最終話 宵子の風林火山
ゲーム画面の中では城の天守閣から鷹が飛び立つムービーが流れました。やがて鷹の視点へと切り替わり、下界の様子が、さらに視点が切り替わり日本列島が映し出されます。
その後、雪ちゃんが天下へ号令をかける様子が描かれ、『1615年、武田家により天下は統一された』的なメッセージが表示されます。
「終わりました……」
「うむ」
ゲーム内時間では実に50年以上の時が経過しています。信玄公と勝頼さんの遺志を雪ちゃんが受け継ぎ、三代かかってようやくの天下統一です。
壮大なBGMとともに、スタッフロールが流れて行きます。
「長かったですね……。でも、もう終わりです」
「うむ。……宵子よ。最初に呼び出されて一緒にげーむをやってくれと言われた時は、何をふざけているのかと思ったものだ。歴代の新田家当主で、わしにそんなことを頼む者はいなかった」
信玄公の声が聞こえてきます。心なしか、やや声が小さくなってきているような……。
「そう思われても仕方ない気がします、我ながら」
「ふっ。……だが、存外面白かった。楽しませてもらったぞ。礼を言う」
わたしはびっくりしました。信玄公の姿はもはやわたしの目には見えませんが、頭を下げている様子が目に浮かぶようです。
「いえいえ、そんな! もったいないお言葉です!」
武田信玄に礼を言われる女子高生なんて、他にいません。
「わたしのほうこそ、ありがとうございました。楽しかったんですが、それだけじゃありません。信玄公のおかげで色々と勉強させていただきました」
これは、今回のゲームを通しての素直なわたしの気持ちです。
歴史の勉強になったのはもちろんなんですが、それよりもむしろ、信玄公と話しながらゲームを進めることでいろんな物事についての考え方を学んだ気がします。
言ってしまえば、たかがゲームです。教科書でもなんでもありません。それでも、現在の人間が過去の人間の生き様を参考にして作ったゲームです。
いや、別に映画でも漫画でもアニメでもなんでもいいのですが、作るのも人間だし、受けるのも人間です。
学ぶべきことを見い出すのは、受け手側の人間次第でいくらでもできるように思うのです。
「おお、そろそろ音楽が終わりそうだぞ」
信玄公の声が聞こえました。ということは、お別れの時が近いということです。
「達者でな、宵子。次に会うのは、新田家を継いだお前の子がわしを呼び出す時になるのかのう」
「わたしの子どもですか……。今のわたしにはまったく想像できません。なにせ彼氏いない歴17年ですから。自分のことより、もっぱら男の子同士のことにばかり興味があって……」
「……不安になってきたぞ。お家断絶になどならないようにな」
「は、気をつけます」
わたしは笑って言いました。泣くかな?と自分でも考えていたのですが、大丈夫でした。さびしいのはさびしいですが、なんだか心が晴れ晴れとしています。
「では、さらばだ宵子。何十年後のことになるかしれんが、またお前に会うのを楽しみにしておるぞ」
「はい」
わたしは正座したうえで姿勢を正すと手を床につき、
「信玄公、ありがとうございました」
姿の見えない信玄公に深々と礼をしました。……返事は聞こえませんでした。
頭を上げても、やはり誰もいません。ゲーム画面には、製作会社のロゴが静かに表示されていました。
× × × ×
「……という夢を見たんだね宵子」
「夢じゃありませんって! 信じられないのも仕方ありませんけど!」
「はいはい」
机から顔を上げて抗議したわたしに対し、山岡伊織が笑って答えました。信じていない顔です。
今日は8月31日。信玄公と夏休みの間ずっとゲームしていたわたしの自室で、わたしは必死に伊織の夏休みの宿題を写させてもらっていました。
そう、まるで1年半ほどゲームをしていたかのように思えますが(メタ発言)、今は2013年の夏休みなのです。
わたしの幼なじみである山岡伊織は1週間前には宿題を終わらせたそうなので、頭を下げて写させてもらっているのです。
いつもならわたしも計画的に宿題を消化するタイプなのですが、今年は特別でした。ゲームに思い切り時間を取られてしまいましたから……。
伊織はといえば、ヒイヒイ言って宿題を写経しているわたしの傍らで戦国アクションゲームを遊んでいました。彼女はわたしと違いSLGなんかは苦手で、アクション大好きという人間でした。
そして彼女のご先祖は、森住藩の家老です。わたしのご先祖である藩主からすれば、当然部下になるわけです。
「もう2時か。ほらほら~、あと10時間で9月になっちゃうよ~。ちゃんと提出できなきゃ内申に響いちゃうよ~」
主君の子孫の苦しむ様子を見て、明らかに楽しんでいますがね!
「うるさいですね、もう!」
わたしは宿題を写す手を止め、伊織が遊んでいるゲーム画面に目をやりました。
……筋肉モリモリのマッチョマンな信玄公が、上杉謙信公と肉弾戦を繰り広げていました。信玄公も、後世こんなキャラに描かれるとは思ってなかったでしょうねぇ。
そんな信玄公を伊織が操作しているというのも、因果なものだと思います。
わたしのご先祖が武田の遺臣を助けることに力を注いだことは先に述べましたが、まさに伊織のご先祖がその武田の遺臣なのです。武田が滅んで浪人状態だったところで森住藩に仕官し、家老にまで昇りつめたと言います。
「でもさー、武田信玄の幽霊が本当にいるんだったら、せっかくだし会って見たかったかなー、あたしも」
ゲームをプレイしながら、伊織がつぶやきました。
「あれ、信じてくれるんですか」
「まあ、半信半疑だけどね。宵子は意味も無いのにそんな冗談言わないし」
「……それはどうも」
ちょっと照れくさくなって、わたしは再び宿題に目を落としました。
……明日から2学期が始まります。信玄公とのゲームで学んだことを、何かいかせそうなことはないでしょうか。ふと、そんなことを思いました。
2学期が始まって最初にある学校行事と言えば、まずは学園祭。学園祭が終わると……。
「あ」
「なに?」
思わず声を出したわたしに、伊織が反応しました。
「……わたし、生徒会長選挙に出てみようかな」
「……はあっ!?」
ずっとゲーム画面を見ていた伊織がゲームをストップし、こちらへ振り向きました。
「マジで言ってんの!?」
「思いつきだけど、マジはマジです」
「動かざること山の如しのあんたが!?」
伊織の言葉に、つい微笑んでしまいます。
「そう。動かざること山の如しのわたしが。決断は疾きこと風の如く、ですよ」
天下統一……というには大袈裟ですが、ちょっと人を束ねる仕事に挑戦してみたくなったのです。
「ふーん……。まあ、本気でやるんだったら、あたしも手伝わせてもらおうかな。これでも家老の家の出なわけだし」
「……ありがとう!」
伊織の言葉に嬉しくなりました。持つべき者は幼なじみです。
「なんだか、2学期が楽しみになってきました! ワクワクですよ!」
「それはいいんだけど、2学期が来る前にちゃんと宿題は済ませようね」
「そうでした!」
わたしは慌てて、再び宿題を写す作業に戻りました。
わたしと信玄公のお話は、ここまでにしようと思います。
だけど、わたし自身の物語は終わりません。これからもずっと続くのです。
願わくば今度信玄公とお会いするとき、成長したわたしを見せられますように。
完
これにて完結です。ご愛読ありがとうございました!
感想、評価等いただければ大変嬉しいです。
作品に関する諸々は活動報告やブログにいずれ書こうと思いますので、
またよろしくお願いいたします!