第5話 父帰る
前回ラストの状況をまとめてみましょう。
「信玄公、びっくりですよね。信じられなくて追放した父親が今川家での隠居生活からドロップアウトして三河でニートやっているところに出会うなんて……」
「そのまとめ方で良いのか!」
信玄公は憮然としています。思うところがいろいろあるのでしょう。
史実では武田信虎さんを追放したと言っても、今川義元の下で隠居生活を送ってもらうという形を取っていたようです。信玄公は仕送りもしっかりしていたらしいですね。完全に武田家と縁が切れたわけではなかったのです。
穏やかな生活を送ると思われていた信虎さんですが、桶狭間の合戦後は事情が変わってきます。今川家から離れ、独自に動き始めるのです。この辺は調べるとなかなか面白いですよ。最終的に信玄公より長生きしますし、元気で強烈なお爺ちゃんだったようです……。
さて史実はともかく、とりあえずゲーム内の信虎さんをどう扱うか、です。
「どうしましょうか、信玄公」
「どうすると言っても、登用するかせぬかだけの問題であろう。登用するのか? 父上を家臣として? まったく気が進まぬぞ……」
心底嫌そうな顔をしています。どう見ても困っています。これまでどちらかと言えば信玄公のペースに乗せられてきましたから、なんだか楽しくなってきますね!
「しかし信玄公、1人の武将としての信虎さんの能力は当然ながらかなり高いですよ。戦闘と騎馬の数値は飯富昌景さんと遜色ありません。おまけに信玄公の父親なわけですから、ゲーム内では一門衆扱いとなり、様々な恩恵を受けられます。あくまでゲームとして考えれば、ここで信虎さんを登用しない手はありません」
信玄公はため息をつきました。
「宵子の好きにすれば良かろう……。お主がこのげーむを動かしておるのだから」
「では、お言葉に甘えて」
信虎さんの登用を選択すると、次に誰を使者にするか選択する画面に移りました。
「よし、ここはやはり信玄公自ら赴くしかないでしょう」
「おいぃぃぃ!」
「ほらほら、軍師の真田さんも信玄公自ら説得すれば間違いないって言ってくれてますよ」
「……実際にわしが行くわけでは無いからいいが」
苦虫を噛み潰したような顔です。自分の手で追放した父親を、今度は家臣になるよう自ら誘いに行くって、リアルだったら気まずいなんてレベルじゃないでしょうね。
信玄公が信虎さんの登用に向かうと、2人が親子であることによる特殊メッセージが表示されました。「父上、お力をお貸し下され!」「うむ、武田のために尽くそう!」みたいな清々しいノリです。
「ありえぬ、ありえぬ。白々しい……」
「まあまあ、ゲームなんですから。ゲームの中とはいえ、お父さんと和解できたのは良かったんじゃないですか」
「……ふん」
信玄公はそれ以上何も言いませんでした。わたしはニヤニヤしながらゲームを進めます。
新しく武田家に加入した信虎さんは、足軽頭からのスタートになりました。
ここでゲーム内の武将昇進システムについて説明しておきましょう。大名以外の家臣たちは、「勲功」を上げることで足軽頭→侍大将→部将→家老→宿老と出世していきます。足軽頭が率いることができる兵士の数は三千が限度ですが、宿老に上り詰めると大名と同じ、最大一万の兵を率いることが可能となります。昇進に必要な勲功を得るには、その武将が内政や外交、戦争で活躍する必要があります。
ゲーム開始時から配下である武将たちは史実を考慮したうえで、それぞれ一定の地位からのスタートになります。ですがゲーム途中で在野から登用された武将は、足軽頭からのスタートになります。
つまり、信虎さんはかつての武田家当主であるにも関わらず、信玄公はもちろん、家老である孫の義信さんや勝頼さん以下の立場で武田家での新生活を始めることになったのです。ほとんど「兵卒の夏候惇です。よろしく」状態であります。
「ふっ」
信玄公もこれには吹いたようです。
「ありえんなあ。しかしこれもげーむならではか……」
「そういうことです。せっかく実力があることですし、信虎さんには前線でバリバリ戦っていただきましょう。すぐに昇進しますよ、きっと」
「……うむ」
信玄公の表情が幾分やわらいだように見えました。
さて、戦後処理が終わった次のターンである1561年秋。美濃の斎藤義龍さんからの使者がやってきました。
義龍さんは斎藤道三さんの息子さん。父親を攻め滅ぼして斎藤家を手に入れたあたり、信玄公に通じるものがあるかもしれないお人です。信長さんをさんざん苦しめ、早死にさえしなければ歴史が変わっていたかもしれないレベルの名将だと個人的には思っています。
「斎藤さん、同盟を申し込んできましたね」
実は桶狭間合戦後、織田信長が斎藤と同盟を結んでいたのです。もうこの時点で史実とは流れが大きく違いますね。
わたしたち武田家からすると、今後信長を攻めた時に斎藤から援軍が出てくると非常に困るところだったのです。それに上洛を目指し西に一直線へ進みたい以上、斎藤には構っていられないというのが正直なところ。
「ここで斎藤と結んでおけば、わしらと織田が戦になっても、斎藤は日和見を決め込むのではないかな。同盟を結んでいる者同士ということで」
「そうでしょうね。それに甲斐と信濃を守る信繁さんとしても、上杉だけに備えればよくなります。……ここは乗っておきましょう」
「うむ」
こうして、わたしは斎藤家と同盟を締結しました。この同盟が大きな意味を持つことになります。
続く冬のターンでは、ただ一つ残された岡崎城にこもる徳川家康を攻めることにしました。
前回の戦によるダメージもあったのでしょう。徳川軍の兵力は非常に少なく、あっけなく落城しました。史実の天下人がこうもあっさりと……。ちょっと複雑な気持ちになります。
捕虜になった徳川配下の武将たちは、皆さん武田に加わることになりました。特に石川数正さんは政治に優れた貴重な人材です。内政や外交で活躍してもらうことになるでしょう。
「しかし、井伊や榊原、本多といった連中がおらぬな」
信玄公がつぶやきました。
「そう言われればそうですね。彼らがいれば大きな戦力になるのに。まだ年代が早いので、ゲームでは登場していないのかもしれません」
逆に考えれば、彼らが既に登場していれば徳川軍にもっと苦戦していた可能性があります。どっちもどっちと言えるでしょう。
捕虜武将の処断が終わると、最後に大名である徳川家康公の扱いを決めることになります。
「やはり家康公は能力が非常に高いでしょうから、まずは登用を……って、無い!」
最初から、斬首か解放の二択しかありません。大名の場合は登用できないシステムになっているようです。
「戦で捕らえた大名をそのまま家臣に加えるなど、そうそうありえぬわ。うまくわしの時代を再現しておると言えるな」
信玄公は納得している様子です。どうもシステムをよく調べると、戦ではなく外交コマンドの「脅迫」を行って成功した場合であれば、その大名がそのまま家臣に加わるようです。
「今回は二つに一つなわけですね。ぐぐぐ……」
「どうする、宵子。わしは今回何も言わぬ。お主が決めるのだ」
「うーん……。よし、家康公は何としても手に入れたいです。だからここは、ひとまず解放します」
「ほう」
徳川家が滅亡し、家康公は諸国放浪の旅に出たというメッセージが表示されます。ああご先祖様ごめんなさい。
そして通常画面に戻るとすぐさま、わたしは人事コマンドで浪人をチェックしました。
「やった、家康公がいる!」
すぐに登用の手配です。誰を使者にするかですが、ここもせっかくですし信玄公に行ってもらうしかないでしょう。
「よーし! 家康公の登用成功です!」
わたしは思わずガッツポーズしました。
「これで父上と家康が足軽頭をやることになるのか……。奇妙なものだな」
信玄公は苦笑していますが、心強い味方が加わったのは間違いありません。昇進して大軍を率いることになれば、二人とも武田家の主力となるのは確実ですね。ワクワクしてきました。
さて、こうして徳川家を倒し、三河を手中に収めた武田家の次なる壁は当然決まっています。尾張の織田信長。ここを突破しない限り、西へ進むことは不可能です。
今宵はここまでにしようと思います。
次回「織田の攻略がこんなに易しいわけがない」ご期待ください。