第6話 織田の攻略がこんなに易しいわけがない
「ええー! 何これ!」
次なるターゲットである織田家の現状を調べてみたわたしは、思わず声をあげてしまいました。兵力の充実っぷりが半端ではありません。
「ただでさえ栄えている清州と那古野がやたら開発されて資金もお米もどんどん入ってくるし、もともと優秀な武将が多いですからねえ……」
「わしらが徳川と戦をしておる間、内政と軍備に集中しておったようだのう。これは迂闊に攻められんぞ」
信玄公が悔しそうに言いました。
勢力全体の武将数や兵士数で言えば、武田家のほうがかなり上です。しかし、わたしたちは上杉に備えて甲斐・信濃方面に力を割く必要があります。
加えてシステム上、1度の戦争で1つの城から出撃できる武将の数は限られているのです。つまり岡崎城にどれだけ戦力を集めても、その全軍をもって織田を攻めるということが不可能なのです。鳴海城と那古野城に集まっている織田の戦力を見る限り、どうやっても五分五分の戦いとなりそうな雰囲気です。
「となると、守る織田が有利であろうな。下手にこちらから攻めれば、消耗したところで逆に後で攻め込まれる恐れすらある」
「うう……。どうすればいいんでしょう」
情けない声を出したわたしに対し、信玄公は冷静に、
「いつでも攻められるようにしながら、ひたすら好機を待つしかあるまい」
「動かざること山の如し、ですか」
「そうだ。先に動いたら負ける」
「でも、好機なんて来るんですか?」
「宵子よ、このげーむの中の織田信長が人ではなく『こんぴゅーた』であることはわかっておるが……性格や考え方は再現されておるのだろう?」
信玄公はわたしの質問に対して質問で返してきました。
「え? ええ、おそらく……」
この手のゲームは、武将ごとに史実に対応した思考パターンが設定されていると聞いたことがあります。
「ならば、やはり待つのが良かろう。織田信長という男が強大な力を手にしたまま、いつまでも動かずにいられるわけがない」
信玄公が自信ありげに言いました。
というわけで1562年はひたすら内政や兵の訓練、武将の教育に専念することになりました。織田家もまた、動く気配を見せません。
そして来たるべき決戦に備え、岡崎城へ躑躅ヶ崎館から1人の武将を呼び寄せました。高坂昌信さんです。武田四名臣の一人に数えられる名将ですよ。ミスター・ブシドーみたいな仮面の顔グラが素敵です。
「保科正俊さんの『槍弾正』、真田幸隆さんの『攻め弾正』に対して、『受け弾正』と称されたんですよね」
「『逃げ弾正』だ!」
信玄公につっこまれてしまいました。高坂さんだけに。高坂さんだけにね!(意味深)
……信玄公と高坂さんの関係を根掘り葉掘り聞いてみたいような気もしましたが、そこはグッと我慢しました。まあナマモノはそんなに好きではありませんし……。
そんなこんなで1563年の夏。全国で有力大名が勢力を伸ばしていく中、そろそろわたしも焦りを感じ始めたときでした。ついに織田が動いたのです。
「わたしたちではなく、伊勢の北畠家を攻めましたよ!」
「それはそうであろうな。武田を相手にするよりは楽であろう」
織田軍は一気に3つの城を落とし、なんと1度の戦で北畠家を滅ぼしてしまいました。
「ひええ、強い……」
「宵子、何をしておる」
「え?」
「今こそ織田を攻めるのだ!」
わたしは息を呑みました。信玄公はこの時を待っていたのです。しびれを切らした信長が他勢力を攻め、武田への備えが疎かになるこの時を。
岡崎城に隣接する鳴海城の様子を確認すると、予想通り守りが手薄になっていました。急ぎ信玄公を先頭に、信虎さんや家康さん、高坂さんらで鳴海城を攻め落とします。さらに余勢を駆り、那古野城を落とすことにも成功しました。ついでに捕らえた蜂須賀正勝さんもゲット!
「やりましたよ信玄公!」
「まだだぞ、宵子。この勢いで清州も獲るのだ。織田が戦力を整える前にな」
信玄公がニヤリとしました。「侵掠すること火の如く」とは、まさにこのようなことを言うのだと思います。
こちらも鳴海・那古野攻めによる消耗からの回復に時間はかかったものの、年が明けて1564年には無事清州城、おまけに犬山城を奪いました。かくしてわたしたちは、織田家がゲーム開始時に有していた4つの城を3年がかりで手に入れたのです。
……でも、織田信長がこのまま手をこまねいて見ているわけがありませんよね。
今宵はここまでにしようと思います。
次回「1565年の全国勢力図」ご期待ください。