーンの素材は違うが、料理の内容と量は、ほぼ平等だ。


「ヘンリック、お野菜好き?」

「はい」

「じゃあ、全部あげる。僕は後でお菓子を貰うから」


 つまり、煮込んだカブやら人参やらがいらないので、お前が代わりに食えと言いたいらしい。

 するとダニエラがさっそく教育的訓戒を始める。


「健やかなお体を作るために、好き嫌いをなさってはいけません。アンドレアス様の方が大きくていらっしゃるのですから、ヘンリック様よりたくさんのお野菜を召し上がった方が良いぐらいなのですよ。それに、ご自分のお厭なものを人に押し付けるのは、お行儀が悪いだけでなく卑怯です。ヘンリック様はお小さいですし御身分も下ですから、アンドレアス様に言われたことには逆らえません。それが分かっていて、ヘンリック様に御自身の食べ残しを押し付けるなど、有ってはなりません。目下の者には思いやりを持ち、卑怯なことはしないのが立派な貴族です。アンドレアス様は高い御身分なのですから、お馬鹿な卑怯者でいらしたら、領民やお仕えするたくさんの人々が不幸せになるのです」

「お野菜、食べないと、お馬鹿で卑怯?」

「ええ。お野菜と戦って下さいまし。アンドレアス様のお好きな英雄ジークは、お野菜が嫌いだったとお思いですか?」

「うーんと……知らない」


 確かに知るわけないわな……とヘンリックは思った。

 すると、ダニエラはアンドレアスの大好きな絵本に出てくる英雄ジークは「何でも好き嫌いせず食べ、武芸の稽古にも励んだので強くなった」のだと力説した。


「本当?」


 アンドレアスは「おりこう」ではないらしいが、金髪の巻き毛がキラキラして、天使みたいに愛らしい……とヘンリックは思う。ヘンリックもダニエラの話は本当かどうか怪しいと思ったが、黙っていた。


(あの絵本の話のもとになった龍殺しのジークってやつは、野菜大嫌いで肉ばっかり食ってたよ)

(なんか体がいつも臭いから、妖精は誰もそばに寄らなかったんだよ)

(でも、見てるのは面白い奴だった)

(あ、それでも……森でとれるコケモモは食べたんだよ)

(あと、キノコは肉と一緒に焼いて食ってた)

(確かに煮た野菜は嫌いだったね)


 どうやらジークというのは実在の人物らしい。


(龍殺しって、不死身じゃないの?)

(とっくの昔に死んじゃったよ)

(ジークは純粋な人間だもん。ドワーフの友達がいたけどさ)

(そのドワーフが凄い剣を貸してくれたんだよ)

(狂った龍を殺した後、その剣は返したんだ)

(ジークは森の猟師で冒険者だった)

(なんだか今の人間は騎士だったことにしたがるけどさ)

(どこかの国王が宝剣を与えた、とか、アンドレアスのお気に入りの絵本はデタラメ)


 そうこうするうちに、どうにかアンドレアスも煮込みを食べ終わった。そこでダニエラが「ご褒美に美味しいお菓子を差し上げましょうね」と言うと、一挙に機嫌が良くなった。

 だが、ダニエラがヘンリックを抱き上げ小さな声で話し始めたのを見ると、いっぺんに不機嫌な顔になった。それでも騒ぐことなくお気に入りの絵本を手に取ったのは、アンドレアスなりに頑張ったということなのだろう。


「坊ちゃん、新しいお部屋の支度が今日の午後には出来るそうです。私もアンドレアス様のお供をして、今夜から本邸で寝泊まりすることに致しました。アンドレアス様のお部屋のすぐ下に、新たに家政上の仕事をするための私専用の書斎を設けたのですが、その書斎の小さなバルコニーは、お庭伝いにすぐおいでになれる場所です。身分身分とうるさい人たちの目にはつかない方が良いですからね」


 絵本をめくってはいるが、明らかにアンドレアスはむくれている。だが、まだダニエラの話は続いた。


(三歳児のやきもち~)

(ダニエラが本当はヘンリックと一緒にいたいのは、理解してるんだね)


 嫡男様に憎まれるのは勘弁してほしい……ヘンリックは気が重くなる。


「今度のお部屋は、本邸内で一番枝ぶりの良い樫の木が見下ろせる場所です。別邸に滞在中の御客人がおっしゃるには、その樫の木は坊ちゃんに何やら特別な縁が有るのだそうです。ここよりも妖精の加護は薄くなるかもしれませんが、魔法の才能が有る方には良いお部屋だとうかがっております。それに、ジーナ以外の者がやたらと立ち入らないように申し付けますので、伸び伸びとお好きなようにお過ごしください。何か必要なものがございましたら、私に出来る限りのものはお手元に届けさせていただきますので、いつでもジーナを通じてお知らせください……まだ、色々お話したいのですが、しばしのお別れです。では、ジーナが迎えに参りますので、それまで、この部屋でお待ちくださいね」


 ダニエラはヘンリックを降ろすと、ようやくアンドレアスを抱っこした。

 好きなお菓子やオモチャの兵隊の話をして、アンドレアスの御機嫌をすぐに直したようではあったが、幼児の愛情に対する飢餓感とか執着とかを少し甘く見ているような気がして、ヘンリックは心配になる。

 相当に気を付けないと、「嫡男に憎まれる庶子」と言う厄介な立場に追いやられそうだ。


 ヘンリックの思考を読んだはずの妖精たちの反応は鈍い。


(ヘンリックは細かいこと、気にし過ぎ)

(ダニエラは賢いから、大丈夫)

(頭も体も三歳児のアンドレアスのやきもちなんて、お菓子でどうにかできる程度だって)

(ヘンリックは気にし過ぎだけど、用心にはこしたことないかも)


 そうこうするうちに、ジーナが迎えに来た。

 メイド見習いらしき十歳かそこらの少女を二人連れている。


「坊ちゃん、今からお引越しだよ。ダニエラ様から話は聞いてる?」

「うん。ジーナ、待ってた」


 本当はもっと色々話したいが、一歳児の口では上手く発音しにくい。歯が生えそろうともう少しましになるのだろうが、まだ前歯も全部そろってない段階では大変なのだ。


「おりこうだなあ、坊ちゃんは」

「この二人は?」

「ああ、そうそう、坊ちゃんは初めましてだったね。二人ともあたしの従妹で、先月からお邸で働いてるの。この子がハナで、この子がラナ」

「そっくり」

「ハナとラナは双子だよ」


 ハナとラナはそっくりな顔をしていて、団子鼻の上のそばかすが目立つ。体型はカカシを思わせるヒョロっとした痩せ型だ。大人になっても巨乳とは縁遠い体質だとヘンリックは見た。


「ジーナねえちゃんの従妹のハナです」

「ラナです。坊ちゃんよろしくね」


 二人とも、声が可愛い。人気の声優が演じる美少女キャラをヘンリックは連想した。


(わあ、可愛い声だ!)

(心地良いねえ)

(歌を歌ってほしいなあ)


「妖精たちがね、歌ってって言ってる」


 するとハナとラナはキャッキャと声を上げて飛び跳ねた。


「坊ちゃん、すごい、妖精さんの言葉が分かるんだね」

 ラナが言うと……ハナが驚きの発言をした。

「坊ちゃんの周りに、いっぱい妖精がいるね」


 どうやらハナは、ヘンリックの周囲にドッサリいる妖精たちが見えているようだ。 


「ハナも見えるの? ラナは?」

「二人とも言葉はわかんないけど、見える。さっきより、妖精たち、光ってるよ」


 すると、さっそく荷造りにかかっていたジーナが文句を言った。


「ちょっとハナ、お邸ではもっと丁寧な言葉遣いをしてよ。そんなぞんざいな話し方じゃ、従姉のあたしが恥をかくじゃないか」

「そういう姉さんだって、さっぱりできてないよ。さっきも偉そうな婆さんに叱られたし」

「そうだよ。姉さんたら、まだなまってるし」

 ラナにまで言われてしまっているジーナであった。


 ヘンリックが「今の言葉でいい」と言った所為か、妖精たちの希望にこたえて双子がきれいな声で歌いだした所為か、その場は明るい賑やかな雰囲気でテキパキ作業ははかどり、かなり多くなっていたヘンリックの身の回りの物は荷造りが済んで、昼過ぎには無事に新しい部屋に着いたのだった。






誤字脱字の御指摘大歓迎です。

感想お待ちしてます。

ここまでお読み頂きまして、ありがとうございます


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